13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (28) <愛縛の聖母> 借金返済で弁護士に相談



縄による緊縛という結びの思想・四十八手

(28)  <愛縛の聖母>  





≪「思った通り綺麗な身体をなさっているぜ。
さすがは京都の名門の御令嬢だけのことはあるな」
森田は、美沙江のきらめくように美しい全裸をまぶしそうに見ながらいった。
艶々した長い黒髪を自磁の肩から胸元のあたりまで垂れさせた美沙江の全裸像は、
一つ一つの曲線が優雅なしなやかさを持ち、
むせ返るほどの高貴な官能美といったものを感じさせる。
「さ、女奴隷らしく縄をかけさせてもらうぜ」
と森田が近づこうとすると、美沙江は白蝋のような頬を硬化させ、
「こんな姿の私を、縄でゆわえようというのですか」
と、美しい眼の中に憤怒の色を浮かべて美沙江はタイルの壁に背を当てたまま、
横へ横へと身体をずらしていくのだ。
「ゆわえる?」
森田と田代は顔を見合わせて笑い、
「ここにいる女奴隷は皆、こんな具合にされているんだよ」
と、千代に合図して静子夫人を浴室へ引き入れる。
「あっ」
美沙江は、静子夫人の一糸まとわぬ素肌に麻縄をかけられたみじめな姿を見て、息を呑んだ。
「どうだい。
かっては上流社交界の花形スターだった遠山夫人が、今は俺達のドル箱スターさ」
美沙江の方をまともに見ることが出来ず、静子夫人は美しい眉根を寄せて顔をそむけている。
「こんな風に何もかも丸出しで奥様は、
この屋敷にずっと監禁され、長い間、修業に励んでこられたのよ」
千代は、面白そうにそういって、伏せた夫人の頭髪を掴み、ぐっと顔を正面にこじ上げた。
大粒の涙を閉じ合わせた切長の眼尻より流しつづける静子夫人は、
「――お嬢様、もう、もう駄目なの。何もかも諦めて頂戴。
死んだ気になって、この人達のいうことを聞くのです。ね、お願い」
と、嗚咽の声と一緒に肩を慄わせ、そういった。
力が抜けたようにその場に腰を落として美沙江は両手で顔を覆って泣きじゃくったが、
森田と田代は、背後から美沙江のか細いその両腕に手をかけて、ぐいっと後ろへねじ曲げていく。
美沙江は、たださめざめと泣くだけで一切の望みを断ち切ったように
森田達の手でキリキリと縄をかけられていくのだ。
色白で繊細な背面の中程に美沙江の両手首を重ね合わせてきびしく麻縄で縛った森田は
絹餅のように柔らかくふっくらと盛り上る美沙江の二つの乳房の上下に
余った縄尻を固く巻きつけ始めた。
ぴったりと華奢で優美な両肢を立膝させて男達に縛り上げられていく美沙江の、
世にも悲しげな表情を見る千代と大塚順子は、互いに北叟笑むのだ。
「大分手数がかかったけど、この捕物もやっと終わったわね」
千代は、順子の肩を叩いていった。
「――お嬢さん、我慢して頂戴」
静子夫人は、男達の手で高手小手に縛り上げられた美沙江を見ると、
たまらなくなったように顔をねじって号泣する。≫
日夜、終わりの訪れることのない、過酷な性的調教の被虐に晒され続ける、
静子夫人は、みずからと同様の境遇に置かれる者に対して、嗚咽の声を上げて教導する、
<もう、もう駄目なの。何もかも諦めて頂戴。
死んだ気になって、この人達のいうことを聞くのです。ね、お願い>、
1945年、大東亜・太平洋戦争の終結において、東京湾内に停泊する米戦艦ミズーリの甲板で、
ポツダム宣言の降伏文書の調印式が行われた、
無条件降伏した日本国家は、天皇及び日本国政府の国家統治の権限は、
連合国軍最高司令官の制限の下にあって、
日本国軍と国民は、連合国軍最高司令官の支持に基づいて、
日本政府が下す要求・命令に従うことへ置かれた、
連合国軍最高司令官に従う天皇・日本政府、
それに従う国民という構造が作り出されたことであった、
武器・兵器を剥奪される武装解除、身にまとってきた伝統文化遺産の剥奪、
日本の心とされる、戦前の体制における価値観の否定が行われることにあった、
アメリカ合衆国が政策・施政する<アメリカ民主主義>に基づく
国家再建の道をもたらされたということにあった、
そして、1975年、『花と蛇』の未完の最終部は、次のようになる、
≪「視察団は色々と忙しいのよ。後でまたゆっくり見物させて頂くわ」
千代はそういって部屋を出ると、静子夫人が一人閉じこめられている地下の牢舎へ向かった。
牢舎の中に一人ぽつねんと坐りこみ、
静子夫人は凍りついた表情でぼんやり一点に視線を向けている。
千代と順子が、如何、本日の気分は、と笑いながら鉄格子の間からのぞきこむと
素っ裸の夫人は白い柔軟な両腕を胸の前で交錯させ、
柔らかく翳った睫を哀しげにしばたかせながら千代に視線を句けるのだった。
「黒人とぴったり呼吸も合うようになったようね。
ショーまであと三日なんだから、一層御自分のそれに磨きをかけてがんばって頂戴ね」
千代がそういって笑うと、
夫人は黒髪のおくれ毛が一筋二筋はつれかかる端正な頬を急に歪めて
シクシク泣き出したのである。
「あら、どうしたの、奥様。急に泣き出したりして」
千代はとぼけた口調でいうのだが、
夫人はどうしたのか、
鉄の檻に美しい額を押し当てて奥歯をきしませながら肩を慄わせるのだった。
「千、千代さん。私、私……」
「どうしたの、はっきりおっしゃいよ、奥様」
「私、赤ちゃんが出来たの」
静子夫人が嗚咽にむせびながらそういった途端、千代は、
「まあ」
と、眼を輝かせ、
「ほんとなの、ね、ほんとに赤ちゃんが出来たの」
千代は全身を揉み抜かれたような痺れを感じて声を慄わせた。
静子夫人が泣きじゃくりながらうなずいて見せると、千代は踊り出さんばかりに狂喜する。
「そうなの、赤ちゃんが出来たの。すばらしい事じゃない」
千代が甲高い声で笑い出した時、
川田と医師の山内が地下道を歩いてこっちへやって来た。
「ね、奥様に赤ちゃんが出来たってのは本当なの、山内先生」
千代が山内の手をとらんばかりにしていうと、山内は微笑しながらうなずいて、
「間違いありません。
一週間ばかり前から月のものが止まったので今朝珍察したのですが……」
奥様は間違いなく懐妊されています、というので千代は顔面一杯に喜色を浮かべ、
「よくやって下さったわ、山内先生。
これで私の念願は全部叶えられたという事よ。
充分にお礼をさして頂きますわ」
 といい、牢舎の中ですすり上げている静子夫人に対しては、
「何も奥様、泣く事はないじゃありませんか。これで奥様も一人前の女になったという事よ。
可愛い赤ちゃんを生んで頂戴ね」
と、はずんだ声を出した。
「そろそろニグロとショーの練習をする時間なんだ」
川田は鉄格子にかかっている南京錠に鍵を差しこんだ。
「さ、出て来な」
川田に声をかけられて夫人は指先で涙をそっと拭いながら檻の中より腰をかがめて出て来る。
乳色に輝く上背のある裸身を夫人がそこに立たせると
川田は肩に担いでいた麻縄をとって背後に近づいた。
すると夫人はもう催促されるまでもなく、乳房を覆っていた両手を解いて背中へ廻すのだ。
川田は夫人の背の中程で重ね合わせた白い手首にキリキリと麻縄を巻きつかせていき、
「生まれて来る子供のためにも今のうちにみっちり稼いでおかなきゃあな」
というと、千代も続けて、
「そうよ、お産の費用から赤ちゃんの養育費、
すべてはここで稼ぎ出さなきゃならないのよ。そうでしょ、奥様」
と、哄笑し、川田の手で後手に縛り上げられていく
静子夫人の絹のように柔らかい繊毛を掌で撫でさするのだった。
「わかった、奥様」
「ええ、わかってます、千代さん」
象牙色の冷たく冴えた夫人の頬に一滴の涙が流れ落ちる。
「さ、ニグロの部屋へ行くんだ。歩きな」
川田はがっちりと後手に縛り上げた夫人の背を手で押した。
川田に縄尻をとられ、千代と順子に左右を挟まれた形で静子夫人は地下道から階段を上り、
ジョーとブラウンの待ち受ける部屋に向かって歩まされていく。
庭に面した廊下を歩む夫人の柔媚な頬に木の葉をそよがせて吹いて来る風が柔らかく触れた。
夫人は優雅な美しい顔をそっと上げ、
哀愁の色を帯びた翳りのある瞳で青い空に流れて行く白雲を見上げるのである。
ふと、足を止めて青空を見上げる夫人の表情は
汚辱も屈辱も羞恥も洗い流したような清らかさに輝いている。
「来年の今頃には、もう静子に赤ちゃんが出来ているのですわね、
千代さん」
静子夫人は今、不思議な位に澄み切った気分になっている。
「そうよ、きっと来年の今頃は
赤ちゃんにお乳を飲ませる奥様を私達は見られるでしょうね」
千代は川田と顔を見合わせて笑い、
「さ、ジョーとブラウンがお待ちかねよ。
感傷に浸るのはそれ位にして早くお歩きよ」
といい、夫人の官能味を盛り上げた美しい双臀を平手で軽く叩くのだった。≫
『花と蛇』の筋立てが未完に終わるのは、
絶望にある予定調和が厳然としていることにあって、
<隷属・受容・翻案体質>の備わる、静子夫人には、これより他に生き抜く術がない、
という悟性の境地が示されていることにある、
夫人は、乳色に輝く上背のある裸身へみずから縄で縛られることを求め、
みずからの貞操を奪ったお抱え運転手であった、川田の手で縄掛けされ、
縄尻を取られながら引き立てられていく、その向かわされる先は、
<立川の基地あたりでゴロゴロしてやがる、アメリカ生まれのニグロ>である
ジョーとブラウンが待ち受ける部屋である、
ジョーとの実演に際しては、後ろ手に縛られたままの静子夫人は、
足先を使って、承諾書に署名捺印させられることにあった、
その姿は、<サンフランシスコ講和条約>という日本国家の自立があらわされるのと同時に、
一緒に締結された<日米安全保障条約>という縛りに置かれたありようを連想させられる、
<対米従属を通じての対米自立>という国家戦略の思惑に依ることであったが、
1960年及び1970年の二度の安保闘争を持ってしても、成就される事態とはならなかった、
1975年の『花と蛇』の最終部に依ってあらわされる状況は、
対米従属を宿命とするありようの汚辱も屈辱も羞恥も洗い流したような清らかさに輝いて、
ジョーとブラウンの待ち受けるアメリカ合衆国へ、
静子夫人が完璧に隷属する事態が示されている、
<お産の費用から赤ちゃんの養育費、すべてはここで稼ぎ出さなきゃならないのよ>
と指し示される陰部をあからさまにさらけ出させて、金銭を稼ぎ出さねばならない、
外貨獲得のための高度経済成長が維持されるためには、
<地獄のような被虐の状況に生き続けること>をむしろ喜悦に変えることが求められ、
隷属にあることは当然のありようであるということが自意識となる、
国家が豊かになることに対して、国民は不満を感じることはない、
<日米安全保障条約>があるからこそ、
対米従属にあることが国家を豊かにすることであれば、
一年の猶予さえあれば、いつでも破棄できる条約であるにもかかわらず、
もはや、安保反対を声高々に叫んで、
国民の意思表示が行動としてあらわされることはなかった、
ペリーの黒船の来航以来、アメリカ合衆国が日本国家を属国とする野心は
此処に成し遂げられたという現実が示されたことであった、
それが証明とされるように、1975年を契機として、『花と蛇』の社会への流出が始まり、
<対米従属を通じての対米自立>が決して成就できないありようの弁明となることは、
<アメリカ合衆国への隷属>にあるからこそ、その恐るべき強力な陰茎の軍事力に守られて、
日本国家は高度成長を維持することで、
GNP世界第2位という清らかな輝きにあることを示すことができることにあった、
世相の一般論として、『花と蛇』への根本的批判を見つけ出すことが困難であるほど、
<SMの概念>を基調とした表現が全盛を迎える時代となったことであった、
それは、1991年に始まるバブル崩壊に依って、高度経済成長が頂点を極め、
その後、衰退へ漸進していく経過にあっても、
<アメリカ合衆国への隷属>は当然の事態にあることの自意識に変化はなく、
『花と蛇』においても、文学小説家や批評家が評価する、
日本の性文学の代表という位置付けを得るという同時性が示されたことであった、
日本国家が<アメリカ合衆国への隷属>から決して脱却できないということの存在理由は、
『花と蛇』がそのありようの弁明として、人気のある性文学作品として、
日本国民を鼓舞したという意義において、
司馬遼太郎の作品と同等に評価されるまでに至ることで示されることにあった、
『花と蛇』があらわす、<隷属することは、悦びである>という命題は、
<田代屋敷>という日本国家にあっては、実情を意義することでしかない現実だった、
そのようにして現在も持続する、<戦後>を超克できないというありようは、
過去も現在も未来も変わりようがないという<万世一系>において、
以下のように、静子夫人に依って見事に表現されていることにある。

≪静子夫人は、情感の迫った、とろりとした瞳を夢見るように開き、
甘えるように、なよなよと肩を揺さぶった。
逃れようのない体を、元の使用人二人の手でいたぶられる苦悩……
口ではいえぬ恐ろしいほどの羞恥と屈辱感に、
緊縛された美しい裸身をくねらせる夫人であったが、
その被虐感と並行して一種異様な快美感が夫人の全身をしめ上げてくるのだ。
千代と川田の二人に残酷に取り扱われ、冷酷にいたぶられる……
その被虐感の中からこみ上がるこの快味は一体、どういう意味か。
夫人は、ハラハラと大粒の涙を流しなが身も心も、どろどろに溶かされていくのだ。≫

≪地下の石畳の上に、小さなあかり取りの窓から朝の光が、ぼんやりと、そそいでいる。
ふっと眼を開いた静子夫人は、鉄格子の間から外を見た。
今日もまた自分は生きている……とそんな気持であった。
不気味な狭い牢舎の中、その中に一糸まとわぬ素っ裸の女。
自分は、とうとう一匹の性獣になってしまった、
と夫人は両手を交錯させるようにして乳房を抱きしめながら、ぼんやりと一点を見つめている。
昨夜は身も心もバラバラに打砕かれるような責めを受け、体の節々がズキズキ痛む。
夫人は狭い牢舎の中を這うようにして身を動かせ、ふと下腹部に眼を向けた。
白い脂肪を透かした腹部から太腿あたりに以前には見られなかった
女っぼさが滲み出ているようだ。
あのように言語に絶する責めを連日受けながら、
信じられない事だが肉体だけは責めを耐え抜く事によって
水々しいばかりに成熟の度合を高めている。
夫人は、翳の深い美しい瞳に哀しげな光を浮かべながら、
妖しい白さを持つ両腿の間にふと眼を向けた。
艶々した純黒の繊毛は、昨夜のあんな狼藉など忘れたように雪白の両腿の中で静止している。
夫人は男達の連日の淫らで執拗ないたぶりを受けるそれが、
たまらなく哀れなものに思えて眼をそらしてしまった。
ふと夫人は、ある事を思い出して急に身を慄わせた。
今日は、いよいよ医師の手で……
千代のいった言葉を思い出すと、夫人はガクガクと膝のあたりを慄えさせる。
いよいよ決定的な刑の執行を受ける日が来たのだ。
夫人の端正な白い頬に、大粒の涙が一筋二筋と流れ落ちた。
如何に悪どい責めや淫らないたぶりを受けても、
あと一歩のところで人間としての自意識を持ちこたえ、
悪魔達の前に無条件降伏する事は出来ない魂というものを夫人は持っていたが、
遂にその魂も今日は微塵に打ち砕かれる事になるだろう。
そして、ニグロが間もなくやって来るという。
夫人は、遂に終着駅に来たような感じになった。
もうこれで私は終わりだわ、
と夫人は、しいんと凍りついた眼差しで冷たい鉄格子を見つめている。 
遠山家にいた当時の事が、幻影となって鉄格子の間に浮かび上っては消えていく。
広大な遠山家の庭園の色々な樹木……
樹々の録は日ましに色濃く、空には白い雲。
あのバラ園のバラも見事に咲いて、小鳥が賑やかに季節の囀りを交わしていた、
あの美しい絵のような日々……
そうした想い出が、熱病に冒された時のように、夫人の脳裡に浮かび上るのだ。
地下の階段を降りて来る足音に、
夫人はハッと現実に戻って身を縮め、ぴったりと立膝して乳房を両手で抱きしめる。
千代が鬼源と一緒に、浮き浮きした表情でやって来た。≫

≪静子夫人はきびしく緊縛された上背のある美しい裸身をすっくと立たせて長い廊下をよぎり、
山内という酔いどれ医者の待つ部屋へ向かっていく。
元、女中である千代に縄尻をとられ、
ズベ公の銀子と朱美に左右を挟まれた形でゆっくりと足を運ぶ夫人の端正な横顔は
すっかり観念しきったように美しく澄んでいた。
庭に面した廊下を歩む夫人の頬に青空から吹いてくる風が冷たく触れた。
すると夫人は冷たく冴えた優雅な顔をそっと上げ、
哀愁の色を帯びた翳りのある瞳で空を見上げる。
庭の緑をゆるがせて清々とした風が吹いてくるのだ。
一糸まとわぬ素っ裸をかっちりと後手に麻縄で縛り上げられた夫人は
歩むのを止めて青い空に目を向けながら、
ここに監禁されて以来、こんな澄み切った気持になった事があるだろうかとふと考える。
また、こんな美しい空を一度だって見た事があるだろうかと思うのだ。
連日連夜の汚辱の調教で身心ともに疲労しきっている夫人だけに、
この日の青空から吹いて来る薫風はひとしお魂に染み入る哀愁として胸にこたえるのだった。
「何をぼんやりしているのよ。山内先生がお待ちかねなのよ。さ、早く歩かないか」
千代はしっとりと翳りを含んだ夫人の端正な横顔を睨むようにし、
次に夫人の官能味をむっと盛り上げた量感のある双臀をぴしゃりと平手で叩くのだ。
夫人はふと自分に戻ったように優雅な容貌を正面に向け、
悩ましいばかりに形のいい双臀をうねらせるようにしながらゆっくりと再び歩き始めた。
廊下を二つばかり曲がった所にある日本間へ
夫人は千代に縄尻をとられて押し立てられていく。
…………
「何もかもこれでうまくいったという事ね」
などと千代はいい、珠江夫人もあの驕慢さを徹底的に破壊されたと思うと
熱っぼい快感が千代の胸にこみ上ってくるのだった。
ようやく復讐をなし遂げたという快美感で千代は酔い痴れている。
京子と美津子の美人姉妹はこれからコンビを組まされてお座敷ショーの練習に励むこととなり、
また小夜子と文夫も姉弟でいわゆるポルノショーのコンビを組まされる事になった。
珠江夫人はこれから鬼源の指導で静子夫人の域に到達するまで珍芸の勉強に入る事となり、
捕われの美女の中でたった一人の処女である美沙江は
近く水揚げさせて桂子とコンビを組ませる予定だと
川田はメモを見ながら田代に告げるのだった。
「おわかりになった、奥様。それぞれの美女がすべてコンビを組まされて
これから森田組のために一生懸命働くことになったのよ。
どう、私達の思いつきはすばらしいとは思わない?」
千代は床の間の柱に立位でがっちり縛りつけられている
静子夫人の柔媚な裸身をしげしげと見つめていった。
静子夫人は綺麗な睫を哀しげにしばたかせながら
涙をねっとり湛えた黒眼勝ちの瞳をじっと前方に向けている。
自分の運命をすっかり諦め切ったような空虚な限をしばたかせる夫人の端正な横顔は
荘厳なばかりの美しさに照り映えていた。
…………
「いっときますけどね。奥様の出演料なんか誰が払うものか。
奥様は一生ただ働き、いくら働いたって布きれ一枚買ってもらえない性の奴隷だっていうことを
よく胆に銘じておくことだね」
千代は冷酷な目で静子夫人の悲痛な横顔を見ながらそんな風に毒づくのだ。
黙って傍に坐りこんでいる山内は千代の異常な残忍性に舌を巻き、
この女は気がおかしいのではないかと思うのである。
「そ、それじゃ千代さん。
静子は一体どうやって山内先生の贈りものを買えばいいのですか、教えて」
静子夫人は乳色の肩を慄わせ、泣きじゃくりながら悲痛な声音でいうのだった。
「素っ裸の素寒貧か、仕様がないなこれは」
田代は煙草に火をつけながら千代に笑いかける。
田代も千代の狂気めいた残忍性に舌を巻いているのだ。
これから人工授精をほどこされ、いよいよ奈落の底へ突き落とされていく静子夫人を
何もそこまで徹底していたぶる事はないと思うのだが、
確かに千代の神経は異常をきたし静子夫人を肉体的にも心理的にも徹底して痛めつけ、
屈辱にのたうたせようとしている。
千代は川田の持つコップを取り上げ、中のウイスキーを一息に飲み乾すと、
田代に近づいて彼の耳に口を寄せた。
「だが千代さん。何もそこまでしなくても」
「いいじゃないの、社長」
千代は冷酷な微笑を口元に浮かべて、
柱に縛りつけられた美麗な裸身をよじらせ、すすり泣く静子夫人の前に再び歩み寄るのだ。
「仕方がないわね。
身体に残っているものを剥いで売っ払うにも生まれたまんまの素っ裸なんだから」
千代は片頬を毒っぼく歪めながら、
「となると、これでも剃りとって誰かに買ってもらうより仕方がないじゃない」
と、静子夫人の妖しいばかりに官能的な両腿の間を指さして笑いこけるのだった。
静子夫人は千代の指さす自分の肉体の部分に気づくと
ハッとしたように赤らんだ顔を横へねじり、美しい眉を哀しげに寄せた。
「ね、奥様からは何も取り上げるものはないんだから、仕方がないわ。
せめてそれでも剃り上げなきゃ」
千代は静子夫人の羞恥の源を柔らかく覆っている艶めかしい漆黒の繊毛を剃りとり、
それを田代に買わせるという着想で嗜虐の悦びに胸を高鳴らせているのだ。
静子夫人は切れ長の美しい目を固く閉じ、唇を強く噛みしめて一言も発さず、
微動もせずおくれ毛をもつらせた優雅な横顔を見せている。
肉体的にも心理的にもこうまで自分をいたぶり抜く千代は悪魔の化身としか思われないが、
夫人の心にも千代の肉迫を被虐の快感として受け入れる
悪魔的な血の高ぶりがじわじわとこみ上ってくるのだ。
一体、どこまで自分を嬲りものにすれば気がすむのか、
といった反撥が千代の攻撃を徹底して受けて立ってやるといった
被虐性の報復につながってくる。
やがて自分は人工授精という恐ろしい手段で葬られるのだ。
もうどうとも好きなようにすればいいと静子夫人は捨鉢な気分になっている。
「田代社長が奥様に同情してそんなものを買って下さるそうよ。
さ、社長にお礼を申し上げなさいよ」
千代は夫人の麻縄に緊め上げられた形のいい乳房を指ではじいた。
すると夫人は、千代から与えられた強い屈辱感と一緒に
説明のつかない一種異様な快美感がぐっと胸にこみ上ってくるのを感じ出した。
この千代という名の悪魔に
もっと冷酷に残酷に扱われたいといった変質的な願望が夫人に生じてくる。
田代に礼をいえ、と千代に浴びせられた夫人は薄く上気した美しい顔を上げ、
情感的な輝きを湛え始めた瞳をそっと田代の方に向けるのだった。
「……こんなものを買って下さるなんて
……本当に静子、心から社長にお礼を申し上げますわ」
いささか皮肉っぼい口調だが、
夫人は哀しさも忘れて涙を振り切ったような冷静さで田代に向かっていったのである。≫

≪まあ、もう鈴をこんなに濡らしちまって」
と、千代は川田が夫人の股間より外し取った鎖の鈴を見て、わざと不快そうにいうのだった。
「さっき知らず知らず濡らしちゃったんだろ。そうじゃないかね、奥さん」
と、川田はゲラゲラと笑い出している。
夫人は川田のそんなからかいよりも
これからいよいよ我が身に誰のものとも知れぬ種を宿される恐怖感で
階段を登る素足がガクガクと慄えるのだった。
千代はそんな夫人を元気づけるように
仇っぼく盛り上った夫人の双臀をピシャリと平手打ちする。
「そんな哀しげな顔をせずもっと胸を張って歩きなさいよ。
赤ちゃんを産む事が出来るなんて女にとってとても幸せな事じゃない」
「だって、だって」
静子夫人は耐えられなくなったように階段の途中で止ち止まると、
横の壁に美しい額を押しつけて泣きじゃくるのだった。
「父親のわからない赤ちゃんを産まなきゃならないなんて、嫌っ、そんなの嫌っ」
夫人は乳白色の艶っぼい肩先を激しく慄わせて哀泣し、
急に泣き濡れた顔を上げると川田に向かって、
「川田さん、静子は性の奴隷としてどんな辛い調教でもお受けしますわ。
ですから、こんなむごい方法で静子に赤ちゃんを産ませるような事はならさないで。
ね、川田さん、その事を千代さんにお願いして頂戴。後生です」
と、昂った声で哀願するのだった。
「今更、どうにもならないさ。高い費用をかけて人工授精の用意万端整えたのだからな」
川田がせせら笑っていうと千代がそれに続けて、
「さっき、奥様は珠江夫人にいい事をいったじゃない。
ここの人達は思いこんだ事はどうしてもやり遂げる人だってね。
珠江さんに説法しながら、御自分がそれを忘れるなんておかしいわよ」
静子夫人は千代のその言葉に肺腑をえぐられたような思いになる。
「さ、涙を拭いて。お母様になれる門出なのにそんなに泣くなんておかしいわよ」
千代は袂からハンカチを出して夫人の柔らかい睫に滲む涙を拭いとるのだった。≫

≪静子夫人は川田や山内、田代達の手で
横抱きにされて木製のベッドの上へ仰向けに寝かされていく。
後手に縛り上げられたままの優美な裸身を冷たい木の寝台に仰臥させた夫人は
涙にしっとり潤む美しい瞳をぼんやり天井の方へ向けていた。
これから悪魔達の手で自分の肉体には種が植えつけられ、やがて妊娠し、
父親のない赤ちゃんを産み落とさなければならない自分……
夫人はそんな自分を悲惨に思うより、
自分の分身が自分の体内から生まれるという女の肉体の不思議さと愛など微塵もなく、
汚辱感と屈辱感の炎の中でも懐妊出来る女というものの哀れさを
そこはかと感じ出しているのだった。
川田と山内が夫人の陶器のように白い脛のあたりに手をかけ、
繊細な足首に鎖を巻きつけさせると、滑車につながったもう一つの鎖を引く。
台の上でぴったりと揃えさせていた夫人の下肢は
足首に巻きついた鎖にたぐられてキリキリと上昇し始めた。
いよいよ人工授精を施される……
恐怖の感情が電流のように夫人の身内を一気に貫くのだった。
冷たい木製の寝台……
それを手術台として静子夫人は麻縄で後手に縛り上げられた優美な裸身を仰臥させ、
スラリと伸びた両肢は宙に向かって開股に吊り上げられている。
夫人の華奢な足首に巻きついた鎖が天井の滑車にたぐられて上昇し、
浣腸責めにかけられる時のあの浅ましいばかりの羞恥の肢体を
夫人はとらされてしまっているのだった。
静子夫人はその臈たけた美しい頬に乱れ髪をもつらせながら
切れ長の美しい瞳を静かに閉じ合わせ、
自分の運命をすっかり諦めたように身動き一つ示さなかった。≫

≪ここが地獄というものならば、自分はその地獄の終点にまで遂に歩いて来たのだ、
という感慨が夫人の胸に迫ってくる。
人工授精……自分はこれから悪魔の種を植えつけられるのではないか、
という恐怖心を夫人は抱いていたのだが、
たとえ、そうであっても女奴隷の自分に何の反撥が出来よう。
自分がこの場に至って、急に哀願し、見苦しいあがきを見せるというのは、
まだ人間でいたい、女でありたい、
という現世に対する未練が尾を引いているのではないか、と夫人は思うのだった。
言いかえれば、
この地獄を極楽浄土と考える女奴隷としての悟りが自分には未だ出来ていないのだ。
千代が望むように自分がここで妊娠し、出産するという事にもしなるならば、
希望の一かけらもない女奴隷の自分の心に
何かを切り替えた生活と希望の斜面が現われる事になるかも知れない。
静子夫人はそう感じると、涙を振り切ったように頬にまつわりつく乱れ髪を揺さぶり、
涙を一杯に滲ませた美しい瞳をそっと千代の方に向けるのだった。
「ごめんなさい。千代さん。今になって駄々をこねたりして」
柔らかい睫を哀しげにしばたかせながらそういって千代に詫びを入れた夫人は、
「私、きっと可愛らしい赤ちゃんを産みますわ」
と、自分にいい聞かせるようにそっと美しい潤んだ瞳を空間に向けながらいうのだった。
そういった瞬間、夫人は自分がただ屈辱と汚辱の間をさ迷うだけの女奴隷ではなく、
これからは日夜、自分を責めさいなむ悪魔達に対抗する事の出来る強さを持たねばならない
という強い感情が湧き始めるのである。
それまで思ってみなかった全く新しい、強い決意にも似た新しい感情であった。≫

≪「ね、先生。数秒間で種つけが終わるなんて味けがないわ。
奥様の身体をゆっくりと可愛がってあげながら、一緒に種つけする。
せめて、これ位のぜいたく気分を奥様にも味わわせてあげましょうよ」
…………
「ええ、静子もその方がいいわ。うんと楽しませて頂戴」
夫人はそっと柔らかい睫を開き、
しっとり潤んだ仇っぽい眼差しでにじり寄って来る千代と川田を交互に見つめるのだった。
千代も川田も、かっては静子夫人の使用人である。
夫人は女奴隷となった自分が、
現在どのように娼婦として成長したかをこの二人に誇示してやりたい気分になっている。
それが自分をここまでみじめに転落させた二人の使用人に対する
復警でもあると夫人は思うのだった。≫

≪静子夫人は自分のその部分が川田の持つカメラに
次から次に写しとられている事を意識すると被虐性の情欲が体内に渦巻き出してくる。
心理的にも、もっともっといたぶられ、
恥ずかしめられたいという悦虐の願望が煮えたぎるように自分を襲い始めるのだが、
その被虐願望の意志をはっきり表示するまで
静子夫人は何時の間にかマゾ女性として調教されてしまっているのだった。
ねえ、川田さん、静子のお尻の下に枕をお当てになれば」
と、かすかな声で誘いかけるようにいい、
「そうすれば、お尻の穴まではっきりカメラに写るじゃありませんか。
ね、お願い、どうせ撮るならうんと恥ずかしい写真をお撮りになって」
と、暴力行使者の川田の方がむしろたじろぐぐらい、
全身に酔いの回った夫人は大胆な言葉を囁きかけてくるのだった。
自分がそうして積極的に振舞って相手をたじろがせる
……それで憎い相手に対して一矢を報いている気持に夫人はなっているのだ。≫

≪静子夫人が両肢を吊られ、腰を浮かせているベッドの上には
丸裸になった男たち三人が、からみついている。
夫人はその優美で成熟しきった全身を三人の男に隅から隅まで愛撫され、
上体と下半身を同時にうねらせながら
薄紙を震わせるような声ですすり上げているのだった。
川田が麻縄にきびしく締め上げられた夫人の片方の乳房を
片手でゆっくりと愛撫しながら夫人の上気した頬に頬をすり寄せていくと
夫人は甘美なうめきを洩らしながら川田の方に顔を向け、
うっとりと目を閉ざしつつ自分の方から能動的に唇を求めていく。
ぴったりと川田に唇を押しつけ、貪るように川田の唇を吸ってから、
夫人は次に横から息をはずませて身をすりつけて来る田代の唇に
静かに唇を触れさせて今度は田代の唇に吸わせるのだった。
宙に吊られた優美な両肢を海草のようにうねうねと悶えさせ、
三人の男達の粘っこい愛撫を受けて軟体動物のように甘い身悶えを示す静子夫人は
男達の手管が上半身から次第に下半身の方に移行し始めると
その甘い嗚咽の声は更に高まっていく。
「ああ、た、たまらないわっ」
川田が鳥の羽毛を使って悩ましい漆黒の繊毛の上をひっそりとさすり始めると
夫人は枕の上に乗せた双臀をブルブル痙攣させながら
ひきつった声をはり上げるのだった。
「ああっ」
夫人は脂汗を滲ませたうなじを浮き立たせすさまじいばかりの啼泣を口から洩らし始める。
川田が無我夢中になって生温かくじっとりした柔らかい柔肌の感触を舌先でえぐっているのだ。
今にも絶え入りそうな鼻息を洩らして夫人は緊縛された優美な裸身をのたうたせるのだった。
唇を離した川田が山内と一緒になって今度は指先を使い、優しく愛撫し始めると、
夫人は打ち上げられた魚のもがきのように
後手に縛り上げた上半身を右に左に激しくよじって、
「見て、ああ、もっと全部見て頂戴っ」
と、半ば気が狂ったような高ぶった声をはり上げるのである。
静子夫人の今日の狂態は何時もとはたしかに違って常軌を逸したものだった。
酔った故もあろうが、
これから種を植えつけられ、妊娠しなければならぬという恐怖を忘れるため、
自棄になって自分を淫婦めかし、性のエクスタシーに追いこもうとしているのか、
と川田は感じる。≫

≪「わ、わかってますっ」
静子夫人はいよいよ激しくなって来た嗚咽の声と一緒にそういい、
「静子がその気になるまで、ね。川田さん、もっともっと静子を泣かせて頂戴」
と、おびただしい樹液を吹き上げながら告げるのである。
自分が如何に性に対して貪欲になっているか、
それを川田にわざと夫人は訴えかけているようだ。そして、
「ね、おねだりしていい」
と、喘ぎながら夫人は甘い声音を出し、
「バイブを使って」
などと自分の方から欲求したりする。
川田が小型のバイブを手にしてスイッチをひねり、女体に触れさせようとすると、
嫌っと枕に乗った見事な双臀を揺り動かせ、
「そ、そこじゃないわ」
と、すねたような声を出し、
「その下のあそこよ。私、そこが近頃、とても感じるようになってしまったの」
と、声を震わせていうのだった。
川田と山内は夫人にリードされた形でバイブを菊花の部分に軽く触れさせたが、
もうそれだけで夫人は悲鳴とも啼泣ともつかぬ声をはり上げて緊縛された全身を揺さぶり、
その悶えようの激しさはやはり狂気じみて川田と山内は驚きの目を瞠る。
渦巻き状になって責め具が女体をいたぶり始めると夫人は魂消るような異様な叫びを上げ、
宙に吊られた両肢をガクガクと揺さぶりながら、
「ああ、静子は、ど、どうすればいいのっ」
と、進退極まったような言葉を吐くのだった。
額からタラタラと汗を流しながら川田は一途になって責め具を操作させる。
官能を掻き立てられて全身火柱のように燃えさかった夫人は
狂乱状態となって責め具を更に自分の身内に引き入れようとするかのように
枕に乗せ上げられた仇っぼい双臀を前後に激しく揺さぶり出すのだった。
そして、錯乱状態に陥ってしまったのか夫人は、
「静子はきっと可愛い赤ちゃんを産みますわ」
と、うわ言のように口走ったり、
「お願い、川田さん。静子が赤ちゃんを産んだら可愛がって下さいましね」
と、大粒の涙を流しながら必死な思いをこめて口走ったりするのだった。
そして、静子夫人は突きさすような鋭い快感がこみ上って来た事を
全身をブルブル震わせて激しい調子で訴えた。
まもなく夫人が絶頂を極めるという事を察知すると
山内は長いピンセットと金属の缶を取り上げて人工授精の支度にかかった。
やがて、頂上に追い上げられて絹を裂くような声と共に
夫人が瘧にでもかかったような痙攣を示し出すと、
山内は計画していた事を実行する。
相次ぐ悦楽の発作に酔い痴れてしまった夫人は、
「はい、奥様授精は終わりましたよ」
と、山内に耳元で囁かれてもすぐには何の事だか思い出せないでいた。≫

≪黒人特有なものだろうか。
野獣的な強烈な体臭とヤニ臭さに千代も先程から辟易していたのだ。
しかし、このどうしようもない醜悪な野蛮人と
これから静子夫人が汗みどろになってからみ合う事になるのだと思うと、
千代の残忍な血は渦を巻き、胸が高鳴ってくる。
ベッドの脚に縄尻をつながれて正座している素っ裸の静子夫人は
すっかり観念し切ったように眼を閉ざし、身動き一つ示さなかった。
しっとり翳った象牙色の藹たけた左頬におくれ毛を二、三本もつらせ、
柔らかな睫を薄く閉ざしながら心持ち頭を垂れさせている静子夫人を
千代は何ともいえぬ楽しい気分で眺めている。
今の静子夫人には地獄の終着点まで引きずられて来たという恐怖感はなかった。
狼狽もなければ哀しさもない。恐れおののく心などは霞のように消え果て、
無我の心境になって自分の行きつく果てを見極めたいという気持になっている。
今頃、珠江夫人や美沙江はどのようなむごい目に合わされているか……
それを思い悩む気持も静子夫人からは消えかかっている。
いくら悩み、嘆いたところでもう自分には手の施しようがないのだ。
自分は完全に悪魔に屈伏し、被虐の悦びを骨身に沁みこまされてしまった女ではないか。
人工授精でフランス人の種を植えつけられ、
この道のプロだという醜悪な黒人とこれから男女の契りを結び、
コンビを組まされて、いよいよ、本格的なプロの道を歩まされる……
そう思うと遂に一匹の性獣として完全なまで飼育された自分に
夫人は何か不思議な悦びのようなものを感じるのだった。
…………
「それじゃ、そろそろ、ジョーとお床入りして頂こうか」
川田は冷たい乳色の光沢を放つ静子夫人の背に手をかけたが、
夫人の優雅な頬に涙が一筋したたり落ちるのに気づくと、
「どうしたんだ。黒人のあのでっけえものを見ておじけづいたのかい」
と、千代と眼を見合わせながら薄笑いするのだった。
静子夫人は哀しげに左右へ顔を振る。
「そうじゃありませんわ。
よくもここまで静子の心と身体が持ちこたえる事が出来たと、
そんな自分が自分でいじらしくさえなってきたのです」
女の羞恥の源も夫の眼にさえ触れさせた事のない内股深くの菊花も、
日夜、鬼源達の徹底した調教を受けて
今までの自分には想像も出来なかった機能を発揮出来るようになっている。
そんな調教に耐えつづけた自分の肉体が
夫人はふと哀れにもいじらしく思えてくるのだった。≫

<地獄のような被虐の状況に生き続けること>をみずからの人生の宿命としたことは、
静子夫人が導かれた悟りの境地であった、
言葉と暴力に依って、様々な過酷な性的調教に晒され続けた精神と肉体は、
洗脳された精神と開発された肉体の快楽において、
<汚辱も屈辱も羞恥も洗い流したような清らかさに輝いている>
という悟りにまで至ったことであった、
それは、苦行して清らかさの悟りを見い出す、宗教的趣きを漂わせるものにあるが、
日本民族が主潮とする、<感情に依る自然観照の情緒的表現>にあることである、
死が生の終わり告げることのない限りは、生き続けることに終わりは訪れない、
その意義では、現在を生きる者は、永遠を生きる者にある、
<地獄のような被虐の状況に生き続けること>を現在を生きる自然過程にあると認識することは、
日夜、移り行く被虐の状況は、<青い空に流れて行く白雲>のように移り変わる季節と同様にあり、
台風・地震・津波・火山活動といった度重なる自然災害に見舞われながらも、
屈せずに子孫を繋いで生き続ける、
日本列島に居住する日本民族の創始以来の自然過程があらわされていることにある、
静子夫人は、望まない妊娠から孕んだ子を産む決心をするのである、
子孫さえ絶えることがなければ、日本列島が沈没でもしない限り、
そこに居住する日本民族は、どのような被虐の状況へ置かれたことにあったとしても、
清らかに輝くことのできる存在にあるということが示されるのである、
<隷属・受容・翻案体質>を備えて、
<もののあはれ>という<感情に依る自然観照の情緒的表現>の知覚作用にある、
日本民族における者が到達した、それ以上の先はない、悟りの境地ということである、
従って、それ以上の先はないという以上、その<隷属・受容・翻案体質>は、
<自主・独立・固有の知覚>を生み出すということにはない、
現在の日本民族が立たされている、
<自主・独立・固有の知覚>を生み出すという問題がなければ、
日本民族が万世一系の隷属をあらわすという存在理由がその答えとなることの終わりである、
<隷属することは、悦びである>という命題を掲げる<和製SM>は正当化される、
<日本民族>などは、このようなものでしかないということが示されている事態である、
そもそも、人類繁殖・異種混交・雑多性交のありようからすれば、
<民族>などという純粋な概念はあり得ないことにある、
論理の要求から、<日本民族>を主題としていることに過ぎないことになるが、
<日本民族>が隷属のありようから衰退・滅亡・消滅していく経過にあったとしても、
73億7千万余の人類における、数多ある民族の一つの消滅ということでは、不思議はない、
人類は、人口の巨大増加の問題と相対している、
地球温暖化に拍車が掛かれば、耕地面積減少・食糧難・エネルギー不足において、
いずれは、人類の淘汰という問題を眼前とさせられる事態は、時間の問題としてある、
それを考えれば、<日本民族>が隷属に囚われている思考にあることの相反・矛盾は、
超克されることなくして、何を作り出すことのできる民族にあると言えることにあるのか、
日本民族の能力は、縄文人の時代に始まる、
遺伝子として継承・持続させている、<結びの思想>というものがある以上、
隷属にあることの一過性は、歴史時間の中のほんの僅かでしかない事態と見ることもできる、
開国を求めた明治維新という時期の同時代性において、
脱構築する絵画という存在理由をあらわす、
月岡芳年の『奥州安達ケ原ひとつ家の図』の認識は、常に、我々を啓発するものとしてある、
<結びの思想>の見地からすれば、
『花と蛇』の未完の最終部に<終わり>を作り出す象徴的場面があるとすれば、
次のようなものとなることへ促されるという啓発である。

場所は漆喰の崩れかけた<あばら家>であった、
その場所は、かつては<田代屋敷>と呼ばれていた、外部から隔離された豪壮な邸宅にあった、
屋敷の中で何が行われていたかは、その残された<あばら家>からは知る由もなかったが、
<あばら家>が『奥州安達ケ原ひとつ家の図』に描かれた装置と同様にあったことは、
芳年の絵画のあらわす認識が人間を生存させる根源的な四つの欲求、
食欲・知欲・性欲・殺傷欲の総合性にある人間存在ということであれば、
<あばら家>のあらわす情景も、また、人間の因果というものが示されて、不思議はなかった、
芳年の絵画における、人間の因果とは、
公家屋敷に奉公していた、<母>が乳母として姫を養育していたが、その姫が重い病気を患い、
易者の助言から、妊婦の胎児の生き胆を呑ませれば治るとされて、探し出す旅に出る、
奥州の安達ケ原にある岩屋までたどり着いて、そこを住まいとしていたところ、
旅すがらの若夫婦が宿を求めてやって来た、
その夜更け、身重であった若妻は産気づいて、夫は、産婆を探すために岩屋の外へ走った、
<母>は、この時とばかりに、研ぎ澄ました出刃包丁を振るって、
陣痛に苦しむ若妻の膨らんだ腹を切り裂いて、胎児の生き肝を取ることを果たしたが、
若妻は、息絶え絶えの口で、幼い折に、京都で別れた母を探して旅してきたが、
とうとう会えなかった、と言って息を引き取った、
<母>がふと見ると、若妻はお守り袋を携えていた、それは、見覚えのあるお守り袋だった、
若妻は、別れた<母>の実の娘であったのである、
真実に気がついた<母>は、余りの驚愕に気が狂ってしまい、鬼婆と化したのであった、
それ以来、宿を求めてやって来た旅人を出刃包丁を振るって殺害しては、その生き血を吸い、
いつとはなしに、<奥州安達ケ原の鬼婆>として、知れ渡っていくことになったというものである、
<母・娘>の人間の因果が生と死を焦点として示されている、
その<あばら家>に展開されている情景においても、この<焦点>は、同様にあった、
日本家屋の室内であった、天井は煤で黒ずみ、壁はひび割れて、
漆喰が数箇所に渡って大きく剥げ落ちていた、柱にも酷い腐食があらわされ、
開け放たれた出入口は、木戸か障子が失われているほどに老朽化していた、
廃屋の陰湿で黒ずんだ雰囲気を漂わせていたが、それとは対照的と言えるものが存在した、
天井の梁から吊るされている、女性の姿態である、
女性は、羞恥の箇所を隠させる布切れひとつない、生まれたままの全裸という姿態にあって、
後ろ手に縛られ、胸縄を掛けられ、両脚を揃えて足首を束ねられた、逆さ吊りとされていた、
ミルクを溶かしたような白い柔肌の輝きは、辺りを明るませるくらいの艶かしさがあり、
麻縄を上下に数本、喰い込ませている両乳房は、
触れれば溶けるような柔らかさで悩ましく盛り上り、しなやかで艶っぽい肩先、
滑らかでスベスベした鳩尾のあたり、腰のくびれの形よさ、
全体的に如何にも貴婦人の肉体を感じさせるような優雅な線と官能味を一つにして匂わせていた、
また、下肢から大腿にかけてのスラリと伸びた脚線の美しさはどうだろう、
ぴったりと閉じ合わせている乳白色の太腿はムチムチとして見事に肉が緊まっている、
その官能味のある両腿の附根あたりに生暖かそうにふっくらと盛り上る艶っぽい漆黒の茂みは、
妖しさが匂い立つばかりの柔らかさで、その奥に秘められた個所は名器にあると賞賛される、
二十六歳の静子夫人という若妻であったことは、その場所が<田代屋敷>であったならば、
物語の筋立ての経緯を知る者にとっては、
絶世の美女であると評判の顔立ちが手拭いの猿轡に依って覆われていたことにあったとしても、
突き出すように張り出せた、大きく初々しい孕み腹にある、妊婦姿から窺い知ることができた、
臨月に近い妊婦は、その膨れ上がった腹に麻縄を掛けられて、
否応にも妊娠を強調されている緊縛に置かれていたことは、
眉をしかめて両眼を閉じさせた苦悶の表情が伝えていることにあった、
しかしながら、一方では、ふたつの薄紅色の可憐な乳首を欲情に尖らせているありさまや、
生暖かそうにふっくらと盛り上る艶っぽい漆黒の茂みをしとどに濡らしているという様子からは、
汚辱や屈辱や羞恥にある、
その身上に官能を舞い上げられているありようにあることも確かなことであった、
被虐に晒されれば、それだけ燃え上がる、精神と肉体のありようがあらわされていることだった、
そして、舞い上げられた官能は、行き着くところへ行かなければ、終わりとなることではなかった、
従って、終わりが用意されていた、
研ぎ澄まされた出刃包丁の鋭利な刃の輝きが用意されていた、
天井の梁から全裸緊縛姿の逆さ吊りとされていた、静子夫人に相対して、
身だしなみ良く整然とした和服姿にある、二十一歳の女性が床へ正座しているのであった、
その手に握られた大きな出刃包丁は大きな砥石で研がれている真っ最中であったが、
可愛らしい顔立ちの表情は、険しいくらいに真剣そのもので、その睨みつけるまなざしは、
解かれた艶やかな黒髪を長々と垂らす、<母>の顔立ちへ向けられているのであった、
義理の娘にある、遠山桂子だった、
静子夫人がそのような身上にまで行き着くことになる、発端となった事件の張本人であった、
誰の子種であるのかも分からない精子で人工授精を施され、
それでも、父親のわからない赤ちゃんを産もうとする、<母>に対して、
みずからの不始末については、みずからの手を持って、決着をつける以外にない、
<愛縛の聖母>として、終わりをもたらす決心をした、桂子の行動であった、
<母・娘>の人間の因果が生と死を焦点として示されたことだった。


*上記の≪ ≫内は、団鬼六著『花と蛇』より引用


(2016年12月29日 脱稿)




☆13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (29)

☆13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (27)


☆縄による日本の緊縛