13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (31) <属国>にあるという被虐の妄想 借金返済で弁護士に相談



縄による緊縛という結びの思想・四十八手

(31)  <属国>にあるという被虐の妄想






今朝、見た夢は、何とも言いようのない夢であった、
目覚めても、その何とも言いようのない現実感は、目覚めたことを現実とは感じさせないものにあった、
その一部始終は、思い出すことができるほど、ありありとしていた、
どうして、そのような夢を見たのか、
原因は、はっきりとしていると思う、
最近、日増しに、思い高ぶらされる、妄想のようなものがあって、
それは、考えれば考えるだけ、肥大化するものとなっていくことにあるからであった、
妻の恵美子が三十八歳のときに癌で亡くなって以来、十七年の月日が流れていたが、
彼女が夢にあらわれるということは、珍しいことではなかった、
だが、今朝見た夢の中の彼女は、尋常ではなかった、
それを言うならば、私のありようも、尋常ではなかったことは、同様だった。

夢にあった場所は、コンクリートの剥き出しの壁が四方を囲み、冷え冷えとしていた、
扉の正面にひとつだけ小さな窓があったが、窓には、頑丈な鉄格子が嵌っていた、
照明は、天井にある電球だけであったが、その天井には滑車がぶら下がっていて、
染みだらけの不気味な麻縄が床まで長々と垂れていた、
一方の壁に立て掛けられるようにして、太い木材を高々と井桁に組んだ物体が置かれていたが、
異様としか言えない威圧感のある物体だった、それが何であるのか、そのときは、まだ分からなかった、
私は、一糸も許されない、陰茎を剥き出しとされた、生まれたままの全裸の姿態にあった、
両手を前で交錯させられ、手首を麻縄で緊縛されている拘束状態にあったことは、
ひたすら、羞恥と不安と緊張を強いられるという思いにあることでしかなかった、
強いられる羞恥と不安と緊張が陰茎をもたげさせていたことは、その思いを更に高ぶらせていた、
高ぶらされる思いは、私を縛った縄尻を取る相手が美しい顔立ちをした女性であったことにあった、
彼女ばかりではない、その脇に立つ女性にあっても、その端正な美貌は、勝るとも劣らなかった、
だが、その美貌は、顔立ちを無表情とも言える、厳格に凍り付いた形相を露わとさせていることにあった、
彼女たちは、取調官だった、旧帝国陸軍の軍服そのままに、長靴を履いて、束髪の髪型をして、
威圧のある風采を国家の法の威厳として示していることにあるのだった、
日本国家における女性の社会進出は、折原珠江夫人が女性初の首相となったことに始まり、
あらゆる要職に就任する女性の増大として、警察機構や特別高等警察の取調官においても、
女性が執行することは、当然のありようとしてあることであった、
日本国憲法は、第9条第3項において、かつての自衛隊は国防軍として宣言されていたが、
<テロ等準備罪>という法制のあったことは、政府の政策と施政に対して反対をあらわす者は、
逮捕・拘留の対象となることが実施されている状況にあった、
妻の恵美子と夫婦二人で語り合っていた日本国家の現状が盗聴される監視対象となっていたことは、
インターネット、メール、電話、マイナンバーにおいて使用される情報のすべては、
アメリカ合衆国の実績ある運用に教導されて、日本国家が運用して把握する事態にあったからである、
それなりの生活・それなりの権利・それなりの自由が保障されている、
それなりの平和な状況にあることならば、
変わりたいとは考えても、変わることの実際は望まないというありようは、普通である、
日々の生活を支えているのは、日々の生活において培われる、習慣である、
受け継がれる習慣から作り出される慣習であり、それを言語化している、既成概念にある、
既成概念に準じることは、普通と言えるありようにある、
日本国家がそれなりの生活・それなりの権利・それなりの自由を保障してくれるものにあるならば、
国民の情報が盗聴・監視されることがあっても、国家がどのような体制をあらわすことにあっても、
それは、<それなりの国家>にあって生活することを可能とさせるありようにおいて、普通である、
インターネットのアクセスは、政府に都合の良い情報しか検索できないばかりか、マスコミの報道においても、
政府の政策と施政の正当性を裏付ける表現だけが趣向上手に表現されるものでしかなかった、
スポーツや娯楽が司会者やタレントの高笑いを伴って奨励され、
衣食住の快適さを求めての市民生活の安泰が様々な角度から頻繁に紹介される番組が目白押しにあり、
喜怒哀楽による感動表現が一義の概念としてある事柄の理解として、批評家・解説者から流布されていた、
このような状況が繰り返し繰り返し、言語・音響・映像を通じて、
日常性の既成概念を作り出している事態にあるのだった、
人間はどのようにあるべきかという根源的な議論を提示する者はなかった、
あったとしても、そうした表現が公然とあらわれることはなかった、
表現の自由は制限されていたからであった、
<特定秘密保護法><安全保障関連法><テロ等準備罪>という<三枚の盾>は、
他国からの示威行為・テロ行為・大規模災害に対して憲法改正された<緊急事態条項>に依り、
それが発令されているという現状では、国民と国会を超えて、
首相の統合する権限という<矛>を無敵のものとさせていることにあったのである、
その状況下の国民の主体性の意識は、<教育勅語>という道徳の下にあれば、充分であったのである、
首相の意思に依る政策と施政が日本国家をあらわすものとなることにあった、
独裁国家の体裁をあらわしているように見えることであったが、国際社会に対しては、
<天皇制>の存在が万世一系の平和憲法を有する国家という建前を作り出していた、
<天皇>は、<日本国憲法>の第1条において、次のように規定されていた、
<天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、
この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く>
国民主権という個人の主体性をあらわす、個々人が居住する日本国家において、
<天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である>ことは、
日本国家の頂点に位置する存在であることが明示されていた、
国民を統合する<天皇制>という体制にある日本国家であると理解することができた、
加えて、第9条の第1項と第2項は、<戦争の放棄><交戦権の否認>を規定していることから、
<天皇制>の存在は、万世一系の平和憲法を有する国家を宣言していることにあるのであった、
だが、第1条の条文は、国家としての解釈としては、そのようになることにあったが、
次のような解釈の成り立つことでもあった、
それは、第1条の条文は、天皇の地位を定めた後半において倒錯するものにあるということにあった、
<国民を統合する天皇>の地位は、<主権の存する日本国民の総意に基く>とある、
条文の意義は、主権を持つ日本国民の総意が<天皇>を<象徴>と認める限りにおいて、
<天皇>は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴にあるということになる、
日本国民の総意が<天皇>を<象徴>と認めなければ、
<天皇>は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である地位を失うということになる、
主権の存する日本国民の総意がその地位を剥奪する意思を示せば、
<天皇制>は撤廃することができるということにある、
これは、国民が主権を持つ、民主的憲法にあることだと理解できることである、
しかしながら、<天皇制>の撤廃を目的とする憲法改正を行う場合、憲法第96条においては、
1.国会の発議 2.国民の承認 3.天皇の交付 という手続きが定められている、
<天皇>が新しい憲法を交付するということが要件としてある、<天皇>はなくてはならない、
<天皇>が日本国家の頂点に位置する存在をあらわすことが明示されていることにある、
つまり、頂点に位置する<天皇>と主権を持つ<国民>の相対・矛盾があらわされていることにある、
何故、このようなことがあり得るのか、
それは、<天皇>が<象徴>とされていることにあるからである、
<象徴>とは、<抽象的な思想・観念・事物などを、具体的な事物によって理解しやすい形で表すこと。
また、その表現に用いられたもの>という意義にある、
<天皇>は<象徴>とされている、
だが、幻像としてあるわけではなく、生死を有する、実際の人間として存在する、
<天皇>の存在理由とは<日本国民統合>ということにあることは、
日本国民は、<天皇>が存在しなければ、統合されないという意義の示されていることにある、
従って、<天皇>は、生死を有する、実際の人間として存在することにおいて、
日本国家の頂点に位置する存在とされる意義が示されていることにある、
<生きてある天皇は日本国家の頂点に位置する存在>であるとすれば、
<天皇>の存在は、戦前において、<日本国民統合>の<現人神>にあったありようと同様である、
<戦前は現人神>であったものが<戦後は象徴>になったということである、、
つまり、<現人神>が<象徴>という言語へ置換されたというだけのことである、
<現人神>と<象徴>は、表現意義は変わっても、存在理由は変わらないということである、
この相対・矛盾するありようを疑念なく受容することができるとしたら、それは、日本人にあるからである、
殊更に、<天皇>の<国家神道>とする前提がなくても、
それ以前は、神道と仏教の混合さえあり得たことが常識であったように、
日本人の宗教観にあっては、八百万の多神教において、
<神の概念>は唯一の絶対性をあらわすものにはないことにあるからである、
普通に読めば、不可思議を感じる、第1条の条文であっても、
<現人神>と<象徴>の相違が<天皇>の存在理由の相反・矛盾を意義しないことになる、
<天皇制>は、戦前も戦後も、日本国家における、国民統合の絶対的体制にある、
そのように、国民は考えることができるものとしてあることになる、
<天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴>という表現は、そのような意義になることである、
このありようは、そのように日本国民を統合するという政策を抱いた者が考え出したことにある、
統帥権を持った元首である<天皇>が敗戦に依って<戦争責任>を問われることになかった事実は、
<日本国民を統合する政策>においての<天皇制の利用>にあったという見方ができることにある、
<天皇制>は、占領国であるアメリカ合衆国が日本の統治を行うために、
残存させた体制にあるということである、
日本国家を統合する方法として、戦前通りに戦後も、天皇と国民の関係を維持させたまま、
言語置換の修辞学に依って、<天皇制>を残存させる憲法を作り出した、日本人理解ということである、
<天皇>の戦争責任は、生死を有する、実際の人間である<天皇>にあれば、問うことができる、
だが、<象徴>という存在であれば、言語解釈の範疇を超えられないことからは、問うことができない、
しかも、この<象徴>の意義は、<主権の存する日本国民の総意に基く>のであるから、
<主権の存する日本国民の総意>があろうがなかろうか、
<象徴>の言語解釈の範疇を超えることができなければ、
<天皇>が<象徴>として日本国家の頂点に位置する存在とされる意義は不変のものとなる、
このありようからは、共産主義・社会主義・クーデーター・テロリズムに基づいた、<革命>は、
日本国民の総意となることはあり得ないことは、<天皇>に準ずる意思表明である、
<五・一五事件><二・二六事件>の前例が明らかとさせていることにあるからである、
国家の統帥権を持つ元首である人物が戦争責任を問われないことにあるとしたら、
戦争は、解釈次第では、どのような意義の成り立つ事態もあらわすことができることにある、
日本国家は大東亜・太平洋戦争の総括を行えないままにあるという見方ができるのは、
<天皇>の存在理由に相反・矛盾のあることが原因である、
このような状況が作り出されたのは、敗戦して無条件降伏したことにあって、
アメリカ合衆国の統治下・被支配下・隷属化へ置かれた結果に依ることである、
日本国家はアメリカ合衆国の属国となった、それが戦争の敗北に依る日本国家の総括である、
もし、属国という表現が適切でないならば、
日本国家は、大東亜・太平洋戦争に敗戦した結果、
アメリカ合衆国の占領下に置かれたままの状態にあるというのが現状である、
それは言い過ぎであるとされるならば、管理下に置かれているという現在の状況にある、
その状況が事実にあることは、北は北海道から南は沖縄まで、日本列島の要所に存在する、
米国軍専用の82と自衛隊との共用の50、合計132の基地に示されている、
132の基地は、厳然たる軍事基地としてあることで、敵対する相手に対して、
攻撃と防衛を可能とするための殺傷能力を存分に発揮できる存在としてあり、
軍事行動が人間の生死を主題とする表現の最有力にあるという意義において、
基地の状況を<娯楽>の観点から見ることを容易とはさせない対象としてあることである、
みずからに降り掛かる、忌避すべき現実に対して、
人間は、その善悪の判断を<娯楽>表現とすることをもって言い換える能力を発揮できる、
見たくもない、知りたくもない、考えたくもない現実を<娯楽>することができる、
<娯楽>の有用とは、忌避すべき現実があるにもかかわらず、
生活することを可能とさせる、喜怒哀楽に依る感動の認識を作り出せることにある、
従って、そのように有用な<娯楽>表現でさえ取り扱うことを困難とさせる事象は、
人間生活からは、可能な限り無視される対象となる、
極めて深刻で真に厄介な事象であると脅威を感ずる者だけが取り沙汰するだけの事態となる、
日本列島に置かれた軍事基地とは、そのような対象にある事態である、
日本国家がアメリカ合衆国の属国にあって、占領下に置かれて、管理されている、
という現在の状況を目の当たりにすることのできる事象にありながら、見ざるを得ない、
知らざるを得ない、考えざるを得ない者だけにしかあり得ない対象としてあることである、
従って、日本国家が属国にあって、占領下に置かれて、管理されている、
というありようについても、見ざるを得ない、知らざるを得ない、
考えざるを得ない者だけにしかあり得ない対象としてあることになる、
かつての<日本国憲法>は、第9条において、
<戦争の放棄><戦力の不保持><交戦権の否認>を規定していたが、
その憲法に実直に従えば、攻撃と防衛のために殺傷能力を発揮できる軍事基地という存在は、
日本国家が作り出して設置したものではないということになる、
自衛隊という機構についても、殺傷能力を発揮できる武器や兵器を所有していなければ、
憲法の下にある、防衛組織としての存在理由を明確にできることにあるが、
充分に殺傷する能力のある、艦船、航空機、戦車、銃器他を所有していることにあれば、
純然たる憲法違反ということになる、
だが、<戦争の放棄><戦力の不保持><交戦権の否認>を規定する憲法を掲げながら、
実際は、日本列島には、132の軍事基地があり、自衛隊は殺傷武器を保持している、
<日本国憲法>は、法的権力の脆弱な憲法にあるという見方のできることにある、
何故、そのような事態に置かれていることにあるのかという疑問の生じることでもある、
答えは、目の当たりにすることできる、132の軍事基地そのものにあらわされている、
1945年、日本国家は、大東亜・太平洋戦争に敗戦した、
アメリカ軍を主体とする連合国軍の統治下に置かれる被占領国家となった、
1951年、連合国軍と平和条約である、サンフランシスコ講和条約を締結して、
戦争状態は終結した、日本国家の主権が承認され、占領から解放され、
独立国家への道を踏み出せる一歩と見なせることにあった、
しかしながら、講和条約の締結と同日に、
日本国家は、アメリカ合衆国と<日米安全保障条約>を締結した、
<日米安全保障条約>に依って、日本列島における、軍事基地の存在が承認されたことは、
<日米安全保障条約>は、1947年に施行された、第9条のあらわされる<日本国憲法>よりも、
上位の権力をあらわすものにあることが示されたことにあった、
この構造が堅牢となったのは、1960年の<日米安全保障条約>改定のとき、その第6条に基づいて、
日本国におけるアメリカ合衆国軍隊の地位を定めた、<日米地位協定>が締結されたことにある、
<日米地位協定>に依って、日本国家は、地上の占領に加えて制空権と制海権を奪われることになった、
日本列島の交通の往来において、アメリカ合衆国軍隊が優先されるという事態は、
<日本国憲法よりも上位の権力をあらわす、日米安全保障条約に基づく法治国家にある>
という実態が明確化されたということであった、
<日米地位協定>を運用するために、
正式な協議機関としての<日米合同委員会>が毎月2回行われている、
政治家は参加せず、省庁から選ばれた官僚が在日米軍と協議する場にあることは、
時の政権に関係なく、日本政府に対して、アメリカ政府の影響力のあることが示唆される、
<日本国憲法>と<日米安全保障条約>の両立は、
表現の整合性において、相反・矛盾を作り出すものにあった、
日本国家が国内統治権・対外主権を行使できる独立国家を形成するありようにあるならば、
<平和憲法>の意義において、アメリカ合衆国の軍事基地が残存することはあり得なかった、また、
アメリカ合衆国の軍事基地が残存するならば、平和憲法は改正される必要があるということだった、
戦後70年以上、いずれの状態も実現できなかった、日本国家は、
国内統治権・対外主権の行使において、
属国にあって、占領下に置かれて、管理されているという実態にあるからこそ、
成し得ないことがあらわされていると見ることに無理はないということになる、
しかしながら、それが事実であったとしても、
<日米安全保障条約>が破棄され、<日米同盟>が解消されるという事態は、
容易には成し遂げられないことにある、
ロシア連邦が一度手に入れた北方四島を容易に手放すことがあり得ないように、
アメリカ合衆国は、一度手に入れた日本列島を容易に手放すことにはないからである、
極東地域における、日本列島は、地政学的に見て極めて重要であったことは、
ペリーの黒船来航以来、認識されていることにあった、
北海道から沖縄まで、縦断して要所に設置された軍事基地の132には、それがあらわされている、
日本国家がアメリカ合衆国に敗北したという事実は、
戦争末期の全国の主要都市への無差別の絨毯爆撃と広島・長崎の原子爆弾投下において、
壊滅状態へ追い込んでまでして、手に入れることを欲した日本列島であったことで示されている、
元CIA職員であった、エドワード・スノーデンに依って明らかにされたことが事実であれば、
彼が横田基地に2009年から2011年の二年間駐在して行ったことのひとつに、
マルウエア(悪意のあるソフトウエア)をダム、駅、発電所、銀行などに組み込む作業があった、
それは、<日米安全保障条約>が破棄され、<日米同盟>が解消された場合のときに備えて、
日本のインフラを機能停止に追い込むためのものであったとされる、
日本国家が属国から独立国家へ向かう意思表示に出れば、
アメリカ合衆国は、即刻、報復する腹積もりのあることがあらわされていることである、
日本政府は、<日米同盟>としてある、この関係を熟知している、
従って、<日米安全保障条約>は、<日本国憲法>よりも上位の権力をあらわすことにあって、
<日米地位協定>により<日米合同委員会>を通じて、
日本政府は教導される立場にあることを受諾せざるを得ない立場にある、
1960年の<日米地位協定>が追加された<日米安全保障条約>改定は、
対米従属にある、時の首相であった、
その孫の世襲的意思にある、時の首相は、憲法違反を指摘されながらも、強引な採決に依って、
<特定秘密保護法><安全保障関連法>の法整備を行い、<テロ等準備罪(共謀罪)>を作り出した、
更には、 対米従属に依って教導されるままに、<憲法改正>が行われたことは、
建前は、<憲法改正>という自主憲法の始まりに依る<戦後レジームの脱却>とされることにあったが、
本音は、自衛隊を国防軍として憲法に明文化することで、
<希望の同盟>のアメリカ合衆国の要請に追従するための集団的自衛権の行使にあった、
更には、<緊急事態条項>の憲法化に依り、アメリカ合衆国へ隷属をあらわす首相のありように対して、
どのような立場の者にあっても、批判を言わせないという体制が形作られることになった、
<日本国憲法よりも上位の権力をあらわす、日米安全保障条約に基づく法治国家にある>以上、
アメリカ合衆国から教導されれば、国防軍の防衛システムや軍備を増強するしかない、
そのように体制を作るしかない、従属・追従・隷属が露わとされる、日本国家にあったのである、
それを、あたかも、みずからの立案と政策に依って成し得ることを実現しているように映らせることは、
<おためごかし>ということでしかなかった、
<おためごかしとは、表面は人のためにするように見せかけて、実は自分の利益を図ること>
言っていること、あらわす行動の建前に対して、
本音は、如何なるものにあるのかという疑いを抱かせる、姑息・二枚舌・嘘つきのことである、
<日本国家はアメリカ合衆国の属国にある>という実態が<おためごかし>されることは、
<それなりの国家>として生活することを可能とさせるありようにあることならば、
その状況を変革・超克・脱構築する表現は、無謀にあるか、或いは、荒唐無稽にあることでしかない、
妄想を現実として認識するか、現実を妄想として認識するか、
この両者の相違は、相反・矛盾を超克する理解が価値判断の根拠となるということでしかない、
人間存在は、想像力を保有するということにおいては、黒も白と見なすことができるし、
白を黒と見なすことも可能である、正は反となるということも、善が悪となることも可能にある、
そのようにあり得るという妄想世界に置かれる状況が円満具足を作り出すことにあれば、
相反・矛盾があり得ても、<おためごかし>という整合性で理解させられることでしかない、
個人は、十人十色・千差万別という多種・多様・多義にあるというありようにおいて、人間存在である、
他人とは相違することにあるから、個々人は、固有なのである、
日本国家がアメリカ合衆国の属国にあるという問題よりも、
個人は固有の存在としてあることの問題の方が上位にある、
個人の集合という国民が存在しなければ、国家も存在しない以上、
どのような国家を選ぶかという選択肢は、つまりは、個人の掌中にあるということである、
国民主権とする憲法にある個人にあるならば、個人があらわされる、それが当然のありようにある、
いや、殊更に、憲法において明記されていないとしても、
人間存在という問題の根源からすれば、主権は個人にあるということでしかない、
従って、日本国家が属国にあるということが問題ではない、
問題は、個人として、<国内統治権・対外主権>を発揮できることにあるかという問題である、
戦争末期の全国の主要都市への無差別の絨毯爆撃と広島・長崎の原子爆弾投下において、
壊滅状態へ追い込まれて、敗北して無条件降伏した事態がもたらすことになった答えというのは、
それ以上の先はないという生と死において、
日本民族は、個人という主体において、日本民族史を継承するありように立たされたということである、
日本民族は、個人の主体性において、
<国内統治権・対外主権>を発揮する人間にあることを始めたということである、
それが<戦後の終結>という意義である、
私と恵美子は、このような主旨の事柄を日常において語り合っていた、
或る日、私服の警察官たちが来訪して、テロに関する情報提供が欲しいと任意同行を求められた、
警察署へ来ることを促され、私と妻は、その要請に従うしかなかった、
警察署へ到着すると、私と妻は引き離されて、別々の場所へ連れて行かれた、
そこで、私は、<テロ等準備罪>に該当する行為があると申し渡されたのであった、
弁護士を呼んでくれと求めたが、やましいことがなければ、質疑の答えがそれを証明するとされて、
質疑を行う部署へ身柄を移されることになり、その警察署を後にした、
護送車は、すべての窓が隠蔽されていたから、何処へ連行されたことにあるのか分からなかった、
到着した場所で、部屋へ連行され、その場で一糸も許されない全裸になるように命じられた、
それは、質疑の最低条件とされたことで、抵抗したところで、強行されるありようでしかなかった、
私の言い分は、まったく無視されて、言われたことに従うしかなかった、
素っ裸の姿態をさらけ出された、恐らく、恵美子も、同じ状況に立たされているに違いないと思ったが、
一糸も許されない全裸の姿態となり、両手首を重ね合わされて麻縄で縛られるに及んでは、
恵美子のことよりも、みずからの身上の緊張・不安・恐怖が勝っている状況へ置かれていた、
そうして連れて来られたコンクリートの剥き出しの部屋だったのである、
「おまえと妻の恵美子との会話は、すべて、国家の情報として、データ管理されている、
その内容からすれば、おまえは、妻と共謀して、
いずれは、国家の転覆を目的とした行動に移行することになる明白は、
表現された内容を見れば、誰が見ても、一目瞭然としてあることだ、
それは、社会秩序を乱す行為に当たることからは、共謀罪の適応対象となることにある、
此処へ連行された理由である、従って、おまえに与えられた最後の機会ということにもなる、
今後、どのような表現の形態であろうと、国家の批判をまったく行わないと宣誓署名捺印すれば、
質疑は終了し、おまえは、帰宅を許される、宣誓署名捺印に応じるか、
応じる意思にあるならば、承諾書を読み上げて宣誓しろ、
それから、足の指先にペンを挟んで署名し、足の親指で捺印するのだ」
美貌の取調官の一人は、厳しい表情を露わとさせて、全裸を立ちすくませた私の前に立って、
そのように告げたのであった、私は、思わず、
「妻の恵美子も、宣誓署名捺印すれば、帰宅を許されるのですか」
そのように答えてしまった、それに対して、
「おまえの妻のことは分からない、おまえの妻が宣誓署名捺印を承諾するかどうかは、
おまえの妻の問題だ、今、言っているのは、おまえの問題だ」
私は、不当に取り扱われていると思った、返答を拒んでいた、
二人の美貌の取調官は、冷酷と感じられるほどの表情をした顔立ちをこちらへ向けて、
漂う沈黙が部屋の扉を騒がしく開けさせるまで、返答を待ち続けるのであった、
「おまえにしても、おまえの妻にしても、強情のようだな」
美貌の取調官の一人が開かれた扉に姿をあらわした者たちを確認して、そのように言うのであった、
私も、思わず、扉の方を見やっていたが、そこには、恵美子がいたのだ、
一糸も許されない全裸にあって、乳房と下腹部を剥き出しとされた、生まれたままの姿態にあった、
両手を前で交錯させられ、手首を麻縄で緊縛されている拘束状態にあったことは、私と同様であった、
だが、羞恥と不安と緊張を強いられるという思いにあることでは、私と同様ではなかった、
顔立ちを見られまいとする思いを露わとさせて伏せている様子は、痛々しいばかりのものであった、
恵美子の両脇に立つ、旧帝国陸軍の軍服姿の取調官は、二人とも男性であった、
その男性たちに処置されたことを窺わせる痛々しさが漂っていたのだ、
恵美子の下腹部は、恥毛をすっかりと奪い取られたありさまにあったのだ、
ふっくらと盛り上がる白い小丘にくっきりと覗かせる、女の割れめは、
深々とした神秘的な妖美をあらわすものとして、美しいとさえ言える露わな恥辱にあったのだ、
そのありさまを見つめるなり、置かれていた羞恥と不安と緊張の境遇にも関わらず、
私の陰茎の反り上がりは、見事な反応を露わとさせてしまっていたことにあった、
私の反応をしっかりと確認したというように頷きながら、取調官の男性の一人が述べ始めた、
「そのようなみっともない虚勢を張ったところで、おまえらの分際で、
国家体制が変わるわけではないことは明白だ、
おまえらは、みずからの老後の安定でも考えていればいいことで、誤った正義など不要なことである、
反発・抵抗・反抗という態度にある無意味さよりも、模倣・追従・隷属にあることの有意義を理解すべきだ、
今は、不毛となってしまった、人間の基本的人権にしがみつく、国民は、
もはや、不要という存在でしかないのだ、
強情を張り続けるならば、おまえたちのありようが恥辱・屈辱・汚辱でしかないことを、
しっかりと認識してもらう以外にない、
恥辱のありようは、天皇制に追従できないということである、
屈辱のありようは、国家主義に隷属できないということである、
汚辱は、従って、個人に主権があると妄想していることであるというほかない、
つまり、このような錯誤に陥った者は、更生装置へ掛けられるということでしかない」
四人の取調官の手には、それぞれに、非情な乗馬鞭、無慈悲をあらわす麻縄が携えられていた、
その冷酷と感じられる、厳しい顔立ちは、恐怖を呼び覚ますというものでしかなかった、
そして、<更正装置>と言って指差しされた先を見ることになった、
一方の壁に立て掛けられるようにして、太い木材を高々と井桁に組んだ物体が置かれていたが、
異様としか言えない威圧感のある物体だった、
私は、男性の取調官二人の手に依って、その場所へ強引に連行されると、床へ仰向けに寝かされた、
井桁の物体を背にさせられるようにして、左右から両脚を高々と持ち上げられた、
両肩が地面を支える、これ見よがしの開脚とされると、
両足首を井桁の木材へ縄で繋ぎ留められる格好にされた、
引き続いて、恵美子が井桁の物体を背にして吊り上げられた私の間近まで連れて来られたが、
彼女は、美貌の取調官たちに両脇を支えてもらわねば立っていられないほどの恥辱に翻弄されて、
私の存在に気が付いていたことは確かだったが、眼差しを逸らさせることが精一杯の状態だった、
全裸の恵美子の姿態は、男性の取調官たちの手に依って、
両手首を縛っていた麻縄を解かれると、左右の手首のそれぞれに新たな縄を巻き付けられて、
その手首は、私の開かされた左右の太腿のあたりにある井桁の木材へそれぞれに繋ぎ留められたが、
放心した状態にある恵美子に抵抗する素振りは全くあらわれず、ただ、成されるがままであった、
そうして、彼女の正面を向いた姿態は、私の顔付きの真上へ覆いかぶさるような具合になっていたが、
依然として、頑なにあるように、顔立ちを逸らさせて、私を見まいとしていたことに変わりはなかった、
私には、二つのふっくらとした乳房とくっきりと割れめをあからさまとさせた股間がはっきりと見えていた、
恵美子は、取調官の一人が彼女のしなやかな片方の脚を掴んで持ち上げようとすると、
さすがに、ああっ、いやっ、という悲哀の声音を漏らさせて、身悶えをあらわすことにあったが、
高々と持ち上げられた足首は、すぐさま、もう一人の取調官が井桁へ繋がれている私の左足首へ、
重ね合わせるように、手際よく縛り付けていくのであった、
妻の執らされた姿態は、私に強い衝撃を与えるものであったことは、取調官の言葉にあらわれていた、
「恥も外聞もない、ありようをあからさまとさせる、格好の一心同体だ」
恵美子は、右足を直立させながら、左足を高々と持ち上げられたことで、
女性が最も恥ずかしい箇所としている、女性の股間をこれ見よがしの露わとさせられていた、
私には、妻の覗かせた女芽、花びらに覆われた膣腔、すぼみをあらわす肛門がありありと見えた、
私がはっきりと見えたことは、井桁へ縛り付けられた私たち夫婦の姿を前にして仁王立ちする、
四人の取調官の眼にも、まざまざと見えることにあったということだった、
恵美子は、もはや、置かれた余りの恥辱・屈辱の境遇にあって、
唇を喘ぐように半開きとさせて、虚ろなまなざしを投げ掛けるばかりであったが、取調官が先ほど述べた、
<おまえたちのありようが恥辱・屈辱・汚辱でしかないこと>という意味が私にはそのとき理解できた、
社会秩序を乱す行為を成す、私たちには、残るは、汚辱に晒されるという処罰が待っていることは、
私の陰茎は、恥辱・汚辱に置かれた境遇にあって、見事な反り上がりの反応を見せていたからであった、
美貌の取調官の一人が私に近付いて来て、その場へしゃがみ込むなり、陰茎をしごき始めたことは、
その汚辱がまっとうされることだと感じざるを得ないことにあった、
そして、同時に、男性の取調官の一人が妻に近付いて、下腹部を撫で摩り始めたことは、
私を驚愕と恐怖へ陥れるのに充分であった、
私は、巧みにしごかれることの快感に高ぶらされて、堪えるのに精一杯の状態にあったが、
恵美子も、執拗に愛撫される下腹部が膀胱のある箇所であったことは、
すでに、この部屋に入る前に充分な水分を取らされていたのであろう、
眉根を激しくしかめ、唇を噛み締めて、必死の形相で尿意を堪えていたことは、
まさに、夫婦一丸としてあったことだった、
陰茎の口先からきらめく糸が引き出したことを確認すると、美貌の取調官は離れていった、
抑え切れない限界をあらわすように、妻の両脚がぶるぶると震え出すと、男性の取調官も離れていった、
仁王立ちした四人の取調官の厳しい眼差しに見守られながら、間もなく、悶える妻の股間からは、
ちょろちょろとこぼれ出す小水があり、その勢いは、一気に放水となって降り注いで来るのを見せられた、
あなた、ああ、あなた、許してっ、と叫ぶ恵美子の悲痛な声音を耳にしながら、
顔面に妻の小水を浴びる、私も、また、鋭い快感をもって、白濁とした液を飛び散らさせていたのであった、
恥辱・屈辱・汚辱のありさまにある、夫婦一体の痴情の場だった、
私と恵美子は、放出させられたことの開放の快感に酔い痴れるようにぐったりとなってしまった、
そのとき、その痴情の場を見つめ続ける者たちが別にいることを私の眼の端に映るものが教えていた、
扉口に立つ、立派な軍服姿の中年の西洋人男性と女性の存在であった、
私たち夫婦の様子を見やる、二人は、凝視させたまなざしを露わとさせていることにあった、
それは、あたかも、教導通りに行われているかを確認している素振りとして感じられることにあったのである。

今朝、見た夢は、何とも言いようのない夢であった、
目覚めても、その何とも言いようのない現実感は、目覚めたことを現実とは感じさせないものにあった、
その一部始終は、思い出すことができるほど、ありありとしていた、
六十歳の誕生日を迎え、一筋に勤め上げた広告代理店を定年退職して、一ヶ月が経過していた、
再就職先を約束されていたが、その意向になれなかったのは、心的問題があったからだった、
みずから選んだのは、人通りの少ない、閑静な住宅地にある一軒家において、
ひたすら、みずからと向き合うことのできる機会を得ることであった、
それは、人生の最後の機会にあると思えたことにあるからだった、
身体が病気に犯されているということではなかった、定期検診している、通常の健康状態にあった、
だが、脳に病根が巣食っていることにあるとされるならば、それは否定できることではなかった、
勤務していた頃の過剰労働と言われるほどの仕事に追われていた日常生活では、
考える余裕などまったくなかったという事柄が定年退職する半年前から、
見る夢の中に無数の泡のようになって浮かび上がってきて、
それまで、既成概念と思われていた事柄が土塊のように次々と底へ沈められていく思いを味わっていた、
浮かび上がった無数の小さな泡は、考えれば考えるほど、ひとつに纏まり出して膨れ上がっていく、
そのような思いにあって、退職後の就職など、とても考えられる状態にはなかったことにあった、
神経症という病気を患っていると考えれば、理解がしやすかったことかも知れない、
だが、浮かび上がってくる無数の泡の纏まりは、膨れ上がる意義を明確とさせていたのである、
娘がひとりいたが、香織は、恵美子が亡くなったときは、十五歳の中学生であったが、
高校を卒業して、国立大学の法学部へ籍を置いたときには、弁護士になることを決めていた、
香織には、春樹君という幼馴染みがあって、彼は、情報処理の専門家になろうとしていた、
ふたりは、二十三歳のときに結婚して、春樹君の仕事の関係から、
現在は、アメリカのシリコンバレーに移り住んでいる、娘も現地の大学へ通うようになっている、
娘は、年に数回ほど連絡をくれるが、未だに子供に恵まれなかった、
日本には三年に一度くらい戻ることはあったが、それ以外は、独り暮らしが九年間続いていた、
半年前の小さな泡は、妻の恵美子が撮られている一葉の写真に始まったことだった、
写真は、娘の部屋にある衣装戸棚の引き出しの中に発見したものだった、
独りきりのぽっかりと時間の空いた日曜日、ふとした思い付きから、
娘が使用していた自室をまるで行う必要のない整理をしようとしたことからであった、
掃除は定期的に行っていたが、私物のほとんどが持ち去られた部屋の整理は不要だった、
すっかり空になっている引き出しの底に伏せてあった写真を裏返したときの衝撃は、
下腹部から頭の天辺へ電撃を貫かれたようなものがあった、
それが脳に病根が巣食ってしまった原因であると言えることだった、
写真には、このような情景が映し出されていたのである。

艶やかで豊かな黒髪に縁取られた、女性の顔立ちは、
赤い唇に白い歯をのぞかせるほどのきつい猿轡を手拭いでされていたが、
その窺える表情からは、恵美子に間違いはなく、それも二十歳くらいに見える彼女であったことは、
知り合う以前に撮られた写真であることを理解させた、
恵美子は、布団へ仰向けに寝かされて、一糸もつけない全裸の姿態を露わとさせていた、
着物のものと思われる紐で、後ろ手に縛られ、ふたつの乳房の上下にも掛けられ、
縦に下ろされている紐に至っては、陰毛をまったく奪われた、
白無垢とされている股間の羞恥の割れめへ深々と埋没させられているありさまにあるのだった、
その姿態をこれ見よがしのさらけ出させた状態にしていたのは、
胡坐をかくように交錯させた両脚の足首がひとつに束ねられて、紐で縛られていることにあった、
紐で縛られているということで、恵美子が高ぶらされる状況へ置かれていることは確かだった、
艶やかで豊かな黒髪に縁取られた、彼女の顔立ちは、
赤い唇に白い歯をのぞかせるほどのきつい猿轡を手拭いでされていたが、
その大きな黒い両眼は、ふたつの乳首が欲情から立ち上がっている様子からも、
込み上がってくる官能へ意識を集中させられているという凝視のあらわされたものにあった、
猿轡を噛まされた恵美子の顔立ちを見れば見るほど、あからさまとなっている股間の箇所と見比べさせる、
写真の迫真力は、締め付けられるような胸の高鳴りを覚えさせて、
みずからの込み上がってくる性的官能は、生前の恵美子には、まったく感じさせられることのあり得なかった、
甘美なものを意識させられたことは、陰茎を激しく勃起させて、当惑にさえあることであった、



女性が縄で緊縛されるという画像を見たことがなかった訳ではなかった、
しかし、そのような猥褻な行為は、そのような行為を望む人間が好むことで、縁がないと感じていた、
全裸の緊縛画像を見ても、激しく勃起させるものではなかった、
だが、妻の恵美子の緊縛写真は違っていた、生々しかった、
思い遣りがあって、良く気が付き、優しく、我慢強かった、健康であったときの恵美子の姿が蘇えるように、
惜しげもなく、あられもなく、これ見よがしにさらけ出された、生まれたままの全裸を縛られた、彼女は、
夫婦の営みで結ばれ合ったときに見せたことのない、性的官能の快感に浸る顔立ちを素直にあらわして、
そのような猥褻な行為に晒されていることを嫌悪や恥辱とは裏腹な表情で受容していることにあるのだった、
だが、それと同時に、様々な疑問が繰り返される波のように押し寄せてきたことも事実であった、
何故、恵美子は、一糸もまとわない全裸を紐で縛られたありさまで写真に撮られているのか、
しかも、猥褻な商業写真に見られるように、陰部の恥毛をすっかり奪われて、
白無垢の柔肌を露わとさせた、女の割れめを如実とさせている姿態に置かれている、
写真の出来具合からは、或いは、職業写真家が撮影したとも感じられることにあったが、
どのような理由から、このような写真が撮られたのかという疑問の答えを引き出すことは難しかった、
だが、その疑問に答えを探るよりも、そもそも、どうして、
この写真が娘の衣装戸棚の引き出しの中にあったのかという疑問があった、
この疑問は、香織は、母親の全裸を縛られた姿を知っていたということを示唆されることにあったが、
共に暮らした日常生活の中で、写真に仄めかされる言動や素振りのあらわされたことはなかった、
香織はおろか、恵美子でさえ、まったく感じさせられたことはなかったことにあった、或いは、
母と娘のふたりだけの秘密にあって、夫であり、父親は、まるで蚊帳の外に置かれていただけなのか、
それが事実だとしても、どうして、いずれは発見されるかもしれない可能性のある、
衣装戸棚の引き出しの底に置いてあったのか、いったい、これは、どういうことなのか、
単に置き忘れた行っただけのことなのか、それとも、見つけられるために置かれていたことでもあるのか、
疑問は疑問を生んで、繰り返す波のように、頭の中でうねりを繰り返すばかりにあった、
しかしながら、それに対して、強いて答えを求めようという気にはならなかった、
そのようなことをしたところで、父娘の関係に要らぬ揉め事を挟むというだけのことにしかならない、
亡くなった妻が生き返るわけでもない、写真を発見しなければ、何事もなかったことであった、
見つけなかったことにすれば、従来通りのありようが続けられることにあったのだ、
香織からの連絡があっても、疑問の一つに付いても、答えを求めるようなことは一切しなかった、
娘の態度も、何も変わらずというように、写真を仄めかす雰囲気は何もなかった、
娘が日本へ戻って来ない理由がこの写真にあるかもしれないという疑問が湧いたこともあったが、
独りで思い込んでいれば、疑問など幾らでも湧き上がることにあると考えると、
恵美子の写真も、置かれていた引き出しの底へ戻して、
そうして、彼女が亡くなって、遥かに年月も経過した現在、
疑問も答えも雲散霧消してしまうことになることこそ、自然な成り行きにあることだと考えたことだった、
そのようにしたかったことだった。

だが、それが一変して、大きな意義を持つようになったのは、夫婦一体の痴情の場の夢にあった、
みずからがそのように思い込んでいるだけで、実態は大きく相違することにあるのではないか、
という状況を考えさせられたことだった、
恵美子は、何故、全裸を縛られて、その恥ずかしい卑猥な姿を写真で撮影されることにあったのか、
妻は、性癖として、被虐に晒されることに性的快感を覚える、マゾヒズムの傾向にあった、
このように理解することが最も適切な認識にあることは、
恵美子が表現している写真のありようは、性的異常行為にあるということからである、
精神病理としてのマゾヒズムにあると言うならば、尋常ではない振る舞いがあるというだけのことである、
妻は、夫に対して、マゾヒズムにあるみずからを生涯に至るまで隠蔽したということにあって、
それは、夫がマゾヒズムを理解するような男性ではなかったということにあったからだった、
このようにして考えることは、理解を得やすい見方にあることである、
しかしながら、妻の恵美子をまったく理解していなかったことにあったという実際は、
彼女がマゾヒズムの傾向にあったか否かを妄想でしかないと思わせることでもあった、
それは、次のような考えにおいて、同様なものとしてあることを実感させられたからである、
<夫婦一体の痴情の場>を夢見たのは、私なのである、
恥辱・屈辱・汚辱の境遇に置かれて、あからさまになった妻の股間を見つめながら、
性的快感の絶頂を極めて射精したのは、私なのである、
つまり、私こそ、みずからの実態をまるで認識していない、性的異常にあるということだと言える、
それが確かなことであるのかどうかを知るために、私は、突拍子のないことを思い付いていた、
衣装戸棚の引き出しの底へ戻して置いた、恵美子の緊縛写真を取り出してきて、
まじまじと眺めることをしたのである、
その写真が最初に見たときの様相を遥かに変えたものに見えたことは、驚きではなかった、
まるで、見ず知らずの美しい女性が全裸にされて、
あられもない格好で紐で縛り上げられている猥褻な写真ということであれば、
その姿態がかもし出させる妖美は、女性のあらわす顔立ちの表情の悩ましさや、
それを演出する紐の縛り方の巧みさにおいて、鑑賞者を高ぶらせるに充分な官能性があるのであった、
美しい女性の全裸緊縛写真を見つめながら、手先が勃起した陰茎をしごき始めたことの自然は、
鋭い快感をもって、白濁とした液を飛び散らさせるのに充分なものがあるのであった、
私は、妻の写真を見ながら自慰行為を行った、と見なされる現実ではあっても、
私の妄想においては、ひとりの魅力的な女性の写真でオナニーをしたということでしかなかったのである、
妻の恵美子が三十八歳のときに癌で亡くなって以来、十七年の月日が流れていた、
彼女の面影は、記憶のなかでは薄らいでいたことにあった、むしろ、
緊縛写真の女性には、新しい恋人を得たような切なく胸を疼かせるものがあったことは確かだったのである、
そうした折、ガス・メーターがガス漏れの検知を知らせる赤いランプの点滅を知り、
急ぎ、ガス会社へ点検を依頼することになった、
係員が二人来訪して、家の外部と内部を半日掛かって調べたが当該箇所を発見できなかった、
漏れている量は少量ではなかったので、ガス管へ液体を注入して確認がされた、
漏れている箇所がなければ、管は液体で一杯になるということだったが、そうはならなかった、
内部に配管された何処かの箇所が原因であることは分かったが、特定できなかった、
分からないないままに、使用し続けることは出来ないということで、工事の必要を迫られた、
恵美子も香織もいなかった、独り暮らしにあって、二階は使用されていない状態も同然であったから、
現在使用している一階にある台所の湯沸し器と風呂場の給湯器へ、
ガス・メーターから新たな配管をしてもらうことで、解決を得ることになった、
工事は、検査の翌日の一日で完了した、再び、家に静寂が戻った、
それから、一週間が経過した日の午後だった、
独りの女性が私の家を訪ねて来た、
ドア・フォンの呼び出しに応じて開いた玄関扉の向こうにあらわれたのは、
艶やかな訪問着姿の色香があたりに撒き散らされるという、目の覚めるような美しい女性だった、
年齢は、三十歳後半のようでもあり、或いは、二十歳なかばのようにも見えた、
実際は、五十歳を過ぎていたのかもしれないという、
曖昧模糊とした幽玄な幻想美というものを揺らめかせていた、
女性は、その和風に整えられた艶やかな髪型に、綺麗に化粧された麗しい顔立ちをもたげて、
しなやかで優雅さを漂わす物腰で、玄関をなかへと入って来ると名乗るのだった、
「一之瀬由利子と申します、
突然、お伺いしました不躾、失礼致します、
こちらには、設備の整った地下室があるとお聞きしまして、参りました」
それは、顔立ちに劣らず、澄んだ艶やかな声音であった。


(2017年8月19日 脱稿)




☆13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (30)

☆縄による日本の緊縛