漆黒の三角木馬 |
そこに置かれてあるものを一瞥しただけで、おぞましい用途のわかる存在感を放つものこそ、 拷問道具と呼ぶにふさわしいものである。 人間が道具を用いて別の人間と虐待の極みにおいて意思の疎通を図ろうとすること、 人間が動物であることをあらわす阿鼻叫喚が極みの言語でしかないこと、 拷問は、人間の用いる言語が有能の極みへ到達するに至るまでは、消えることはない。 未だに舌足らずの進化途上の未成熟な動物であれば、 置かれてある拷問道具に妖美さえ見ることができるのであるから―― 四本の堅固な脚が胴体を支えた姿は馬を模していたが、 その馬は頭と首と尾がないという異様さに加えて胴体が三角柱の形をしていた。 木馬というものがひとのまたがるものであれば、 そのまたがる背中は乗り心地のよいに越したことはない。 だが、あいにくこの木馬の背は三角柱の鋭角をなす部分がまたがる箇所になっていた。 その上、背の高さはそばに立っている女の腰を越えていたから、 またがされれば爪先さえも地面にとどくことはなかった。 木馬は目もあやな雪白の柔肌をさらしたなよやかな女体が脇にいることで、 責め具としてのおぞましさを遺憾なく見せつけているのだった。 しかし、一方でその漆黒の色艶の艶めかしさは不思議な生々しさをかもしだしていた。 まるで、そこにいる生まれたままの姿の美しい女体が騎乗することこそ、 木馬が作られた本来のありようを示すのだとばかりに、 手の込んだ芸術品がもつ奥深い美しさを妖しく放っているのである。 しかし、またがることを定められた女にしてみれば、 その木馬にどれだけの芸術性があろうと拷問道具であることには変わりはなかった。 木馬から眼をそらせている女の表情は、 薄暗いなかでも蒼ざめているのがはっきりと見て取ることができるものだった。 空ろなくらいに茫然としながら、不安と恐れだけが身体中をうごめきまわっているように、 麻縄で縛り上げられた裸身をぶるぶると震わせているのだった。 そのような女の姿には、このような場所でしか絶対見られない妖美が感じられた。 よし、木馬へ乗せよう。 結城が職務的な抑揚のない口調で言った。 天井の滑車から降りている縄を女の背後にまとめてある結び目へしっかりと繋いだ。 女は自分に成されていることがわかったことで、まなざしはあちらこちらへさまよいだし、 そのままにしておけば、気絶してくず折れてしまう状態だった。 ばしっ、という鋭い音が響くと同時に、 まだ、落ちるのは早い、自白してからだ、しゃんとしろ。 坂田が女のふっくらとした白い尻を平手打ちしたのである。 坂田の実際的ないい所作だった。 女は何とか気を取り直したが、今度はたまらずにすすり泣き始めている。 女の泣き声にもいろいろな声音があるが、だいたいにおいて、 すすり泣きの可憐な女は号泣も悩ましく感じさせるものを持っている。 それをこれから聞かせてもらおうというのである。 女体の背中を繋いでいる麻縄がぴんと張られ、結城と坂田の手によってたぐられる。 吊りあがっていく裸身を支えて木馬の真上へ誘導していくのはこちらの役割である。 女は身体の吊りあがる直前に足をばたつかせたが、両足が地面から離れると、 縛られた柔肌へ襲いかかってくる自分の体重の苦しさに集中せざるを得なくなる。 美しい顔の眉根をぎゅっとしかめ、開いたきれいな唇からは苦しそうなうめき声がもれる。 宙吊りになった状態で閉じる力を奪われたしなやかな両脚はすんなりと伸び、 両腿の付け根にのぞくふっくらとした黒い茂みを透かしてわれめが見えるのだった。 女の身体を誘導する役割で、脚や腰へ触れる以上に、それはたまらない見ものだった。 うっすらとやるせなさそうにのぞいていたわれめも、身体が高々と吊りあがったときには、 娘の純真とでもいうように真一文字に閉ざした若々しい羞恥の唇をいじらしく見せるのだった。 生まれたままの姿を緊縛された女体は、そのままゆっくりと下へ降ろされていった。 女の身体が木馬の形にうまく収まったことを告げるように、 一閃の鋭い悲鳴が倉のなかへ響きわたった。 口を割らせるということが詮議の目的であるならば、 木馬は女のまたいだ箇所にある唇を三角の形で上手に押し開いて割っていた。 せっかく木馬と女体がむつまじい間柄をもったのであるから、 女の身体が木馬からずり落ちて離れないように天井から繋いでいる縄をがっちりと留めた。 涙に濡れた頬へ乱れた艶やかな黒髪をまといつかせた女の美しい顔立ちは、 両眼を閉じ眉根をしかめ開かれた赤い唇に食いしばった白い歯をのぞかせて、 死に物狂いの形相で股間から突き上がってくる激痛をこらえようとしている。 少しでも責め苦を逃れようと左右の太腿で懸命に木馬の背を挟み込んでいたが、 みずからの身体の重みを耐えかねたかのようにやがて力萎えて、 両脚はずるずると下がっていき伸び切っていくのだった。 すると、今度はみずからの身体の重みがまたいでいる三角の一点へ集中していく。 女はそれを振り払うように上半身を身悶えして、 いやっ、いやっ、と顔を左右に揺り動かし、黒髪を振り乱して泣き始めるのだった。 女の両眼からとめどもなくあふれだす涙のしずくは、木馬の鋭い背へ落ちて飛び跳ねている。 時間が経つにつれ、肌に浮かび上がった汗を吸った麻縄が生々しく肉へ密着していき、 胸縄は上下から締め上げている乳房をさらに突き出させ、 愛らしい乳首を淫らなくらいにつんと立ち上がらせるのだった。 痛い、痛い…… 唸るような艶めかしい声音が女の口からもれ続ける。 苦しい、苦しい…… またがされた格好のために、若々しく張りのある腰付きはきれいな尻を潰れたように歪め、 太腿の付け根の方は恥ずかしいわれめの形を、 これ見よがしとあざやかに三角を食い込ませて見せつけていた。 いやっ、いやっ……我慢できない……痛い…… 苦しい……お願い……降ろして……許して…… うめき声もか細くなっていく。 ふっくらとしていた黒い茂みは汗まみれとなってしなだれている。 空中へ伸びきって垂れている白いしなやかな両脚も生気を失ったように動かなくなっている。 全裸を麻縄で縛り上げられ三角木馬にまたがされた女の姿は凄絶そのものであった。 だが、そういう姿にまでなるからこそ、女から自白が搾り出せるのであった。 女、いい加減に本音を吐く気になったか。 結城がうつむき加減になってこらえている女の顔を上げさせて詰問する。 女の美しい顔は視点の定まらないまなざしを投げるだけで返答はなかった。 きれいな形をした唇は半開きになって泡さえ浮かべているのだ。 この女にはまだ耐えられるのだろう、そんな顔をしている。 坂田がわれわれの方を一瞥しながら言った。 だれが見ても、女は加えられ続ける苦痛に翻弄されて限度がきているのがわかった。 天井から背中へ繋がっている縄が身体を支えていなければ床へ落ちていたに違いない。 それでも責めが続けられるのは、ただ女の口から自白の言葉がないからだった。 もはや、しゃべることのできない状態にあるのがわかりきっていながら続けられているのだ。 これがこの場所が拷問倉であることをよくあらわしている取り扱い方なのだ。 若くてか弱い女が淫らなくらいおぞましい拷問に晒されている姿になればこそ、 われわれにしても職務的な忠実をまっとうできている満足感を得られるのだ。 ああっ〜あ、ああっ〜あ。 突然、女は絶叫するような声を張り上げて苦悶を訴え始めた。 それは苦痛の切っ先が女の芯の最も敏感な箇所へ切り込んでいったからだった。 女は縛り上げられた裸身をぶるぶると震わせながら大声を上げて泣き叫んだ。 苦悶が女を上へ上へと舞い上げるように、あらんかぎりの力を振り絞って、 乱れた黒髪を打ち振るい、胸縄で突き出させられた乳房をゆらせて上半身をねじり、 すらりと伸びている雪白の両脚を立ち上がったかのように空中へ爪先立ちにさせるのだった。 こらえ切れずに泣き叫ぶ声はあたりかまわず、 女にはもはや自分さえ見失われて、あるのは耐え切れない激痛のみとなっているのだった。 しかし、それも時間の問題だった。 苦悶に舞い上げられた女は、ついに限度がきてしまったかのように、 縛り上げられた裸身を突然びくんと硬直させたかと思うと、首をがっくりとうなだれるのだった。 落ちたな。 われわれは少々うんざりした表情を浮かべながらお互いを見やった。 自白が行なわれなかった以上、すべては初めからやり直す以外のないことだったからだ。 女の気絶を確かめるために、坂田が近づいていって顔を上げさせようとしたときだった。 坂田は信じられないというような驚きの表情をあらわしていた。 美しい顔立ちをみずからもたげた由利子さんは、凄艶な表情を浮かべながら、 悩ましげなまなざしをわれわれの方へ投げつけたのである。 由利子さんは気絶などしていなかった。 むしろ、木馬にまたがされたことで感じえた法悦に浸っているという感じだった。 由利子さんがはさみ込んだ三角の背にはおびただしい量の女の滴りがあふれだしていて、 その漆黒の色艶をいっそう艶めかしく光らせているのだった。 そして、官能を高められた恍惚とした面立ちで、縛り上げられた裸身全体を桜色に上気させ、 さらにその恍惚を高めようとするかのように、三角の背へまたがったしなやかな両脚を振って、 木馬をはやらせ法悦の境地へと疾駆していくのだった。 その姿はまさに、 天空に黒馬を駆ける美しき戦う乙女の幻想が重ねあうような気高さに輝いているのだった。 結城と坂田とぼくは、由利子さんの緊縛された裸身を慎重に三角木馬から降ろした。 土蔵の床へ横たわった姿になっても、由利子さんの法悦とした状態は続いていた。 われわれはその美しい姿を同じように浮遊させられた心持ちで見守るだけだった。 由利子さんのきれいな形をした唇が開いて、優しすぎるくらいの声音が言うのだった。 私は女、 すべての生まれるものの母、 私はすべてを受け入れられます、 私を愛し光り輝きなさい。 だれが最初だったかわからない。 身に着けているものを全部脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になったわれわれは、 縄の付いたままの由利子さんとかわるがわる結ばれあったのだった。 『秘密の小部屋の事柄』 「右方の扉」 より |
淫靡な責め道具の妖美な奇想 |