13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (25) 静子夫人の<教導> 借金返済で弁護士に相談



縄による緊縛という結びの思想・四十八手

(25)  静子夫人の<教導>






≪静子夫人と京子は、鬼源の調教、つまり、レスボスの演技がひとまず終わって、
わずかの休憩をとらされているところであった。
部屋の隅の床の上に、二人の美女は互いに背を合わすようにして、
縛り合わされ、美しい眼を伏せているのだった。
今まで強制され、演じつづけていた魂も凍るばかりの演技に対する猛烈な自意識がこみあがってくるのだろう。
時折、二人の美女は、たまらなくなったように声を震わせて互いに鳴咽するのだったが、
それはただ羞恥と苦痛ゆえ流す涙ではなく、鬼源に強制されたプレイを演じているうちに、
何時しか演技というものを超越し、陶酔めいた気分につつまれて、
静子夫人と京子は、何か離れられないものをお互いに感じ合う結果となり、
そこに、ふと女体の悲しさを感じとって、泣きつづけるのであった。
言いかえれば、田代や森田、そして、鬼源達の嬲りものとなり更に今後も、
そうした屈辱の世界より逃避する事の出来ぬ、自分達の運命を知る時、
その肉体的、精神的な苦痛より逃れる手段として、
このプレイは二人の美女にとっては、一つの救いにもなっていった。
今の境遇を互いに慰め合い、いたわり合うために夫人と京子は一切を忘れた思いで、
いつしか必死の思いをこめてプレイをし合うのだった。
そして、それが皮肉にも本当の意味の同性愛に進行して行ったのである。≫

静子夫人は、性的調教という被虐に晒されて、肉体を開発される状況へ置かれるが、
それは、それまでは想像すらしなかった、みずからの肉体の可能性を知らされることにあって、
快感の絶頂にまで至る、性欲と性的官能に依って、
思考作用における意識の目覚めをもたらされることにあった、
<屈辱の世界より逃避する事の出来ぬ、自分達の運命を知る時、
その肉体的、精神的な苦痛より逃れる手段として、このプレイは、一つの救いにもなっていった。>
と示されるように、置かれた状況へ<受容・隷属体質>をあらわす夫人は、
目覚めた意識を<翻案体質>をもって、思考作用化する、
女性同性愛を目覚めさせられたことは、置かれた過酷な状況を生き抜くためには、
むしろ、必要としていたことだと考える、<翻案>ということが行われるのである、
絶世の美女である財閥の令夫人が屋敷へ拉致・監禁され、同じように拉致された同胞と共に、
秘密写真・映画・実演のための出演者として、様々な性的調教を施されていくなかで、
被虐嗜好というマゾヒズムに目覚めた女奴隷に変身するという単なる筋立ての物語にあれば、
『花と蛇』が読者に<和製SM>を作り出させるという説得力はなかった、
<感情による自然観照の情緒的表現>に依る濃密な日本風描写において
読者の自慰行為のための秘密性文学に留まる人気を得た作品として終わったことだった、
だが、静子夫人は、単なる絶世の美女である財閥の令夫人ではなかった、
日本民族に属する女性として、<隷属・受容・翻案体質>を見事に発揮させて、
ニンフォマニア(女子色情症)であり、マゾヒスト(被虐嗜好症)であるということには違いなかったが、
それ以上に、<教導>という能力を兼ね備えた、<教育者>をあらわしていることにあった、
≪ガチャガチヤと朱美が牢舎の錠前を外し、朱美が、
「さ、出ておいで。調教室で鬼源さんがお待ちだよ」
と、大声を出した。
やがて、静子夫人と小夜子が両手で乳房を抱きながら、身を低めて出て来る。
両手の自由は許されていたが、やはり、一糸も許されない素っ裸の二人であった。
「どうしたの、元気をお出しよ。昨夜は随分と楽しい思いをしたじゃないか」
牢舎の前で、小さく身をちぢませている二人の美女に向かって、そういって笑ったズベ公達は、
「予定よりも大分時間が遅れているのよ。さ、歩いて、歩いて」
冷たい石段の上を静子夫人と小夜子は、ズベ公達に追い上げられるようにして、
またもや血涙を絞らされるであろう場に向かって上って行かされるのだった。
片手で胸の隆起を覆い、片手で前を押さえ、前かがみになって、
二人の美女は白い素足で石段をよろよろ登って行くのだ。
昨日も地獄、今日も地獄。そして明日も静子夫人にとっては毎日が生地獄である。
「小夜子さん、耐えるのよ。どんな辛い目にあっても、じっと耐えて生き抜くのよ。
必ず救われる日が……」
静子夫人は、すすりあげながら、今にもその場にくずれ落ちそうになって鳴咽し、
追い立てられながら歩きつづける小夜子に声をかけるのだった。
小夜子は、涙を一杯浮かべた黒い瞳を夫人に向け、悲しげに小さく、うなずく。
……………
「ホホホ、どう、さかさまになったキッスというのは。満更、悪くもなさそうね。
ねえ、もっと情熱をこめて、舌を吸い合ってよ。
貴女達は、これから、共通の秘密を持ち合うのよ。シークレット・ラブを完成させるのよ」
銀子は、何かにとり憑かれたような眼つきになって、二人の美女に対し、盛んにまくし立てるのだ。
小夜子を救うただ一つの方法、それは彼女の肉体と心に、
これらの悪魔達のいたぶりを苦痛とせず耐え抜ける強靱なものを与えることであり、
それは、悪魔の喜ぶ悪魔的な肉体の持主に小夜子を仕上げること……
静子夫人は、苦悩の極で、ふと、そんなことを想い、
彼等のいう通り、自分が小夜子に対し、調教するより仕方のないことを悟るのであった。
それには、自分がやはりこの地獄の責めを本心から慫慂することの出来る肉体と心に……
ああ、果たして、そのようなことが……
静子夫人は、苦痛と恐怖の入り混じる、熱病にうなされたような状態で、そんなことを思うのだった。
静子夫人の花びらのような唇と舌は、小夜子をいたわり、
いい聞かせる悲願をこめて、悪魔たちの命令に従っていた。
 それは、静子夫人が、この恐ろしい世界を二人で慰め合い、
生きていきましょうと無言のうちに語りかけ、それに対し、
小夜子が、先生と一緒なら、私、どんな苦痛をも忍びます、と返事を、したためたような口吻であった。
師と仰いで来た美しい人妻の口吻……
それは、小夜子にとって、強制されたものでなかったら、
恐ろしいばかりに甘く悩ましく、そして刺戟的なものであったかも知れない。
だが、悲しいことに緊縛の辛さと、鬼どものいやらしい眼がある以上、
それは恥辱以外の何ものでもないのである。
……………
静子夫人は、小夜子と唇を合わせながら小夜子に謝る気持をこめて、
命じられた通りにしなければならない境遇を嘆くのだった。
小夜子は、急に、さっと唇を離すと、
「ねえ、ねえ、お姉様……」
と、汗で光る白い頬を夫人の頬へ押しつけるようにし、
何かを甘く訴えるようにモジモジ身体を揺すり出した。
「か、痒い、痒いわ。ああ、何とかして」
小夜子は、白い頬を、熱くバラ色に染め出し、さももどかしげに身体をくねらせ出す。
薬の効き目は、その恐ろしい威力を次第に発揮し始め、
鬼源やズベ公達は、段々と激しくなる小夜子の悶えと同時に、
おろおろし始めた静子夫人を見て北叟笑むのだ。
「いいか、ここで一気に小夜子の身体と心を作り変えちまうんだ。ここが機会なんだぜ。いいな」
鬼源はそんな事をいって、静子夫人の傍へ近寄ると、夫人の耳に口を寄せ、
小夜子に森田組に対する永遠の服従を誓わせるよう指示したのである。
静子夫人は、消え入るように小さくうなずく。
もうここに至れば、小夜子の肉と心を微塵に打ちくだき、
この地獄の世界の日々に耐えぬける下等な女に改造するより方法はないのだ。
それが小夜子にとって、また自分にとっての救いでもあり、
逃がれることの出来ない運命であると、夫人は決心したのである。
静子夫人は胸の張り裂けるばかりの悲しさと氷のような冷酷さとを持って、
再び小夜子に立ち向かうのだった。≫
<他者を教導する>という態度をあらわすことは、『花と蛇』の極めて重要な声明にある、
<教導>とは、<学問的な理念や宗教思想などに基づいて、教えみちびくこと。(『大辞泉』)>である、
夫人の能力は、拉致された同胞に対する、<教導>の実践に留まらず、
読者をも<教導>する説得力において発揮された実状は、
作者の団鬼六の貢献として、<SMは、市民権を持った>とされる宣言に示されている、
『花と蛇』に<教導>される理念や思想を高く評価した出版社・読者らに依って、
その宣言が支持されたことが<和製SM>を作り出させた所以と言えることにある、
静子夫人が示す理念や思想を普遍性のある事柄であると認識したということであるが、
それは、<静子夫人は縛られて菩薩となりぬ>とまで賞賛されたことにあれば、
夫人の<教導>は、新興宗教の信徒獲得と同じくらいの力が発揮されたと見ることができる、
或いは、全学連で共闘して挫折した<青年>たちが一般社会へばらばらと散って、
各々の職場で、屋敷に監禁されたように、閉塞した日々を悶々として暮らしていたとき、
<だけど負けちゃ駄目。生き抜くのよ。きっと、救われる時が来るわ>という静子夫人の言葉は、
まさに、聖母の福音の言葉であった、という喩えがキリスト教的であると言うならば、かつて、
マルクス主義に<教導>された説得力と同等のものがあったと言うのは、大袈裟な喩えだろうか、
いや、全学連であった<青年>の喩えでなくても、
政治に無関心であった、ノンポリの<青年>においてさえ、
アメリカ合衆国従属の政治・経済・思想・文化の影響下で生かされる必然の相反・矛盾は、
解決のできない事態である以上、それらに隷属することをしなければ、煩悶にしかならなかった、
そのとき、<田代屋敷>という性的調教の行われる地獄世界にあって、
みずからへ課される、決して解決・結論へ至ることのない、肉体と精神が晒される虐待という状況は、
その置かれた被虐の状況へ隷属することをむしろ悦びに変えて生き抜く、
という静子夫人の声明と生きざまに対して、現実の<教育者>に<自主・独立>が見られなければ、
むしろ、優れた<教育者>のありようとして共感できることにあったのである、
≪あの屈辱を想い出した珠江夫人の、美しい顔が朱く染まり出す。
以前の、寄ればはじき返すような気性の激しさはもうすっかり喪失して、身も世もあらず、
小さくすすり泣く珠江夫人を見る川田は気を良くしたのか、さも楽しげな表情になるのだ。
「これからも、聞きわけのねえ時は、何時だってあの薬を塗りつけられることになるんだ。
よく覚えておきな」
そういうと、後ろを振り返って顎をしゃくった。
後手にきびしく繰り上げられた静子夫人が鬼源と千代に縄尻をとられて、
その優美な裸身を押し立てられて来る。
「懐かしい人に面会させてやるぜ。ちょっと、檻の中を見てみな」
川田にそういわれて、
ぼんやりと牢舎の中に眼を向けた静子夫人は、ハッとし、何かいおうとしたが、
みじめな自分の姿を恥じ入ったように、哀しげに顔をそむけてしまうのだった。
牢舎の中の珠江夫人も、それが静子夫人であることに気づくと、
驚愕し、これもすぐには声が出ない。
「どうしたい。昔から親しく交際していた間柄なんだろう。
何もそう遠慮し合うことはないじゃないか」
川田と鬼源は顔を見合わせて、さも面白そうに笑い合った。
「久しぶりのご対面でつもる話もあることだろうし、
しばらくは、この中に一緒に入れておいてやろうよ」
千代が川田にいった。
「そうだな」
と川田は静子夫人の縄を解くと鉄格子の南京錠を外した。
「さ、お入り」
千代は静子夫人の柔軟な肩に手をかけて、
ためらうのを構わず牢舎の中へ押しこんだのである。
一糸まとわぬ美しい二人の人妻は、
狭い牢舎の中で身を縮め合い、頭を深く垂れてすすり泣く。
「一時間の休息をあげるわ。
昔話がすめば、レスビアンプレイについての細かい打ち合わせもしておくことね」
千代はクスクス笑いながら鉄格子の中の二人の美女に語りかける。
「女盛りの奥様二人のために、特製のすばらしい道具を用意してやるからな。
楽しみにしていな」と鬼源も浴びせかけ、
川田や千代達と一緒に地下の階段を、大声で笑い合いながら上って行くのだった。
「――折原の奥様、あなたまで、あなたまでがこんな目に合うなんて」
静子夫人は、そっと頬を上げると、
涙に濡れた気弱な視線を珠江夫人に向けて、唇を震わせるのだ。
珠江夫人は両手で顔を覆い、かすかに肩を慄わせていた。
「どうしてこんなひどい仕打ちを受けねばならないのか、私、わかりません。
こんな、こんな畜生にも劣るようなむごい目に……ああ、どうして」
珠江夫人は口惜しげに歯を噛み鳴らし、
耐えられなくなったように、わっと号泣するのだった。
「遠山家の奥様、いったい、どうしてこんな恐ろしいところへ――」
「――どう説明していいか静子もわからないの。
ただ、わかっているのは、
もう静子は陽の当たる場所へは出られない女に転落してしまったということです」
「私だって、もう主人の前に出られる身体じゃないのよ、静子奥様」
珠江夫人は、美しい象牙色の乳房を両手で隠しながら、
静子夫人の方へ哀しげな瞳を向けた。
「それよりも、私、お嬢様のことが気がかりで――ああ気が狂いそうだわ」
珠江夫人がうめくようにいうと、静子夫人は頬をわなわな慄わせて、
「許して、許して、折原の奥様。
私が、この私がここの連中におどかされて、さきほどお嬢様を……」
静子夫人は、激しくすすり上げながら、
千代や森田に脅迫されて浴室に立て籠った千原美沙江を説得し、
悪魔の手に渡したことを告白するのだ。
「――静子は、もう身も心も腐り切った女になってしまったのです」
と、ハラハラ涙を流していた静子夫人は、
ふと顔を上げると次にしいんと凍りついたような冷たい表情になって、
眼前の鉄格子をじっと見つめるのだ。
「――でも、もういくらあがいてみても駄目なのです。
私達はこの地獄から逃れる方法はないのですわ。
ああするより仕方がなかったのです」
一片の布も許されぬ牢舎の中の美しい二人の人妻は、
自分達の暗い運命を嘆き悲しみながら、
それでも地獄の中でめぐり逢えたことにわずかな安らぎを覚えるのだ。
…………
ほのかな香気が立ちのぼるような線の美しい頬と頬、
それを互いにぴったり触れ合わさせている二人を見ながら
ズベ公達は盛んに揶揄しまくるのだ。銀子達のいうように
静子夫人は強制されて女同士の肉の行為をこれまで幾度か経験させられている。
遠山の先妻の娘である桂子、そして自分を救出に来て捕えられた京子、
また、自分にとっては茶道の愛弟子に当たる小夜子――
そして今度は華道の朋輩であり、
畏敬する先輩でもある珠江夫人とあの時の底知れぬ恐ろしさをくり返さねばならないのだ。
珠江夫人と共に肉と心を傷つけ合わねばならぬ恐ろしさに静子夫人はおののきつつ、
しかし、もうどうにもならぬという悲しさをこめて、
熱っぼく上気した頬を珠江の頬に優しくすり合わせていく。
「珠江さま、許して、許してね」
むせび泣くようにそういった静子夫人はそっと珠江夫人の紅潮した頬から頬を離し、
のっぴきのならぬ哀しみを深く沈めた潤んだ瞳で
珠江のすっかり観念して冴え渡った白蝋に似た容貌を見つめるのだった。
珠江夫人が綺麗に揃った睫を静かに閉じ合わせていくと静子夫人もそっと目を閉じ、
かすかに首を斜めにして彼女の羽毛のように柔らかい紅唇へ
自分の唇を軽く当てがっていったのである。
「待ってました」
と、銀子達は手を叩いて哄笑する。
「フフフ、またこれでレズのカップルが一つ誕生したわけね」
千代は互いに屈辱の熱い涙をしたたらせながら
くなくなと乗らかく唇をすり合わせている令夫人たちに満足そうに見惚れるのだった。
「ちょいと、そんな唇をすり合わしているような生っちょろいのは駄目よ。
明日は奥様達お互いに穴の奥までしゃぶり合わなきゃならないのよ。
もっと濃厚な接吻を演じなきゃ駄目じゃない」
と銀子がいえば、続いて朱美とマリがぴったり身をくっつけ、
「舌をチューチュー吸い合いなよ。
吸ったり吸わせたり、もっと情熱をこめてやらなきゃ駄目よ」
もどかしげに後手に縛り上げられた裸身をくねらせながら
唇をすり合わせていた静子夫人はふと唇を離し、
カチカチと歯を噛み鳴らして小刻みに慄える珠江夫人に更にぴったりと密着すると、
「珠江さま、もう私達も悪魔にならねば駄目ですわ」
と、言い含めてもう一度、強く唇を押しつけていくと珠江夫人の花びらに似た唇の奥へ
濡れ絹のようにしっとりとした甘美な舌先を含ませようとするのだった。
これから珠江夫人は調教柱に縛りつけられ、
卵を割り砕くという身を切られるよりも辛い調教を受ける事になるのだ。
それがこれだけの事でこんなに慄えおののいていては、
と静子夫人は極度に高ぶっている珠江夫人の神経が恐ろしいものに思われてくる。
地獄の苦しみを少しでも彼女の神経からぼかせるため、
この異様な興奮を自分の努力で溶け崩させてやらねばならぬと静子夫人は思うのだった。
それにはまず自分が悪魔になり切らねばならぬ。
「珠江さまも静子の舌を吸って、ねえ」
静子夫人はカチカチと震わせる珠江夫人の真珠のように白い歯の間に
舌先を柔らかく押し入れていき、
珠江夫人の湿り気を帯びた柔らかい舌先を粘っこくからませ、また甘く吸い上げ、
そっと唇を離すと赤らんだ彼女の耳元に口を寄せてハスキーな声で囁くのだった。
「ね、お願い、珠江さまも私のように悪魔になって」
静子夫人は再び珠江の唇へ唇を重ね合わせていき、
麻縄に固く緊め上げられた豊かな乳房を相手の柔らかい乳房にそっと押し当てると
ゆるやかにすり合わせ始めたのだ。
うっと、珠江夫人は一瞬、激しく全身を震わせた。
強く押しつけ、くねくねとこすりつけて来る静子夫人の柔軟な美しい乳房――
相手の乳頭を自分の乳頭でコリコリとくすぐり、
またぴったりと胸の隆起を押しつけて腰部のうねりと一緒にさすりつけてくる
その妖しい技巧に珠江夫人の五体は痺れ、不可思議な恍惚感がこみ上って来たのだ。
これから珠江夫人が遭遇する地獄の責苦、それに順応させるため、
静子夫人は彼女に対し、哀しい、必死な努力をくり返しているのだった。
そうとも知らず銀子や朱美達は静子夫人の思い切った行動を見て
キャッキャッと手を叩いて喜び合った。
「さすがはベテランね。どう、あの身の動かし方、全くうまいもんだわ」
静子夫人にすっかり煽られた形で今では珠江夫人もうっとり目を閉じ合わせ、
貪るように相手の舌先を吸い始めているのだ。
それだけでなく、能動的な動きを見せる静子夫人に合わせて
消極的ながら自分もまた呼応し、身をすり合わせ始めたのだ。
「もっと色々な手を使って折原の奥様を楽しませてあげて頂戴。ベテランなら出来るでしょう」
千代は田代と顔を見合わせて笑い出しながらいった。
珠江夫人の唇からようやく唇を離した静子夫人は、熱っぼくあえ喘ぎながら、
「珠江さま、少し、肢をお開きになって」
「ど、どうなさる気なの」
「うん、いいからお開きになって」
静子夫人は片方の膝を折り、むっちりと肉のついた官能的な乳色の太腿を
珠江夫人の艶々しい美麗な両肢の間にくりこませていったのである。
「ああ、そ、そんな」
静子夫人の妖しい官能味を持つ太腿の表皮は
珠江夫人の股間を揺さぶるように押し上げるのだ。
「あっ、嫌っ、静子さま、そんな事、なさらないでっ」
「静子のように、淫らな、淫らな女になって下さい。
そうでなければ、これからの調教はとても辛いわ。ね、わかって、珠江さまっ」
静子夫人は必死なものを目に浮かべ、凄艶な表情になっている。
「わかって、ねえ、わかって頂戴」
狼狽と羞恥の色を顔面一杯に漲らせて身悶えする珠江夫人を
更にねっとり脂肪を浮かべた太腿で静子夫人は揺さぶりつづけるのだ。
ああ、と全身を火柱のように燃え立たせてしまった珠江夫人は耐え切れなくなったように
今度は自分の方から麻縄に緊め上げられた柔らかい乳房を静子夫人へ押しつけていく。
「ひ、ひどいわ。私をこんな思いにさせて。私、静子さまを恨みますわっ」
静子夫人の妖気に煽られたように珠江夫人もまた一途に燃えさかり、
二人の令夫人は激しい啼泣を洩らし合いながら再び狂ったように黒髪を振り乱して
ぴったり唇と唇を重ね合わせるのだった。
それを取り囲む悪魔達は
何かにとり憑かれたような狂気を発揮し合う令夫人を固唾を呑むようにして見守っている。
…………
緊縛された柔軟で優美な裸身をぴったりと押しつけ合い、今はもう理性もなく、
自意識も喪失させて貪るように舌を吸い合っている静子夫人と珠江夫人である。
二人の耳には千代の嘲笑も田代の哄笑も聞こえない。
いっそこのまま身も心もどろどろに溶かされて雲か水に同化してしまいたい、
といった血走った思いになりながら、
麻縄に緊め上げられた美しい乳房と乳房を押しつけ合い、
 優雅にくびれた腰と腰とを悩ましく揺さぶり合いつつ、
互いに火のように燃え立っていくのだった。
…………
「予行演習はそれくらいにしておこうか」
鬼源がそういい、両夫人はようやく動きを止めたが、
そのまま熱っぼい頬と頬とをぴったりと押しつけ合い、
自分達の恐ろしい運命を嘆き合うようにシクシクとすすり泣いている。
「それじゃ、折原夫人は調教柱、遠山夫人は調教台の方へ行って頂こう」
鬼源が日くばせすると銀子と朱美は珠江夫人の縄尻を鎖から解き、
春太郎と夏次郎は静子夫人の縄尻を鎖より外すのだ。
「珠江様、我慢なさって。どんな苦しい責めに合っても耐えて下さい。いいですわね」
静子夫人は銀子に連れ去られようとする珠江夫人に
緊縛された優美な裸身を強く触れさせていきながら涙に喉をつまらせていうのだった。
かつて自分が受けたあの淫虐な調教を珠江夫人がこれから受けなければならないのだ。
医学博士夫人という上流階級の珠江夫人がその淫靡残忍な拷問に耐え切れるか、
それを思うと静子夫人は
自分がこれから受けなければならぬ恐ろしい調教の事は忘れてすすり泣くのだ。≫
夫人が至る性欲と性的官能の絶頂を自慰行為で同時体験する快感と解放において、
<日米安全保障条約>の破棄は、
日本国家が<自主・独立した民主主義国家>として歩み出すための第一歩であるにもかかわらず、
果たせずに、アメリカ合衆国の支配下にある状況へ置かれ続けて行くことは、
巨大な傘に覆い被されるような閉塞感があるだけで、行く末の見えなくなっていることにあった、
だが、<高度経済成長>という日本国民が豊かになる快感がもたらされる同時性にあることは、
真剣に考えれば、相反・矛盾の主体性を意識させられることには違いなかったが、
考えなければ、日々の食欲・知欲・性欲は、<アメリカの文化と娯楽>、
或いは、<和製アメリカの文化と娯楽>に依って満たされることにあった、
相反・矛盾に対して、反発・抵抗・反逆を<教導>する理念や思想が喪失されていることにあれば、
置かれた状況へ<隷属することは、悦びである>という認識を命題とすることができたことだった、
日本国家における、<青年>の主体性のありようは、
静子夫人の<教導>するありようとなることに不自然さはまったくなかった、
≪「小夜子さん、お願い。
貴女も、静子のような気持になって、このお屋敷で楽しく暮すことを考えて頂戴」
そういった静子夫人は、こらえ切れなくなって、ハラハラと涙を流しつつ、
「いくら、いくら逃げようとしても、もう駄目なのよ。
 楽しい思い出を胸の奥にこめて、このお屋敷で、お互いに仲よく暮しましょうね、小夜子さん」
静子夫人は、遂に声をあげて泣き出してしまうのだった。
地獄屋敷内での数々のおぞましい調教から逃れる方法はただ一つ。
この調教を快感として受け取れるような肉体に我が身を作り変えることだとして、
夫人は、川田に強制されたこととはいいながら、
半分は、自分の意志で、小夜子に、さとしているのでもあった。≫
という弁明の<教導>に対して、心からの共感を抱いて、
次のように、<隷属・受容・翻案>することができることにあった、
<「あなた、お願い。
あなたも、静子のような気持になって、この日本国家で楽しく暮すことを考えて頂戴」
そういった静子夫人は、こらえ切れなくなって、ハラハラと涙を流しつつ、
「いくら、いくら逃げようとしても、もう駄目なのよ。
 楽しい思い出を胸の奥にこめて、この国家で、お互いに仲よく暮しましょうね、あなた」
静子夫人は、遂に声をあげて泣き出してしまうのだった。
日本国家内での数々のおぞましい愚民化の隷属調教から逃れる方法はただ一つ。
この隷属調教を快感として受け取れるような肉体に我が身を作り変えることだとして、
夫人は、アメリカ合衆国を始めとする、<外圧>に強制されたこととはいいながら、
半分は、自分の意志で、読者に、さとしているのでもあった。>
この<青年>というのは、『花と蛇』の掲載期間である、1962年〜1975年の時期にあって、
思春期〜学生時代〜社会人としての平行関係を有する、
敗戦後の1947年(昭和22年)〜1949年(昭和24年)に誕生した、
<団塊の世代>と称される人々が想定されていることにあるが、
それは、<団塊の世代>の固有の事柄にあったことだと言っているわけではない、
むしろ、その後、<団塊の世代>が社会の中枢を担う存在となるという意義では、
彼らがその<教導>されたありようを社会的に具現化したことにあると言えることにある、
「高度成長期に必死で働く国民を表で応援したのが司馬遼太郎だとすると、
裏で支えたのは団鬼六だ」という評価は、正鵠を得た認識にあるというほかない、
≪鞄の中から鬼源は細い銀色の鎖を二本とり出したが、
その鎖の中程にはピンポン玉ぐらいの特殊な合金で出来ているらしい銀色の玉がとりつけてある。
静子夫人は線の綺麗な滑らかな頬を哀しげに伏せてそれから目をそらした。
今度はそれを股間に通す気なのか、一体、どこまでこの男は淫虐な方法を思いつくのだろうか、
と静子夫人は鬼源という調教師の底知れぬ恐ろしさを今更ながら感じるのである。
珠江夫人は新たな恐怖を前にしてブルッと腰のあたりを慄わせながら、
静子夫人の裸身に身をすり寄せてくる。
「静子さま、今度は私達、あれを……」
股間に通されるのですか、と珠江夫人はおびえた表情になって声を慄わせるのだ。
「そうよ、珠江さま。こうなれば、お互に捨針になりましょう。
もう泣いてもわめいても、許してもらえる筈はないのですから」
静子夫人は新たな汚辱感にうちひしがれ、
自分の胸に顔を埋めて嗚咽する珠江夫人を励ますようにそういうと、
自分もまた珠江夫人の黒髪に頬をすり寄せていくのだった。
…………
静子夫人は柔らかい睫をひっそりと閉じ合わせながら上背のある優美な裸身をそこに立たせ、
川田と吉沢の手で股間に銀色の細い鎖を通されている。
形のいい情感的な乳房の上下には非情な麻縄が二重三重にきびしく巻きつき、
かっちりと後手に縛り上げられている夫人は
毛をほつらせた柔媚な頬を薄紅く染めているだけで股間に鎖が通され、
妖しい官能味を持つ太腿と太腿の間の悩ましい濃密な繊毛に
鎖が喰いこみ始めても大して狼狽は示さなかった。
川田と吉沢は口笛を吹き合いながら、繊毛のふくらみに鎖につながった鈴を強引に含ませ、
両腿の間に通った鈴の鎖を背後より引きしぼって
量感のある仇っぼい双臀へ強く喰いこませていく。
静子夫人が川田と吉沢に鈴縄をかけられている隣では
珠江夫人が鬼源と順子の手で股間に鎖を通されていた。
珠江夫人も静子夫人と同様、ためらいも羞ずかしさも示さず、
美しい眉根をぎゅうと辛そうにしかめているだけで鈴を呑まされ、
暗い翳りを含んだ双臀を鎖で緊め上げられているのだった。
…………
「待、待って下さいっ」
静子夫人は珠江夫人と同じくきびしく後手に縛り上げられた裸身を泳がせるようにして
順子の振り下ろそうとする青竹から珠江夫人を庇おうとするのだった。
「珠江さま。
さっき私がいいましたように、この人達は自分の思った事は必ず実行するのです。
いくら頼んでも許して下さるような人達じゃありませんわ」
静子夫人は滑らかな頬に大粒の涙をしたたらせながら、
「珠江さまも私も今は性の奴隷に転落した身の上なのですわ。
死んだつもりになってどのような辱しめも耐えていこうと先程、
お約束したではありませんか」
涙で喉をつまらせながら声を慄わせてそういった静子夫人は
次には心を鬼にする思いで、
「さ、これ以上、ここにいる人達を怒らせてはなりませんわ。
思い切って今、私が演じたような事をなさって頂戴」
と、強い口調になっていうのだった。
珠江がいくら拒否しても無駄だという事は静子夫人が一番よく知っている。
 拒否を示せば鬼源達は一層、
狂暴性を発揮してあらゆる責めの手を考え出す事を夫人はよく知っていた。
「わ、わかりましたわ、静子さま」
珠江夫人は静子夫人のその言葉は自分を庇うためであるのに気づくと、
「一旦、覚悟を決めておきながら、駄々をこねてしまって、ごめんなさい、静子さま」
と、嗚咽にむせびながらいい、
涙に潤んだ黒眼勝ちの瞳をおどおどしながら椅子に坐っている鬼源の方に向けるのだ。
「ハハハ、静子奥様の説得でとうとうやる気になったというんだな。よし、来な」
鬼源はゲラゲラ笑って椅子に乗せていた両腿を割って見せるのだった。≫
静子夫人の<教導>は、『花と蛇』の評価が一般的である限りは、存在し続ける、
何故ならば、日本国家の政治状況は、当時と依然として変わっていないからである、
変わったとすれば、高度経済成長は、1991年のバブル崩壊で頂点を成した以降、
<失われた20年>と称される低成長期にあって、ひたすら低迷を続けている、
現在、日々の食欲・知欲・性欲は、<アメリカの文化と娯楽>、
或いは、<和製アメリカの文化と娯楽>に依って満たされることに変わりはないが、
アメリカ合衆国への隷属が高度経済成長をもたらすことにはないということも言える、
にもかかわず、<隷属することは、悦びである>という認識を命題とし続けることは、
時代錯誤にあることか、或いは、自己の所在が認識できないことだと考えることもできる、
かつてもそうであり、現在もそうである、そして、未来もそれ以上にはならない、
そのような予定調和された状況にいつまでも甘んじていられるほど、
人間は環境へ追随するだけの家畜ではない、そればかりか、
若者や幼年層における、<いじめ・引きこもり・自殺>の増加というあらわれがあることは、
置かれた状況への隷属には限度が来ていることの警鐘でしかない。
だが、アメリカ合衆国生まれの黒人たちと性愛行為を演じなければならない状況は、
静子夫人にとって必然性としてあることだった。

≪「如何、御気分は」
順子は檻の中に身を寄せ合っている素っ裸の令夫人二人を楽しそうに眺めていった。
「さて、お待ちかねの二人を奥様方に御紹介するわ。黒人のジョーとブラウンよ」
順子のその言葉に静子夫人と珠江夫人はぞっとして身を慄わせた。
「二階の離れ座敷でこれからニグロの歓迎会を開くの。
何しろ、これから彼等は奥様方と組んで
海外向けのポルノ映画と雑誌に出演するのですからね。
いよいよ奥様達も本格的なプロと共演する事が出来るというわけよ」
千代は鉄格子に手をかけ、
薄暗い牢舎の中で絖のような光沢を見せている二人の夫人の美肌を眺めている。
遂に黒人とからみ合うまで転落した……
静子夫人はそう思うと、それを歎き悲しむというのではなく、
よくもここまで自分の肉と心が持ちこたえ、
よくもここまで千代が自分を責めつづけたものだと女の執念の恐ろしさを感じるのだった。
「さ、出て来な」
川田は鉄格子の扉を開いた。
適度の脂肪が乗り、ねっとりと乳色に輝く静子夫人の柔軟な裸身と
底まで冴え渡るような珠江夫人の白磁のしなやかな裸身が
互いに抱き合うようにして檻から出て来る。
「ハイ、両手を後ろへ廻して」
川田や吉沢がすぐに二人の令夫人をそこへ立ち上らせて
乳房と前を覆っている二人の白い腕を強引に背中へねじ曲げるのだった。
「今夜はお二人ともニグロと契りを結んで頂くわ。
映画や雑誌の仕事は明日からでも早速始めるつもりなんだから」
 豊かな胸のふくらみの上下をきびしく麻縄で緊め上げられている静子夫人は
ふと乗らかい睫を哀しげにしばたかせて千代を見つめるのだった。
「千代さん。折原の奥様はどうか許して下さい。
黒人と契りを結ぶなんてそんな約束は奥様とは最初からなかった筈ですわ」
静子夫人が翳の深い眼にしっとりと涙を滲ませているのを見た千代は、
「じゃ、静子夫人が今夜、一人で二人のニグロを相手にするというの」
と、冷やかな口調でいうのだった。
「相手は精力絶倫のニグロなのよ。
しかも今夜は久しぶりに日本のいい女が抱けると思って
二人とも今から神経を昂らせているんだからね」
その絶倫のニグロ二人を一人で相手どるというのなら、
今夜、珠江の方はニグロとのお床入りを勘弁してやってもいい、
と千代はいうのだった。
「死んだ気になって静子は奉仕致しますわ。
ですから、珠江さまはどうか許して下さいまし」
静子夫人は声を慄わせて千代に哀願する。
「いけませんわ、静子さま」
同じく麻縄でがっちり縛りつけられた珠江夫人は
悲痛な表情になって静子夫人を見つめるのだった。
「あなた一人だけにそんな辛い思いをさせられませんわ。私も参ります。
お願い、静子さま。もう珠江を庇ったりなさらないで」
後手に縛り上げられた裸身を珠江夫人は静子夫人に押しつけるようにし、
シクシクと泣きじゃくるのだ。
「そうだな」
そこへひょっこり姿を見せた鬼源が楊子で歯をせせりながらいった。
「珠江の方はもっと身体に磨きをかけてからニグロの相手をさせた方がいいだろう。
まだケツの方を使って相手を悦ばすコツも知らねえし、
おしゃぶりにしたって、まだ子供なみだ」
そこへいくと静子夫人の方はもうプロのニグロを相手にしたって
一歩もひけをとらねえからな、と鬼源はいうのだ。
「よし、それじゃ、御苦労だが今夜のニグロの相手はお前さん一人に任せるぜ」
鬼源は静子夫人の柔軟な乳色の肩に手を置いていった。
静子夫人は長い睫をしばたかせて哀しげな翳のある瞳を鬼源に注ぎ、
はっきりとうなずいて見せる。
黒髪の乱れを二本三本もつらせている静子夫人の臈たけた美しい頬に
涙を潤ませた眼をじっと注いでいた珠江夫人は、熱いものが急に胸にこみ上げて来て、
「静子さまっ」
と、昂った声をはり上げると、静子夫人の肩先に額を押し当て激しく号泣するのだった。≫


*上記の≪ ≫内は、団鬼六著『花と蛇』より引用


(2016年11月21日 脱稿)




☆13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (26)

☆13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (24)

☆縄による日本の緊縛