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8.  『S&M』  第7章  S&M



人間の生存活動は、
食欲、知欲、性欲、殺戮欲という、
四つの根本的な欲求に支えられています、
四つの欲求は、
その各々が生存を目的として活動しているというだけのものであって、
それ自体には、
意味もなければ、各々の関連もなく、独立した力動であることにすぎません、
そうしたありようは、いずれの欲求の減退があったとしても、
生存ができるかぎり維持されることが目的としてあることによるものです、
ただの生存活動そのものであるということでは、
その背景に何か存在するものが考えられるとしたら、
そうした問いが意味を成さないという意味の荒唐無稽しかありません、
人間の生存活動の背景には、荒唐無稽が横たわっています、
もっとも、このような認識は、四つの欲求のひとつである、
知欲の活動による思考のあらわれにすぎないことであれば、
ほかの考え方があったとしても、不思議はまったくないことであって、
考え方の多種多様は、人間の思考の本来性であり、
その荒唐無稽にまで行き着く思考の果てしない繰り返し、
思考の永劫回帰へ帰着することは、避けられないこととしてあります、
それは、人間の思考が整合性を求めるという属性のあることによるもので、
求める整合性は、整合性をあらわさせる一方において、
その反対である、荒唐無稽をも浮かび上がらせることをします、
多種多様の思考とは、荒唐無稽と同義と考えられて、不思議のないところです、
人間の思考活動の限界と言われてしまえば、それまでのことでありますが、
人間は、それ以上でも、それ以下でもないところで、人間です、
考え方の多種多様にあっては、常に新しい考え方が生まれる、
古い考え方が崩れ去った後は、新しい考え方が建て直すことをする、
それが古くなり、再び新しい考え方が求められる、
そして、それが崩れ去り……
新しいありようをひたすら求め続ける人間、
人間が消滅しない限りは、繰り返しに終わりはありません……
その新しいありようのひとつを求めようと、
真知子は、
住んでいた渋谷の土地と家屋、それに五十戸建てのマンションを売却して、
時代の地殻変動に耐え切れずに、見事に崩壊した、
頭の上から足の下まで淫虐に責められるという意味しかあらわさない、
<上昇と下降の館>の跡地へ、
<牝鹿のたわむれ>という館を建設したのでした。
そこは、彼女が新たな連れ合いと生活を始める、
愛情あふれる家庭でもあったのでした。
その典雅な広間は、
細身で優雅な渦巻形の柱頭を持ったイオニア式の円柱に四方を支えられ、
見上げれば 天空にまで届くような錯覚を起こさせる天井には、
翼を生やした少女の天使たちが天女たちのまわりを舞っているありさまが、
女性の割れめも鮮やかな生まれたままの全裸の姿で描かれていました。
四方の壁を彩るステンドグラスの絵柄は、
桜、薔薇、紫陽花、百合をあらわす紋様が表現されて、
そこから投げかけられる光は、縞の美しい大理石の床へ、めくるめく趣きを与え、
様々な色彩の糸が織り成す、綾も瀟洒な紫色の絨毯を際立たせていました。
大理石造りの上座となる椅子の反対側には、
堂々とそそり立つ白木の十字架が据えられていましたが、
この館の女性には、
信仰する特定の対象があったわけではありませんでしたから、
その十字架は、
美しい女性だけが晒されることをされる、という象徴でしかありませんでした。
かつて、真知子は、託宣のように、そのことを認識させられて、
現在の生活を始めるきっかけとなったことでありました……
暗澹とした廊下は、行けども、行けども、
終わりがありませんでした、
ようやく、突き当りとなって、行く手が塞がれました、
そこには、開けようと思う者にしか見えない、頑丈な鋼鉄製の扉があって、
その鍵もまた、望む者にしか手にすることができないものとしてあるのでした、
真知子には、その双方の思いがありましたから、
そのなかへ入ることができました、
鉄製の螺旋階段が下方へ伸びていて、地下深いところはまったく見えません、
真知子は、ためらいもなく、注意深く、下へ降りていくのでした、
降りていくにつれて、光の粒子が泡のように立ち昇ってくるのが感じられ、
地下へ降り立ったときは、暗黒の世界でありましたが、
一箇所から、ぼおっと光り輝くものが見えるのでした、
まばゆいばかりの光として感じられ、
くらまされた眼は何も見ることができませんでした、
やがて 眼が慣れてくると、
真知子の前には、
白木の十字架が堂々とそそり立っていることがわかりました、
そこには、女の割れめも鮮やかに、生まれたままの優美な全裸を晒されて、
端正な顔立ちの美貌を輝かせた女性がはりつけられているのでした、
ほっそりとした両腕を左右へ伸ばされ、華奢な手首を縄で縛られ、
ふたつのふっくらとした乳房の愛らしさのある乳首を尖らせながら、
艶かしいくびれの腰付きから下方へ垂れたしなやかな美脚の、
揃えられたほっそりとした両足首を縄で縛られているだけの姿にあるのでした、
女性の羞恥の割れめも剥き出しのありさまでしたから、
残酷で、悲惨で、淫猥な処罰に晒されている女性と言えることでしたが、
美しい顔立ちには、
快感の喜びをあらわす陶然となった表情が浮かんでいるばかりか、
やるせなく、切なく、悩ましい、身悶えがしきりと繰り返され、
甘美に喘ぐような声音がもらされ続けているのでした、
性的官能の絶頂へ追い上げられていることは、確かなことでした、
そのとき、真知子は、感じました、
そうして、翔子さんが晒されている姿は、
被虐にあるからこそ、あらわされるものではなく、
女性であるからこそ、あらわすことができるもの、
女性であるゆえに、あらわすことのできる美以外の何物でないと、
象徴が意味させるものがなければ、
十字架も、ただの白木を十字に合わせたものにすぎないのだと……
いま、典雅な広間の上座の椅子には、
翔子さんが座っていました。
翔子さんは、身に着けるものなど一切ない、
生まれたままの全裸の姿でした、
この<牝鹿のたわむれ>の館へ入る女性は、すべて、そうでした。
ですから、翔子さんが思いを込めたまなざしで見つめ続ける、
<P A N T A  R H E I>とあらわされた銘板を上部に、
堂々と据えられた白木の十字架に晒されている真知子も、
女の割れめも鮮やかに、
生まれたままの優美な全裸をはりつけられた姿にあったのでした。
ほっそりとした両腕を左右へ伸ばされ、華奢な手首を縄で縛られ、
ふたつのふっくらとした乳房の愛らしさのある乳首を尖らせながら、
艶かしいくびれの腰付きから下方へ垂れたしなやかな美脚の、
揃えられたほっそりとした両足首を縄で縛られているだけの姿にあって、
美しい顔立ちに、快感の喜びをあらわす陶然となった表情を浮かばせながら、
やるせなく、切なく、悩ましい、身悶えをしきりと繰り返し、
甘美に喘ぐような声音をもらし続けているありさまは、
性的官能の絶頂へ追い上げられていること以外になかったのでした。
愛する相手に、みずからの美しい姿を見つめ続けらること、
その幸福な思いは、
官能の喜びを法悦にまで高めるものとしてあったことでした……
ママも みずからの道を見出して 進んでいったのです 
ぼくも みずからの道を進まねばならないのです
人間に備わる性欲は 高ぶらされる官能に従って
ところかまわず 相手かまわず 手段を選ばず 行うことが可能である
という進化の賜物である
言語を生み出し
それで概念的思考を行うことを可能とさせたことも 進化の賜物である
更なる 進化の賜物は
この両者をどのような整合性へ導くかということにある
このように 言われていることであります
みずからのありようは
瞳の大きい清楚な愛くるしさを漂わせた顔立ち
それは 少女と見間違えるほどの美貌
顔立ちを支えるほっそりとした首筋 柔和な感じのなでた両肩
筋肉の薄い両腕と華奢な手首と小さな両手
優美なくびれをあらわす腰付きは 伸びた両脚のしなやかさを際立たせ
なめらかな腹部の形のよい臍の下
つつましく茂らせた漆黒の和毛のなかから 可愛らしいと言えば
小学生ほどの大きさの皮を被らせた陰茎を持つ男性です
異形と言われれば 常識からは それを否定することもできない
孤立させられた身上です
その孤独にあっては
耐えなければならない 多くの矛盾・苦悩・軋轢があります
それにもかかわらず ぼくは ぼくが好きです
ぼくにしかありえないありようがあるからこそ
ぼくは ぼくを好きです
ぼくは 矛盾・苦悩・軋轢に置かれても
美少女美雪を想像できるのです
美少女美雪は ぼくであるからです
恥辱にあっても
女性であることの矜持を見事にあらわすことのできる気高さ
自立した考えを抱いた女性
純潔に輝く至高の処女は
あらわされた 溌剌とした輝きに満ちた
純白の優美な生まれたままの全裸の姿で
長い艶やかな髪をなびかせ
清楚で可憐な美しい顔立ちを毅然とさせて
壮麗に 遥か天空から舞い降りてくるのです
男たちは ただ 地面へひれ伏して 崇め奉るばかりの
絶対の女性であり
絶対の男性であるその存在を……
新一には、そのように、想像することができることでした。
没頭する夜は、思い高ぶらされる想像のままに、
いきり立たせた欲情を掻き立て、煽り立てられながら、
行くところまで行って果たし、それでも満足が得られなければ、
さらに、行くところまで行って果たし、結果は、明け方まで続くことになって、
ようやく、仮眠を取るような睡眠時間は、いま、
コン、コン、
という朝食の支度ができたことを告げる母の扉のノックで、
終わりを迎えるものであったのでした。



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