すると、眼の前に見おぼえのあるひとの影があらわれた。 向かっていくにつれて、そのひともこちらへ向かってきた。 Yがこの世に生まれると同時に亡くなった双子の妹だった。 彼女は言葉を交わすこともなく、ただにっこりと微笑みかけながら、 すれ違っていった。 やがて、開かれた扉の前までたどりついた。 「ENTER・EXIT 出入口」 と書かれてあった。 扉の前には、 ビア樽を抱えたビール腹をしたこびとがひとり居座っていた。 |
「そうだよ、お嬢さん、 いや、生まれ変わったのだから、女神さまなのかな。 いや、そんなことはどっちだっていい。 この扉だって、入り口であって、出口でもあるんだからな。 まったく、酒でも飲んで、酔っぱらっていなくちゃあ、わけがわからなくなることさ。 眼の前に、 矛盾していることや相反していることが一緒くたに並べられているのを見たら、 だれだって、そのありさまをわからないと言うに決まっているね。 その全体は異なると言われたって、そんなことはあたりまえだね。 もとから、矛盾していることや相反していることがあるんだから。 まともに考えるほど、ばかばかしくなってくるだけのことさ。 どうだい、女神さん、ここでおれと酒を飲んでいかないかね。 わけのわからない全体性など求めたところで、 あんたに美の戴冠なんて、ありっこないよ。 美の戴冠? そんな絵空事を夢見たければ、 酒でもたらふく飲んで、酔っぱらうに越したことはないぜ。 どうだい、おれと一杯やらないかい」 こびとは脂ぎった赤ら顔をてからせながら誘いかけるのだった。 「いえ、けっこうですわ。 私は先を急いでいますので、ここを通してください」 Yは微笑みながら頼んだ。 すると、こびとは癇にさわったことを言われたかのように憤慨し始めたのだ。 「おれの酒が飲めねえってのか、 おれが心から誘っているのに、おれをそでにするっていうのか。 うぬぼれた女だな、生意気な女だな、 そんな女に美の戴冠なんてありっこないぜ。 求めて得られる理想なんて、 理想だからこそ、この地上にはありっこないということさ。 それよりか、おれと一杯やって、愉しいことをしようぜ。 おまえもまんざらそういうことが嫌いじゃないだろう、わかっているぜ。 わかったか、許さねえぞ、 おれは、おまえをこの先へは絶対行かせないからな!」 泥酔しているこびとは、ハアハアゼエゼエ言いながら、脅しさえかけるのだった。 困り果てはYは、ただ立ち尽くすばかりになってしまった。 「大丈夫よ、ここは私にまかせて、 あなたは先を行きなさない」 聞きなれた声の調子に振り返ると、亡くなった双子の妹が背後に立っていた。 彼女は戻って来たのだ。 妹はにっこりと微笑みながら、こびとに向かって優しく言うのだった。 「私がお酒のお相手では、ご不満かしら、 何をぐずぐずなさっているの、早く一杯くださいな」 求められたこびとには区別がつかなかった。 酔っぱらっているこびとには、 似ているふたつのものは、異なっていても同じにしか見えなかったのだ。 「さあ、先を急ぎなさい」 妹はYにそううながすのだった。 |
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