9. 終 章 |
部屋の扉が静かに開かれて、時間どおりに、彼女はやってきた。 年齢は、二十六歳くらい、清楚で麗しい和服姿は、そこに立つだけで、 芳香を匂やかに漂わせる美貌と姿態を浮かび上がらせていた。 聡史は、読み終えた桃色がかった装丁の小冊子をテーブルの上へ置くと、 立ち上がって、彼女の方へ歩み寄るのだった。 眼の前へ立たれた男性に、女性は、大きく綺麗な瞳を開かせて、 まなざしを投げ返すが、彼が待ちかねていたように、 おもむろに彼女の両肩へ手を置いて、唇を求めてきても、されるがままであった。 その女性の素振りには、どこか空ろなものが感じられたが、 男性の方は、夢中になって、相手の綺麗な唇へ唇を触れ合わせていた。 「愛している、真由美……」 ようやく離させた唇から、聡史は、思いを込めた口調でもらすのであった。 それから、もう一度、熱烈に唇を重ねていくのであったが、 彼女は、両手をだらりとさせたまま、相手へすっかり身体を預けていた。 女性は、嫌がる素振りを少しも見せなかったが、喜んでいるふうにも見えなかった。 それは、最初の出会いのときから感じさせられた、真由美の態度だった、 その同じ女性が官能に火をつけられ、掻き立てられ、煽り立てられ、 燃え上がっていく性愛の行為へ及んだときには、まるで、別人になるのだった。 それを、聡史は、知っていた、 それが真由美の魅力であったのだ。 性愛の行為において、どこまで、彼女と関わることができるか、 彼女があらわさせる、本当の真由美は、いずれであるのか、 はかり知れない魅力があったのである、 ただ、心だけは、除かれたものとしてあるという……。 聡史は、唇を離すと、相手の美しい顔立ちをじっと見つめるのだった。 瞳の大きな清楚な愛らしさ、目鼻立ちは端正であったが、 美人の別格と言えることのほどではなかった、 だが、その表情がかもし出せる雰囲気のとらえどころのなさには、 女性の表情の諸相という分類図鑑があったとすれば、 それをぱらぱらとひっきりなしにめくらされる蠱惑があるのだった。 「ぼくは、きみを愛している、きみなしでは、いられない」 男性は、はっきりとした口調で、そのように告げた。 見つめられる女性も、じっと相手を見つめ返していた、 しかし、言葉はなかった。 「少しは、ぼくのことを…… 思ってくれているのかい?」 聡史は、尋ねるようにして、言い添えたが、 真由美は、きらめくようなまなざしを浮かべるだけで、言葉はなかった。 彼は、彼女の両肩を強引に引き寄せて、思いの丈をぶつけるように、 重ねた合わさせた唇を思い切り吸い上げるのだった。 余りの激しさに、やがて、唇が離れたときには、 ふたりとも、大きく息をはずませていた。 真由美は、憂いを帯びさせた表情で、聡史を見やりながら、 静かに口を開いた。 「私のことを思ってくださるのは、とても、光栄なことです。 けれど、あなた様を愛することはできません、 それは、あなた様を好きではないからではなく……」 聡史は、摑んでいた相手のなよやかな両肩へ、 思わず、力を入れて、尋ねていた。 「では、どうして?」 真由美は、優しさを滲ませた表情になりながら、続けた。 「私は、愛される存在としてしか、生きることができないからです。 あなた様が愛してくださるとおっしゃられるならば、私は、あなた様のものです。 それは、私にとって、この上ない喜びです。 けれど、私は、あなた様ひとりのために、縛られることはないのです。 私に関わる、すべての方々から、私は、縛られるのです。 私は、そのようにして、 これまでに、数知れない方々とお付き合いをしてきました、 これからも、そうです、 私は、その方々、すべてのものなのですから…… 私を理解しにくいとお感じになるかもしれません、 私は、私の思いをあらわした物語を、あなたにお渡ししました、 お読みなって戴けましたでしょうか?」 聡史は、うんとうなずいていたが、 「ぼくは、ああいう書き物は、苦手だ。 きみが書いたものだと言うから、読んだが、分かりにくかった」 真由美は、残念だとも思わない、 微笑ませた表情の顔立ちと明るい口調で答えるのだった。 「よろしいのです、おっしゃられるとおりです。 物語は、物語にすぎません、 現実とは異なるからこそ、物語の存在理由があることだと思います。 ただ、ひとつだけ、知って戴きたかったことは、 あの物語に登場した新一は、かつての私であったということです、 それを、私は、あなた様に打ち明けたかっただけなのです……」 清楚で愛くるしい顔立ちに、溌剌とした輝きを帯びさせる相手を、 聡史は、じっと見つめるしかなかった、 それから、納得したようにうなずくと、 スーツの内ポケットから封筒を取り出し、真由美へ差し出すのであった。 「これは、今夜の分だ。 だが、このようなものを渡すからといって、 きみがみずからを愛奴だと称して、 男性女性を問わずに行っていることがあったとしても、 ぼくのきみに対する愛に変わりはない! そのことだけは、分かって欲しい!」 男性の力強い言葉に、なよやかな女性らしさの表情を漂わせながら、 真由美も、答えていた。 「嬉しいお言葉をありがとうございます、 真由美は、とても幸せです。 真由美は、あなた様の言われるがまま、されるがままの愛奴です」 聡史の指先は、優雅に着付けられた着物の帯紐へ掛かっていた。 真由美は、美しい顔立ちの綺麗なまなざしをじっと相手へ向けたまま、 両手を左右へだらりと垂らさせて、身体を預けるようにさせていた。 解かれた帯紐がするすると抜かれていくと、 彼女は、両手を背後へまわさせて、帯の結びを緩めていった。 男が艶麗な帯をたくし込むようにして外させていけば、 女の身体は、くるくると回転させられてのされるがままとなった。 更に、色とりどりの伊達巻や腰紐が抜き取られていくと、 瀟洒な着物の裾前が割れて、 漂わせていた匂い立つような女の色香は、 むせるような芳香を撒き散らさせるものとなって、 なよやかな両肩からすべり落とさせた着物があらわとさせたのは、 桃色がかった麗しい長襦袢姿だった。 聡史は、相手の小さな手を摑むと、ベッドのある方へ歩かせるのだった。 それから、長襦袢の帯紐が解き外されて脱がされると、 水色の肌襦袢と湯文字姿の真由美は、ベッドへ上がるように促された。 男は、着ていたスーツを脱いで、トランクスひとつだけの裸姿になったが、 その間も、女は、上げた美しい顔立ちをそらさせて、 純白のシーツの上へ横座りとさせた姿態をじっとさせているだけだった。 「立ち上がって、すべてを取り去って、裸を見せるんだ!」 ベッドのそばへ立った男は、命じるような強い語調へ変わっていた、 その手には、麻縄の束が握られているのだった。 真由美は、はいと返事をすると、足袋を脱いでから、ゆっくりと立ち上がった。 その顔立ちは、火照って桜色を浮かべた両頬に、 情感にきらきらときらめくまなざしと真一文字に結ばせた綺麗な唇が、 込み上がってくる羞恥をこらえさせる愛くるしさを漂わせていた。 男は、魅入らされた表情で、見つめ続けるばかりだった。 言われるがままのことを行おうとする、ほっそりとした指先は、 肌襦袢を静かに脱がせ、湯文字も一気に取り去らせた。 あらわとさせた生まれたままの全裸の姿態であった。 波打つ艶やかな長い黒髪に縁取られた、 瞳の大きい清楚な愛くるしさを漂わせる顔立ちの美貌は、 揺らめく表情のなかで、綺麗な唇を慎ましやかに結ばせ、 それを支えるほっそりとした首筋、柔和な感じのなでた両肩、 ふっくらと隆起した美しい形のふたつの乳房に可憐な桃色の乳首をのぞかせて、 筋肉の薄い両腕と華奢な手首と小さな両手を左右へ垂れさせていた。 可愛らしい臍のあるなめらかな腹部は、 優美なくびれをあらわす女らしさの腰付きを際立たせ、 しなやかに伸びた両脚の美麗を締まった足首のある足先まで至らせていた。 なよやかで麗しく艶かしい女性の全裸であったが、 その生まれたままの姿があらわす如実は、 なめらかな腹部の形のよい臍の下、羞恥の翳りをまったく奪い去られた、 ふっくらと盛り上がった白い小丘に、愛くるしいと言えば、 小学生ほどの大きさの皮を被らせた陰茎をあらわとさせているのだった。 瑞々しく溌剌とした純白を輝かせる柔肌は、 あたりを明るませるほどの感じを与えていたが、 その顔立ちと姿態は、見つめれば見つめるほど、 とらえどころのない妖美が匂い立ってくると感じさせるものがあるのだった。 これまでに、真由美を所望してきた、男性と女性は、 その異形の姿態こそが真由美の魅力として受けとめてきたことだった。 そして、真由美が掛け替えのない存在であると思い至らせられるのは、 みずからを愛奴と称する、 その充分に教育・調教・飼育された態度にあったことだった。 聡史も、同じように、身に着けていた最後の下着を脱ぎ去っていた。 全裸の男は、もたげ始めた陰茎を揺らさせながら、ベッドへ上がると、 真由美の裸身を抱き締めて、唇と唇とを重ね合わさせたが、 その片方の手は、相手の愛くるしい陰茎を握り締めていた。 男が、相手の甘い舌先を迎えるようにして、口を開かせると、 愛奴の優しい舌先は、望まれるままに差し入れられきて、 絡まされ、もつれ合わされ、吸い上げられていくのだった。 口端から唾液のしずくが流れ出すまでに頬張られると、 男の手にも真由美の硬直が感じられ、あはっ、あはっともらさせる鼻息は、 官能へ火の付けられた悩ましさを伝えてくるのだった。 「縄できみを縛るよ、 ぼくがきみへ結ばれ、きみがぼくへ結ばれる、 きみとぼくの絆である縄掛けだ、 ぼくにされることをぼくの愛のあかしと忘れてもらいたくない、縄掛けだ!」 唇を離させた聡史は、勇ませた口調で叫んでいたが、 真由美は、はいと答えながら、美しく火照らせた顔立ちをうなずかせて、 ほっそりとした両腕をそろそろとまわさせると、 背後へ立った男に、華奢な両手首を重ね合わさせて、差し出すのだった。 聡史の手慣れた縄掛けは、ふた筋とさせた麻縄を相手の手首へ巻き付けて、 幾重にも絡めて留められると、前の方へまわされ、 綺麗なふくらみを見せるふたつの乳房の上部へ掛けられて、 背後へ戻されると縄留めがされた。 その間、真由美は、全裸の姿態をしっかりと立たせて、 上げさせた顔立ちのまなざしを一点に向けて、 されるがままになっているだけであった。 それから、二本目の縄が胸の下部へ掛けられていき、 乳房を突き出させるような具合に、左右の腋の下からも絡められていった。 縄の数が増していくにつれて、柔肌から伝わってくる拘束の感触は、 真由美の表情を羞恥と戸惑いを帯びたものへと変えさせていくが、 三本目の縄は、背後から、ほっそりとした首筋を分けて前へ持ってこられ、 上下の胸縄へ絡めれて、優美な腰付きまで下ろされると、 くびれを際立たせられるように巻き付けられて、腰縄として締められるのだった。 そのころには、愛奴の愛くるしい陰茎も、可愛らしくいきり立っていた。 聡史は、腰縄の臍のあたりへ結ばせた、ふた筋の縄を縦に降ろさせて、 その愛くるしさの屹立を左右から挟むようにしてから、股間へもぐらさせると、 美麗な尻の亀裂から出させ、背後の腰縄へ繫ぎ留めていった。 「さあ、こっちへこい! きみは、きみを愛しているぼくひとりだけの晒しものになるんだ!」 男は、そう叫んで、摑んだ縄尻を引きながら、引き立てるようにして、 ベッドから愛奴を降ろさせると、部屋の隅へ向かわせた。 そこが男女の性愛のために準備された部屋を借り切ってことであれば、 晒しものとさせる白木の十字架が置かれてあったとしても、 不思議ではなかったが、何故、白木の十字架なのか。 象徴を問うのであれば、どのような解釈も成り立つことであるが、 ここは、ただ、十字に組み合わせた木材へ、 その形態通りに人間を合わせることは、 左右へ開かせた両腕と直立とさせた姿態にあって、 晒された者の無防備と露出を明確に行わせるものであるからと考えられる。 もっとも、真由美は、後ろ手に縛り上げられていたのであるから、 その白木の十字架を背にさせられて、 立たされた姿勢で繋がれただけであった。 生まれたままの全裸を縄で緊縛された姿が浮かび上がった、 ほっそりとした首筋からの首縄、ふっくらとしたふたつの乳房の上下の胸縄、 優美なくびれをあらわす腰縄、そこから縦への股縄であったが、 首縄、胸縄、腰縄は、美しい配置があったと感じられることであったとしても、 果たして、その股縄を妖美と称することができたかは、疑問だった。 ふた筋の縦縄は、愛くるしい陰茎を左右から挟んで、股間へともぐらされていた、 女性であれば、割れめが縦縄を食い込ませることの妖美は、 そのふっくらとした小丘にある深遠な亀裂という存在によるものであるが、 真由美は、それ以外の点で、どのように女性のようであったとしても、 たとえ可愛らしいものでしかなかったことだったとしても、 男性をあらわとさせていたことだった。 真由美に、陰茎がなかったから…… それは、誰よりも、真由美が一番望まないことであった。 男から、晒しものとして長々と観賞された後は、 その高ぶらされた官能のままに、愛くるしさの屹立を頬張られ、 白濁とした放出へと至らせられる、 それから、官能の快感へ漂わされながら、 やるせなく、悩ましく、甘美な声音をあげさせられながら、 慎ましいすぼまりをあらわす菊門への挿入を受けさせられる、 官能の絶頂は、降りることを許されずに、 今度は、男の怒張を口に含むことから、再び始められる、 互いに、疲れ切って、眠るしかないというところまで…… それが愛奴真由美のお付き合いであった。 麻縄は、純白に輝く瑞々しい柔肌の上に、妖美な意匠をあらわしていたが、 真由美の女性でもあり、男性でもある姿態にあっては、 女性が如実とさせるほど、 最上の美と言えることではなかったことは、確かだった。 女性には、被虐性があるから、縄による緊縛が妖美を際立たせる、 いや、そうではない、 被虐性など、まったくなかったとしても、 女性の姿態そのものが縄掛けを引き立たせる存在なのである。 そうであるならば、優美な女性の全裸の姿態に、 愛くるしい陰茎という男性をあらわとさせる真由美が妖美に晒されるのは、 同様に、被虐性が意味を成さない、 白木の十字架へはりつけられることこそが、 最もふさわしいことではなかったのだろうか、 象徴もないということにおいて。 |
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