13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (24) 静子夫人 ― 表象としての<隷属・受容・翻案体質> 借金返済で弁護士に相談



縄による緊縛という結びの思想・四十八手

(24)  静子夫人 ― 表象としての<隷属・受容・翻案体質>





<体質>という意義は、
<からだの性質。遺伝的素因と環境要因との相互作用によって形成される、個々人の総合的な性質。
団体・組織などがもつ、性質や特徴(『大辞泉』)>ということにある、
日本民族には、<隷属・受容・翻案体質>が備わっているとする見解は、
<遺伝的素因と環境要因との相互作用によって形成される>ことにあれば、
日本列島に居住した12万年前に遡る、民族の創生より培われてきたものにあることだと言える、
その日本列島は、大陸とは海を隔てて孤絶する、四方を海で囲まれた<島国>を形成する状況にあることは、
<島国根性>という<他国と交流の少ない島国に住む国民にありがちな、
視野が狭く閉鎖的でこせこせした性質や考え方(『大辞泉』)>という揶揄された見方もあり得ることであるから、
それに加えて、<隷属・受容・翻案体質>があるとなれば、
<自主・独立・固有の知覚>をあらわす日本民族という自負を掲げたとしても、
余程の強力で展開のもたらされる認識や表現が示されることになければ、
あらわされるのは、そうした性質や考え方や体質の<負の要素>が目立つということは必然的である、
従って、それらとまともに向き合うことなくしては、
<自主・独立・固有の知覚>を矜持する日本民族もあり得ない、
すでに、述べてあるように、日本民族における者がそれぞれの思考において、
民族の創始を起源とする、<縄>を綯っている、
民族史という歴史の全体から見れば、
創始以来の<一筋の縄>を総力で綯っているという状態にある、
日本民族に依って、<綯われる一筋の縄>というありようがあるという志向性からすれば、
日本列島に居住を始めた12万年前から西暦2016年(平成28年)の現在にまで至る事態は、
310万余の戦死者と餓死者を生み、核爆弾を2発も落とされ、絨毯爆撃によって国土を焦土と化された、
大東亜・太平洋戦争の無条件降伏の敗戦は、ひとつの答えを明確にあらわされたことにあると見ることができる、
それは、『古事記』に示される、初代天皇から始まる、万世一系と称される天皇制は、
それまでの日本民族の<歴史>を貫いてきた一筋にあったことは確かであるが、
大東亜・太平洋戦争の敗戦をもたらした事実は、
天皇制のありようでは、国家を継承・維持・発展させる、それが限度であったことの証明にあるということである、
天皇制という体制では、日本国家は、最終的に、対外戦争に勝てなかった、
江戸幕府を終焉させ、明治政府を樹立し、天皇を元首とした政策と施政は、
戦争行為を継続させていくことでしか、<国内統治権>と<対外主権>を維持することができなかった、
国難を乗り切ることはできなかった、その挙句の果ての事態であったということである、
天皇制は、敗戦をもってして、崩壊して一筋の歴史は終わりを告げたということであった、
その崩壊した天皇制を戦後も持続させることにあったのは、
占領国軍の主体である、アメリカ合衆国の支配下へ置かれることにおいて、
国民を統合する<象徴>としての天皇の存在が国民を一つにする最善策と見なされたからである、
天皇を神と戴いて、国家を一つにして戦争を行った国民は、
民主主義という個人の主体性を重んじる教育を施されることにおいて、
多種・多様・多義の<自主・独立・固有の知覚>を表現する人間性を学ぶことはあっても、
それは、あくまで、天皇という国民の統合の象徴があらわす、<お上>の下でのことであり、
<お上>の下に束ねられた国民の居住する島国である日本列島は、
その<お上>が隷属するアメリカ合衆国の支配下にあるという状況が作り出されたことであった、
<隷属>とは、
<他の支配を受けて、その言いなりになること。隷従。手下。配下。部下(『大辞泉』)>という意義にあるが、
<支配者>に対しては、<被支配者>にあるという立場が示されることにある、
日本民族は、<被支配者>にあることを<体質>として持っているということは、
天皇制の崩壊が<象徴天皇>というありようの持続で見事に示されることにあった、
国民を統合するという意義において存在理由が示されるだけの象徴にあるという傀儡である、
傀儡とは、<あやつり人形。くぐつ。でく。自分の意志や主義を表さず、
他人の言いなりに動いて利用されている者。でくの坊(『大辞泉』)>という意義であるから、
その象徴の下にある、日本国民においても、同様の体質が備わっていることにあれば、
アメリカ合衆国という支配者へ隷属する天皇、天皇へ隷属する政府及び日本国民というありようの構造に依って、
統合された国民が一丸となった戦後復興が見事にあらわされたことにあった、
日本国家の統治を政策・施政する、アメリカ合衆国は、日本民族のありようを鋭く理解していたことの証明である、
☆ 福井七子 『ルース・ベネディクト、ジェフリー・ゴーラー、ヘレン・ミアーズの
日本人論・日本文化論を総括する』

従って、その政策・施政は、天皇制が存続する限り、隷属が示されることにある以上、
その政府と国民もまた天皇へ隷属をあらわす限りは、万世一系の日本国家として継承・維持されることにある、
戦後復興において、時の政権に依って、<対米従属を通じての対米自立>というお題目が掲げられたが、
<日米安全保障条約>は、一年の猶予をもって破棄できるにもかかわらず、果たし得ないことだった、
それは、現在も変わらないことは、支配者へ隷属する天皇へ隷属する政権にあることの証左であり、
建前は<対米自立>を掲げるが、本音は<対米従属>を本然と認識する<隷属体質>があることに依る、
2015年4月29日における、<自称最高指揮官>の米国連邦議会上下両院合同会議での演説内容は、
アメリカ合衆国の支配下にある関係を<希望の日米同盟>や<トモダチ>という言葉に翻案して、
支配者へ<隷属することは、悦びである>というありようが表現されたことでしかなかった、
<日米同盟>というアメリカ合衆国の軍事力の傘に守られることを国家の安全保障であるとする建前は、
アメリカ合衆国の傘という囲繞の檻の中における自由行動が許されているという本音を主体意識とする、
<隷属体質>のあらわれであり、その受容した事柄を用いることに対しては、
既存の事柄の趣旨を生かしてみずからに都合の良い表現へ作り変える、
という<翻案体質>のあらわれになるだけのことにある、
そのような<隷属・受容・翻案体質>に導かれるままに、
占領軍に押し付けられたとする<日本国憲法>を改正することが<対外主権>を誇示することだと言われても、
<対米従属>が持続されている限りは、<戦後レジーム>が依然としてあらわされているということでしかない、
<戦後レジームからの脱却>にあると考えること自体が自己欺瞞でさえある、
それは、アメリカ合衆国・天皇・政府・日本国民の<隷属構造>を自覚しない、
傀儡意識にあるとさえ言えるのは、
<自民党の憲法改正草案>において、<天皇が国家元首>として定められてあることは、
<戦後レジームからの脱却>と称されることが戦前の旧制度へ回帰するという倒錯が示されるというだけでなく、
<対外主権>の希薄があることを思い知らされるだけの囲繞の檻にある身上を意識させられることにあって、
その相反・矛盾・煩悶を自意識とさせられることへ、
国民は、導かれるばかりの状況へ置かれることにあるからである、
観念に依る自然観照の合理的表現を切磋琢磨せずに、
相も変わらず、感情に依る自然観照の情緒的表現を主潮とする思考作用にあっては、
喜怒哀楽という<もののあはれ>に駆り立てられた情緒的判断で、
相反・矛盾・煩悶にある状況を不安と苛立ちと怒りに変えて、
すでに崩壊しているという天皇制の下、軍備をひたすら拡張し、
武力行使を行うことを可能とする国家が安全保障をまっとうするという大義名分に依って、
戦争が経済を活性化する目的から、前回同様の戦争の必要性を求める情緒的成り行きがもたらされる、
明治維新に依って、内的必然からの<開国>に一度失敗している、日本国家であることは、
大東亜・太平洋戦争の惨敗という結果で示されたことである、再び、外国の圧力という外的必然に相対して、
同様の政策と施政が表現される事態になることにあるならば、懲りない日本民族の体質の証明と言える、
日本民族に属する者には、<隷属・受容・翻案体質>が備わっている、
度重なる台風・地震・津波・火山活動といった自然災害に見舞われながらも、
屈せずに、懲りずに、子孫を繋いで生き続けて来たという歴史的実績がある、
それは、日本列島に居住する民族の創始以来の自然過程にあるありようであると見なすことにあれば、
子孫が絶えることさえなければ、日本列島が沈没でもしない限りは、そこに居住する日本民族は、
どのような<被虐の状況>へ置かれることがあったとしても、
それまでも何とかやり過ごしてきたように、喜怒哀楽という<もののあはれ>でやり過ごすことが可能であり、
よく分からない海外の事情に比べれば、此処よりましな状況はないという悟性において、
戴く<お上>の下に、同じ日本語を語り合って理解できる、国民は一心同体にある、
感動を一つに共有し合って、生活を共にして暮らせることは、
英霊となって輝くことさえできる存在になれることにある、
若者よ、新設の<国防軍>へ参加せよ、
みずからの神社や寺を持たない者であっても、野垂れ死にすることはない、
国家のために命を捧げれば、
国政を担う人々も参拝する、靖国神社へ英霊として葬ってもらえることにある……
現在の日本国家は将来に希望のない国だという風評が流れている、
希望がないと感受できることにあるとしたら、それは、隷属の予定調和が厳然としているからである、
アメリカ合衆国の支配下にある、属国を超克できない、絶望的な閉塞状態にあって、
そのありように喜びさえ見い出すという自虐を本然として受容している状況へ置かれていることに所以がある、
日米安全保障条約の破棄、及び、天皇制の撤廃は、
<自主・独立・固有の知覚>という主体性の確立のためには、必至のありようである、
しかしながら、囲繞の檻としてある、島国の日本列島に居住している状況において、
その状況を現実として直視しないという翻案を共同幻想としている主体意識に依然として留まっている、
この絶望的な状況を見事に小説化した作品がある、
<隷属することは、悦びである>という命題を実証するために、
その自虐的ありようを真の喜悦とする認識を日本人であれば当然の事態にあると啓蒙する作品、
団鬼六の『花と蛇』である、
女主人公である、<静子夫人>は、
<隷属・受容・翻案体質>の表象と言える、魅力的な存在としての輝きを放っていることにある。

静子夫人が魅力的な女性であることは、物語の冒頭に、次のように描写される、
≪遠山隆義という標札のかかった豪壮な邸宅から今出て来た女性は、
財界の大立物、遠山隆義の最愛の妻、静子夫人である。
遠山隆義は、五十三にして糟糠の妻に死別され、
去年この静子夫人と結婚したのであるが、彼女は二十六歳。娘ほどにも年が違う。
しかし、絶世の美女だと遠山氏の朋輩たちは、彼女をしきりにほめ、うらやましがっている。
たしかに、静子夫人は、稀に見る美女なのだ。
彫りの深い端正な面立で、二重瞼の大きな眼、高貴な感じの鼻すじ、
顔から頸にかけての皮膚の艶々しさは妖しいばかりの美しさである。
和服がことに彼女には似合うようだ。
その日も、着物は黒と茶が濃淡を綾にした落着いた渋いもの、
その地味で清楚な和服が華奢な首すじを、くっきり色っぽく浮き立たせて、
滴るばかりの艶めかしさが全身にたれこめている。
だが、その日の静子夫人の表情には暗いものがあった。何か不安にかられている。≫
不安にかられる、夫人の外出先には、陥れられる姦計の罠が待ち受けており、
<田代屋敷>という隔絶した場所へ監禁されて、
女奴隷となるための性的調教を課される、地獄の日々が始まることになるのであるが、
その姦計の首謀者である、遠山家のお抱え運転手、川田は、
拉致されて全裸にされ、後手に緊縛されている夫人を前にして、夫人の魅力について告白する、
≪「でもね。奥様があまりにも美し過ぎた。これが俺に悪の道を選ばせた理由という事になります。
遠山家の後妻として入られた奥様を一眼見た時、
俺はこんな女を一度でもいい、自分の思い通りに扱ってみたい。
そんな事が出来たら俺は死んだっていい、なんて思ったものです。
遠山のジジイに奥様がその美しい身体を夜毎に抱かれているのかと思うと
嫉妬のために気が狂いそうになりましてね」
こうなれば色と金、この二本建ての悪事を働いてやれと捨鉢になりましてね、
と、調子づいたようにしゃべりまくる川田を夫人はおぞましそうに小刻みに慄えながら見つめるのだった。
「俺の狙いは金より奥様なんだよ」
と、川田が凄味をきかすようにいうと夫人はぞっとして立膝に縮めた裸身を更に後ずさりさせた。≫
その夜、静子夫人は、川田と床入りをさせられて、貞操を奪われることになるのであるが、
その前戯となる愛欲表現において、性欲と性的官能に依ってもたらされる身上に対して、
静子夫人は、率直に応じるという<受容体質>をあらわす、
これが<受容体質>にあるというのは、性愛行為が強姦ではないからである、
≪川田は夫人の艶っぽいうなじのあたりから滑らかな頬にかけて荒々しく接吻の雨を降らすのだった。 
激情的に強く抱きしめ、熱っぽい接吻を注ぎながら川田の片手は
夫人のその麻縄に緊め上げられた柔軟な乳房を揉み上げている。
「ああっ」
静子夫人はもう抗す術もなく、
川田のその激情に煽られて熱っぽく息づきながら強引に押しつけて来た
川田の唇に思わずぴたりと唇を重ね合わせた。
もう駄目だわ、と自分に哀しく言い聞かせたように夫人は川田に強く引きこまれていく。
川田の唇と夫人の唇がぴたりと合致したのを見てズベ公達は歓声を上げた。
「もっと気分を出してキッスしなよ、奥さん、もうこうなりゃ楽しむだけ楽しまなきゃ損だよ」
と、朱美は痛快そうに囃し立てている。
川田は夫人の唇の中へ強引に舌を差しこみ、夫人の舌先に荒々しく舌先をからませた。
その乳色の柔軟な肩先を強く抱きすくめながら
川田は夫人の口中を溶けこむように甘く舌先で愛撫し、
やがて、夫人の舌先を抜き取るばかりの強さで強く吸い上げる。
夫人はもう完全に神経を痺れ切らせ、
川田の口中を舐め尽すような舌の感触を固く眼を閉ざしながら受け入れているのだ。≫
その<受容体質>に導かれて行われた性行為が夜通し行われたことは、
次のような表現として、確実に示されている、
≪「泣いたって、仕方がないさ。あんたの新しい旦那さんがした事だものね。
それより、昨夜、旦那さんは、どんな風に可愛がってくれたか、それを聞かしなよ」
と朱美は、からかう。悦子も銀子も、静子夫人の美しい頬を指でつつきながら、
「昨夜は明け方近くまで、奥さん、悩ましい声の出しつづけだったじゃないか」
と、からかうのだ。
「満更でもなかったようね。ね、すっかり聞かせてよ」
と、悦子は静子夫人の尻をつねったりするのだ。
そんな話を桂子にも聞かれている辛さ。静子夫人は舌でも噛み切りたい気持だ。≫
静子夫人の魅力については、川田の共謀者である、銀子にあっても、
川田の夫人に対する横恋慕と同様に、激しい欲求として、このような告白となってあらわされる、
≪「ねえ奥さん、あたいね、初めて、奥さんを見た時、
世の中にこんな美しい人がいるものなのかと、びっくりしたのよ。
と同時に、何だか妬ましくなってきて、あたい達とはまるで月とスッポンの上流社会に育ち、
栄養贅沢して暮している奥さんが憎らしくてたまらなくなったのよ。
あたい達なんか鼻もひっかけてもらえない高原に咲く美しい花を、
泥田の中へ引きずりこんで無茶苦茶にしてやれという気持になって、
まず川田兄貴のおもちゃにさせ、浣腸をはじめ、色々と手を尽して貴女をひどい目にあわせたわ。
美しいものにきたない泥水をかぶせて、あたい達は溜飲を下げようとしたのよ。
だけど、どんなに泥水をかぶせても、奥さんは天性の美しさを失わない。
あたい達、手こずるというより、参ったという気分になっちまった。
今の京子とのプレイを見ても、肉体的に成長してきた奥さんは、
ますます魅力的に、あたいの眼に映るのだもの」
そして、銀子は、静子夫人の柔軟な白い肩に手をかけ、
背後より、そのすべすべした白蝋の背に頬をすりつけ始めるのだった。
「もう京子なんかと、あんな真似はさせたくないわ。
だから、ねえ、奥さん、銀子のものになっておくれよ」
静子夫人の身も心もズタズタにするまで責めさいなんだものの実は、
天性の美しさを失わず、気高い貞淑な心根を持ちつづける令夫人を、前々から思慕し、
心の中では悶々としていたのである事を、銀子は自ら告白し、つまり、誘惑し始めたのである。
「ねえ、貴女があたいのものになってくれるなら、こんな暗い牢舎から、今すぐにでも出してあげる。
毎日あたいの部屋で暮し、羽根布団の上で、安らかに眠らせてあげるのよ。
貴女のその美貌と肉体美に、あたいがうんと、みがきをかけてあげる」
銀子は盛んに静子夫人を、かき口説くのであった。
「そりゃ貴女はもう森田組の完全な所有物だから、
秘密ショー、秘密写真では大いに稼いでもらわなけりゃ困るけど、
そんなことで疲れた貴女の心を、これからあたいが優しくいたわってあげるわ。
悪いようにはしない。ね、奥さん、はっきり私の愛を受けると約束して頂戴」
そんな風に銀子は、静子夫人にいい寄るのだったが、
夫人は、眼を閉じ、物悲しげな表情でじっと、俯向いたきりなのだ。
「いいわね、奥さん」
銀子は前へまわって、再び夫人の両肩に手をかけ、返事をうながすように、ゆすりはじめる。
静子夫人は、うろたえ気味に、ふと、美しい瞳を開いて銀子を見たが、
すぐに視線をそらせ、恥ずかしげに顔をそむける。
「ねえ、奥さん、貴女、まさか、あたいに恥をかかせようってのじゃないだろうね」
銀子の眼はきらりと光り、残忍なものを浮かばせた。
「……銀子さん、あ、あんまりです。あんまりです」
静子夫人は、急に身を震わせ、たまらなくなったように鳴咽し始めるのだった。
「わ、わたしを死ぬより辛い目に遭わせ、
その上、京子さんと二人であんなことまでさせて嬲り抜きながら、
この上まだ私に恥をかかせようというのですか。
 貴女達がどう解釈し、さげすもうと勝手ですが、京子さんも私もあのような事を強要されているうち、
気持の上でも本当に離れられない関係になってしまいました。
それは、貴女達の望んでいらっしゃった事じゃございませんか。
でも、私達は貴女達に報復する意味で、そういうつながりになったのよ」
静子夫人は、涙にうるんだ切れ長の美しい瞳を銀子に向け、口惜しげに唇を、噛みしめる。
静子夫人は銀子の邪恋の誘惑を、きっぱりとはねつけたのだ。≫
この描写には、また、静子夫人の<翻案体質>も明確にあらわされている、<翻案体質>とは、
<既存の事柄の趣旨を生かして作り変えること>であるが、受容した事柄を用いることに対しては、
みずからに都合の良い表現へ作り変える傾向にあるということである、
夫人を救出にやってきて捕らえられた、女探偵の京子と女性同士の性愛行為を強制されて、
それがみずからの女性同性愛を心身ともに目覚めさせたことについて、
川田や銀子たちが自分たちに対して、性的調教をもって復讐するように、
自分たちも銀子たちに対して、銀子たちの思い通りの人間になることで報復したと述べる、
これは、理屈の通らない言い分である、報復という意味であるならば、
銀子たちが静子夫人と同様の処遇に晒されて同様になることが道理である、
つまり、静子夫人は、みずからの置かれた状況を翻案していることからの言い分であり、
その心理は、倒錯していることにあると見ることができる、
<倒錯>とは、<本能や感情などが、本来のものと正反対の形をとって現れること>である、
遠山家の豪壮な邸宅に暮らす、社会的な日常とは、正反対の形にある、
反社会的勢力である、暴力団・外道・社会不適応者と暮らす、<田代屋敷>の非日常において、
静子夫人に備わる、性欲と性的官能を呼び覚まされることに対しての率直に応じるという<受容体質>、
その性的思念に対してのみずからに都合の良い表現へ作り変えるという<翻案体質>は、
女奴隷となるための性的調教へ置かれ、人間以下に取り扱われる、地獄の日々を生き抜くことにあって、
みずから死を選んで、その状況から解放されるという解決へ至るのではなく、正反対に、
最悪の事態・状況へ<隷属することは、悦びである>という<隷属体質>へ導かれることにある、
このありようは、日本民族に属する者であれば、違和感なく、受け留めることができるのは、
度重なる台風・地震・津波・火山活動といった自然災害に見舞われながらも、
屈せずに、懲りずに、子孫を繋いで生き続けて来たという歴史的実績にあって、
日本列島に居住する民族の創始以来の自然過程にあるありようであると見なすことにおいては、
子孫が絶えることさえなければ、日本列島が沈没でもしない限りは、そこに居住する日本民族は、
どのような<被虐の状況>へ置かれることがあったとしても、
それまでも何とかやり過ごしてきたように、やり過ごすことが可能である、
という<隷属・受容・翻案体質>が発揮されることにあるありようだからである、
静子夫人は、次のように諭す、
≪夫人と桂子とは、向かい合った形で、二本の柱にそれぞれ立ち縛りにされてしまったのだ。
「ふふふ、久しぶりで、母娘御対面というわけね」
銀子が笑うと、朱美は桂子の顎に手をかけて、
「どう、桂子。股縄をかけられたママって、素敵だと思わない。よく、見てあげな」
桂子は、それに答えず、泣きはらした眼を静子夫人に向けて、
「ママをこんな目に合わせたのも、みんな、私のせいよ。ママ……かんにんして……」
たまらなくなったように、肩を振るわせて鳴咽する桂子である。
静子夫人も、はらはら涙を頬に伝わらしつつ、
「桂子さん。貴女と同様、私も死ぬより辛い目に遭ったわ。
だけど負けちゃ駄目。生き抜くのよ。
きっと、救われる時が来るわ」
静子夫人は、半分は自分の心を励ますよう必死な思いで桂子にいうのだった。≫
<だけど負けちゃ駄目。生き抜くのよ。きっと、救われる時が来るわ>という信条告白は、
義理の娘の桂子を始めとして、<田代屋敷>へ監禁される同胞の被虐者たち、
野島京子、野島美津子、村瀬小夜子、村瀬文夫、千原美沙江、折原珠江に対しても、
同様に告げられる、指導的な言葉としてある。
≪銀子は、そういって、今度は、小夜子の方へ立ち、
「フフフ、お嬢さん。これから、貴女のお師匠さんがね、
お茶やお花なんてチョロイもんより、もっと楽しいものがあるってことを教えて下さるそうよ。
さ、そんなに顔を隠していちゃ、先生に失礼じゃないの」
銀子は、小夜子の顎に手をかけ、顔を起こさせる。
「せ、先生!」
小夜子は、涙を一杯ににじませた瞳を上げ、
「ど、どうして、先生は、こんな所に。わからないわ、わからないわ」
そういうや堰を切ったように、小夜子は泣き出すのであった。
銀子は、北叟笑んで夫人の方に眼をやり、
「どうして、こんな所にいるのって、お嬢さんが聞いてるじゃないの。
さあ、早く答えてあげて、奥様」
 静子夫人は、しばらく瞑目したまま、心の動揺を押さえていたが、
未練を断ち切ったように美しい顔を上げ、
「ねえ、小夜子さん。私のいうことを、よく聞いて下さいね。
静子は、自分から好んで、このお屋敷へ来たのよ」
 えっと、小夜子は首を上げた。静子夫人の瞳の表には、悲しそうな影が射している。
「遠山隆義との夫婦生活なんて無意味であったことが、ここへ来て、やっとわかったの。
静子は、女としての悦びを、ここへ来て、充分、知ることが出来たのよ」
小夜子は、息のつまるような思いで、夫人の顔に眼を向けている。
「静子は、もう遠山家とは、縁もゆかりもない女。
名も捨て、財産も捨て、そして、着ているものまでも。
今の私の持っているものはこの肉体だけなのよ。
でも、それを、私は、森田組の皆様に、一生捧げることにしたの」
「な、何をおっしゃるんです。先生、気をたしかに持って下さい!」
小夜子は、たまらなくなって、緊縛された身を激しく揺するのだったが、
静子夫人は、黒眼がちに澄んだ瞳に、キラリと涙を光らせて、
「小夜子さん、お願い。
貴女も、静子のような気持になって、このお屋敷で楽しく暮すことを考えて頂戴」
そういった静子夫人は、こらえ切れなくなって、ハラハラと涙を流しつつ、
「いくら、いくら逃げようとしても、もう駄目なのよ。
 楽しい思い出を胸の奥にこめて、このお屋敷で、お互いに仲よく暮しましょうね、小夜子さん」
静子夫人は、遂に声をあげて泣き出してしまうのだった。
地獄屋敷内での数々のおぞましい調教から逃れる方法はただ一つ。
この調教を快感として受け取れるような肉体に我が身を作り変えることだとして、
夫人は、川田に強制されたこととはいいながら、
半分は、自分の意志で、小夜子に、さとしているのでもあった。≫
被虐者にある同胞は、一心同体となって、<国難>を乗り切らなければならないのである。

物語というのは、登場人物・筋立て・状況設定から作り出される、時間と空間に依る想像である、
『花と蛇』という小説も、その構造から成り立っているいるが、特異な点がある、
それは、その長さにおいて、<二元性・単一動機・執拗な反復>が一貫して示される点、
<起・承・転・結>の整合性からすれば、<結>が示されないという点である、
小説の物語にあると言うよりは、むしろ、音楽作品を感受させる雰囲気を持っていることは、
日本民族特有の<感情による自然観照の情緒的表現>を主潮として、
恐怖・驚き・怒り・悲しみ・喜びなどの急激で一時的な情動が作り出す、
人間性の急緩・強弱のリズムがあらわされる描写は、
琴、尺八、三味線といった単一楽器が奏でる調べを想起させる、
そこから、単調な想像をまぬがれないということもあるが、
『花と蛇』が<性愛>を描くことを目的とした作品にあるということからすれば、
火がつき、燃え立ち、燃え上がり、燃え盛って終息する、
という性欲と性的官能のありようにおける、物語と読者の相対性にあっては、必然性にある、
従って、終息した性欲と性的官能は、再び火がつけば、燃え上がるということからは、
静子夫人が<生き抜くのよ。きっと、救われる時が来るわ>という信条にある限り、
みずから死を選んで、その状況から解放されるという解決の<結>がない以上、
『花と蛇』に結末がもたらされることもあり得ないことにある、
問題は、地獄の性的調教に晒し続けられる、
夫人の肉体が何処まで耐えられるものにあるかということになるが、そこで、
<受容体質>を見事にあらわす、超絶的な肉体には、精神以上のものがあらわされるのである、
≪麻縄を上下に数本、きびしく巻きつかせている乳房は触れれば溶けるような柔らかさで悩ましく盛り上り、
しなやかで艶っぽい肩先、腰のくびれの形よさ、
全体的に如何にも貴婦人の肉体を感じさせるような優雅な線と官能味を一つにして匂わせている。
また、下肢から大腿にかけてのスラリと伸びた脚線の美しさはどうだろう。
……………
乳白色の艶々とした太腿の附根、
そこには妖しいばかりに漆黒の繊毛が悩ましくふっくらと盛り上っている。
後手に緊縛された裸身を引き立たされ、もはや、その女の羞恥の源泉は逃げも隠れもならず、
女愚連隊達の好奇の眼の前にはっきりと露呈させられているのだ。
……………
麻縄を上下に数本、喰い込ませている両乳房は情感を湛えて半球型に柔らかく盛り上り、
滑らかでスベスベした鳩尾のあたり、 腰のくびれの悩ましさ、
全体に優雅さと官能味を混合させたような伸びのある美しい裸身であった。
下肢はスラリと伸びて繊細だが、
ぴったりと閉じ合わせている乳白色の太腿はムチムチとして見事に肉が緊まっている。
その官能味のある両腿の附根あたりに生暖かそうにふっくらと盛り上る艶っぽい漆黒の茂みは
妖しさが匂い立つばかりの柔らかさで、
その奥に秘められた個所が名器だと想像すると田代は急に息苦しさを感じて熱い息を吐くのだった。≫
とされる優美な姿態は、陰部が名器と評価されるものとしてあるのである、
≪田代と森田は夜具の上に人の字型に縛りつけられた
全裸の静子夫人のその淫らで露骨な肢体を恍惚とした表情で凝視している。
「凄い恰好だね。大事な個所をこれ見よがしに晒け出させて、
遠山社長がこれを見たらさぞ肝を潰すでしょうな」
田代がからかうようにそういうと
静子夫人は耳たぶまで真っ赤に染めた顔面を狂気したように左右に振った。
透き通るような象牙色の光沢を見せた内腿までが露わとなり、
その附根に小高く盛り上った女の羞恥の源は開張縛りにされたため、
誇張的に漆黒の艶っぽい残みを浮き立たせている。
凝視するうちに官能の芯を痺れ切らせてしまった森田は
腰をかがませて夫人の下腹部へにじり寄っていく。
森田の指先がその柔らかい茂みの部分にそっと触れた途端、
夫人は肌に火でも押しつけられたように全身を激しく痙攣させ、
「何をなさるのっ」
と、悲鳴に似た声をはり上げた。
静子夫人が悲鳴と同時に下腹部を激しくよじらせると
その両腿の附根をふっくらと覆い包む絹のような甘い感触の繊毛が荒々しくそよぎ、そそけ立って、
その内側に秘めた桃の縦紡が露わとなり、
その上辺にわずかにのぞく可憐な肉芽までが思いなしか眼に映じた感じになって
森田は思わず生唾を呑みこむのだった。
……………
「どうだね。森田親分。御気分がすこぶるいいようだけれど」
と田代が淫靡に笑って声をかけると、
「へえ、俺も随分と女遊びをして来ましたが、こんなに味のいい女にめぐり合ったのは初めてですよ」
と、森田は膝の上でうねり動く夫人の緊縛された裸身を両手で強く抱きしめるようにして田代にいった。
「何しろ、森田親分の一物は馬並みのでっかさだ。
それを緊めつけて引きこむような女ってのは世間にそう見当たるものじゃないからな」
田代は川田の顔を見てゲラゲラ笑った。
森田もつられて笑いながら、さ、どうだ、さ、どうだ、
とばかり膝の上の夫人を自分の方へ荒々しく引きこみながら腰部の回転を早めていく。
静子夫人は官能の芯をすっかり痺れ切らせて咆吼に似たうめきを洩らせた。
「ああ、駄目っ、いくっ、いきますっ」
下腹部から灼熱の感覚が背筋にまで突き上がり、
静子夫人は森田の赤黒い肩先に額を強く押しつけ、全身を小刻みに慄わせた。
その瞬間、夫人の熱く溶けた肉襞がギューと自分の肉棒を強く喰いしめ、
ヒクヒクと痙攣し始めたのを森田ははっきりと知覚する。
と同時に森田もその甘い肉層の緊縮と収縮に引きこまれて情念がぐっとこみ上がり、
陶酔の頂上を極めたのだ。
「ううっ」とうめいて森田は静子夫人の汗ばんだ裸身を両手で抱きしめ、全身の緊張を解いたが、
熱い男の体液をそこにはっきり感じとった静子夫人は
痛烈な汚辱を伴う被虐性の快感に喰いしばった歯の間からむせ返るようなうめきを洩らし、
再び求めて来た森田の口吻を受け入れ、
ぴったり唇を重ね合わせると共に狂ったように舌先を吸い合うのだった。
暴力団の親分と社長令夫人との変態的な情交、それを川田は眼の前にしてその激しさに舌を巻き、
自分にとっては高嶺の花であった麗人が
もうすでにこのような汚辱の泥沼に引きずりこまれている事を知って、呆然とした気持になるのだった。
今の悦楽の余韻を告げ合うような熱っぽい口吻から唇を離した夫人は
身も心も痺れ切ったように森田の大きな肩先に額を押しつけ、
長い睫毛をうっとりと閉ざして熱っぽく息づいている。
「さて、次はまた、社長と交代致しやしょう」
と、森田は粘っこく潤んだ視線をこちらに向けている田代にいった。
すると、がっくりとなって森田の胸に汗ばんだ裸身をあずけていた静子夫人は、
嫌、もう許して、と、哀しげに身をよじらせた。
「もうこれ以上、続けるなんて、とても無理ですわ。お、お願い」
静子夫人は森田の肩に火照った顔面を押しつけながら声を慄わせ、低い鳴咽の声を洩らしている。
「冗談いってもらっちゃ困るぜ。社長が三発、俺が三発、合計六発、やらせてもらう約束じゃねえか」
森田は抱きしめた夫人を膝の上で揺さぶるようにして、せせら笑った。
「今で社長と俺が仲よく一発ずつだから、あと四発。これだけは徹夜になったってやらせて頂くからな」
静子夫人は激しくすすり上げながら、
「無理です、これ以上、続くと息の根が止まってしまいます」とうわ言のようにいった。≫
しかしながら、夫人の<受容体質>の肉体は成し遂げる、
≪田代も森田も、静子夫人を充分、楽しませたのだという。
田代もえびす顔で煙草に火をつけながら、
「あんまり俺達が可愛がりすぎたんで、遠山夫人、今日の明け方、白眼を向いて気絶なさったよ。
だが、あんなすばらしい体の女というのも珍しいな親分」
森田も満足げに何度もうなずいている。≫
静子夫人は、絶世の美女という容姿を備えているが、名器の持ち主にあると評価されるように、
その顔立ちと肉体の外観に優る肉体の機能を兼ね備えている女性ということにある、
唇、舌、耳たぶ、首筋、乳房、乳首、臍、太腿、女の小丘、陰核、尿道、膣、肛門に及んで、
身体全体が鋭敏な性感帯にあると言ってよい、性欲と性的官能の快感を知覚することができる、
以下は、肛門性交の場面である、
≪鋭い心地よさとでも表現するものなのだろうか。
伊沢は生まれて初めて味わった感覚の中で、気が遠くなる程の痺れを感じるのだ。
静子夫人も、伊沢が突然、挑んで来た不自然な行為に、
「そ、そんなの、嫌っ。ねえ、嫌ですわ」
と、最初のうちは甲高い声で全身をくねらせたりしたが、
やがて、熱い悦びの戦慄に双臀をふるわせ、
その異様な陶酔境に自分を没入させていくのだった。
充分、夫人には練習をつませてある、と鬼源から聞いていたが、
それとは別の場所でそんな行為が演じられるなど、伊沢は信じられない思いになる。
「は、羞ずかしいわ。ああ、死ぬ程、羞ずかしいのよ」
静子夫人は、上ずった涕泣を洩らしながら全身をのたうたせた。
これも一つの快楽の源泉なのか、と伊沢もその甘美な桃源境に溶けるように浸りつづける。
そして、背骨まで貰くような痺れについに自分を失ってしまった。
しばらくそのままぐったりなっていた伊沢は、やがて、ゆっくりと身を起こし、
その跡に好奇の眼を向ける。
静子夫人は、象牙色の美しい頬におくれ毛を垂らして、切なげに息をはずませ、
うっとり眼を閉ざしたまま伊沢の貪るような視線を受けているのだった。
それはいじらしいばかりに可憐な感じさえするのだった。
「よく御覧になって。静子って、こんな変った事の出来る女になったのよ」
夫人は薄く眼を閉ざしながら、小さな口を開いていった。
「こんな時の感覚ってのは、どうなの、奥さん。
随分と燃え上がったようだけど、そんなに素晴らしいのかい」
伊沢がからかうようにいうと、夫人は赤らんだ顔を横へ伏せ、
すねるように、存じませんわ、というのである。
最初、春太郎や夏次郎に強引に教えこまれた時の恐怖と、
切り裂かれるような痛覚は今でも夫人ははっきり覚えている。
しかし、その時の何ともいえぬ羞恥感が、被虐性の異様な快感を呼び覚まし、
むしろ、こうして虐められることによって肉の痺れに早く到達出来るような気がするのだ。
伊沢は優しく、
「美貌と教養に恵まれた遠山家の令夫人が、こんな芸当を覚えられるとはね」
と、笑い、高々と吊り上げられている夫人の優美な肢に頬ずりして、
「ね、今まで奥さんは色々な調教を受けたろうけど、
自分で一番素晴らしいと感じたのは何だい」
「そんなものはありませんわ。みんな苦痛ですもの」
「嘘ついちゃいけないよ。
以前と違って奥さんの肉体は被虐の快感っていうものを感知するようになってきている。
ね、参考のため聞いておきたいんだ。今のような方法がいいのかい」
伊沢は夫人の尻たぶをつねったりして告白させようとするのだ。
「いわなきゃ、千代さんに奥さんの悪口をいっていじめさせるよ」
「嫌、嫌、そんなの」
夫人は甘えかかるように首を振って、
「静子、もう、伊沢さんには、完全に負けましたわ」
と艶めかしい色を浮かべた瞳を伊沢に注ぐと、
「きっと誰にもおっしゃらないと約束して下さいます?」
と、羞恥の混ざった表情でひっそりいうのだった。
「ああ、誰にもいわないよ。
男ってのはね、好きな女の一番悦ぶ方法をどうしても知りたいものなんだよ。
さ、遠慮せずいってごらんよ。奥さん」
「静子がそんな事を悦ぶからといって、それを実行なさったりしちゃ嫌。
ね、お約束して下さいますね」
「ああ、約束するとも」
伊沢は、幾度もうなずくのだ。
静子夫人は、そっと伊沢の耳に口を寄せ、小さく囁くと、
「ね、おわかりになったでしょ」
と、媚を含んだ美しい瞳を、ねっとり開いて、
高貴な感じの鼻先で伊沢の耳元をくすぐるようにし、
次に花のような唇を伊沢の方へ向け、静かに眼を閉じて接吻を求めるのだった。
「わかったよ、奥さん」
「きっとお願い、誰にもおっしゃっちゃ嫌ですわよ。伊沢さん」
伊沢は夫人の求めに応じて、夫人の唇に唇を合わせた。≫
静子夫人は、その快感の絶頂は失神にまで至ることにあって、
ニンフォマニア(女子色情症)にあると見なすことができる、
性的調教に依って晒される被虐が限界の知れない執拗さをあらわすことは、
それを引き受ける静子夫人の肉体に限界のないことがその状況を作り出させている、
そのような肉体のありように対して、
その精神は、高い教養と知性、豊かな感性と愛情を備えているものにあるが、
その状況の<受容>、その<受容>に対する<翻案>、
そして、<状況>そのものへ<隷属>することを思考の体質としている、
≪こうなったら、お核の皮までしっかりむいて千代夫人に見て頂きましょうよ、
と銀子は朱美にいって静子夫人の熱く溶けた粘膜の層に指先を含ませていく。
それはまるで料理人が魚の臓物でも扱うような手馴れた手管を感じさせるものがあった。
「何だか、もう無茶苦茶みたいね」
千代はハンカチで口を押さえて笑いながら、銀子達の手管を面白そうに見つめている。
「ここは薄い皮包があって男の一物と同じよ。
そら、こうして優しく皮をむいてあげると、ね、実がはっきり出てくるでしょう」
銀子はそんな淫靡な作業にとりかかりながら、
薄紙を慄わせるような声で泣きじゃくっている夫人に向かって、
「いちいち、こんな事を辛く感じていちゃ、この世界じゃやっていけないわよ。
羞ずかしさなんか超越して、来るなら来い、と開き直らなきゃ」
と、説教するようにいった。
その通りだ。静子夫人は、遂に言語に絶する、おぞましい責めを受けて、
浅ましい姿をこれら卑劣な人間達の目前にさらけ出してしまったのである。
もうそこには、口惜しさもなければ羞恥もない。
そんな言葉で形容出来る生易しいものではなかった。
自分の身体の内部に巣くう女という実体を、これら悪魔達にひきずり出され、
臓物に至るまで、はっきり目撃されてしまった今となっては……。
嬲りものにされるという事に、精神的な嫌悪はあっても、
肉体的な苦痛は、一種の悦びに変化しつつあるという事を、
夫人は、はっきりと知ったのである。
やがて、こういう恐ろしい責めに対しても、精神的な嫌悪感は次第に薄れていくのではないか。
静子夫人は、もうこうした異次元の世界よりの脱出は不可能である事を知悉した今は、
この世界に狂い咲いた花として、生き抜く事を決心し、
今後更に、この屋敷の化物達が自分の肉体を如何に変化させていくかという事に、
むしろ、妖しい期待を持ち始めたのである。
静子夫人は、ズベ公達に如何に揶揄され、如何に笑われても、
眼をうっとりと閉じ合わせ、小さく口で息づいているだけであった。
……………
「すっかり拝見致しましたわ。ホホホ、本当に今日はいい勉強になったわ」
静子夫人は、元女中だった千代に頬を両手ではさむように持たれ、
顔をしげしげ見つめられるのだった。
それで、完全に敗北した事を悟った夫人は、
「ね、今、奥様、完全にゴールインしたのでしょう。御返事して頂戴な」
と催促され、うっすらと眼を開き、妖艶なばかりの瞳をキラリと光らせたが、
すぐにうっとりと眼を閉じ、かすかにうなずくのであった。
それは、無事、出産を終えた美しい人妻のような幸福に浸っている表情でもあった。≫
移ろい行く自然の現象と同様に、人間の精神と肉体のありようも、また、移ろい行くことにある、
そのなかで、人間のあらわす、喜怒哀楽の感動において、
恋慕、羨望、嫉妬から生まれる、嫌悪、憎悪、復讐が人間関係を織り成すという宿命がある、
人間として生まれた以上、人間として生きる以上、
この宿命からは逃れられないからこそ人間であるという悟性である、
平安時代の貴族社会においてであろうと、敗戦後の昭和時代の市民社会においてであろうと、
時間を超越した、日本民族のありようは、同様に表現される事柄にある、
従って、このありようが日本の性愛文学の本筋ということであれば、
日本民族は、これ以上のものにも、これ以下のものにもならない、
天皇制が万世一系の本筋であるとされるように、普遍的な存在理由としてあるということになる、
≪「すみません、悦子さん」
夫人は眼を開き、濡れてうるんだような瞳を悦子に向けた。
悦子は、夫人の横へ身をかがめ、化粧箱を開き始める。
静子夫人は、甘く匂うような徹笑を口元に浮かべ、
「うんときれいにしてね、悦子さん」
柔らかいくすぐるような笑い声を、わざと出した。
甘えかかるように顔を悦子に預けた静子夫人の、
そうした無理に平静を装う姿は悦子の胸をしめつけたようだ。
「辛いでしょうね、奥様」
「辛い?」
静子夫人は、片頬に微妙な微笑を浮かべながら、
「辛い、とか、苦しいというより、
私、もう自分が自分であるのか、ないのか、わからなくなってしまいましたわ。
ここまで生きてきたのが不思議なくらい」
静子夫人は、うっとりと眼を閉ざして、悦子の手で、妖しいばかりの美しさに化粧されてゆく。≫
<被虐の状況>へ置かれ続けていれば、
その状況が強要する隷属意識からは、みずからのありようさえ覚束なくなる、
生きてあるという主体意識よりも、他人に依って生かされてあると思えることからは、
その<隷属体質>は、<受容・翻案体質>を更に発揮させることへ向かわせる。


*上記の≪ ≫内は、団鬼六著『花と蛇』より引用


(2016年11月17日 脱稿)




☆13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (24)

☆13.縄による緊縛という結びの思想・四十八手 (23)

☆縄による日本の緊縛