借金返済で弁護士に相談




 「残念だったわねえ、あんたの十字架へのはりつけは……お預けね。
  お客様からの値踏みの結果が出たけれど、最高額は、五百三十二万円にしかならなかったのよ。
  それじゃあ、あんたの旦那が負債した八百五十万円には、ほど遠いのだわ……
  まったく、生きている人間の物品的価値なんて、あんたみたいな容姿端麗でも、そんな程度なのかしらねえ。
  ただの美人よりも、生命保険の掛けられた死体の方がよほどに価値があるっていうんじゃ、
  保険金殺人が行われるのも無理はないわよね、ましてや、あっちは老若男女、容姿さえ関係ないものね……
  いえ、いえ……安心してよ、あんたを殺そうなんて、思ってることじゃないんだから……あくまで、喩えよ」
 明美夫人は、薄笑いを浮かべた表情で、小夜子へ向かって語りかけるのだった。
 暗闇と異様なひといきれとむせ返るような香水の漂うなか、
 灼熱としたスポットライトの強烈な光が円形を浮かび上がらせる舞台の上で、
 黒いショーツ一枚の下腹部を誇張した筋肉隆々の浅黒い男に背後から支えられて、
 居並ぶ男女三十人の興味本位な、熱心な、同情的な、冷ややかな、或いは、軽蔑したまなざしの前へ突っ立たされ、
 真新しい麻縄で後ろ手に縛られ、ふたつの美しい乳房を突き出させられる緊縛を施された全裸を見せしめられ、
 つつましさの陰毛が覆い隠す恥ずかしい女の割れめをあからさまにされるために剃毛されたのであった、
 そればかりではない、性的最高潮へ至るまでクリトリスを愛撫され続けるという見せ場を演じさせられた、小夜子だった。
 これを演じたと言うのは、彼女が麗しい恍惚の表情を浮かべているときに、照明はフェード・アウトしていったからである。
 見世物の終了ということだったのである。
 三角木馬の組み込まれた大層な十字架がその場にどんと置かれていようと、
 手元の<或るマゾヒストの身上書>には、実際に鑑賞させた事柄以上のことは書かれてなかったのであるから、
 三十名の観客から、もっと見てみたいという不満はあったにせよ、文句の出る筋合いはなかった。
 むしろ、見せ場に一応の納得はあったにせよ、筋合いに文句が出るのは、これを読んでいた読者の方に違いない。
 お預けとは、どういうことだ、筋道はそうなる必然性を示していたのではなかったのか、雨天でもないのに順延とは何だ!
 だいたい、もったいぶらせた場面の先送りというのは、面白くもなかった筋書きほどやりたがる常套手段じゃないか!
 そして、このお預けに納得のいかない思いを抱いていたのは、小夜子が一番(主人公だから)であったかもしれないが、
 あらゆる立場からの不満をかこつ状況の展開へ進めた明美夫人からは、次のような説明があるだけだった。
 「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……
  奥様も、十字架へはりつけられることを、心待ちにしていたかもしれないけれど……
  そうよねえ、全裸を縛られて剃毛されただけで、あんなに激しいエクスタシーを示すんですもの……
  もっと、激しくいじめてもらいたかったに違いないわよねえ……
  でもね、ごめんなさいね、奥様……私たちも、ビジネスでやっていることなのよ。
  奥様に一千万円以上の値踏みがなければ、それから先は、ただで見せるというわけにはいかないのよ。
  奥様だって、自分の物品的価値を低く見られるのは、いやでしょう……
  もっと、自分を高くみてもらいたいと思うでしょう……」
 明美夫人は、小夜子の可愛らしい顎を片方の手で捉えて、ほっそりとした指先でその綺麗な形の唇をなぞり始めていた。
 どうして、急に、明美夫人が<奥様>と呼び名を変えたのかはわからなかったが、
 小夜子は、相変わらずの生まれたままの全裸の姿だった、
 後ろ手に縛られ胸縄を掛けられた縄の緊縛もそのままだった、
 控室の小部屋へ連れ戻されて、床へきちっと正座をさせられた姿で、
 処遇を聞かされている以上の変化はなかったのだった。
 しかし、<めす豚(
筋肉隆々の浅黒い男は一度そう呼んでいる)>という侮蔑的な言葉で呼ばれたのならともかく、
 奥様とは丁寧な呼称であったし、実際に奥様であったのだし、将来も奥様であろうはずだから、それはよかった。
 いや、そのようなことはどうでもよかった……
 何よりも、優しくなぞられる唇から伝わってくる感触の方が早急なことに感じられたのだった。
 心をこめた思いをあらわすかのような柔和な女の愛撫は、静かに両眼を閉じてされるがままになっていると、
 その繊細で上手な指先は、愛撫する場所が変っていても――類推させる概念的思考の賜物であるかのように――
 まるで、深々とした生々しさの穴の淵に開く女の花びらを優しく撫でられているようで、
 もう一度、気持ちのよいところへ連れていってもらえる期待を抱かせるものだったのだ。
 「綺麗な形の唇……奥様って、本当に可愛らしいわ……
  その可愛らしさに、もっともっと磨きをかけて、自分を高いものにしましょうよ……
  近頃は、古い伝統もまた見直されているような傾向にあるけれど、
  伝統として受け継がれてきていることって、習得するのにも時間のかかるものだから、なかなか後継者が難しいのよね。
  奥様に磨きをかけて高くしてくれる<色の道>というのも、そのひとつとしてあることなんだけれど、学ぶひとが少ない。
  教授する先生の方も高齢化してしまっているのだけれど、<色の道>は伝統として、しっかりと存在していることよ。
  奥様は、その<道>を一生懸命に学んで名取りになるのよ、<小夜子夫人>という名を聞かされただけで、
  ああ、あの美貌で優美な姿態をもった、色香と官能と法悦の女性、女のなかの女と言うくらい素敵な女性の知性、
  そう思い浮かばせることのできる存在になるのだわ。
  小夜子夫人をひと夜でも求めるには、厚さ二センチ以上の一万円札が支払われなければできない……
  そうなれば、旦那の負債に見合う稼ぎなど、あっという間のことでしょうから、
  ひょっとしたら、テレビや映画にも引っ張りだこになって、荒稼ぎができるかもしれないわ、将来性あるわねえ……
  奥様は、すでに、人前で立派に剃毛してみせて、道を学ばれる第一歩を見事に歩き出しているのだから、
  きっとやリ遂げられることに違いないわ……」
 <道を学ばれる第一歩>と聞かされたとき、小夜子は、突然、両眼を開いて、大きな瞳を相手へ投げかけるのだった。
 <
道を学ばれる第一歩ということです>という岩手伊作の言葉を思い出したのだった。
 ああ、私は、このようなところで、いったい何をしているの? 
 生まれたままの全裸をあらわにさせて、縄で縛り上げられて、恥ずかしい毛を剃り上げられて、
 人前へ堂々とさらしものにされたばかりでなく、気をやるところまでもあからさまにさせた……そのような恥態、醜態を!
 ああ、どうして、私は、そのようなことを!
 唇を愛撫していた相手の指先を振り払うようにして、小夜子は、柔らかな髪を揺らせながらじっと俯いてしまった。
 どうしてこのようないきさつになってしまったのかを懸命に回顧しようとしているのだった――
 この理由は難しいことではない、<女の脱衣><女の芳香>と進み、
 いまは、<女の木馬>のいきさつを経過しているだけのことで、ちなみに、この後は、
 <女の股縄><女の啼泣><女の饗宴><女の業><女の愛欲図><女の絵姿>と続くだけのことである。
 初めに明らかにしておいたように、小夜子の耽る空想は<性が顕現する荒唐無稽の存在>をあらわしたものである、
 それだけでしかないものに、それ以上の意味を重ねても、荒唐無稽なだけでしょう、違いますか、小夜子さん――
 小夜子は、眼の前にいる明美夫人さえ無視して、自分の思いに夢中になっていたから、作者の声など当然耳に入らない。
 もとより、罪の意識を抱かせる根拠の薄弱な概念的思考においては、自責の念も相応のありようしか示さないものである。
 比喩と象徴と類推をどのように用いるかということによっては、思いつめた考えも、実は単純なありようでしかないのである。
 深く悩んで苦悩をあからさまにさせることは、人間が多様にあらわすなかのひとつの表現である。
 深く悩むな、と言われることは、概念的思考の整合性を求める性質から、言われる分だけ悩むという結果をもたらす。
 本人が納得するまで、とことん悩み通したことの方が結論は出るが、その結論は、その問題の答えであるというよりも、
 どうして、そのようなつまらないことをしつこく思い悩んでいたのだろう、という思いとしてあることが往々である。
 人間に内在する荒唐無稽を認識するときであるが、でたらめでは答えにならないから、現実の行動へとおもむかせる。
 概念的思考の整合性を求める性質は、<我思うゆえに我あり>を相対させた鏡のように複雑系の過程とさせるのである。
 その思考過程を、折り合いを付ける、辻褄を合わせる、収拾を付ける、整合性を成すと思われるまで体系化させたのが、
 人類が生み出してきた哲学であるとすれば、その始まりが、深く悩むな、と言われることにおいては、一緒のことである。
 だからこそ、概念的思考の複雑な体系化には遊びがあるのである。
 哲学を学ぶと言うのなら、その遊びを遊戯するということである、叡智が生かされるのは遊戯においてなのである。
 荒唐無稽を存在理由とする人間がみずからを謳歌できるありようは、笑いをもって遊戯することにあると言えるのだ、
 と書いているうちに、小夜子の思いつめた思考も、現実の行動へとおもむくようになっていた。
 私は、<あの方>にお会いしたくて、家を出てきたのではなかったのかしら?
 どうして、このようなでたらめなことになってしまうの……<色の道>なんて、私は、いやっ、いやです!
 そうだ、岩手さん……岩手さんに聞けば、筋の通ったお話を聞けるかも知れない……。
 「明美さん……教えてください、岩手さん、岩手伊作さんは、どこにいらっしゃるのですか? 
  知っているなら、教えてください、お願いです!」
 小夜子は、顔立ちをきっともたげると、強い口調で言うのだった。
 明美夫人は、突然の相手の大声にびっくりしていたが、微笑みを浮かべたまま、優しく答えていた。
 「いわてさん? 
  いわ・ていさくさんなら、知っているけれど……
  岩・手伊作と書くのだけれど……そのひとが何か?」
 <いわて・いさく>は、実は、<いわ・ていさく>だったのか。
 いずれにしたところで、聞き間違いをしていたことだとしたら、単なる自分の過ちに過ぎないことだった、
 名前はどうであろうと、実体さえ変わらなければ、問題は解決できるのであった。
 「明美さん……知っていらっしゃるのなら、お会いさせてください……
  あの方なら、あの方なら……本当のことをわかってくれているはずです……」
 さすがに、全裸を縄で緊縛された身であったので、<私を助けてくれるはずです>とまでは言わなかった。
 「そうねえ……
  私としては、奥様のお願いだから、会わせてあげたいのはやまやまなんだけれど……
  そんな勝手なことをして……
  私がうちのひとに知られたら、何とされるかしら…………」
 明美夫人は、小首をかしげて思案げだった。
 「お願いです! 明美さんの旦那様には、明美さんからうまく取り成していただいて……」
 小夜子は、正座させられている緊縛の裸身をにじり寄らせるようにして、相手へ迫るのだった。
 明美夫人は、思わず身を引くような仕草を示しながら、強い口調で言い返すのだった。
 「奥様、いろいろと言うのは、構わないのだけれど……
  いわ・ていさくをつかまえて、<あの方>で、うちのひとをつかまえて、<旦那様>はいけないわ。
  うちのひとは、ここでは、<あの方>とか、<ご主人様>とか呼ばれて、大変に尊敬されているひとなのよ。
  奥様も、そう呼ばなくちゃ……
  本当に酷い目にあわされるわよ……うちのひと、半端じゃないんだから……」
 小夜子には、どうでもよかった、岩手伊作に会えるなら、
 <うちのひと>が<ご主人様>でも<あの方>でも、<首相>でも<大統領>でも、呼称など、何でもよかった。
 「わかりました、私が至りませんでした……
  ごめんなさい、失礼をお詫びいたします……
  どうか、明美さんからご主人様に、善きに取り成していただけるよう、お願いし申し上げます……」
 苦笑を誘うような馬鹿丁寧な言葉であった。
 明美夫人は、微笑みを浮かべながら、仕方がないわ、と言ってうなずくのだった。
 「それに……考えようによっては、奥様の<色の道>のよい参考になるかもしれないわね……
  但し、岩手伊作さんに会わせたこと、絶対に内緒にしてね……
  ふたりだけの秘密よ……指切よ」
 そう言って、明美夫人は、小夜子を緊縛している縄尻を取ると床から立ち上がらせ、
 後ろ手に縛られている相手のほっそりとした指へ自分の指をからませて、約束させるのだった。
 「では、行きましょう……
  岩手伊作さんがいるところは、秘密の通路を抜けていかないと、行けないところにあるのよ……
  秘密の通路ですよ……ワンダーランドの入り口みたいでしょう、何か、わくわくしてこない……
  私も、奥様と一緒に行けるのかと思うと、とても楽しい気分を感じるわ……」
 明美夫人は、全裸姿を縛り上げた小夜子の縄尻を取って、となりに並んで歩きながら小部屋を出て行くのだった。
 小夜子は、楽しそうに話しかけてくる相手を少々不満げな表情で見やりながら、引き立てられている。
 「奥様、気持ちはわかるわ……でもね、ごめんなさいね……そればかりは、どうしてもだめなのだわ……
  私がいくら奥様のことを思っていたとしても……
  奥様は、あくまでも、担保流れの品物でしかないのよ……
  品物だから、生まれたままの全裸で、常に縄付きの姿でいなくてはいけないのよ……
  本当に、ごめんなさいね……」
 眉根をしかめた思案げな表情の明美夫人の言葉は、同情を心から感じているという優しい響きの声音だった。
 おい、おい、おい、いったいどうしたと言うのだ……
 明美夫人は、小夜子といる時間が長引けば長引くだけ、きつい女ではなくなっていくぞ。
 ポルノグラフィでよくある、女主人公の美しさや人間性に嫉妬する、
 性根のねじ曲がった、性的にサディスティックである、鬼女と表現されるような敵役となるのではなかったのか?
 被虐にさらされる女主人公のとても理解のある加虐の女ともだち? 
 WHAT?
 待ったあ……読者は、物語のなかに、現実ではありえない世界を求めているのである。
 現実の世界では、善悪と言ったって、政治家から経済人、宗教者から教師、警察から地方自治体、企業から個人営業、
 何から何まで、明確な整合性のあるありようを示しているものは希薄である。
 犯罪隠しが横行し、あのひとがまさかあのような悪いことをするなんて、ということが往々にして起こり得るのである。
 だからこそ、官能小説やポルノグラフィであってさえも、善悪の厳格に区分された表現がなくては、読者は納得しない。
 主人公が被虐にさらされる主人公であれば、善的に徹底的なまでに虐げられ、
 相対する女は加虐さそのものであるから、悪的にとことんまでなぶり通す脇役であるのが当然なのだ。
 人間の性というものが、いまだ解明されることのない、わかりにくいものであるのだから、
 折り合いを付ける、辻褄を合わせる、収拾を付けるような表現なくして、どうして納得ができると言うのだ。
 加虐・被虐の所以は、人間の性向にはサディズムとマゾヒズムが、これまた、明確な区分としてあるのだから、
 そのような対照的な描写さえすれば、学術権威の後ろ盾もばっちりの名作、間違いなしではないか。
 それを、ふたり仲良くディズニーランドにでも行くような描写に読者が納得するか。
 このようなものを出版したら、読者にそっぽを向かれてしまう、だめ、だめ、だめえ〜〜、
 と言われては、書き直さなければいけないのだろうが……これは、小夜子の空想であるのだから、仕方がない。
 作者のそうそう勝手にならない物語の<似非現実>であることは、すでに申し上げた通りである。
 ここは、成り行きを見守るしかない……と言うか、作者には、小夜子の空想に追いついていくのが精一杯という実情です。
 それが証拠に、このようなことに振りまわされているうちに、
 明美夫人と小夜子は、秘密の通路を抜けて、とある小部屋へ入っているのだった。
 もっとも、秘密の通路であるのだから、知っている者にしかわからないのは、当然と言えば当然のことだった。
 「さあ、その椅子へ腰かけて、特別席よ。
  眼の前にあるモニター・テレビへ、これから、あなたの会いたがっている岩手伊作さんがあらわれるわ。
  ちょうど、時間から言って、よいタイミングだったわね……」
 明美夫人は、六・一チャンネルの立派なスピーカーを両脇へ備えた大画面のプラズマ・テレビの前にある、
 皮張りのゆったりとした椅子へ腰かけながら、小夜子へ手招きをした。
 麻縄で緊縛された全裸の女は、となりにある同じ皮張りの椅子へ身体を落そうとするのだったが、
 余りのぎこちない様子に、明美夫人は、微笑を浮かべながら、相手の肉体へ手を添えて手伝ってあげるのだった。
 ……………
 ……………
 ……………
 薄暗い部屋に、突然、煌煌とした光がモニター画面全体を浮かび上がらせた。
 画面に映し出されたその部屋を見たとき、小夜子は、どこかで見たような雰囲気をすぐに感じさせられた。
 そう……彼女が以前は<上昇と下降の館>と呼ばれていたこの館へ連れてこられて、うさんくさい老婆に後ろ手に縛られ、
 全裸にならせられるために案内された部屋に似ていたのだった……いや、どう見ても、間違いはなさそうだった。
 いま、その部屋の木製の頑丈な扉が開かれた――
 六・一チャンネルの飛び交う音響の臨場感が発揮されていた、
 鍵ががちゃりと鳴り、扉がぎぃ〜ときしみ、ひとのもみ合うソノリティがその場にいるような迫力で迫ってくる……
 小夜子は、ふと、自宅の居間で聴いていた「アイオニゼーション」もこのような再生装置だったら、いいのになあと思ったが、
 それも束の間、耳はともかく、大きな両眼は画面へ釘付けにされたのだった。
 ひとりの艶やかな着物姿の女性が、部屋のなかへ押し入れられるようにしてあらわれたのである。
 扉口に仁王立ちになっていたのは、禿げ上がった真っ白な頭髪に歯のないくぼんだ口もと、どぎつい目つきや鋭い鷲鼻、
 皺だらけの小柄で痩せ細った身体が険しい老いをあらわにしている……まさにあの老婆だったのだ。
 その鬼婆のような老婆がしわがれた声で、重々しく申し渡しているのがはっきりと聞こえるのだった。
 「さあ、縄を解いてやるから……
  この部屋で身に着けているものを洗いざらい取って、生まれたまんまの素っ裸になりな。
  ご主人様は、常に、優しくおまえを見守り続けてくださるお方だから、
  おまえは、言われたことには素直に従う方がご利益があるというものだ……」
 そして、ばたんと扉を閉められ、鍵までかけられたのだった。
 思わずよろけて床へ座り込んでしまった女性は、ただ、茫然とするばかりになっていた。
 女性は、正絹の地に白黒のパンダの大きく描かれた艶麗な着物に豪奢な笹地の帯を締め、
 髪型は柔らかなウェーブを持たせた初々しい若奥様といった感じの艶やかな黒髪を強調した姿にあった。
 その顔立ちは、はっきりと見て取ることができたが――小夜子ではなかった、
 だが、負けず劣らずの美貌をあらわしていた、だれかに似ていると感じさせるものがあったが、
 この館のフロントに置かれていた大理石の彫像の女性に酷似しているのだった――
 はつらつとした可憐さを輝かせた、若々しい美しさにみなぎるあの顔立ちであったのだ。
 それにしても、パンダの描かれた着物に笹地の帯とは、なかなか見かけない逸品の柄であれば、
 ひょっとしたら、あれは私が身に着けていた訪問着? 私があの部屋へ脱ぎ捨てたものなのかしら?
 ネット・オークションで転売される品であったから、この若い女性がそれを落札されたのかしら?
 いずれにしても、私のものであったに相違ない、と小夜子が思いをめぐらしている間も、
 画面のなかの美しい女性は、華麗な着物姿の身体を床へ横座りとさせたまま、
 怯えたまなざしを浮かべ続けているのであった。
 若い女性も、小夜子がそうであったように、言い渡されたからといって、安っぽくヌードになるようなことはしなかった。
 室内の静寂と女性の静止と彼方よりの沈黙の場面が続いていた……
 ……………
 ……………
 それは、危険な予兆をはらんでいるのだ、と小夜子は、思わず、声をかけてあげたい衝動に駆られた。
 そのときだった。
 騒がしい足取りをウーファーに響かせて、数名の者が部屋の扉の前までやってくる様子が重低音として伝わってきた。
 鍵がそのはやる気持ちをあらわすかのように、がちゃがちゃと激しい音を立てて開けられていた。
 ばたんと開かれた扉にあらわれたものを見たとき……
 小夜子は、思わず、小さな悲鳴を上げずにはいられなかった。
 画面の若い女性は、それとは比較にならない、きゃあ〜、という激しい悲鳴をツィーターに上げていた。
 一糸もまとわない生まれたままの全裸の男が三人、
 見事に反り上がった太くて長い三本の陰茎を同一の方向へ向けて、部屋に踊り込んできたのであった。
 亀頭が皮を剥き晒し、水を求めて喘ぐ魚の口が糸さえ引いている状態にあることを、ありありと見ることができるのだった。
 この場合の<水>とは、先に書いたように、性的官能を高ぶらされた女性が割れめへにじませる女の蜜のことであるが、
 若い女性がにじませているかどうかは、着物の奥のことでわからなかったが、
 襲いかかる恐怖に必死になって後ずさりし、ぶるぶると身体を震わせていることは見て取ることができた。
 その蒼ざめて引きつった顔立ちは、大きな両眼をさらに見開いて、美しい唇を激しく歪めて悲鳴をあらわにしていたが、
 いやっ〜、いやっ〜、いやっ〜、というかすかな響きにしかならないものであった。
 年齢は四十歳台の腹にたるみのある脂肪を膨らませた、まるで白い豚が直立歩行しているような男たちは、
 か弱い女のあらわす、官能を一気に掻き立てられる、悲哀をにじませた色香に勢いを得て、容赦なく迫ってくるのだった。
 後ろ手に縛られ胸縄を掛けられた全裸姿の小夜子は、もう、自分のことでもあるかのように、
 歯を食いしばった懸命の形相で、夢中になって成り行きを見守り続けるのだった。
 男たちが揃いも揃って素っ裸で陰茎をそり上がらせているというのに、
 女ひとりだけが艶やかな訪問着姿でいるという光景は、どう見ても不自然な感じをまぬがれない、
 道理にかなうかどうかは別として、とにかく、美術的な現象として不自然である、とはポルノグラフィの定説としてあるのだが、
 それだからこそ、エロティシズムを感じる、なまじのヌードよりも美しい着物姿であるからこそ、官能を掻き立てられる、
 この場合の対照も、若い女性は、全裸の男たちに無理やり着物を剥ぎ取られ、生まれたままの姿をさらけ出され、
 そり上がっていた三本の陰茎は、当然、行き場を求めての充血であったのだから、
 三人が一緒になって行うというには、口と膣と肛門を同時に陵辱するという、
 これまた伝統的な方法しかあり得ないと想像させるから、言いようのない妖美がかもしだされるのである、
 とメールで言及されてきた美術の先生もいらっしゃったが、それも、確かに一理あることである。
 しかし、この場合は、静止する絵画や造形美術とは異なり、先へ運動しなければならないので、ご了承願いたい。
 若い女性も、そのような運命にさらされることを感じてか、横座りの身体を少しでも後方へにじり寄らせようとしていた。
 いや、いやっ、いやあ! 
 助けて、助けて、助けてえ!!
 耳にする者の胸をきゅっと締めつけるような悲哀の泣き声であったが、
 男たちの無骨な六本の手は、よだれを垂らした三本の陰茎は、艶やかなひとつの着物に寸前まで迫っていた。
 男たちも和服の面倒な着付けをせよと言われれば、確かに、困難を感じてやめてしまったことかもしれないが、
 女の身に着けていた訪問着を脱がすというのは、ましてや、三人掛かりでやることであれば、いとも容易なことであった。
 ひとりの男が若い女性の両手を押さえ、
 もうひとりの男が帯締めや帯揚げを解いている間、
 残るひとりが足袋を脱がせていた。
 若い女性は、ふたり掛かりで床へ身体を転がされるようにされて、くるくると帯を外されていくと、
 寝かされたまま、ひとりに両手を、もうひとりに両足を押さえつけられながら、
 残るひとりから、着物を支えている伊達巻や腰紐をするすると抜かれいった。
 さらには、はだけられた訪問着の下の長襦袢、肌襦袢、湯文字の帯紐が解かれていった。
 着物の前が完全に割れれば、後は立ち上がらせて、一気に剥ぎ取られていくだけのことだったのである。
 女性のか弱い抵抗などあってなきがごとしで、<女の脱衣>として描写したときには冗長とも思えた長さも、
 八行もあれば事足りるという簡潔なものだった。
 立たせられている若い女性は、身に着けているものを一気に剥ぎ取られて、余りの羞恥からその場へうずくまろうとしたが、
 ふたりの男に左右から押さえつけられて、その生まれたままの美しい全裸を惜しげもなくさらされるのであった。
 
モニター画面にくっきり鮮やかに映し出されたその全裸は、
 小夜子の全裸に決して引けをとらない、<
☆天空の輝きのような>、眼を見張らせるものがあったのだった。
 柔らかなウェーブのかかった艶やかな黒髪に縁取られた顔立ちは、
 細くきれいに流れる眉の下に、澄んだ大きな瞳を愛らしく輝かせ、
 小さくまとまりのよい小鼻をひらかせた鼻筋は純潔をあらわすかのように通り、
 大きすぎず小さすぎない美しい唇を品を示すように真一文字とさせていた。
 恐れと不安に怯える悲哀の表情でさえ、その可憐な美しさをいっそう際立たせるものとさせていた。
 白い首筋のほっそりとした線は撫で肩の穏やかな線へと流れ、
 乳白色の輝きを示すふたつのなだらかな乳房を白磁でできた清冽な情緒として感じさせ、
 そこにのぞかせる小さな乳首をただ愛くるしいものとさせているのだった。
 優美な艶めかしさを漂わせる曲線を描いた腰付きは、可愛らしい純情を示すかのような臍を中央にして、
 その下にある麗しさの誇示とも言える陰茎を寝そべらせているのだった。
 出し惜しむように覆い隠す皮もなく、綺麗に剥き上がった調和の取れた大きさと悩ましさの量感をあらわし、
 地球上にあるほかの動物のものなど、一切比肩し得るもののない、独創的な艶麗さを示しているのであった。
 眺める者のまなざしを奪い続けるそのフォルムの美しさは、
 柔らかく保護する漆黒の陰毛がまったく奪い去られていただけに、圧倒的でさえあったのだった。
 そして、太腿の付け根からしなやかに伸びる白く美麗な両脚が、
 ヘルメスの羽でも生えているかのような叡智を感じさせる両足とあいまって、気高なまとまりを見せているのだった。
 「彼が、岩手伊作さんよ……見るからに素敵な男性ね……
  奥様のお会いしたかったというのは、このひとでよかったのかしら?」
 明美夫人は、小さなため息をつくと、小夜子の方を見やりながら問いかけていた。
 小夜子は、あらわにされた男性の姿を見せられて唖然となっていたが、
 それが岩手伊作だと聞かれされては、返事さえできずに、茫然となり続けたままだった。
 しかも、画面の上で、休む間もなく、行われ始めたことを見せられたときは、
 椅子に腰掛ける緊縛された裸身の彫像のように、凍りついたような状態になってしまった。
 明美夫人は、その様子を知ると、小さく首を振りながら、同じように画面の方へまなざしを集中していくのだった。
 腹に脂肪を膨らませた白豚の直立三人組は、
 嫌悪で泣き出さんばかりの表情を浮かべる岩手伊作へ絡みついていた。
 麻縄を持ってきたひとりが、美青年の両手首を難なく背後へまわさせ後ろ手に縛り上げ、
 乳房を押さえつけるがっちりとした胸縄まで掛けて、囚われの身となった自己自身の自覚へと追い込んでいた。
 その緊縛の作業に合わせて、もうひとりは、美青年の麗しい顔立ちを両手で捉えて、唇を合わせることをしていた。
 ちょん、ちょん、と初めは優しいくちづけだったが、すぐに、舌先の挿入される思い入れたっぷりのものとなっていった。
 美青年が縄掛けされるのに抵抗を奪われていたのは、このキスの感触に官能を掻き立てられていることだけではなかった。
 残るひとりが、愛くるしい乳首へ口を寄せ、舐めたり、吸ったり、噛んだりしながら、煽り立てているのであった。
 それがあかしとでも言うように、独創的な艶麗さを剥き出しとさせた陰茎は一気にもたげ始め、
 縄で緊縛される頃には、優美な反り上がりをこれ見よがしにあらわすものとなっていたのだった。
 そのことをしかと了解したように、三人組は、相手の緊縛された美しい裸身へまとわりついたまま、
 なし崩しに倒れるようにして床へ横たわらせていくのだった。
 美青年は、されるがままになっているほかなく、可憐な顔立ちを美しく歪めながら懸命に耐え続けていた。
 添い寝の態勢になった膨らんだ腹の白豚たちは、このように愛らしいものを触るのはたまらないとばかりに、
 互いに触れる箇所を交代しながら、頭から、顔から、肩から、胸から、腰から、下腹部から、太腿からつま先に至るまで、
 三人三様の多様性と強弱に富んだ熱心な舌先を這わせ続けていくのであった。
 ああっ、ああっ、ああ〜ん、ああ〜ん、ああ〜ん……
 三種類のねっとりとした舌によって、特に敏感な箇所である、美しい唇と愛くるしい乳首と艶麗な陰茎が責め立てられると、
 囚われの悲哀を漂わせる美青年は、突き上げられる悩ましさをあらわす甘美な声音をもらして、
 緊縛された裸身を抑え切れないように右へ左へと身悶えさせるのだった。
 下腹部に純真さをあらわすように直立した艶麗さは、その先の魚の口からきらめく糸が長く尾を引いていることを、
 だれの眼にも明らかな事実とさせるに至っては、白豚三人組の独壇場が発揮されるときであることを告げていた。
 お楽しみのためにそれまで隠していたかのように、美しさで言ったら、陰茎に引けを取らない優美な尻の出番だった。
 三人掛かりで緊縛の美青年をうつ伏せにさせると、陰茎のもたげる華麗さに劣らないほど、
 優美な尻を壮麗なくらいにまで突き立たせ、大きく左右へ開かせた美麗な白い両脚の奥にのぞかせる、
 慎ましく純情なまでに引き締まったすぼまりをあらわにさせるのだった。
 床へ押しつけられる格好となった麗しい顔立ちの前には、白豚のひとりが反り立つ陰茎を見せしめるようにして腰を据え、
 美しい唇は、しっかりと頬張ること以外、取り結ぼうとする貧相な言語など不要なものとさせられるのだった。
 白豚のもうひとりは、不要な貧相な言語が取るに足りない概念的思考を行うことなど徒労となることを教えるように、
 緊縛された裸身の下へもぐり込んで、艶麗な陰茎が導き出す答えをしゃぶり出す体勢を取っていた。
 残る白豚は、あからさまな穴が可愛らしくすぼんでいるとば口へ太くて長い陰茎をあてがう格好に腰を寄せて、
 目的と結果の因果関係に歪みや不純なものが一切介入しない喜びを煽り立てようとしているのであった。
 せいの、などという掛け声や多数決の必要もなく、官能の高揚があれば、満場一致の方向性を示させるのであった。
 互いの肉体を繋がり合わせた四人の男たちは、
 発動すれば、相反矛盾なくきっちりと快感と合わされることができるものとしてある、
 その快感そのものは、際限がなく味わいたいという円満具足を認識させるほど、
 比肩するものを人間の認識上で見つけ出すことができないものである、という因果の整合性を実現しようとしていた。
 小夜子には、のぼせ上がった思いにさせられて、見続けることしかできない場面であった。
 生まれたままの全裸を縄で緊縛された美青年と我が身が同一の境遇であれば、
 岩手伊作は、まるで自分でもあったかのようだった。
 もつれ合い、絡まり合い、しっかりと繋がり合った男たちの愛欲の行為が激しさを増していくにつれて、
 どきどきと高鳴る胸の圧迫感は、掻き立てられ、煽り立てられ、突き立てられ、
 甘美なまでの悩ましい疼きでまなざしをぼおっとさせていくのであった。
 責め立てられる穴は、みずからにも、女の蜜でふくらまされる喜びを伝えてくるものであったのだった。
 そのときの火照った裸身へ、冷たい感触のほっそりとした手が意識させられたことは、何と心地よかったことか。
 まなざしをその方へ向けると、明美夫人が小夜子の肩へ優しく置いているのだった。
 「……男のひとたちだけ、いい思いをしているなんて……
  そんなずるいことって、ないわよねえ……
  こんな場面を見せられていて、妙な気になってこないという方が、おかしいんじゃないかしら……」
 明美夫人は、椅子を立ち上がって、小夜子の前へ立っているのだった。
 しかし、小夜子は、素直にその言葉を受け入れられる官能を感じていながらも、疑問を投げかけたのだった。
 「どうして……岩手伊作さんは……男のひとたちから、あんなひどいめに……」
 うっとりとしたまなざしでじっと相手を見つめながら、明美夫人は、優しく答えてくれるのだった。
 「生贄として捧げられたのよ……
  或る女性が人知を超越したお方から使わされた三人の白豚を拒んだ、
  一度焚きつけられた性は、オーガズムに至るまで、相反も矛盾もなく行き着かなければならないから、
  暴力的な解決さえも生む、行き場を失った白豚たちをなだめるためには、女性の身代わりとなる生贄が必要だった、
  それが彼ということね……そういう筋立てのドラマなのね」
 「でも……<いわ・ていさく>さんは、<いわて・いさく>さんじゃないわ……」
 明美夫人は、笑いながら答えていた。
 「彼が<いさく>か<ていさく>かなんて呼称は、どうでもいいことじゃない。
  <いさく>だから象徴性があるというのは、わかりやすいことであるかもしれないけれど、
  象徴は対象を明確にすることはするけれども、その組み合わせだけでわかったというのでは、ただの算数じゃない……
  象徴の整合性、確かに、これは魅力ある問題だわ……
  でも、それは作者の課題じゃないかしら……私たちには、私たちのすることがあるんじゃない……
  私たちの運命的な出会い……私は、それを最初から感じていたの……
  奥様とは……いえ、小夜子さんとは、こうなる運命にあったのだと……」
 そう言いながら、明美夫人は、身に着けていた衣服を次から次へと脱いで、あっという間に全裸になってしまった。
 その裸体の美しさは、恋する女の艶やかな顔立ちの優美さに優るとも劣らないものであったのだ。
 「私は、あなたが好きです……
  あなたも、私をことを好きになってくれたら、うれしい……」
 生まれたままの裸姿の女は、縄で緊縛された全裸の女の前へひざまずくと、
 相手の両肩へ双方の手を置いて、思いつめた口調で言うのだった。
 モニター・テレビの画面では、性の最高潮へ向けて、
 しゃぶっているもの、しゃぶらされているもの、揉んでいるもの、揉まれているもの、
 抜き差ししているもの、抜き差しされているもの、昇り詰めるもの、昇り詰めさせられるもの、
 渾然一体となった激しい男の愛欲が展開されていて、
 六・一チャンネルによって、部屋に満ちあふれるほどの悩ましい声音や甘美な泣き声が飛び交っているのだった。
 熱いまなざしを向ける明美夫人に、小夜子は、返す言葉が思い浮かばず、まなざしで答えようとするばかりだった。
 「うるさいわね、男のひとたち……
  小夜子さん……岩手伊作さんのことは? もう、いいの?」
 小夜子は、柔らかな髪を揺らせるくらいに首を振って、承知を示すのだった。
 「じゃ、切っちゃいましょ……おしまい……
  これからは、女のひとたちの始まり……始まり……」
 映像と音声は終了させられてしまった……。
 部屋には、心地のよいくらいの静寂と薄暗闇が漂っているのであった……。
 四人の男たちが官能の絶頂へ昇りつめるのは時間の問題であったので、
 ここでも、人類のオーガズムの立証は四件も果たされたわけであるが、
 そのようなことを毎度言っていたのでは際限がないので、これは、定理としておかなければならない〔
☆注〕。


   
〔☆注〕「定理とはおこがましい。すでに、男と女、男と男、女と女、この両者がさまざまに絡み合う愛欲において、
   性のオーガズムが生殖をまったく抜きにして、その存在理由を明示してきたことは、今更始まったことではない。
   地球が自転していることを地球外へ飛び出して知ることが可能である以前から認識されていたことと同じように、
   性のオーガズムの整合性は定理などとして定められる以前からだれもが認識していたことである。
   定理とされれば、もっとらしく聞こえるというだけの話で、そのようなありようはおこがましいかぎりである」
   先に述べた<財団法人 大日本性心理研究会>の権田孫兵衛氏という方は、再びこのような批判を寄せられている。
   加えて、「ポルノならポルノ、哲学なら哲学と、明確な区分としての表現があるからこそ、認識は生まれるのである。
   性に関しても同様で、男と女、男と男、女と女、その各々の固有性が研究されるから、認識が生まれるのである。
   何がなんだかわからない、つまりは荒唐無稽な渾然一体の表現など、まさにでたらめ以上の何もない」とあった。
   文中わずらわしいことではあるが、公正を期するために掲げる次第である。


 明美夫人と小夜子が互いを思い合う愛欲に、
 <財団法人 大日本性心理研究会>と作者のやりとりなど、男たちの喜悦の咆哮以上に関心のないことだった。
 全裸の女には、緊縛された全裸の女が愛しさそのものであったし、
 縄で縛り上げられた生まれたままの裸姿の女には、生まれたままの裸姿の女が愛しさそのものであったのだ。
 互いの愛しさは、異なる裸体の様相があろうとも、ひとつの結び合わせる言葉となって、
 どちらからともなく唇を近づかせ、触れ合わせ、ぴったりと合わせることから始めさせるのであった。
 その優しいくちづけも、互いが男たちの愛欲の場面をじっくりと鑑賞していたから、
 すぐに、舌先をのぞかせて、たわむれ合うような愛撫へと変っていくものであった。
 甘くぬめる舌先を明美夫人が差し出せば、小夜子の綺麗な唇はすっぽりと呑み込んで、
 相手が一層の甘美を感じられるように、舌先へ舌先を絡め、もつれ合わせ、舐めさするのだった。
 煽り立てられる明美夫人のほっそりとした指先は、縄の縛めで突き出させられた相手の美しい乳房をつかみ、
 可愛らしく立ち上がっている乳首を撫で始めていたが、これは、小夜子には、したくてもどうにもできない仕草だった。

   そのときだった……突然、ばたん、という大きな音と共に……部屋の扉が開かれた!

 「ええっ、明美奥様ではないですか! 
  ……そのようなところで……いったい何をやっているんです!
  へえ〜、ぶっまげたなあ! 奥様、素っ裸じゃありませんか! 
  しかも、こともあろうに、だれを相手にと思えば!!」
 扉口へ仁王立ちになってあらわれたのは、ショーで助手を務めた筋肉隆々の浅黒い男だった。
 明美夫人は、あわてて小夜子の身体から離れると、
 脱ぎ捨てた衣服の一枚を手に取って、裸身を覆い隠すのだった。
 黒いショーツ一枚の無骨な男は、ずけずけと室内へ入ってくると、
 裸の女ふたりを見比べながら、聞こえよがしのでかい声で言うのだった。
 「明美奥様! 
  ご自分のなされていることが、わかっているんですか!
  ご主人様に言い渡されていることを忘れたなんて、そんないいわけは、通用しませんよ!
  ここへは入ってはいけない! 画面に映し出されるものを勝手に見てはいけない! 商品に手をつけてはいけない!
  奥様は、全部、破られてしまったのだ! 
  たとえ、ご主人様の奥様であったとしても、罰を受けねばならない決まりですよ!
  それをご承知でしょうに!!」
 明美夫人は、床へ全裸を縮こまらせながら、ただ、首をうなだれているばかりだった。
 「わしだって、明美奥様に、こんなことは言いたくはない、したくはない。
  だけど、もし、わしがこれを見逃せば……奥様ばかりじゃない、わしだって、罰を受けなければならない。
  ご主人様は、いつも、わしらを見守っていられるのだ……嘘、隠し、偽りなど、できるはずがないのだ。
  わしは、いやだ、罰を受けるなんて、そんな恥ずかしいことは、いやだ。
  わしは、責める側に立っていられるからこそ、自尊心が保っていられるのだ。
  責められる側なんかに立たされたら、それこそ、自分が崩壊してしまう……。
  わしは、絶対にそんなことは、いやだ! 人間なら、誰だってそう思うことだ!
  だから、わしのすること、わかってくださいよ、奥様……」
 筋肉隆々の浅黒い男は、そう言い終わると、
 腰に下げていた麻縄の束を手にして、明美夫人の背後へ立つのだった。
 全裸の女は、目鼻立ちの整った綺麗な顔立ちを上げて、
 情けなさそうな表情を浮かべながら、優しい肩越しに相手を見やるのだった。
 「そんな哀しい顔をして……わしを見ないでくださいよ……
  わしだって……心を鬼にして、しなければならないんですよ……
  さあ、両手を背中へまわしてください、縛りますから……」
 明美夫人は、言われるがままに、おずおずと華奢な両手首を背後で重ね合わせるようにするのだった。
 もう、行われることには、従わざるを得ないと覚悟を決めているようだった。
 「あなたは、明美さんに何をすると言うのです!
  どうして、明美さんは罰を受けなければならないのですか!
  理不尽な!!」
 皮張りの椅子に腰掛けたままでいた、全裸を縄で緊縛された女が言い放った。
 筋肉隆々の浅黒い男は、まるで聞こえないというふうに、手際よく、相手を後ろ手に縛り胸縄を掛けていた。
 「私がお願いしたことです!
  明美さんが悪いなんてことは、何もないことです!
  第一、秘密の通路の小部屋と言ったって、ただのホーム・シアターみたいなところじゃありませんか!
  画面に映し出された場面と言ったって、男たち同士の愛欲という、ただのポルノじゃないですか!
  商品に手をつけたなんて言うけれど、私にキスをしてくれただけのこと、好き合っていれば仕方のないことでしょう!
  何を大層に、もったいぶって……
  何がご主人様が与える罰なものですか……
  余りにも、ありきたりじゃありませんか!!」
 何を言い出したかと思えば……。
 そこまで言われては、筋肉隆々の浅黒い男も、かっときていた。
 「うるさい! めす豚め! 
  黙れ!! おまえは、ただの商品に過ぎないんだろう! 
  おとなしくしていろ!!」
 さすがに、商品に傷を付けるような真似はできなかったから、怒声でにらみつけるだけだった。
 「あなた! 
  私のことを、いま、めす豚、と言ったわね!
  最初にあらわれたときから、あなたをひどく嫌なひとだと思っていたけれど、二度までも、めす豚と呼んだのよ!
  もう、許さないわ! ただじゃ、おかないわよ! 取り消しなさいよ!!」
 と言っても、成り行きから、そのように言ってしまったが、全裸の緊縛の身では言うこと以上のことはできなかった。
 にらみ合っているショーツ一枚の男と全裸を緊縛された女だった。
 事態の深刻さを一番理解していたのは、この場合の当事者である明美夫人であった。
 彼女は、筋肉隆々の浅黒い男の容赦のなさを知っていたので、あわてて口を挟んで収拾を付けようとするのだった。
 「小夜子さん、やめてください……逆らわないで……
  決まりを知ってて、破った私がいけないのです……
  このようなことになってしまって、ごめんなさい……あなたが私のことを気遣ってくれること、本当にうれしいです……
  けれど、私はこの館の人間なのです……決められたことには従わなければならないのです……
  もう、逆らわないで……お願い……」
 明美夫人は、美しい顔立ちに悲痛な表情を浮かべていた、涙さえ瞳ににじませていた。
 小夜子は、それを知ると、黙る以外になかった、
 その代わりに、相手をしっかりと抱き締めてやりたかったが、それもできなかった。
 明美夫人は、麻縄で縛り上げられた全裸姿を立たせられると、縄尻を引かれて引き立てられていくのだった。 
 「めす豚め! おまえも、ここにいても、しょうがない……
  取りあえず、一緒に来い!
  明美奥様が罰を受ける姿を見るのも、おまえの高慢ちきな思い上がりには、いいことかもしれないからな……
  ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……」
 全裸を緊縛されたふたりの女の縄尻を取った筋肉隆々の浅黒い男は、
 黒いショーツ一枚のその箇所をもっこりとさせると、嫌らしい含み笑いをするのだった――
 わしも役目だ、仕方のないことだ……
 だが、まさか、まさか、まさか……あこがれの明美奥様の全裸を……この手で縛ることができるなんて!
 その上に、反り上がる思いのままに、条理にかなって、奥様を責め立てることができるなんて!
 ああ、ああ、ああ、わしは……わしは、ご主人様に心から感謝いたします――
 これがもっこりの所以となった概念的思考であった。
 秘密の通路を抜けていかないと行くことのできない、とある小部屋、別称ホーム・シアターであった。
 再度、秘密の通路を抜けて別の場所へ行くことになるのだろうが、
 秘密が明らかにされていない以上、どのような通路の状況かわからないので、描写は拒絶されている次第である。
 いずれにしても、古ぼけた板張りの小屋の入り口にまでたどり着いた。
 もちろん、以前は<上昇と下降の館>と呼ばれていた劇場の内部のことであったから、そのような舞台装置だった。
 小屋のなかへ押し入れられるようにして入らされたふたりの全裸の女は、
 その外見の古ぼけた猥雑な様相に比べて、コンクリートの真新しい内装に囲まれた内部の簡素さに驚かされるのだった。
 簡素であったのは、室内ばかりではなかった。
 部屋の中央に置かれている、太い丸太へ四本の丸太の脚を取り付けただけの物体にも、感じさせられたことだった。
 これを木馬と言うのであれば、まったく、木のおもちゃと言っても変わりはなかった。
 跨る箇所の丸太が光沢をおびるくらいのなめらかさで表面加工さえできれば、
 最先端の製材技術などなくても、充分にひとの手で作ることが可能なものであったのだ。
 言い方を換えれば、その木馬の誕生起源をさかのぼるとしたら、相当に古い時代にまで行きつくことが可能であり、
 小屋の外観の古ぼけた猥雑な様相よりも、さらに、いにしえの思いへとはせさせるものがあったのだ。
 それは、近代的なコンクリートの真新しい内装のなかにあることで、一層際立ったものとして感じられることだった。
 温故知新――古きをたずねて新しきを知る――実に、よい言葉である。
 特に、人間がその誕生以来、あたりまえのごとくに所有している性に関しては、この言葉は不滅と言えよう。
 どのような最先端技術が医学や工学において展開されたにしても、
 人間が性から端を成す事柄を放棄しない限り、つまりは、性のオーガズムを放棄しない限り、
 原始のオーガズムも最先端のオーガズムも、同一のものとして変わらない、古きが新しきことを教えてくれるのだ。
 一見原始的で古臭いと思える丸太の木馬も、新しいことを教えてくれる素晴らしい木材製品であるということだ。
 では、どのようにして、というのが、そこへ跨がされる明美夫人のあらわすことであるのだが、
 この場合、明美夫人は、処罰として行われる身にあった。
 筋肉隆々の浅黒い男は、まず、小夜子の緊縛された裸身を無理やり片側の壁まで引き立てていくと、
 壁に取り付けられた鉄環へ縄尻を繋いで、その場へ突っ立たせた姿勢で置き去りにするのだった。
 「黙って見ていろよ、めす豚め!
  余計な手間をかけさせるようなことをしたら……
  それだけ、明美奥様が哀しい思いをするだけだからな!!」
 そのような捨て台詞をされて、小夜子は、ただ、悔しい思いで成り行きを見守るしかなかったのだった。
 明美夫人は、もはや、処罰を受ける身を観念しているかのように、
 美しい唇を真一文字に引き締めて、まなざしを床の一点へ落としたまま、茫然と立ち尽くしていた。
 ショーツ一枚のもっこり男が木馬の両側へ踏み台を据えて、
 「明美奥様……乗ってください……」
 と申し渡される言葉に対して、
 木馬の光沢のある背へ怯えたまなざしを向けながら、命じられるままになっていくだけだった。
 木馬の背中、それは、彼女の乳房の位置ほども高さのあるものだったのである。
 そこへ跨がされれば、両足が床へ届かないことは、考える必要もないことだった。
 優美な裸身を後ろ手に縛られ、綺麗な乳房を突き出させられた胸縄を施され、縄尻を処罰人の手に握られて、
 明美夫人には、三段しかない踏み台を昇ろうとすることさえ、おぼつかない足取りにさせる処罰の現実だったのである。
 あの気性の激しいきつい女はどこへ行ってしまったのだ、女も恋をすれば、男と同じことで弱くなるものなのか、
 ましてや、思いを寄せる相手の前で、恥ずかしい姿をさらけ出すことになるのであれば、尚更であるのか。
 羞恥と不安と恐怖から、ふらふらしている様子はだれの眼にも明らかだった。
 筋肉隆々の浅黒い男にとってみれば、まさに願ってもない相手の姿だったのだ。
 あこがれの奥様の芳香漂わせる柔らかな乳色の肌へ触れて、
 艶めかしいぬくもりを感じながら抱きかかえるようにして、優しく木馬へ跨るお手伝いができることだった。
 だが、踏み台へ仁王立ちになったまま、しゃがみ込もうとしない相手に対しては、
 もっこリ男は、まざまざと眼の前にさせられた艶やかな黒い陰毛の箇所へ気を奪われながらも、
 「奥様……腰を落として!」
 と、さらに反り上げを示すような強い口調で命じるのだった。
 木馬の背を挟んですらりと伸びていた美しい両脚が少しずつ折れ曲がりながら、
 優美な曲線と艶めかしい量感をあらわす腰付きを下へ下へとさせていった。
 悩ましいふくらみを妖美とも映らせる亀裂で割らせた尻がしっかりと木質の半円形の背へ沈み込むのを、
 さらにもっこり男は、ぽかんと開けた口の端によだれをにじませながら、夢中な思いで眺め続けているのであった。
 それは、トイレへしゃがみ込むような姿にも映ったが、
 いつまで眺め続けていても飽きない美しい奥様の羞恥の姿であったにしても、
 その顔立ちが悲痛な表情を浮かべてさえ麗しいものに感じられたことであったにしても、
 さらにもっこり男が次の行動へ移ってくれなければ、温故知新のあらわれを見ることはできない相談であった。
 「奥様……わしを恨まないでくださいよ……
  わしくらい……わしくらい……
  奥様のことを心から思っている人間はいないんだから……本当のことですよ……」
 ようやく、さらにさらにもっこリ男は、天井の鉄環から降りていた麻縄を奥様の背中へ繋ぎ留め始めたが、
 無骨な顔付きにしては、余りに優しい口調でささやいたことだった。
 しかし、明美夫人は、その目鼻立ちの整った美しい顔立ちを冷たく凍らせたままでいるだけだった。
 さらにさらにさらにもっこり男は――
 男性の反り上がりにも限度はあるので、これ以上は荒唐無稽になるので、今後はひとつでしか表現しません――
 緊縛で突き出されるようにされた奥様の乳房をむんずとつかんだのであるが、明美夫人はそれにも反応しなかった。
 ただ、足元から徐々に取り払われていくふたつの踏み台が伝えてくる感覚に、意識を集中しているだけであった。
 踏みしめている格好になっていた踏み台が外されれば、処罰の始まりということだった。
 天井から降りている縄で、後ろ手に縛られ胸縄を掛けられた全裸の身体が支えられ、
 丸太に跨がされた優美な腰付きから、綺麗でしなやかな両脚が一気に重力の方向へだらりと伸びる格好にさせられた。
 ううっ……。
 明美夫人は、美しい眉根をしかめて小さくうめくと、肉体が伝えてくる感覚に従順になるほかなかったのだった。
 すらりと伸びた美しい両脚が重力のままに下へ引っ張られれば、
 艶めかしい太腿を左右へ割って開かれた、ふっくらと艶やかなつつましい陰毛に隠された箇所は沈み込んでいった。
 その状態のままでいればいるほど、人間にとって、重力の存在が認識の二大根拠のひとつであることが、
 下半身の辛さとして充分に理解できることであった。
 ううっ、ううっ……。
 明美夫人の辛さのあらわれ始めた姿は、
 小夜子にとっては、胸が締めつけられるくらいに思いはせることのできるものだったが、
 もっこリ男にとっては、恋する心情が美しいと感じているものを、さらに麗しいと感じさせられる思いのものだった。
 しかも、その麗しさは、処罰の本領が行われることで一段と輝きを増すものであって、
 まだ、予告編の段階にしか過ぎないものであったのだった。
 女性の被虐の様相に慣れている者にとっては、<何だ、丸太の木馬に跨がせられたくらいのこと>でしかなかったのだ。
 「さあ、明美奥様……始めてください……
  始めることがなければ、終わりもない……
  尻をうごめかせて、感じるままに、ご自分を高ぶらせてください……」
 もっこり男は、明美夫人の正面へ仁王立ちになると腕組みをした姿勢を取って、そう言い放つのだった。
 明美夫人は、正面にさせられた相手の鬼のような形相へ恨みがましいまなざしを向けながら、
 真一文字に締めた美しい唇を噛むようにして、言われるがままのことを始めるのだった。
 丸太の背に密着させられた女の最も敏感な箇所をみずからの動作で刺激しろ、ということだった。
 明美夫人は、ひきつった表情になりながら、丸太へ跨らせた量感のある艶めかしい尻のふくらみをうねらせようとした。
 しかし、それは、腰付きをひねるくらいにしなければ、うごめかせるほどにはならないのだった。
 女の敏感な箇所は、木質のなめらかな背にぴったりと密着しているばかりだったのだ。
 腰を浮かそうとしても、両脚へかかる重力がふっくらと艶めかしい陰毛をそよと揺らせるだけだった。
 敏感な箇所を刺激させると言っても、ちょっとやそっとのことでは、まるで刺激にならないのであった。
 ああだのこうだのとやってはみた――
 全裸姿を縄で緊縛され丸太の木馬へ跨がされた女性が、
 その白い裸身をもどかしそうにうねりくねりさせる動的なありさまは、
 艶めかしい色香を漂わせるエロスの見せ場として、
 静的なヌードを微に入り細に入り延々と見せる表現と充分に張り合えるものがある――
 だが、明美夫人は、ついに、途方に暮れたまなざしを相手に向けながら、じっとなってしまっていた。
 ところが、じっとしていることは、逆に下方へ引っ張られる下半身の辛さを最初に比べてこみ上がらせてきて、
 木馬の背に密着させられている敏感な女の箇所へ、感覚を集中させられていくように感じられることだったのだ。
 では、何もしない方がよいのかと言えば、丸太をはさみ込んだ両腿の付け根は、
 やるせなく切ない感覚をぐっとこみ上がらせるのだが、
 それ以上を求めるには、やはり、腰をうごめかせなければならないのだった。
 だが、うごめかせる腰は、望んでいるようにはうまく運ばせてくれないのだった。
 どうにもならないそのもどかしさに、明美夫人の美しい顔立ちは、泣き出さんばかりの表情になっていた。 
 もっこり男は、その悲哀に満ちた表情にたまらない可憐さを抱くと同時に、
 煽り立てられる淫心をさらに強いものとさせていった。
 「奥様、あなたが喜びの絶頂を迎えるまでは、終わりはないんですぜ!
  奥様は、ずっと跨ったまま、そこにいさせられるだけなんですぜ!
  早く処罰を終わらせたいと思うのなら、そんな処女のような腰のくねらせ方じゃだめだ!
  女の官能を知っている女でなければできない、熟れた色気の発散されるような尻振りをしなきゃ、だめだ!  
  だめだ!! だめだ!! もっと激しく尻を振れ!!」
 奥様の悩ましい股間へぎらぎらとしたまなざしを集中させた、思いのこもった男の怒声であった。
 「……でも……でも、無理です……
  このような格好では、いくら、やっても……苦しいだけです……」
 被虐の身にさらされて初めて訴えた女のか弱い言葉だった、
 「無理だって! 何を言っているんだ! 
  それがあんたに課された処罰だろうが! 甘ったれるじゃ、ねえ!!
  いくら、ご主人様の奥様だって、やることはやってもらわなきゃ、わしの立つ瀬がねえ!
  いままでだって、何人の女がその処罰を受けて、何時間に及んだって、わしは、ちゃんと最後まで見届けてやった!
  わしの愛する奥様だ、わしは絶対最後まで、この突っ立たせた姿勢のまま、見届ける覚悟でいるんだ!
  奥様! 心底気合を入れて、昇りつめてくだせえ!!」
 何ともいさぎのよい励まし方ではあったが、行われていることのそのものからすれば、
 表現の仕方はどうであろうと、拷問は拷問に違いない……
 いや、拷問ほどに過酷なことではないとするならば、拷問もどきだ……
 <似非拷問>?
 ちょっと待ったあ、そのように飛び石していくと、<似非現実>の主題と絡まり合って、話がすっ飛んでいってしまう。
 ここは、明美夫人に正念場と心得てもらって、行くところまで行ってもらわないと、<女の木馬>の筋道が終わらない。
 当初の流れからは、三角木馬の組み込まれた十字架へ小夜子がそのままはりつけにされていれば、
 それで一応、<女の木馬>の筋道を成立させることはできたはずだった。
 にもかかわらず、明美夫人が異なる状況の展開へ進めた以上、
 明美夫人以外に収拾を付ける適任者はいないのだ……そこを理解してもらいたいことなのである。
 「……わかりました……
  私、一生懸命、やってみます……」
 明美夫人は、眼の前の仁王立ち男へそう答えると、
 美しいまなざしを閉じて、一心に思い描こうとしているのだった……
 私は この館の主人の妻でも何でもない ただの裸の女 
 いや ただの裸の女というだけではない 生まれたままの全裸を恥ずかしく縛られている 
 縄で両手を後ろ手にされ 覆い隠すということをまったくできなくされている
 乳房も 女の羞恥の下腹部も 惜しげもなくあからさま
 乳房は 上下から挟むような胸縄をされて はしたなく突き出させられてさえいる
 惨めな格好 まさか 自分がこのような惨めな格好になるとは思ってもみなかった
 私は 曲がりなりにも この館の主人の妻
 なのに いまは ただの裸の虜囚の女 
 罰を受けねばならないから 決まりを破ったつぐないをしなければならないから
 でも いいの それだけの思いを私はあのひとに感じてしまったのだから
 少しも後悔はしていない 好きになってしまったんですもの 小夜子さんを
 仕方のないこと 破った決まりの罰は受けます
 このような恥ずかしい姿のまま 木馬へ跨がれと言われれば 跨ります
 でも 辛い あのひとが私の方をじっと見続けているから
 私を心から見守ってくれているからだと思いたい けれど やはり それは私の思い上がり
 なぜなら 私は 恥ずかしい姿をあのひとの前へさらけ出すのが とても恐いから
 恥さらしな姿を見せつけて あのひとから軽蔑されてしまったら と思う不安のかたまりでいるから
 あのひとの前で堂々とできない 虜囚の女として 命令されたことしかできない
 そうなってしまう 何にもない女には そんなありようしかない
 生まれたままの全裸を縄で縛り上げられた羞恥だけではない
 木馬へ両脚を大きく開かせて跨がせられたぶざまな格好だけではない
 女の喜びの絶頂へ行き着くまで 自分で自分の身体を高ぶらせるという醜態をさらすのである
 罰のためには仕方のないことだと言っても あのひとにはまるで関わりのないこと あのひとにとっては罪でも罰でもない
 明美は 本当は 虐められた醜態をさらけ出すことで喜びを感じる女だった そうわかってもらえることになるだけ
 私も 館の主人の妻として 相手を裸にさせて縄で縛り上げることをしてきた 小夜子さんにもした
 でも それは 私が館の主人の妻だったから いまは ただの女
 ただの女でしかない
 だから 女としてあるだけの精一杯のことをするだけ
 でも 虐められた醜態をさらけ出して喜びを感ずるなんてこと 本当に 私にできることなのかしら
 わからない 初めのこと 
 幼いときにそういう経験があったなんてことだったら そういうものがあるんだとわかる けれど なかった 
 ほかの女性もできたことだと言われるのなら きっと 私にもできることに違いない そう思うしかない
 そう 人間のなかには 虐待を受ければ受けるだけ 目覚める官能というものがある
 醜態をさらすように取り扱われるからこそ 掻き立てられ 煽り立てられ 燃え盛る マゾヒズムという官能がある
 そのような女ではないと思っていた女でも それは 気がつかされなかっただけのこと
 気がつかされる恥辱の境遇に立たされれば そうなるよりほかにないこと 
 私は マゾヒズムに目覚めなければならない
 いえ 私は 最初から マゾだったのかもしれない
 だって このような羞恥と屈辱の境遇にあって どうして 拒絶をしないの 徹底して抵抗すればいいじゃない
 でも それは主人が定めた罪そのものを反故にすること それは決してできない 信じているから
 では その信仰そのものを拒絶すれば よいはず でも それをしたら 私そのものがなくなってしまう
 どのような理不尽なことがあっても 信じているいるから 私は守られている
 たとえ 虐められて醜態をさらして そのことに喜びをあらわすことをあからさまにさせたとしても 守られている
 だから 私は私 私はマゾ そう思うと すごくわかりやすくて 渾然一体としたようなでたらめさがまるでない
 恥ずかしい格好にさらされていることが 甘く疼かされるもので胸をきゅっうと締めつけてくる
 甘い疼きは どんどん身体全体へ広がっていって 下腹部の方へ集中していくような感じ
 木馬の背へ押しつけている敏感な女の箇所が熱いものへと変っていくような感じ
 辛いものだと感じ続けていた下半身も やるせなく痺れるような感覚へと変わっていく感じ
 痺れは女の敏感な箇所からあふれ出させる熱いものを気持ちのよいものへと変えていく感じ
 お尻を揺さぶってみると とんがり始めた最も敏感な箇所が甘美な疼きを生々しく伝えてくる
 もっと もっと 感じたいと思うなら 腰をうねらせるように くねらせるようにすればいい
 ますます 悩ましく甘美な感触が伝わってくる やはり 私は マゾなのだ
 眼の前の男性から穴のあくほど見つめられ 大好きな女性からもじっと見つめられ
 ひとには絶対見られたくないと思う恥態をあからさまにさせている
 恥ずかしいくらいにふたつの乳房を揺さぶり 嫌らしいくらいに腰をよじり これ見よがしに両脚をばたつかせている
 醜態をさらけ出していると思うと ますます 気持ちが高ぶってきて
 女の官能を知っている女でなければできない 熟れた色気の発散される尻振りを見せてあげるわと気負い込みさえする
 もう 恥も外聞もない 虐められている境遇にあるからこそ 燃え上がっていくの
 ああ たまらなく気持ちがいい もっと気持ちよくさせて 官能の導くままに素直に従いますから……
 四本の脚が支えた簡素な丸太の木馬へ跨った、生まれたままの全裸を縄で緊縛された女は、
 天井から降りている縄に身体を繋がれていなければ、落ちるのではないかと思えるほど、
 激しい身悶えをあらわしているのであった。
 ああ〜ん、ああ〜ん、ああ〜ん。
 泣き声ともうめき声ともつかない、悩ましく、切なく、艶やかで、やるせない声音をうるさいくらいに上げ続けているのだった。
 明美夫人は、無我夢中になって、昇りつめる道を懸命な足取りで向かい続けているのだった。
 だが、思い入れがどのように激しくあったとしても、
 肉体の官能の高ぶりと結び合わされるには、さらなる時間が求められることだった、
 女の美しい両脚には、吹き出させた汗とあふれ出させた女の蜜の混じり合ったしずくが、
 流れ落ち始めたばかりだった、それが床へ水溜りを作るまでは、まず無理だった――
 思いを寄せる女がエロスをむんむんと発散させる光景に夢中になりながら、極めてもっこり男はそう思っていた。
 茫然となりながら眺め続けている小夜子には、ただ、見つめることしかできない光景であった。
 「……彼女、一生懸命だが、そう簡単には、いかせてもらえないよ……
  それが、人間の官能の所在をとことん知らしめる……
  あの<木馬>が古きをたずねて新しきを知るという所以なのさ……」
 小夜子は、のぼせ上がっていた裸身へ触れられる冷たい手を意識させられた。
 しわがれた声のする方へまなざしを向けると、ひとりの年寄りが立っているのだった。
 禿げ上がった真っ白な頭髪に歯のないくぼんだ口もと、どぎつい目つきや鋭い鷲鼻、
 皺だらけの小柄で痩せ細った身体が険しい老いをあらわにしている様子は、例の老婆を思わせるものがあった。
 「わしは、あんたに<色の道>を教授するために遣わされた、権田孫兵衛という者だ、よろしく……
  あんたも、いつまでも眺め続けていても仕方がない……
  あんた自身の身体の方がこんなに火照ってしまっているじゃないか、
  どうにかしてもらいたいという思いもあるんじゃないか……
  わしと行こう……」
 老人は、そう言いながら、鉄環に繋がれた小夜子の縄尻を解いて手にすると、引き立てるようにするのだった。
 (この老人、
☆先に紹介させていただいた権田孫兵衛氏と同姓同名であるが、
  まったくの偶然の一致によるもので、別人である、念のために)
 その力は、老人とは思えないほどで、小夜子は、ずずっと歩まされたのだった。
 「いやっ、私は、<色の道>なんか、学びたくありません!
  明美さんのそばにいるんです……明美さんも、そう望んでいられるのです!
  お願いです! 離して!」
 険しい雰囲気を漂わせていた老人であったから、顔付きに大きな変化は見られなかったが、語気は激しかった。
 「こんなところにいて、何になると言うんだ!
  彼女は、もう、答えを出してしまったんだ! 後は、時間の問題で、昇りつめるだけだろうが!
  マゾだと思うのなら、マゾでしかない、それを優しく受けとめてくれる男だって、ちゃんとそばにいる。
  ふたりは、ふたりの世界をわかちあう、あんたが入り込めるすきなんて、もう、ないんだよ。
  あんたは、みずからの<道>を進むしかないんだ!
  望もうが望むまいが、それしかないんだよ!」
 小夜子は、大きな眼を見開いて、不安にかられた表情を浮かべながら、顔立ちを左右へ激しく振るのだった。
 「そのようなこと、いやっ、いやです!
  どうして、そのようなことになるのです! いやっ! 家に帰らせてください! 
  帰らせてください、主人のもとへ帰らせてください!」
 険しい老人には、言葉の返答はなかった、
 その代わりに、小夜子の緊縛された裸身を無理やりその部屋から連れ出すのであった。
 部屋には……
 全裸緊縛姿で木馬へ跨がされた被虐の女が……
 仁王立ちになった加虐の男にしっかりと見守られて……
 懸命に肉体をうねりくねりさせながら床へしずくをしたたらせ……
 女の喜びの絶頂へ向かっているありさまが続けられているだけであった……
 これが<女の木馬>と呼ばれたいきさつであった。




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