借金返済で弁護士に相談



見つめている。
そこに打ち捨てられた縄を見つめている。
幾十本もの細い植物の繊維が撚り合わされてできている縄。
なまめかしく螺旋をえがくその姿は、
ひとの細胞にあるとされるわれわれの歴史を遺伝するDNAと同じ形状をしている。
その縄をひとは結ぶ、
その縄でひとは結ばれる。



☆ポルノグラフィというのは、現実に成し遂げられない願望を成就させようとする性的志向の表現である
この定義に従えば、次のような物語の展開が成立する。
たとえ、そこに相反するものや矛盾するものがあったとしても、
それを成立させるのはわれわれの官能であるのだから、概念の合理性・整合性など言うだけ無意味である。
荒唐無稽の存在理由こそ、ポルノグラフィがわれわれにとって不可欠であることの意義をもっているのだ――

美樹というのは二十九歳になる人妻であった、その上品な顔立ちに優しさをただよわせる美貌、
ふくいくとした色香のただよう姿態、着物姿がこれほど似合う女性はいないというくらいに華やかで、
その優美な立ち振る舞いと澄んだ声音の喋り方は圧倒的な存在感があるという女性だった。
よし子というのは三十四歳になる家政婦だった、平凡な面構えの平凡な身体付きの女である、
本人はそう思っていたが、彼女の男性遍歴が示すように、男がものにできると思わせる魅力を持っていた、
実際、本人さえ承知すれば、男は彼女をものにすることができた、少なくとも交接は可能とさせた女性だった。
このふたりの歩んできた人生は、ひとがそれぞれに異なる人生を生きるという意味で違っていたが、
その歩む道の交錯する場所を与えたのが、美樹の夫でありこの家の主人である啓介という男性だった。
啓介は五十六歳になる企業家であったが、彼の性格や考え方を論理立てて説明しても煩雑になるだけなので、
独善的な人物というひと言で片付けることにする、この独善的ということは、ひとが誰しも抱いている、
自己中心の世界観を無理やりにでも実現するために行動へあらわすありようのことである。
この啓介の会社に社員としていたのが、二十三歳になる美青年である、美青年とか美少年というのは、
その美しい響きだけで存在価値をあらわす言葉であるから、特定する名前がある必要はない、
これは美少女が花の名前をもって可憐に生育してるさまをあらわすのとは趣きを異にするものである。
これらの四人が、音楽のたとえで言えば、主題を奏でる四つの声部である、
美樹(ソプラノ)、よし子(アルト)、啓介(バリトン)、美青年(テノール)である、
もとより、『半音階的幻想曲』というJ・S・バッハの楽曲名を付した物語であるのだから、ついでに、
バロック時代の様式としては通奏低音というものがあるので、それに相当する人物を挙げなければならない。
この家には、よし子が奥様付きの家政婦であれば、家事の一切をまかなっていた老婆の家政婦がいた。
老婆というからには年老いているのだが、それは見た目だけのことであって、この老婆、
『環に結ばれた縄』の「映像の女性の手引き」にある
『☆平成墨東奇談』に登場したあの鬼婆なのである。
「食っていかなくちゃならないから、働いているんだ」という人類の永久運動を体現化したこの鬼婆は、
働き口があっておまんまのありつけるところであれば、どこへでも住み着き、持ち前の労働力を発揮して、
与えられた仕事を残忍なくらいに見事にやってのける、不滅の存在とも思える外見上は女性だった。
この鬼婆が夫婦の寝室の扉からなかの様子の一部始終をのぞいていたのであった。
なかでは何が行われていたかと言えば、奥様の美樹と家政婦のよし子がともに生まれたままの全裸になって、
互いの唇を重ね合い、舌を吸い合い、乳房へむしゃぶりつき合い、顔を股間へ埋め合ってキスを捧げ、
クリトリスと穴をいじり合っては、女同士の愛欲が高める悦楽の極みへ何度も何度も達し合っていたのだった。
ふたりが互いを尊敬し合うような心持ちで、ただ、ひと誰しもに備わった官能という清廉な方法を使って、
かつてなかったような思いへ到達しているようなことがあっても、それを眺め続けていた鬼婆にとっては、
この家の定められたきまりを破った行為であり、高々、女が欲情からじゃれ合っているとしか見えなかった。
従って、鬼婆が最後まで覗くことができたのは、それが老婆さえも欲情させる行為であったからではなく、
この家で所有と経済の支配権を持つ主人の啓介へルポルタージュできるようにするためだった。
鬼婆はいにしえよりの伝統的因習的存在であったから、その現地報告にデジタル・カメラは使えなかった。
これは報告の信憑性について一見重要なことのようだが、口承という伝統的意思伝達にたけた鬼婆は、
なかったことさえあったように聴かせることにおいては、実に職人はだしであったのだ。
美樹とよし子の愛欲は深夜にまで及んだが、そのとき、主人はまだ帰宅していなかった。
ふたりは何ごともなかったように愛液で染みだらけになったシーツを取り替えてベッドの乱れを直した。
互いに全裸のまま向き合うと、美樹はよし子へ自分を縛られた姿にして欲しいと頼むのだった。
主人が戻ったとき、家畜の女である美樹は緊縛された姿で待っていることを定められていたのだ。
「わたしは、もう、嫌です、美樹さんにわたしの手で縄を掛けるなんてことは、絶対にできません」
よし子はきっぱりと断るのだった。
「でも、ここにいる以上、このままでは……
 戻ってきた主人に見つかれば、いったい、何をされるかわかりません……
 せめて見せかけでも……」
ふたりには、確かにどうしてよいのか、わからなかったのである。
「美樹さん、いますぐこの家を出ましょう、それしかありません」
よし子が腹を決めたというように気負い込んで言った、年上の自尊心とも言えた。
「駆け落ちするというのですか……そう、それしかないかもしれませんわね」
美樹はきっぱりとした判断をする相手に姉のような頼もしさを感じるのだった。
「では、美樹さん、早速、支度をして、わたしも部屋へ戻って服を着てきます」
そう言って、よし子が寝室を出ようとしたときだった。
彼女は、あっ、という叫び声とともに思わず後ずさりした。
皺だらけで骨ばった小柄な老婆が立ちふさがっていたのだ。
その手にはきらりとした冷たい光沢を放つ抜き身が握られているのだった。
「ば、婆やさん、いったい何の真似、そこをどいてくれませんか」
扉口へ仁王立ちとなった鬼婆は、鋭い鷲鼻に氷玉のような眼光を輝かせ、
皺だらけの歯のない口もとからしわがれた怒声を吐き出した。
「どういうつもりで、ものを言っているんだ、おまえは。
 そんな恥ずかしい姿をさらけ出して、
 おまえはただの家政婦だろう、家政婦が何で全裸でいるんだ、全裸でいるのは家畜の女だけのはずだ」
家政婦は一瞬ひるんだが、老婆なんぞに負けまいと言い返すのだった。
「どういう格好でいようと、わたしの勝手でしょ、あなたに言われたくないわ、
 そこをどいてください」
そのとき、美樹が背後に来てくれたのが心強かった。
だが、老婆は、相手の言うことなど耳が遠くて聞こえないとばかりに、かぶりを振るだけだった。
そして、吐き出す言葉の代わりに、抜き身の鋭い切っ先を差し出すのだった。
さすがに裸の無防備の体勢では、言葉だけの威力では弱かった。
よし子と美樹は寄り添って、年老いた家政婦と向き合うばかりだった。
いつまで向き合っていても埒はあかない、鬼婆はいいとしても、ふたりの女はそれでは困った。
「婆やさん、お願いです、そこをどいてください、
 わたしたちを通してください、お願いです」
ついに、美樹が懸命な声音で訴えるのだった。
彼女はこの家に嫁いで以来同居しているこの家政婦がうとましかった。
よし子が来るまでの間、この老婆は、夫の啓介が家畜の女として美樹を飼育・調教するありさまを、
いつもかたわらで薄気味悪い笑みを浮かべながら眺めていたのだった。
全裸になり麻縄でさまざまな緊縛をされ、あらゆる責めを受け、もらす切ない声音、甘くやるせない声音、
悩ましいよがり声、恍惚となった泣き声、みな耳にし、さらけだされた身体の各所も嬌態のことごとくも、
すべて見てきているのだった。
よし子が雇われて美樹の世話をするようになって、ようやく、
ゴキブリのように家のあちらこちらで見え隠れする程度のものになったのだった。
それがいま眼の前に餓鬼のように立ちはだかり、しかも、馬鹿にしたようなせせら笑いをするのだった。
「へ、へ、へ、へ、奥様、あなたが言うことではないです、
 奥様は家畜の女、おとなしくご主人様の言いなりになっていればいいんです」
それに対して、美樹が反論しようと思ったときだった。
「何をしているんだ、帰ったのがわからないのか」と男性の怒鳴る声が聞こえた。
美樹とよし子は思わず互いの裸身を寄せ合って背筋を貫く恐怖感を覚えるのだった。
鬼婆の背後から顔をのぞかせたのは、この家の主人啓介だった。
主人は、老婆がかざした抜き身を前にして、
全裸の女がふたり抱き合っている光景にあ然とさせられるだけだった。
その主人に筋道の通った納得のいく解釈をして見せたのは老婆だった。
全裸の姿で、しかも、抱き合った姿でいたふたりの女が釈明という論理をふるうには飛躍があり過ぎた。
従って、鬼婆があること・ないこと・でたらめまでもひっくるめて状況報告したことに、
たとえ、異論があったにしても、家でのきまりを破ったという根本的事実が眼に見えてわかるだけに、
悔しい思いを感じながらも、いっそう強く互いの身体を抱き合って耐えるしかなかったのだった。
「そうか、そういうことか、わたしの家のしきたりを踏みにじったわけか、
 何てことだ、こりゃ、何か罰を与えなければならないな」
主人は苦々しい表情を浮かべながら、震えて抱き合うふたりをにらみつけるのだった。
「これも、みな、旦那様が甘やかすから、つけあがられるんですよ。
 女なんていうのは、可愛い顔やきれいな顔をしているからといったって、
 腹じゃ何を考えているか、わかりゃしない、
 痛い思いをしなければ、性根は直りゃしないものなのさ」
鬼婆はかざしたままでいる抜き身をぐるぐるとまわして見せるのだった。
美樹は意を決したように夫の方へ向き直ると言い放った。
「わたしたちは、あなたのきまりを破りました。
 ふたりとも、覚悟は決めています、どうぞ、お気の召すままに、役割不適当の首にしてください、
 出て行きますから」
「首にするって、出て行くって、おまえは何を言っているんだ。
 そんな簡単なことで済まされると思っているのか。
 冗談じゃない、おまえがしたことは、この家のしきたりに泥を塗ったんだぞ。
 国で言えば、法律を犯したことと同じだ、相応の罰を受けないで済むことじゃない、
 わかっているのか」
主人の怒鳴りちらすように言われたその言葉は、深夜の静寂に満ちた寝室に響き渡るほどのものだった。
「そうだ、罰として、ふたりで金属棒に跨れ、失神するまで跨り続けろ、
 そうだ、それがいい」
しきたりの守護神は名案とばかりにうなずきながら付け加えるのだった。
多額の投資をして商品開発させた形状記憶合金で作られた棒で、体温の伝導により跨った箇所が熱く膨張し、
振動を加えると波型のうねりを示すという主人自慢の品であった。
「だから、旦那様は甘いと言うんだ。
 あんなチンケな金属棒に跨らせたって、この女たちの罰にはならないね。
 科学とやらの優れた産物かもしれないが、熱くなって膨張してうねるだけじゃないかね。
 金銭的に高いものについたというだけで、責め道具にしたらまったくの三流品だね。
 この女たちをよがり泣かせたって、罰を思い知らせることにはならないからね。
 それよりも、この家の地下室にいいものがある、伝統的な古臭い品だが、効果は抜群だ。
 旦那様、それを使ったらいい」 
一家の主人であり会社社長でもある男は、金属棒の価値判断の点については、
老婆のつっけんどんな物言いに少々面白くない気もしたが、
通奏低音的役割を果たすようにこの場を取り仕切っているさまは頼もしいとさえ感じるところがあるのだった。
それはともかくとして、ところで、婆さんは地下室に云々と言っているが、この家に地下室はあったのか。
啓介には首をかしげるようなことだったが、まあ、婆さんが断言するのだから、あるのだろう。
それに、いまはそのような些細な問題ではなく、女たちをどのように処罰するかが重要課題であったのだ。
「旦那様、何をぼけっと考えていられる。
 ふたりを地下室へ引っ立てていくんだ、早く縄を掛けてくだせえ」
啓介は鬼婆にせっつかれると、あわててクローゼットから麻縄の束を持ち出してくるのだった。
最初に縄掛けされたのは美樹で、
「いやです、もう、あなたの自由にはなりたくありません」と言って身悶えを示したが、
無理やり後ろ手にまわされた手首を縛られ、胸縄までまたたく間に施されてしまうという手際のよさだった。
そのとき、よし子は主人の縄掛けを防ごうとしたのだが、鬼婆に切っ先を顔に向けられ断念した。
従って、造反する家政婦への縄掛けは、女が歯噛みしながら悔しがるほど念入りに行われたのだった。
「さあ、仕上がったらこっちだよ、ついておいで」
老婆を先頭に、若い全裸の緊縛姿の女性がふたり、その縄尻を取った実年男性という順序で寝室を出るのだった。
啓介は前を歩くふたりの女性の尻に関心を奪われた。
悩ましい亀裂をあらわしたふっくらとしたふたつの肉がなまめかしく揺れ動く具合が、
両手首をがっちりと麻縄で縛られしっかりと結ばれた両手の下で二者二様の興趣をかもしだしているのだった。
その様子に夢中になっていたためか、どのようにして地下室へたどりついたのかよくわからなかったが、
気がつくと婆さんが言った地下室に立っていたのである。
どのようにしてなどと考え直す疑問がまったく無意味と化すくらいに、
地下室のあらわすおどろおどろした現実感は鬼気迫るものがあったのだ。
雑然と置かれた道具の数々がねっとりと絡み合うような印象をもってどきどきさせてくる。
これは、たとえれば、何だ……簡単に言えば、拷問部屋……複雑な様相のわりに単純な存在理由、
ひとに過酷な責め苦を与える場所であり、その目的のための道具が揃った環境ということ。
このようなものが地下室にあったとは……あったらいいと願望したことはあったが、
現実にまのあたりにすると、官能は掻き立てられ、思いはのぼせ上がって、夢見心地にさえならされるのだった。
拷問部屋には窓ひとつなく、四方をコンクリートの壁が囲み、天井は決して低くはなかったが、
三十畳ほどの広さがあっても、その閉塞感は五分と経たないうちに身につまれされてくるものがあった。
部屋の照明は四隅からスポットライトのように中央へ集められたまばゆい光があるだけで、
拷問の主役、つまり、拷問する者と拷問される者、両者を取り持つ意思伝達の媒体としての拷問道具、
これらが明々白々と浮かびあがるような舞台設定がなされているのだった。
その中央を取り囲んで、雑然と並べられている道具の数々。
道具というものが目的と使用法の明確さに応じて、その形態を見事にあらわすというように、
麻縄においては、緊縛されることが肉体的苦痛を生むことは当然のことであるが、
自由を奪われて肉体に封じ込められるという拘束感は、
自己意識の他者との境界である羞恥と屈辱に否応なく向き合わされることである。
首輪・腕輪・足輪・鎖においては、人間以下とされる獣に用いられる拘束具は、
家畜や奴隷のあかしとして売買の対象にさえなる物としての動物を自覚させるものである、
もはや、人間ではない以上、交接させられる相手も人間とはかぎらない。
牢・檻においては、囚人を留置する目的で設けられた場所であるが、
羞恥と屈辱の全裸姿で長い時間生活させれば、罪のない者にも処罰を意識させ非道の境遇を甘んじさせる、
処罰が道理・人道にはずれた振るまいに及んでも、それが大義の名のもとにあれば正義にさえなる。
太柱・十字架においては、晒しものにして見せしめるもの、惜しげもなく見せるということでは羞恥や屈辱である、
一方、熱心に見られるということでは優越や誇りを生み出すものである、イコンとされる所以であるが、
この両者の意義葛藤の答えは往々にして美術的な意味合いにおいて見出されてきたというのが伝統である。
鞭においては、威嚇と責め苦を与えるものである、振るい手が男女を問わずに使用できる簡便さを持っているが、
そのしなやかで流麗な形態は、振るい方にたけていないと、打擲する側に被害が及ぶという場合もある、
残酷でありながら滑稽さもあらわしている珍しいものである。
目隠し・猿轡においては、人間が自己判断能力として、外在しているものを眼で見ることによって印象し、
内在しているものを言葉によって表現するということにおいては、
装着されたありようはワン・ポイントの衣装のように見受けられる半面、決定的な意思阻害をあらわすものである。
そして、部屋の中央、四箇所のスポットライトに照らし出された三角木馬があった。
鬼婆が伝統的な古臭い品だが効果は抜群だと言ったのがこれだった。
皺だらけの骨と皮だけの手を木馬の鋭角な背に置いて、薄気味悪い笑いを見せていたのだから、間違いなかった。
木馬は馬を模して四本の堅固な脚が胴体を支えていた、
頭と首と尾がないという異様さに加え胴体は三角柱の形をしていた、
木馬がひとの跨るものであれば、跨る背中は乗り心地がよいことに越したことはなかった、
だが、この木馬の背は三角柱の鋭角をなす部分が跨る箇所になっていた、
その上、背の高さは成人の腰を遥かに越えていたから、跨がされれば爪先さえも地面にとどくことはなかった。
うるし塗りの光沢のある紫色の色艶に美術的な造形を感じるかどうかは、客観的対象としての見方次第である。
主観を超えた主体そのものとなる騎乗者にとっては、残酷でおぞましい以外の何ものでもなかった。
全裸を後ろ手に縛られ乳房を突き出させられた胸縄の姿にあったふたりの女性も、
木馬の前へ立たされたときは、全身がわけもわからなくぶるぶると震えてくるばかりで、
身を寄せ合ってその対象から眼をそむけることしかできなかった。
主人はそのようなか弱そうな女の姿を見ると、
わけを考えることもなく、下腹部がいきり立ってくるのを感じるのだった。
ふたりを処罰するということが、自己の存在理由のごとくに作り上げた家の厳格なしきたりを、
こともあろうに女同士の愛欲で泥を塗られたことへの腹いせであるという大義を感じるのだった。
婆さんが金属棒などよりも優秀な道具であるとした伝統的責め具は大きな魅力を感じさせるものだった。
この時点で、啓介にとって、形状記憶合金棒の商品開発の可能性は絶たれたとも言えるのだった。
「さあ、旦那様、いつまでも木馬になんか見とれてばかりいないで、
 さっさと女を跨がせなきゃ、だめだ」
鬼婆はけしかけるような強い調子で言うのだった。
「ほうれ、そこにある踏み台をふたつ、木馬を挟んで置くんですよ。
 縄尻はわしがしっかりとつかんで、女が逃げ出さないようにしておくから、
 さっさとやってくだせえ」
啓介は婆さんの言われるがままにそそくさと作業をし始めたが、
どちらが主人なのかよくわからないさまであった。
「置いたら、今度は女を跨がせる番ですが、当然、奥様から始めてもらうのが筋というものだね。
 何しろ、この馬鹿家政婦は、奥様には旦那様という立派なご主人がいられることがわかっているのに、
 まったく、身のほど知らずにも奥様へ横恋慕しやがって。
 この馬鹿家政婦がどれだけ非道なことをしたかを罰として思い知らせるには、
 自分の行ったあやまちがどういうことを引き起こさせるのかを見せればいいのさ。
 さあ、旦那様、やってくだせえ」
啓介はまことにもって説得力のある論理だと感心した。
彼は妻へ近づいた、
間近にする妻の肉体はいつも言うに言われぬ芳しい香りがして、
その乳色の白さを輝かせる肌の柔らかさとなめらかさは、思わず優しく抱きしめたくなるくらいのものだった。
だが、啓介は婆さんから縄尻を受け取ると、
心を鬼にして相手のなめらかな背中を小突き、引っ立てるようにして歩ませようとした。
「いやっ、いやです、お願いです、やめてください、こんなこと、いや……」
美樹は足もとを踏ん張り、悲痛な声音を上げながら訴えるのだった。
命令には絶対服従だった家畜の女が示した三年来初めての抵抗に、主人は少し戸惑った。
「ご主人様、お願いです、どうか美樹さんをそんな目にあわせないでください……
 悪いのはみなわたしです……わたしが罰を受けます……美樹さんを許してください!」
よし子は鬼婆にがっちりと縄尻を取られた緊縛の裸身を揺さぶって叫ぶのだった。
「美樹? おまえはここでは由美子のはずではないか、
 何故、家政婦はおまえの本名を呼ぶのだ……」
啓介は、突然、合点したかのように顔を見る見るうちに上気させ、赤鬼のような形相に成り変った。
「そうか、おまえとよし子は、そこまでおれを愚弄するのだな。
 由美子はおれが不滅の恋人と定めた名前だ、
 それを授けられたおまえは光栄にこそ思うことはあっても、
 それをないがしろにしてはならないのだ……
 おまえにはひとを愛するという気持ちがわからないのか、
 おれがあれだけ深い思いをよせた女性の名をないがしろにするなんて……
 おまえはおれの愛を愚弄したのと同じことをしたんだ、
 許せるわけのものなんか、何ひとつないぞ!」
赤鬼は相手のふっくらとした白い尻へ力任せの平手打ちを食らわせるのだった。
バシッという皮の裂けるような乾いた音と、ああっ、というか弱い女の悲鳴が室内にこだました。
「そうだよ、旦那様、そのぐらいのことしなきゃ、女はわからないんだよ。
 旦那様は、いままで甘すぎたんだよ、
 見ていたわしが歯がゆくなるくらいにフェミニストだったのさ」
老婆にしては英語が出るところは気の利いた感じもあったが、意味を理解していたかは別問題である。
「さあ、さっさと跨がせておくんなせえ、
 みな、待ちに待っているんだ」
この場合のみなというのは、美樹、よし子、啓介、鬼婆は四人ともこの場の主体者であったのだから、
残るのは、これを読んでいる方と書いている作者ということになるが、
鬼婆はどうも人間離れしたところがあったので、発言もときどきわかりにくいところがあるようだ。
美樹は啓介に無理やり押し上げられるようにして踏み台を昇らされていった。
木馬の鋭い背中が間近に迫れば迫るだけ、美樹の身体からはするすると力が抜けていくのだった。
しなやかで美しい脚が責め具を跨ぎ、ふたつの踏み台の間へ跪かせられた格好になると、
美樹にはもう生きた心地がしなかった。
見まいと顔をそむける真下には、商品としての失敗作であるいつもの金属棒ではなく、
厳然とした責め苦をあらわす残酷が背筋をぞくぞくさせる恐怖をともなって迫ってくるのだった。
「しゃがみ込め!」
怒鳴りつけたのは鬼婆だった、
そればかりではない、手にしていた抜き身の背で相手の尻を叩いたのだ。
あっ、と叫んだ美樹は、眉根をぎゅっとしかめ、
美しい形の唇を噛み締めがら、言いなりになるしかなかった。
「ああっ、美樹さん!!」
よし子は美樹が見せた表情と同じくらい悲痛な表情になった泣き声をあげていた。
しゃがみ込まされた腰付きは、すぐさま、双方の踏み台が啓介の手によって取り払われると、
すらりと長い脚を重力の法則に従って地面の方へ垂れさせ、優美とも思える直線をあらわすのだった。
しかし、つま先さえも届かないことは、身体の重みがそのまま跨っている箇所へ集中するということだった。
美樹は身長一メーター六十センチ、体重五十キロという体型であったが、
跨った箇所が点をあらわすくらいの鋭角な状況にあったので、集中の度合いも極限に近いものがあった。
それをあらわすように、翳りをまったく取り去られた股間の箇所は、
深々とした神秘の割れ目をこれでもかというくらいに木馬の紫色の背へ食い込ませ、
ふっくらとした白い小丘は醜いくらいの盛り上がりを見せているのだった。
「ああっ、やめてっ、やめてっ、お願いですから、美樹さんをおろしてあげてっ!!」
よし子はもうなりふり構わず泣き出しながら叫ぶのだった。
啓介にはそんな家政婦の声など、うるさいくらいのバックグラウンド・ミュージックにしか聞こえなかった。
彼は驚異的なものを見ていると言わんばかりに、
口さえぽっかりあけて陶然とした表情で被虐の女の姿を眺め続けていた。
一方の鬼婆は、身悶えするよし子を老婆とは思えないような力で抑えつけ、
歯の抜けた皺だらけの口もとへ気味の悪い笑いを浮かべながら、痛めつけられている女の顔を見やっていた。
責め具を跨がされた美樹は、最初にあげた悲鳴の後、恐ろしいくらいにおとなしくなっていた。
彼女の股間へ集中する激烈な苦痛が全身さえも貫いて、苦悶の感覚の総体によりどころを求める以外、
いっさいの意思が停止させられてしまっていた、ただ、眉根を激しくしかめ、きれいな唇を噛み締め、
つむった両眼から涙をあふれ出させて耐えるしかなかった。
激しく泣き声をあげていたのは、むしろ、よし子の方だった。
「お願いです、お願いです、お願いですから、美樹さんをおろしてあげて、
 わたしが悪かったのです、わたしが責め苦を負います、
 美樹さんを許して、許してあげて、
 お願いです、お願いです……」
よし子は悲痛のあまり、もう立っているのもままならずに床へへたり込み、
泣きじゃくりながら誰とにもつかないような悲願の声をあげるばかりだった。
「馬鹿を言うんじゃないよ。
 だから、おまえは馬鹿な家政婦だと言うんだよ。
 まだ、始ったばかりじゃないか、それをやめろと言うのは、
 出かかった小便をやめろというのと同じだ、おまえだってその意味はわかるだろう。
 行くところまで行かないと、人間の官能は収まりがつかないようにできているのさ。
 見なよ、最初の激痛に慣れれば、奥様の身体は今度は本当の苦悶を感じるようになるのさ」
三角木馬へ跨った緊縛の裸身を桜色に上気させ、粟粒のような汗を柔肌から噴き出させ、
美樹は唸るような声音をあげたかと思うと、それまで俯かせていた顔立ちをおもむろにあげるのだった。
ううっ〜、ううっ〜、ううっ〜、絶え間なく唸り声を発しながら、泣きじゃくり始めていた。
よし子にはその被虐の姿を眺め続けていることができなかった、
彼女は顔を俯かせると、美樹と同じように泣きじゃくるだけだった。
閉塞された室内の空間にふたつの物悲しい女の泣き声が交錯していた。
「おい、馬鹿家政婦、ちゃんと見ろ。
 おまえが思いをかけている奥様がおまえのために残酷な目にあっているんだぞ。
 おまえが無視したら、失礼じゃないか。
 それとも、おまえの奥様への思いなんて、そんなものでしかないのか。
 所詮、一時の気持ちの高ぶり、官能の燃え上がり、助平心でやってしまったことなんだろう」
鬼婆はよし子の柔らかな髪を引きつかんで、その顔を無理やり木馬の方へ向けさせるのだった。
「さあ、まのあたりに見ろ。
 好きだとか、愛しているとか、そんな上っ面の言葉なんか、無意味だってことを教えてやる。
 おまえなんかの女が、でかい面してやっていることなど、
 みな、見せかけかけだということを見せてやる」
陶然とした表情でその場を眺め続けていた啓介には、
婆さんの迫力が恐ろしいくらいのものに感じられていた。
「要するに、おまえは奥様のことを思ってもいないのさ。
 そう思うようにした方が自分のためになるから、そうしているだけなのさ。
 まあ、みな、普通にやっていることなんだから、どうってことはないが。
 どうした、わしが言っていることが当たり前すぎて、反論する言葉も出ないか。
 だらしのねえ、女だなあ、おまえは」
全裸を縄で後ろ手に縛られ胸縄を掛けられ、悲痛のあまり床へへたり込んでいた女は、
髪の毛を無理やり引っ張られて、罵声を浴びせかけられて、泣きじゃくるのさえもうやめていた。
泣くこともできないくらいの放心状態にあった。
何をどうしようと自分には何もできない無力感が空ろなまなざしにさせていた。
そのときだった。
「よし子さん、負けたら、だめよ……
 わたしは頑張ります、よし子さんがそこにいてくれるから、頑張れるのです、
 わたしは、負けないわ、絶対に……」
か細く搾り出されるような声だったが、澄んだ声音が耳もとに聞こえたのだった。
よし子は目覚めさせられたように瞳を大きく開くと、美樹の方を見やるのだった。
見つめられた美樹は、苦悶の表情のなかに懸命になって微笑みを浮かばせようとしているのだった。
「何よ、鬼婆、わかったふうな口をきいて、たいがいにしなさいよ、
 あんたが人間を断念しているほど、わたしは、まだ、人間を断念していないわ、
 人間に未練があるのよ。
 わたしには、これから、美樹さんとやらなければならないことがあるのだわ、
 どうぞ、お好きになさったら、それでわたしの美樹さんへ気持ちが変わるわけではないわ」
突然、床から立ち上がった女は、
鬼婆の顔を正面にしてつばきを飛ばすくらいの語気で言い放つのだった。
だが、鬼婆はたじろぐどころか、皺だらけの歯のない口でせせら笑うだけだった。
「だから、おまえは馬鹿女だと言っているんじゃないか。
 おまえがそのような居直った態度を取ったって、何も変わりはしないんだよ。
 おまえがどういう境遇にいるかをてんから忘れている馬鹿女だからだよ。
 どうだ、そうじゃないか」
鬼婆は手にしていた刀の鞘をよし子の股間へ無理やりねじ込むようにして差し入れるのだった。
ああっ、ああっ、よし子はたまらず腰を引いて防ごうとしたが、もぐり込んだ先っぽはそのままだった。
「馬鹿じゃねえのか、おまえは。
 家政婦の分際で奥様と同じような姿になって見せたって、
 おまえがあらわす割れ目はこれだけのもんなんだよ」
鬼婆はよし子の縄尻を強引に引き寄せると、もぐり込ませた先っぽをぐりぐりと回転させるのだった。
「ああっ、ああっ、痛い!」
「たいした痛さじゃないよ、いま、奥様が味わっているものに比べたら、蚊に刺されたようなものさ。
 そのぐらいを耐えられなくて、おまえに木馬が耐えられるのかねえ。
 だって、おまえは言っただろう、美樹さんとやらなければならないことがあるって。
 だから、これから、それをやってもらおうと思っているのに」
よし子の股間から引き抜かれた刀の鞘は、その勢いでもってふっくらとした尻を一撃するのだった。
さらに、幾度も打擲が手加減などさらさらなく繰り返された。
バシッ、バシッという激しい音に、ふたりのやり取りを苦悶のうちに見つめ続けていた美樹も叫んだ。
「やめてください、お願いです……
 よし子さんにひどい真似をしないで……
 わたしが罰を受けています、わたしが家畜としての女の役割を放棄したからいけないのです、
 わたしひとりを存分に嬲れば、済むことのはずです、
 お願いです、そうしてください」
啓介には男の自意識から、妻と家政婦の間には、本当の肉体関係ばかりでなく、
本当の恋愛関係さえもがあることがつくづくと感じられた。
これはもう収拾のつかないことに違いないと思われた。
収拾のつかない思いを相反と矛盾から救うのは官能以外になかった。
全裸を緊縛した妻を三角木馬の責め具へ跨らせたことで気負い立たせていた下腹部は、
婆さんの言っているよし子への責めを思うと、一段と反り立つもののように感じられたのである。
彼は鬼婆に言われるまでもなく、みずから進んでふたつの踏み台を木馬のそばへ運ぶのだった。
その様子を見て、鬼婆はいいぞという顔をし、美樹は哀しげな顔をし、よし子は恐怖に引きつらせた。
「さあ、婆さん、ぐずぐずしないで、こちらへ女を引っ立てて!」
啓介は、美樹の跨ったすぐ前へ踏み台を整えると、急かせるように言うのだった。
鬼婆は気味の悪い笑いを浮かべながら、刀の鞘の先っぽでよし子の背中を小突きながら進ませた。
啓介がその肌にじかに触れたとき、思っていた以上にずっといい身体をしているなと感じたよし子に、
縄で突き出されたふっくらとした乳房をおもむろに鷲づかみしたのは、
もう欲情の抑えがきかなくなっていたあらわれだった。
よし子は、何をするの、という激しいまなざしでにらみつけたが、
抵抗の言葉は、眼の前にさせられた三角木馬の鋭利な背ににらみかえされたように出てこなかった。
よし子の緊縛された裸身を美樹の前へ並んで跨らせようとした啓介に鬼婆は言うのだった。
「旦那様、違うよ。
 ふたりがお互いの苦悶の表情を見られなければ、意味ないじゃないか。
 こいつのために自分はいま死ぬ思いの激痛を感じ苦悶を耐えさせられていることを自覚させなきゃ。
 いくら、好きだ、愛している、このひとのために頑張るなんて言ったって、
 そいつのためにこんなひどいに思いにさせられていることが実感されれば、百年の恋も冷めるのさ。
 そんなものは、小説や舞台や映画の世界の話、うまく描かれた絵空ごとにすぎないってことを、
 この夢見る淑女の方々にも知ってもらわなくては、本当の罰にはなりゃしないね」
啓介は、成る程と思いながら、よし子の体勢を妻と向き合わせる方へ変えさせるのだった。
美樹は苦悶を耐えている真っ最中であったから、それほど強くは感じられなかったが、
よし子は相手と向き合わされ踏み台へ跪く姿勢にさせられたとき、
迫るように眼の前にある相手の姿に、言いようのない羞恥を感じさせられていた。
たとえ、無理やり行われていることだとは言え、思いを寄せているひとの眼の前へ、
生まれたままの全裸を後ろ手に縛られ、乳房が突き出すくらいの胸縄を掛けられ、
翳りのない股間の割れ目へ恥ずかしいくらいのありさまで責め具を食い込ませる姿、
それは相手であって、しかも自分であるという、情けなくも浅ましくも見られたくない姿、
自尊心というものが思いを寄せさせている根拠であれば、一挙に崩れていくという羞恥であった。
だが、そのような心持ちも束の間、
「さっさとしゃがみ込め!!」
啓介の激しい言葉は、恨みをあからさまにするように、相手の身体を押さえつけて吐き出された。
よし子は美樹と身長はたいして変わらなかったが、痩せた姿態のわりには五十五キロの体重があった。
美樹との五キロの差であることが責め苦にどれだけの影響が出るものなのか、
計測器を使って調べられたわけではないので、わからないが、同じということはありえないだろう。
身体の支えとなっていた双方の踏み台が取り外され、
股間へ鋭角を食い込まれされたよし子が最初にあげた絶叫が美樹より凄まじかったのは、
彼女が感じやすい体質であったのか、体重の差であったのか、それも一概には言えないことだった。
よし子のだらりと下がった二本の脚は、
中空を蹴って地面へ届かせようというはかない試みが行われたが、
それがかえって股間へ食い込ませることがわかると、
今度は内股に挟んだ三角の背をいっそう強い力で挟み込んで身体を浮かせにかかった、
だが、それがまったく空しいことが食い込みを一段と高めた激痛で感じられると、
もはや、生気を失った白い棒のようにだらりとさせるだけのものになった。
股間の一点から全身を貫いて込みあがってくる激痛は跨る女を翻弄し、
両眼を閉じ眉根をぎゅっとひそめて唇を噛み締め、必死なってこらえさせるものでしかなかった。
ああっ、ああっ、ああっ。
悲痛な泣き声が一段と高く拷問部屋にこだましていた。
女の姿を眺めていた啓介は、ざまをみろという思いで薄笑いを浮かべていた。
下腹部にそりかえったものが気持ちのよいくらい充血しているのが感じられたのだ。
閉塞した雰囲気の地下の部屋の中央で、紫色の三角木馬に跨がされた全裸の緊縛姿の女がふたり、
向き合わされた互いの姿を肌の触れ合うほどの間近にされて、激しい苦悶を耐え続けさせられていた。
それを、鬼婆は、まだ始ったことだと言わんばかりの涼しい顔で見つめ続けているのだった。

この続きは、次回へ。


☆注解 伝統ある拷問道具 三角木馬



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