借金返済で弁護士に相談



 (カ ル マ)

身体・言語・心による人間の働き・行為。人が担っている運命や制約。 「大辞林 第二版」









十二歳のときに尋常でない体験をした小夜子は、
思春期から成人に至るまで、孤独な心情を貫き通したのであるが、
彼女は、それをみずからの文章で表現するようなことは、まったくしなかった。
いや、表現しようと考えたことはあったのかもしれない。
だが、<牝鹿のたわむれ>の本質はどのように書きあらわされたら的確であるのか、その方法が見つからなかった。
サディズム、マゾヒズム、レズビアンの愛欲、といったことだけでは、到底あらわせない事柄だと感じていたのだ。
従って、小夜子をモデルにした物語が創作され、それが映画化されるに及んでは、
小夜子自身、まったく納得しない内容であったとしても、観客を呼び込む大衆的な理解が表現できていることであれば、
ことによったら、<エロを超えた芸術的ポルノグラフィ>とさえ評価を受けて、後世にまで残るかもしれないことだった。
これは、その完成された映画である。

牝 鹿 の た わ む れ


暗黒が映し出されている彼方から、女のやるせなくすすり泣く声音が聞こえてくる。
その声音は、高ぶらされる官能に悶える甘美な声音のようにも聞こえるが、
発情した牝鹿が相手を求める鳴き声のようにも聞こえる。
ふたつの声音が交じり合い高まり合って、ひとつになると、
<牝鹿のたわむれ>というメイン・タイトルがあらわれ、声音に代わって音楽が始まる。
アーノルト・シェーンベルク作曲の『交響詩 ペレアスとメリザンド 作品5』が抑制の効いた音量で、
場面効果のために適宜に、一貫して用いられている
(木管の四管編成、演奏時間四十分の管弦楽曲で、実際の交響楽団を使用すると高額な費用が掛かるために、
ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団のCD音源が使用されている)。
暗黒から白色へフェードインしていくと、最初の場面があらわれる、総天然色テクニカラーである。
小夜子は、自宅の居間のソファへ腰掛けて、配達されてきた郵便物を楽しげに仕分けしていた。
拓也宛てに送られてきたものと、自分宛てに送られてきたものと、ふたりの苗字はひとつであるものを……。
結婚してから、まだ、ひと月しか経っていないのだった。
苗字が変わるということがこんなにも喜ばしいことだとは思っていなかった。
出会ってから半年、求婚されてから三ヶ月で、恋人になり、婚約者になり、花嫁になり、妻となったのだった。
二十三歳の新妻であったから、早過ぎる結婚ではなかったし、
夫とは五歳離れていたが、まだ、恋人同士にあるような雰囲気の夫婦でもあったのだ。
送られてきた郵便物は、ほとんどが夫宛てのものであった。
夫は、結婚式の一週間後に、約一ヶ月の予定で急遽海外出張へ出掛けていたが、
きちんと仕分けされた封書の山も来週になれば崩されるのだと思うと、
小夜子は、思わず、子供っぽい微笑をもらすのだった。
残ったのは、自分宛ての郵便物だった……一葉の絵葉書とひとつの小包。
絵葉書は、幼なじみである、麻子からのものだった。

前略
ご結婚、おめでとう、末永くお幸せに。
あなたの大切な結婚式に出席できなくて、本当にごめんなさい。
私のフランス留学は、予定として決まっていたものですから、変更できなくて。
あなたには、是非、見て頂きたい私の絵も間もなく完成します。
近いうちに、一度、帰国できますので、そのときお会いしましょう。
素敵な旦那様も、ご紹介ください。
           早々        麻子



文面には、このように記されてあった、裏面には、ドミニク・アングルの『泉』が印刷されていた。
二十歳くらいの生まれたままの全裸にある美しい女性が肩に掲げた壷から清冽な水を落下させている絵だった。
この絵画は、麻子の最もお気に入りの作品で、女性の清楚な顔立ちの美しさ、優美な曲線のあらわされた姿態、
その至高にある女性の官能というものが壷から落下するあふれ出るような清冽な水で象徴されている表現は、
美術を生涯に渡って追及しようという決心を彼女にさせたものであり、
日本の美術大学を卒業してから、奨学金派遣の研究生としてフランスの美術学校へ留学させたものであった。
小夜子は、彼女と再会できる日が間近だと思うと嬉しくなってくるのだったが、
そのほっそりとした白い指先は、おもむろに、花柄の艶やかな包装紙にくるまれた小包に触れられていた。
差出人の表記がなく、消印は、世田谷区成城となっていた。
ほのかに香る芳しい匂いが漂っていたが、小夜子には、余り好きでない香りだと感じられた。
間違いなく自分宛ての郵便物であったから、彼女は、その包装を解き始めた。
漂う芳香は、艶やかな柄の和紙の包み紙が開かれていくにつれて強いものとなっていったが、
あらわれたのは細長い桐箱ひとつだけで、手紙も添えられていなかった。
小夜子は、その桐箱の蓋を開いた、芳しい香りは一段と強烈に匂い立ち、
彼女は、それを悪趣味であるとさえ感じたが、紫の絹布に丁重に収められたものを見たとき、
「いったい、何ですの、これ……」
と思わずつぶやいて、その大きな瞳をさらに大きくさせて見やるのであった。
あらわれたのは、山吹色も真新しい一メートルほどの長さの麻縄だった。
小夜子は、それを指先につまんで垂らして眺めたが、
無理して喩えれば、その縄が黄金色の蛇のように見えたとすれば、
なよやかな麗しい花にとっては、おぞましい感じのものであったかもしれないが、
三十七歳になるアイドル・タレントでさえ、生まれたままの全裸になって、
美しい姿態をそうした縄で緊縛されたありさまを堂々とコンビニにある週刊誌にさらけ出す時勢である、
麻縄と緊縛を観念連合させたとしても、不自然なこととは言えなかった。
「恐らく、冗談ではないのでしょうけれど、悪趣味には違いありませんわね」
小夜子は、元あったように包装を包み直すと、
それをマンションの廃棄物置場へ直接捨てに行こうとソファから立ち上がった。
そのときだった、来客を伝えるインターフォンが柔らかく鳴り響いたのだ。
出ると、柔らかな呼び出し音よりも、さらに可愛らしい声音が聞こえてきた。
「お義姉さま、静香です……
突然、お邪魔して、ごめんなさい、どうしても、お義姉さまにお会いしたくて……」
女子高へ通う十七歳になる夫の妹の静香であったが、結婚式以来、度々遊びに寄っているのだった。
だが、今日は、いつになく、その穏やかで愛らしい香りの漂うような声音が切羽詰った思いの響きを伝えていた。
小夜子は、「ああ、静香さん、いらっしゃい」と答えると、マンションの表玄関の錠を開いた。
間もなく、自宅の玄関扉にあらわれたのは、艶やかな長い髪に愛くるしい顔立ちを際立たせ、
しなやかで均整の取れた姿態を紺のセーラー服で包んだ、輝くように綺麗な少女だった。
「さあ、お入りになって、いったい、どうなさったの、思い余ったような顔をなされて」
小夜子は、手招きをして勧めたが、
少女は、いまにも泣き出さんばかりのこわばった表情を浮かべて、じっと立ち尽くしたままでいるのだった。
「いけないんです、私は、なかへ入ってはいけないんです!
お義姉さまに会うことは、もう、できないのです!」
少女のこらえていた大きな瞳から涙のしずくが流れ落ちた。
小夜子の方も、突然の言葉と涙に驚いて、大きな瞳を見開いていたが、
「静香さん、何があったのかは知りませんけれど、とにかく、そこでは……お入りになって」
と言いながら、相手のほっそりとした手首を取ると、無理やり室内へ入れるのだった。
静香は、なかへ入っても、突っ立ったまま、すすり泣いているばかりだった。
小夜子は、俯き加減の少女の顔立ちをのぞくようにして、その両手を握り締めると、
「さあ、ソファへ座って……私に聞かせてください、いったい、どうなさったの」
と優しく居間の方へ向かわせるのだった。
静香をソファへ落ち着かせると、小夜子は、ダイニング・ルームからオレンジ・ジュースをグラスに持ってきて、
「静香さん、お飲みなって、落ち着くわ……」
とそれを手に持たせるのだった。
少女は、言われるままに、グラスの中身を半分ほど飲むと、
隣へ腰掛けた小夜子のされるがままに、涙を流した頬と目頭をタオルで拭いてもらっているのだった。
その姿は、まるで、幼い妹をいたわる健気な姉のような雰囲気があったが、
そのような思いを小夜子に感じ続けている静香にとっては、嬉しくてたまらないことだったのである。
小夜子にも、それは理解できる気がした。
静香は、最初に兄の新婚家庭を訪れたときから、小夜子に対して強い親しみを感じていた。
二度目に訪れたときは、兄が海外出張へ出ていたので、小夜子とふたりきりだった。
義妹は、その思うところを義姉に存分に打ち明けることができたのだった。
その打ち明けられた家庭事情には、小夜子も同情するものを感じさせられた、
それで、本当の姉のように思って付き合ってくれるように、静香を元気付けたのだった。
その静香の家庭事情とは、中堅の不動産会社社長である父親は、
早くに妻を病気で亡くして男やもめでいたが、三年ほど前に、貴子という後妻をもらっていた。
貴子は、兄の拓也と同い年の二十八歳の若さであったが、元華族という家柄にあり、
美しく気品あふれる女性であったが、躾ということについては大層厳格に育ったために、
静香に対して、十七歳の女性がたしなみとする作法について、事細かに指図をするのだった。
しかも、それは、口うるさく言われるだけではなかった、守れない場合には、罰が伴っているものだったのだ。
貴子は、みずからの家柄において、代々躾られてきたことを淑女の伝統として伝えていることだと言ったが、
静香には、継母の横暴であるとしか思えないことだった。
仕事で不在の多い父親は、溺愛する若い妻にまかせきりのことであったのだ、
その罰のひとつとして、このようなことがあった、成人女性が読む禁じられた女性週刊誌を自室に発見されたとき、
静香は、憧れである男性タレントの写真が欲しかったから友人に借りただけだと説明したが、
同じ雑誌のなかで、女性タレントが全裸になって縄で緊縛されている宣伝記事の箇所を広げられて、
このようなことは、人前で全裸になる恥ずかしさをお金儲けにしているだけの劣悪なことです、
女性が恥らうというのはどれだけのことか、女性にとっては、どれだけ羞恥する心が大切であるか、
それをあなたにしっかりと理解してもらうために、罰として、自室で半日の間、全裸でいなさい、とされたのだった。
静香は、雑誌は当然のように破棄された上、泣く泣く全裸になることに従うほかなかったのだった。
こうしたことを兄に相談しようとしたが、父親の会社の専務として忙しく駆けまわり、たまに家へ帰って来ても、
義母には必要以上の心遣いを示して、静香の言い分など、わがままとしか取り扱ってもらえなかった。
親しい友人に打ち明けることさえはばかる内容の<高貴な淑女教育>だったのである。
長い間我慢し続けてきた思いを、本当の事情を、相手の身になって初めて聞いてくれた小夜子は、
ただでさえ、美しくて、聡明で、優しいお義姉さんと感じていたことが、
本当の姉のように思えるまでになっていたのだった。
三日おきくらいにして訪れる相手を心から歓迎してくれる心遣いから、女性としての考えの自由なところまで、
十七歳の少女は、厳格で冷酷な継母を嫌悪するだけ、義姉を理想の女性として憧れるようになったのだった。
その静香が、今日は、溌剌とした愛くるしさを振りまく、いつもの少女ではなかった。
「お義母さまは、お義姉さまと会ってはいけない、と言ったのです。
あなたのためには、決してならないことだから、二度とマンションへ行ってはならないと言ったのです。
そして……守れなければ……守れなければ、通学以外に外出は絶対に許さないと言ったのです。
もう、無茶苦茶です……私には、どうしてよいのかわかりません……」
少女は、義姉の顔立ちをじっと見つめながら、大きな瞳に再び涙を浮かばせ始めているのだった。
小夜子は、相手の両手をしっかりと握ってやり、優しく語り掛けてやるのだった。
「だめよ、もう、泣いてはいけないわ。
あなたが泣いたからといって、事情が変わるわけではありません。
貴子さんがどのようなおつもりで、静香さんと私が会うことを禁じたのかはわかりませんが、
宜しいですわ、私が貴子さんとお話いたします……ですから、静香さんは、今日は言われた通り、お帰りになって。
今晩、貴子さんにお電話申し上げて、明日、私は、あなたの実家へ伺います」
小夜子は、そのようにきっぱりと言ったが、静香は、その場を動こうという気配をまるで見せなかった。
「お義姉さま、静香はあの家へ帰るのは、もう嫌です……
帰れば、お義母さまは、私を尋問します、お義姉さまのところへ立ち寄ったでしょうと……
私は、嘘はつきたくありません……私は、お義姉さまのことで、嘘をつきたくはありません……
お義姉さまは、私の家族のなかで、最も……最も、尊敬して、愛している方だからです!
私は、そのことさえも、継母に言ってしまうでしょう……私は、お義姉さまを愛しているから、お会いしたいのだと。
私は、もう、罰せられるだけです……
あの厳格で冷酷な継母は逆上すれば、どのような罰を私に下すか、わかりません……
それが恐いのです、あのひとの本気が恐いのです!
もう、家には帰りたくありません!」
少女は、艶やかな長い髪を震わせて、思い余って、小夜子に抱きついてくるのだった。
そして、怯える子供が母親へしがみつくように、抱きついた身体を必死に摺り寄せるのだった。
小夜子は、相手の頭を優しく撫でながら、答えていた。
「わかりました……では、私がいまから貴子さんへお話しますから、静香さんは安心して……」
義姉は、義妹の身体をそっと離すと、テーブルにある電話の子機を取り上げていた。
それから、登録番号を押すと、相手の出るのを待った。
静香は、義姉の間近で、相手の顔立ちを真剣な表情で見つめていた。
しばらくすると、応答は留守電の音声を伝えてくるのだった。
小夜子は、
「貴子さん……拓也さんの嫁の小夜子です、静香さんがここへいらっしゃっています、
明日は土曜日ですので、静香さんには泊まっていってもらおうと思いますので、宜しくお願いいたします……
もし、何かあれば、お電話ください」
と用件を伝えて、電話を切るのだった。
「これで宜しいですわ……
貴子さんはお出かけのようですから、貴子さんに言い分があれば、電話がきます……
さあ、そうと決まったら、もう、五時ですわ、夕食の支度をしましょう。
緊張したら、お腹が空いてしまったでしょう、静香さん、もちろん、手伝って下さいますわね?」
にっこりと微笑んで申し出する義姉の取り計らいに、静香は、溌剌とした愛くるしさの笑みで応えて、
「もちろんです、お義姉さま、静香は喜んでお手伝いします」と元気に言うのだった。
ふたりは、手を取り合って、ダイニング・キッチンへ向かうと、互いにエプロン掛けをして、
<カルボナーラ・ミモレット>というパスタ料理を共同製作することを決めるのだった。
小夜子がパンチェッタをバターで揚げるように焼いている間、静香はスパゲッティをゆでている。
焼かれたパンチェッタに白ワインがふられてアルコール分がとばされ風味がつけられると、
ペコリーノロマノとゆで上がったスパゲッティが入れられ、ミモレット・チーズが溶かされながら絡められる。
火をとめて、といた卵黄が混ぜられると、塩味を加えられ、ふたつの皿に盛り付けられる。
静香が用意したブラックペッパーとパセリが散らされると出来上がりだった。
チーズが玉にならず、卵黄が固まっていない出来を眺めて、
「まあ、ちょっとした仕上がりではございませんこと、あとは、お味ですわね」
と小夜子は微笑んで、静香の方へウィンクするのだった。
「まあ、いい匂い、美味しそう」
義妹も、満面に笑みを浮かばせて、声を弾ませるのだった。
食卓を整えながら、小夜子は、
「静香さんは未成年だから、お酒はだめですね、いいワインがあるんですけれど」
と言ってグレープフルーツ・ジュースを冷蔵庫から取り出していたが、
「お義姉さま、ひと口くらいだったら、静香だって飲めます……
継母だっていないのですから、飲んでも構わないと思います……
お義姉さまも、ご遠慮なく、お酒を飲んでください」
と少女は答えると、ワイン・グラスをふたつにするのだった。
向かい合う食卓に座ったふたりは、ロゼ・ワインの注がれたピンク色をしたグラスを掲げると、
乾杯、と言って、食事を始めるのだった。
小夜子と静香のふたりが楽しそうに話しながら食事をしている情景に合わせて、
シェーンベルクの『交響詩 ペレアスとメリザンド 作品5』が劇的緊張をかもしだす音響を高鳴らせて、
ふたりの喜びの会話を消音していた。
やがて、食事が終わると、グラス一杯のワインを飲んでしまった静香は、足元を少しおぼつかなくさせながら、
小夜子に添われて居間のソファへ座らされるのだった。
義姉がキッチンで後片付けを済ませている間、義妹は、酔いのために桜色に火照った頬を両手で押さえながら、
「静香は、いま、とっても気持ちがいいのです、とっても幸せな気分です」と独り言をつぶやいていた。
小夜子は、居間の方へ戻って来ると、七時半になる時計を眺めながら、
「貴子さんからは、お電話はありませんわね……
あ〜あ、こんなに酔わせしまって、私は、いけない義姉ですわね……」
と言って、義妹の脇へ腰掛けるのだった。
「お義姉さま、継母の話なんか、しないで下さい……
お義姉さまとふたりでいられる、せっかくの素晴らしい気分が台無しになってしまいます」
静香は、怒った素振りを見せるために、桜色の両頬を膨らませて口先を尖がらせるのだった。
小夜子は、笑いながら、「ごめんなさい、もう、しません」と言うと、
その口先をほっそりとした白い指先で、元へ戻そうとするのだった。
互いの酔いも手伝ってか、はしゃぎ合うようにして、笑い合うふたりだった。
そして、訪れた沈黙に、静香は、小夜子の顔立ちをまじまじと見つめながら、言うのだった。
「私、誰のことよりも、お義姉さまが好きです……
小夜子さんのことが本当に好きです……」
それから、相手の唇を求めるように、両眼を静かに閉じると、可愛らしい唇を突き出すようにするのだった。
だが、小夜子は、相手の愛くるしい顔立ちを見返すだけで、応じるようなことはしかった。
薄目を開いた静香は、
「お義姉さまは、本当は、静香のことを好きではないのでしょう」
とぽつりと言うのだったが、
「本当に好き合っていれば、女性同士でキスをすることくらい、私の女子高でも当たり前のことです」
と付け加えたのだった。
その真剣な表情に、小夜子は、戸惑いを感じていたが、優しい声音で答えていた。
「静香さんを好きじゃないなんてこと、そのようなことはありませんわ、あなたは素敵なお嬢さんです。
けれど、あなたが私に求めていることに、私は応じられません……
私には夫がいます、それは、あなたのお兄さまです、私は拓也さんの妻なのです……
お酒の酔いがきっとそうさせたのですね、ごめんなさい、私が勧めるようなことをしたから……
静香さん、今日は、もう、お休みになった方が宜しいわ……
お部屋に案内します」
小夜子は、立ち上がると、相手の手を取ってソファから歩かせるようにするのだった。
静香は、気まずそうに、押し黙ったままだった。
義姉は、将来の子供部屋として考えている部屋へ、静香を案内した。
夜具が持って来られ、寝床の準備がされている間も、
静香は、叱られた子供のようにかたくなになって、突っ立っているだけだった。
「静香さん、そんなに落ち込まなくても、酔いが醒めれば、普段のあなたです……
脱いだセーラー服はそこのハンガーに掛けて、ここにあるパジャマを使ってください……
明日の朝、また、笑顔でお話しましょう、それでは、お休みなさない」
小夜子は、そう言って、部屋の扉を閉ざして出ていくのだった。
それから、一家の主婦は、疲れたという面持ちで浴室へ向かうのだった。
身に着けているものを、衣服から髪留めやピアスに至るまで取り去っていって、
生まれたままの全裸の姿となった小夜子は、波打つ艶やかな栗色の髪に縁取られた清楚で麗しい顔立ち、
その美しさに負けず劣らずの蠱惑的な女らしい姿態をあらわとさせ、清冽なシャワーの水を浴びていた。
ほっそりとした首筋、なよやかな両肩、すらりとした両腕、ふっくらとした綺麗な乳房、悩めるようにくびれた腰付き、
可憐な臍をのそかせるなめらかな腹部、夢幻の漆黒の靄に隠されて妖美な盛り上がりを見せる股間、
艶めかしい太腿からしなやかに伸びた両脚、優美な曲線の姿態が浮き上がらせる女の官能は、
柔肌の乳色した色艶を輝かせて、芳香がむせ返るように匂い立つ、色香の漂ったものだった。
このように美しい全裸をじっくりと眺めることができる者が限られた者でしかないということは、
世の不幸と言えるようなヌードだった。
その優美な裸身へバスタオルを巻いて、夫婦の寝室になっている部屋まで行くと、
大きな鏡の化粧台を前にして、寝化粧をする小夜子だったが、どうやら気になるらしく、
ネグリジェに着替え終わると、静香が休んでいる部屋へ足音を忍ばせるようにしておもむくのだった。
小さく扉をノックして、静香さん、と声を掛けたが、返事はなかった。
そっと扉を開いて、なかをのぞいて見ると、静香は、明かりをともしたまま、下着姿でシーツの上へ寝入っていた。
小夜子は、脱ぎ散らかされたセーラー服をハンガーへ片付け、微笑みながら、布団を掛けてやるのだった。
それから、将来に予定されている子供部屋の明かりを消すと、静かに扉を閉めるのだった。
大人びた振舞いをしようと気負っても、十七歳の少女は、まだ、あどけなさを残している……
小夜子は、そう考えると、静香が健気で愛くるしい少女だと感じるのであった。
夫婦の寝室へ戻った小夜子も、ベッドへ入ると、色々なことがあった疲れからか、
すぐに眠気を覚えて寝入ってしまうのだったが、そのとき、置時計は九時を過ぎたばかりだった。
貴子さんからは、ついに、何の連絡も来なかったと思ったのが最後だった……。
地上十五階にある寝室は、窓に降ろされた分厚いカーテン越しに差し込む明かりだけでは、
暗黒に近いような静寂と安らぎがあるのだった。
その暗黒に、音楽の代わりに、女のやるせなくすすり泣く声音がかすかに聞こえ、
その声音は、高ぶらされる官能に悶える甘美な声音のようになり、
応えるように、発情した牝鹿の相手を求める鳴き声が聞こえてくると、
やがて、ふたつの声音は交じり合い高まり合って、ひとつになったとき、
夫婦の寝室の扉がわずかに開かれた。
廊下から差し込む光は、入って来る人物の影を浮き上がらせるが、長い髪を揺らめかせた少女だった。
しかも、明らかに全裸であることがわかる女性の美しい曲線をあらわとさせていた。
そして、それだけではなく、少女の片方の手には、だらりと垂れ下がったものが見えるのだった。
少女は、ベッドまで近づくと、その上に横臥して安らかに眠る女性をまじまじと見据えた。
それから、ためらいもなく、ベッドの上へ昇っていくと、女性の美しい姿態をうつ伏せにさせていった。
さらに、女性のすらりとした両腕を背中の方へまわさせると、ほっそりとした両手首を重ね合わさせて、
携えてきた縄……
山吹色も真新しい一メートルほどの長さの麻縄を巻き付けていくのだった。
がっちりとした後ろ手に縛り上げられたとき、身体の違和感から、
小夜子は、ううん、と吐息をもらして身悶えをあらわした。
彼女は、大きな瞳を開くと、なよやかな肩越しに振り返りながら、状況を理解しようとしていた。
そのまなざしは、生まれたままの溌剌とした全裸の姿にある少女を捉えていた。
「し、静香さん! ど、どうして、そのような!」
義姉は、ネグリジェに包まれた姿態を起こそうとしたがかなわず、うごめかせるのが精一杯だった。
「静香さん、どうしたのです! どうして、このようなことを!
この縄を! この縄を解いてください!」
小夜子は、愛くるしい顔立ちに真剣な表情をこわばらせている相手を見つめて、訴え掛けるのだったが、
ふたつの乳房も、ふたつの乳首も、慎ましい漆黒の靄が覆う股間も、太腿からすらっと伸びた両脚も、
縁取る曲線の成熟間際の優美さを瑞々しい純白の柔肌で溌剌と輝かせているだけで、
十七歳の少女は、まったく無視しているのだった。
「お義姉さまは、私に、欺瞞をはたらいたのです。
お義姉さまは、わたしだけのもの、静香ひとりだけのお義姉さまなのです。
私は、お義姉さまをあんな継母の勝手にはさせません!」
静香は、少しの悪びれた様子も見せずに、その全裸同様の堂々とした口調で言うのであったが、
小夜子には、まったく事情のつかめないことだった。
「どうして、貴子さんが関係あるのですか、私には、あなたの言っていることがさっぱりわかりません、
私が欺瞞をはたらいた? どうしてですか、わかるように説明してください」
小夜子は、後ろ手に縛られて、うつ伏せにされたままの裸身を悶えさせながら、懸命に言い返していた。
少女は、ベッドの上へ跪いた格好のまま、義姉の美しい顔立ちを見下ろすようにして、答えるのだった。
「私は、フェミニズムに関心の深い、勉強のできるお友達から教えてもらったことがあります。
サディズム・マゾヒズムの愛欲が異常だなんて、それは、大昔のこと、現代のSMは、ずっとロマンティックなもの。
愛を知るサディストは、愛を知るマゾヒストへ、その愛を求めあらわすために、
ふたりを繋ぐ象徴として、一度も使っていない山吹色も真新しい、純潔の麻縄の切れ端を送るものなのです。
送る側の男女、送られる側の男女、その関係に決まりはありません。
決まりなどいらないのです、ふたりに本当の愛さえあれば、ふたりは結ばれるものだからです。
たとえ、女性同士であっても、ロマンティックなSMは、ふたりを繋ぐ愛の行為なのです。
それが、進歩的な女性があらわす、現代の真実の愛なのです。
あの継母は、お義姉さまに純潔の縄を送ったのです、お義姉さまは、それを受け取っていた。
静香には、まったくの内緒で行っていたこと、それを欺瞞と言わないで、何と言うのでしょうか。
今日、居間に入ったときから、私は、胡散臭い匂いをほのかに感じていました、
それは、私の嫌悪する香りだったからです、
しかし、それよりも重要なことをお義姉さまに打ち明けなければなりませんでしたから、無視しました。
しかし、食事の後、酔って寝入ってしまった私は、気掛かりな思いを感じて目を覚ました、
その気掛かりを確かめるために、居間へ行って捜したのです、それは、すぐに部屋の隅で発見できました。
継母が使っている嫌悪すべき香水の匂いです、どうして、私が間違えるでしょうか。
そして、小包の中身を見たとき、私は、激しいショックを受けると同時に、すべてを理解したのです。
継母は、小夜子さんに色目を使っていたのだということを、私に会ってはならないと禁じた本当の理由を。
あのひとは、私から現代的な考え方の自由を奪う、古色蒼然とした因習の女性であるばかりでなく、
私から愛する女性を奪い取る冷酷卑劣な女性だということです!
その純潔の縄で、お義姉さまを縛るのは、お義姉さまと静香が本当に結ばれる相手同士だからです!」
愛くるしい少女は、全裸の華奢な両肩を震わせるほどの思いをあらわとさせて、叫んでいた。
小夜子には、どのように返答したらよいものなのか、意味を取り結ばせない飛躍した話にしか聞こえなかった。
十七歳の少女が何処で仕入れてきたものかはわからないが、
現代のロマンティックなSM、純潔の麻縄の切れ端があらわす愛の象徴、そういった趣味の事柄はともかくとして、
<決まりなどいらないのです、ふたりに本当の愛さえあれば、ふたりは結ばれるものだからです>
と言い切る、愛の万能や愛の至上を信じる純情さには、間の抜けたものさえ感じるのであった。
「私は、そのような縄の意味、まったく知らないことです。
あの小包は中身を見て、不可解を感じて、すぐに破棄しようとしたものです。
そこへちょうど静香さんが見えられて、できなかっただけです。
あなたを欺瞞したなどということではありません!
わかったら、さっさと縄を解いてくださらないこと!」
小夜子は、激しい口調で、事実だけを述べたのだった。
美しく、聡明で、優しい義姉の気丈な態度は、少女をたじろがせるのに充分なものがあった。
静香は、後ろ手に縛った麻縄を解くと、急に、すすり泣きを始めているのだった。
まるで、自分が相手から嫌われてしまった者であるかのような傷心をあらわしているのだった。
小夜子は、横座りに身を崩して泣きじゃくっている相手の華奢な肩へ手を置くと、
「静香さんは、泣き虫屋さんねえ、何かって言うと、すぐに泣くのね。
女は、そんなに簡単に涙を見せたらだめよ、相手をつけあがらせることになるだけだから。
あなたの気持ち、よくわかったわ、仕方がないわね、私もあなたのこと、可愛らしいと思っていますものね。
でも、その<決まりなどいらないのです、ふたりに本当の愛さえあれば、ふたりは結ばれるものだからです>
というのはやめましょうね、そのようなおためごかしは、小説や映画で楽しんでいればいいことだわ。
あなたが女として生きていくつもりなら、みずからの女が意識された上で、初めて考えは始まるということよ。
私があなたに教えて上げられるとしたら、せいぜい、そのくらいのことだわね。
いいわよ、存分に女を意識するまで、高めてあげるわ、夜はまだまだ長いようですものね……」
小夜子は、そう言うと、俯き加減になって泣いている少女の愛くるしい顔立ちを優しく上げさせて、
おもむろに、みずからの美しい唇を相手の綺麗な唇へ重ね合わせていくのだった。
静香が戸惑って、もぐもぐとしているのも束の間、
小夜子の唇は、触れては離れを繰り返しながら唇を敏感にさせていくと、
ぬめる甘美な舌先をぬっと突き出して、少女の綺麗な唇の輪郭をなぞるようにして舐め上げていくのだった。
静香は、愛する相手からされる陶然とさせられるような舌先の愛撫に、されるがままになるように裸身を委ね、
両眼をしっかりと閉じながら、うん、うん、と可愛らしい鼻息をもらしているばかりになっていた。
それから、小夜子の貪欲な舌先は、開かれていく少女の唇の間へもぐり込んでいくのであったが、
やがては、舌と舌を絡ませる口中の愛撫ばかりでなく、陰部と陰部で敏感な陰核と陰唇をこすり合わせたり、
互いの陰部へ顔を埋めて舌先を膣へ挿入したりする、女同士の激しい絡み合いとなっていくことであったが、
十七歳の少女のレズビアン行為としては、映倫の一般上映規定に従って、
絡み合う全裸の女性ふたりの影が室内の暗黒に映し出されるなかで、
高ぶらされる官能に悶える女の甘美な声音と発情した牝鹿の相手を求める鳴き声とが激しく交錯して、
クレッシェンドしていき、ついには、ひとつとなって最高潮を迎えるという表現に置き換えられている。
その暗黒が白色へフェードインしていくと、
白い靄のなかを生まれたままの優美な全裸を晒した小夜子が後姿で歩き続けている。
やがて、靄が晴れてくると、茶色の木の柵が緑の野原に張り巡らされた場所があらわれる。
小夜子は、そこに建つ黒々とした古びた厩舎のような建物へ向かってずんずんと進んで行くが、
家畜は放牧場には一頭も見当たらなかった。
小夜子がたどり着いた建物の入り口は、両開きの木製の大きな扉が片方だけ開いていて、
その隙間から、彼女は、恐る恐るなかへ入っていくのだった。
中央を貫いて歩けるようになっていたが、その狭さは、左右の囲いに押し込められている、
あふれんばかりの馬や牛や豚のぴくぴくする濡れた鼻先を、美しい雪白の柔肌を晒させた女の全裸の各所、
すらりとした両腕、ふっくらとした綺麗な乳房、悩めるようにくびれた腰付き、
可憐な臍をのぞかせるなめらかな腹部、夢幻の漆黒の靄に隠されて妖美な盛り上がりを見せる股間、
艶めかしい太腿からしなやかに伸びた両脚へ触れさせるのであった。
小夜子は、美しい顔立ちを気味悪そうに歪めながら、
必死に避けるようにして、反対側までやっと行き着くのだった。
そこで、小夜子の見たものは……
その綺麗な大きい瞳をさらに見開かせるようなものだった。
一本の太い柱が立っていて、そこに生まれたままの全裸をさらけ出した女が繋がれていた。
女は、その乳色の潤いをあらわして輝く柔肌の姿態を、これでもかというくらいに上下へ伸ばさせていた。
上の方は、重ね合わされたほっそりとした両手首を麻縄でがっちりと縛られて太柱の鉤へ掛けられ、
下の方は、きゅっと締まった両足首を麻縄で束ねられて地面の杭へ繋がれているのだった。
そして、艶めかしい左右の太腿の間へ挟ませられるようにして、屠殺用の大刀が太柱へ突き立てられていた。
大刀の太い柄に隠されて、夢幻の漆黒の靄に妖美な盛り上がりを見せる女の股間は見えなかったが、
女の姿は、まるで、美しい白い動物、或いは、美しい牝の鹿が吊り下げられているようだった。
だが、女の顔立ちがあらわす、官能の恍惚の絶頂にある美しい表情は、まさしく人間のものだった。
その神的法悦と言えるような喜びをあらわす顔立ちは、紛れもなく、小夜子自身のものであったのだ。
女の顔立ちがクローズアップされていくと……
夫婦の寝室のベッドに眠る、小夜子の顔立ちとなっている。
小夜子は、夢にうなされたように、ううん、と頭を揺らせて両眼を開くと、思わず半身を起こさせていた。
シーツの乱れた大きなベッドの上には、全裸の美しい姿態を晒した小夜子の姿があるだけだった。
静香の愛くるしさをあらわした溌剌とした少女の全裸は、そこにはなかった。
小夜子は、あるべき相手の姿態をじっと見つめるように、シーツの空間を眺め続けているのだった。
それから、ネグリジェを羽織ると子供部屋へ向かったが、
そこにも、静香の姿はなく、ハンガーに掛けられたセーラー服も通学かばんも消えているのだった。
そして、居間へ戻った小夜子が気づいたのは、
山吹色も真新しい麻縄ばかりでなく、それが入っていた桐箱もなくなっていた、
残されていたのは、艶やかな柄の和紙の包み紙とほのかな残り香だけであったことだった。
思わず眺めやった居間の時計は、十二時を示していた。
小夜子は、テーブルにある電話の子機をおもむろに取り上げると、
夫の実家の登録番号を押して、相手が出るのを待った。
しかし、呼び出し音が繰り返されるだけで、いつまで待っても、電話に出る者はなかった。
小夜子は、思案しているように、しばらく虚空を見つめ続けていたが、
ついに決心したように立ち上がると、居間を出ていくのだった。
テーブルの上に置かれた艶やかな柄の和紙の包み紙は、世田谷区成城の消印を映し出していた……
表札に表記されている世田谷区成城があらわれて、高い塀に囲まれた立派な門構えの邸宅が映し出される。
ピンク色のスーツ姿も初々しい、新妻を漂わせる小夜子がその玄関先に立っていた。
彼女がインターフォンを鳴らすと、返事のない代わりに、間もなく、複雑な模様の玄関扉が開かれた。
あらわれたのは、紺地に白と黄色の菊をあしらった柄の着物をしっとりと身に着けた、
目鼻立ちの端正に整った美しい顔立ちの二十七、八歳くらいの女性であった。
その落ち着いた風情は、年齢よりもずっと貫禄があった。
「あら、小夜子さんですの、こんにちは……
これは、また、突然のお越しでいらっしゃいますのね」
綺麗な声音ではあったが、抑揚のほとんどない調子は、冷やかさを漂わせたものがあった。
「こんにちは、お義母さま……
静香さんはお戻りになっていらっしゃいますか、それが心配で伺いました……」
小夜子は、会釈をすると、すぐさま用件を述べたが、
相手は、その質問に答えることはなく、丁寧な手招きをしながら、
「せっかくお越し頂いたのですから、このようなところでは……
さあ、お上がりになって、どうぞこちらへ……」
と言って、家のなかを奥へと進ませるようにするのだった。
言われるままに上がり込んだ小夜子だったが、義母のしずしずと歩く後姿に付いて長い廊下を行くと、
邸宅の大きさと広さにして、義父と義母と静香の三人しか住んでいないという雰囲気は、
異様な静寂と落ち着きを感じさせられると思った、しかも、義父は仕事で不在勝ちと言うのであるから、
ほとんど義母と静香のふたりだけということになる、このような異様な環境で、
義母が静香へ強いる<高貴な淑女教育>が行われているのかと思うと、ぞっとさせられる感じがなくはないと、
小夜子は、改めて、義妹へ同情を感じさせられるのだった。
導かれるままに案内されたのは、夫婦の寝室だった、居間ではなかった……。
小夜子は、相手の考えていることがわからず、唖然とした表情で立っているばかりであったが、
「さあ、こちらですわ、遠慮なくお入りになって……
あなた、静香さんにお会いしたいのでしょう?」
と先へ入った義母に手招きされるので、仕方なく入るのだった。
義母は、寝室の扉を静かに閉めると鍵さえ掛けたのだった。
それから、振り返ると、小夜子に言ったのだ。
「私は、あなたの曲がった性根を正す義務を持っていると思います。
私とあなたは、義理ではあっても、母と娘の関係にあるのです。
娘の不埒を知れば、それはお仕置きをしてまでも、
母親は、正しい道を歩ませるようにしなければいけないのです。
静香さんは、十七歳の少女の行為としては、あるまじきことを行いました……
静香さんは、朝方、家に戻っていらっしゃると、
私に、麻縄の入った桐箱を突き付けて、私の愛しているひとを奪うような真似はやめてください、と言ったのです。
私は、あなたは大きな勘違いをしている、真実を知れば、あなたのその邪念も消える、と答えたところ、
小夜子さんと肉体的な愛欲行為のあったことを平然と言ったのです、私は義娘の頬を平手打ちしました。
それから、泣きじゃくる静香さんを全裸にさせて、その麻縄で後ろ手に縛って自室で反省させたのです。
羞恥の振舞いを行った者は、羞恥の仕置きを持って、それを悔悟しなければならないのです。
でも、安心なさい、いまは、自室のベッドで安らかに眠っておられます……
次は、あなたの番です、小夜子さん!
さあ、着ているものをすべて脱いで、そこへ裸になりなさい!」
義母は、端正な美しさの顔立ちを少しも崩すことなく、抑揚のない綺麗な声音を響かせた。
小夜子は、言われたことの法外なことに、
びっくりしてしてしまって、戸惑ってしまって、立ち尽くしているばかりだった。
「さあ、言われた通りに、さっさとなさい!」
きつい冷たさが投げかけられてくる。
「……どうして、私が裸になんか、ならなければいけないのです」
小夜子は、きっとなったまなざしを相手に向けて、言い返していた。
しかし、若い義母は、能面のように表情を動かさずに、繰り返すだけだった。
「私は、あなたに、そこで全裸になりなさいと言ったのです、さっさと、なりなさい!」
小夜子は、話をしても埒が開かない、と言わんばかりに相手の横をすり抜けると、
寝室の扉口まで行ったが、鍵の掛けられた扉は開かなかった。
「悪い冗談は、やめてください、私をここから出してください!
静香さんの言ったことは本当ですわ、あなたは、本当に無茶苦茶な方ですわ!」
小夜子は、肩越しに言葉を吐き捨てたが、相手は、むけた背のまま、身じろぎもせずに立っているだけだった。
義娘は、どうしてよいかわからず、扉のノブをがちゃがちゃ言わせるばかりだった。
おもむろに振り返った義母は、鋭いまなざしを浮かべながら、宣告するように告げたのだった。
「同じことを何度も言わせないで! そこへ着ているものを脱いで裸になりなさい、と言ったでしょう!
悪い冗談なんかで、このようなことができますか!
小夜子さん、あなたにとっては、楽しい冗談事に過ぎないことかも知れませんけれど、
あなたの行っていることは、将来のある若い女性を破滅に導いていることではありませんか!
私は、知っているのです、あなたがどのような素性の女性であるかということを!
だから、私は、警告の意味で、あなたに山吹色も真新しい麻縄を送ったのです!
あなたがこれ以上不埒な行為を続ければ、あなたがその縄の最初の被虐者になるということを警告したのです!
聞くところによれば、あなたは、聡明な女性のようですから、わからないはずのないこと!
けれど、あなたは、警告もお構いなしに、静香さんを愛欲へ陥れた!
あなたの勝手気ままで、未成年者を誘惑した、そうなのでしょう、小夜子さん!
しかし、この家で、あなたの勝手な振舞いは許しません! 
私がいる限り、あなたのような不埒な女性は絶対に許しませんわ!
あなたは、ここで、女性として正しい道を歩むように、改心するのです!」
若い義母は、水色のシーツの敷かれた大きなベッドの枕もとのあたりから、乗馬鞭を取り出していた。
「あなたのように、動物の本能のような行動をする女性を躾るには、こうしたものが必要なのでしょう」
乗馬鞭の先端が相手へ突き付けられると、風を切る唸りを立てて見せしめられるだった。
小夜子は、思わず、身を縮こまらせるようにして後ずさりしたが、閉じられた扉はそれ以上先を許さなかった。
鞭は、ためらいもなく、不気味な唸りを立てて、小夜子の腰付きのあたりを一撃した。
痛いっ、と小夜子は、思わず身を防ごうとしたが、なよやかな肩先へも一撃されるのだった。
痛いっ、小夜子は、波打つ艶やかな栗色の髪を両手で押さえて、縮こまった。
「小夜子さん、暴力で躾るなどということは、私の望むところではありません。
静香さんの頬を平手打ちしたのも初めてのことでした、それだけ、あなたは、手に負えない女性なのでしょう。
しかし、あなたにも、少しは自覚というものがお有りなら、反省ということもなさるべきでしょう。
あなたの勝手に、思い通りに、人生が送れるものなら、それは、あなたが悲しませた相手がいるからです。
私の言っている意味、わかっていることのはずです。
あなたに少しでも悔悟の気持ちがお有りなら、ここで、罰を受けて思い知りなさい!
少なくとも、あなたは、十七歳になる処女の女性をおもちゃにしたのですから!
純情な静香さんを、あなたを敬愛していると思うような錯誤へ陥れたのですから!
さあ、言われていることに非を認めるなら、さっさと裸になりなさい!
それとも、鞭があなたを裸にさせますか!」
小夜子は、まるで、母親から叱られている子供のように、顔立ちを俯かせたまま、聞き続けているのだった。
それから、独り言のようなつぶやく声音で答えるのだった。
「……私は、相手を騙したりなんか、していません……
最初に静香さんが誘ってきたときも、きっぱりと断ったのです……
それでも、静香さんは、私を求めてきた、私には応じることしかできなかった……
そういう私を、あなたは不埒だと言うのなら、私は不埒な女なのかもしれません……
けれど、最初に誘いをかけてくるのはいつも相手なのです、私ではありません、これは本当のことです……
あなたが私の不埒に罰を与えると言うのなら、私は、罰を受けなければならないのでしょう……
きっと、そうなのでしょう……わかりました……」
小夜子は、ほっそりとした白い指先を動かすと、身に着けていたピンク色のスーツの上着を脱ぎ始めるのだった。
それから、ためらいも見せずに、スカートを降ろし、ブラウスを脱ぎ去って、
ブラジャーやショーツさえも一気に取り去って、相手の前へ見事な全裸の姿を晒すのだった。
若い義母は、用意していた麻縄の束を相手に示した。
小夜子は、言葉で言われるまでもなく、すんなりとした両腕を背後にまわし、
華奢な両手首を重ね合わせる仕草を取っていくのだった。
義母は、交錯された手首へ麻縄を巻き付けながら、語り掛けていた。
「小夜子さん、あなたにとっては、女の業としてあるものなのでしょう。
だから、これから行われることは、あなたが改心するための罰であるということを身にしみなさい。
誰かがあなたを正さなければならないから、この貴子が行っていることなのです。
あなたには、関係のないことかもしれませんけれど、私の家柄は元華族で、躾には大層厳しかったのです。
私には、ふたりの姉がいましたが、父上は、みずから娘の躾にあたったのでした。
淑女の高貴な振舞いは、その高貴な思いからしか生まれない、高貴な思いを知るためには、
下卑た思いにある羞恥というものがどれほどのものか、それを思い知ることなくして、真の高貴は求められない。
高貴を求める思いというものを知るために、私たちは、羞恥の姿にさせらたのでした。
私たちは、一糸も身に着けない生まれたままの全裸の姿にさせられて、縄で後ろ手に縛られたばかりでなく、
乳房を突き出すようにされた胸縄や、くびれを際立たせられた腰縄や、女性の最も恥ずかしい箇所へ、
割れめがあからさまとなるような股縄を掛けられて、柱へ立たされて繋がれたのです。
そして、何時間も、鏡に映し出されるみずからの羞恥の姿を見続けることをさせられたのです。
それを十二歳のときから二十歳の誕生日の前日、成人になるまで行われたのです。
躾は一朝一夕にでき上がるものではないのです。
そうして、浅ましい姿にある羞恥というもの知る人間こそ、高貴の本当の意味を知るということを学ばされたのです。
私があなたを全裸にさせて縄で縛り上げることをするのも、それを思い知ってもらうためのものです。
あなたの不埒は、浅ましい姿にある羞恥がわからなければ、思い知ることのできないものだからです。
さあ、これで、できました……」
貴子の手際の良い縄掛けは、後ろ手に縛り上げ、美しい乳房の上下へ胸縄を施し、
それを首筋から割った縄で締め上げて突き出すようにさせ、さらに腰のくびれを引き締めるばかりでなく、
女性の最も恥ずかしいとされる股間の箇所へ縄を通し、割れめ深くへ縄が埋没するようにされたものだった、
父上から躾られた伝統を、その言葉通りにあらわしたものであったのだ。
一糸もつけない全裸を生まれて初めて麻縄で緊縛された小夜子は、身体の各所から柔肌を通して、
それぞれに異なった感触を伝えてくる縄の拘束感に、戸惑わされているように、驚かされているように、
思いを集中させられているように、じっとなったまま、ひたすら寡黙になっているのだった。
貴子は、その姿態と様子をしげしげと眺めながら、端正な顔立ちの表情を崩すこともなく、
「それでは、こちらへいらっしゃい」
と言って、相手を縛り上げた縄尻を取ると、引き立てるようにして寝室の奥へと歩ませるのだった。
入口とはちょうど反対側にある扉が開かれて、なかへ入るように縄尻を引っ張られたとき、
小夜子は、その部屋の光景にびっくりして、思わず立ちすくんでしまった。
天井には梁が渡され幾つもの滑車が麻縄を不気味に垂らしていた、その梁を支えるようにして中央に太柱が立ち、
その向こうには、冷酷な鋼鉄製の小さな檻があり、四方に鉄環を取り付けられた異様な木製の寝台があり、
反対側の壁には、おどろおどろしい淫靡な責め道具の数々が飾られているのだった。
サディズム・マゾヒズムの愛欲を夫婦で行うための場所と言えば、装置と道具に金の掛けられたものだった。
「このような部屋があることを不思議がることなど、少しもありませんわ。
あなたのお義父さまには、このような愛欲を通じて、女性と喜びを分かち合える思いがあるというだけです。
主人は、私をひと目見ただけで、その思いの丈を理解してもらえる相手だとわかったそうです。
私は、嫁入りの支度金として、ちょうど事業に失敗して借金を抱えていた父上の分まで、主人から準備を受けました。
事業にも有能で、心からの愛をかけてくれる主人を、私は心から愛しています、一生を添い遂げる方なのです。
ですから、静香さんには、淑女となって成長して頂きたいのです。
義娘のためになることならば、私は、厳しすぎることをするのです。
それを邪魔するようなあなたの振舞い、罰せられて当然のことなのです。
私は、義母という自尊心において、義娘のあなたをお仕置きするのです。
さあ、あなたの羞恥の姿態、ご自分の眼でしっかりとご覧になさい!」
小夜子は、中央の太柱を背にして立たされると、新たな縄でそこへ繋がれ、
服飾店にあるようなキャスター付きの大きな鏡が運ばれてくると、正面へ据えられたのだった。
「ああっ、いやっ」
みずからの姿態を眼の前にさせられて、小夜子は、思わず、顔立ちをそむけさせた。
「小夜子さん、後は、あなたの心掛け次第です!」
そのように言うと、若い義母は、くるりと背を向けて、しっとりとした着物姿をしずしずとさせながら、
部屋を出ていこうとするのだった。
「まっ、待ってください、貴子さん!」
晒しものにされた女の呼びかけに答えたのは、重々しく閉じられる扉の音だけだった。
部屋全体は、見渡せる適度な明るさの照明にあったが、その太柱には、一段と強い照明が当てられていた。
小夜子の麻縄で緊縛された全裸は、その柔肌が潤いをあらわす乳色に輝いていたものだけに、
あたりが明るさを増したように、姿態をこれ見よがしに浮き上がらせているのだった
当然、その際立つ姿態は、鏡に映し出される像を鮮明とさせていることでもあった。
小夜子には、正面の鏡像を見ることなど、とてもできなかった。
女性が生まれたままの全裸の姿にさせられている、それだけでも、羞恥を感じることである。
その羞恥を上増しにするような淫猥な麻縄が掛けられているのだった。
サディズム・マゾヒズムということに思いがあって、義父と義母のSMの夫婦愛であるとか、
静香の憧れるロマンティックなSMなどということが考えられる者ならいざ知らず、
小夜子は、女性として、思うがままの自由であることを幼少の頃からの身上としていた、
別の言葉で言えば、単なる女性のわがままということに過ぎなかったかもしれないが、
縄で縛られて拘束されるなどということは、最低のことであった。
それが男性から全裸にされて緊縛されることだったとしたら、羞恥、屈辱、恥辱、汚辱の極みでしかなかった。
事の成行きから、相手が義母であり、女性の貴子であったから、仕方なく引き受けた境遇であったのだ。
だが、鏡に映し出されたみずからの姿を見たとき、彼女の自由な思いは、墜落させられ蹂躙されたのだった。
女性としての優美な曲線に縁取られた麗しい姿態を、緊縛の縄は、ただ、下品に醜悪に歪めているだけだった。
乳房を突き出すように掛けられた胸の縄、股間にある割れめが際立つように埋没させられている股の縄、
美の下劣、汚穢、卑猥、それ以外の何もでもなかったのだ。
このようなありさまは、最低の最悪だった。
しかし、後悔しても、後戻りのできないことだった。
全裸を緊縛された縄は、彼女を前へ進ませることしか、させなかったのである。
縄で縛られた最低の最悪だけではない、彼女は、そのことを気づかされ始めていたのだった。
最初のうちは、身体に違和感のある拘束を感じているというようなことだった、
だが、時間が経つにつれて、その違和感が微妙に変化し始めていくのだった。
麻縄は、最初のごわごわとした冷やかな感触にあったものが、身体の温もりをおびてくるようになると、
まるで、生き物のように柔肌に吸い付いてくる感じになり、熱い感触へと変わってきた。
縄によって抱擁されているというばかりでなく、縄によって愛撫を受けているという思いにさえなると、
その思いに、官能は火をつけられ、くすぶらされ、燃え立たせられて、
胸を高鳴らせる異様な思いであったものを甘い疼きへと変えて、さらに、やるせない疼きへと向かわせていくのだった。
それが、切ない疼きに至るまでを望ませるのあるが、小夜子は、そのような思いになどなりたくない、と意地を張った。
しかし、意地を張っても、燃え立たせられた官能は、縄の拘束の熱い感触で煽り立てられると、
生まれたままの全裸を縄で縛られている、という思いは、縄の緊縛あるからこそ高ぶる思いとなることをわからせた。
羞恥、屈辱、恥辱、汚辱、下劣、汚穢、卑猥、という否定的な思いで、その高ぶりを打ち消そうと試みるが、
そのような惨めさこそがむしろ官能を一層高ぶらさせて、さらなる快感へ向かいたいと欲することであると思わせた。
いや、そのような倒錯した思いなど、感じていることは、嘘よ、でたらめだわ、
と思う小夜子が、やむにやまれず、正面の鏡を盗み見るようにして見つめると、縄で醜悪に緊縛された姿態は、
疼かされるものに耐えられないと言うような、悩ましげな身悶えをあらわとさせている。
しかも、うねりくねりさせている腰付きから太腿、さらには両脚は、
その甘美に込み上げさせられる中心から、少しでも逃れようとしている身悶えであったのだ。
だが、下半身をうごめかせればうごめかせるだけ、
股間へ通されて、女の割れめへ埋没させられている縄は、一層食い込んでくるだけのものでしかなかった。
「ああっ、ああっ、ああん」
高ぶらされる快感から、小夜子は、我知らず、甘美な声音をもらしているのであったが、
その股間へ通されている麻縄には仕掛けがしてあって、花びらへ当たる箇所に縄の瘤が作られていて、
その瘤が花びらの奥の果肉の収縮でもぐり込むようにうごめき、縄が敏感な小突起さえもこすっているのだった。
これは、当然、外観から見えるものではなかったし、映倫の規定で見せることのできないものであったので、
小夜子のあらわす、言葉と表情と身悶えで察知するしかなかったが、
貴子の縄掛けは、押さえる所は、きちんと押さえているのだった。
「ああ〜ん、もう、いやっ!」
みずからの意志とは無関係に高ぶらされていく官能から、小夜子は、繋がれた緊縛の裸身が無理であるなら、
せめて、波打つ艶やかな栗色の髪を左右へ打ち振るって、それを打ち消して逃れようとするのだった。
しかし、縄の掛けられた股間の箇所が汗だけではない湿りをおびてきていることは、
小夜子にも、感じられることだったのだ。
緊縛の姿にさせられて、女の花蜜をあふれ出させられた……
この屈辱の相手を、小夜子は、恨めしく思うのだった。
何故なら、このままの状態を続けさせられていても、官能の絶頂へは行き着けないことはわかっていた。
もうひと押しされなければ、それは、無理だった、行き着けないことは、泣きたくなるほど、もどかしいことだった。
だが、小夜子は、安っぽい涙を見せることは、断じて拒んだ。
拒んでも、行き着くためには、ひと押しされなければならない。
それができるのは貴子であり、そうしてもらうことになれば、この倒錯の快感への屈服だったのだ。
「いやよ、いやよ、そんなこと! 絶対、いやっ!」
小夜子は、太柱へ繋がれた緊縛の全裸を悶えさせて、叫んでいた。
そこへ、夫婦和合のSMの部屋の扉がおもむろに開かれたのだった。
「小夜子さん、凄い声音をお上げになるのね……
この部屋が防音設備になっているから宜しいものの、まともに聞こえたら、とても恥ずかしいお声ですわ……」
貴子は、端正な美しい顔立ちに相変わらずの無表情で、
紺地に白と黄色の菊をあしらった柄の着物をしっとりと着付けて、しずしずと入って来た。
「……貴子さん、もう充分でしょう……この縄を解いて、私を自由にしてください……」
小夜子は、大きな鏡の横へ立った相手をにらみつけるようにして、頼むのだった。
「あら、最初におっしゃることはそれですの、深い悔悟のお言葉ではありませんの。
あなたは、私が申し上げたこと、まったく反故になさっていらっしゃるようですわね。
あの方がおっしゃった通りです、もう、手の施しようのない女性だということは!」
身じろぎひとつしないで、抑揚のない綺麗な声音を響かせる相手に、小夜子は、言い返すのだった。
「私に恥をかかせて、そんなに楽しいのですか! 私のことがそんなにお嫌いなのですか!
でも、私は、あなたのひとを嬲って楽しむようなSMの趣味に付き合うつもりはありません!
あなたの躾とやらを装って、SMの性癖を満足させるようなことは、もう、沢山です!
すぐに、縄を解いてください、マンションへ帰ります!」
しかし、貴子は、身動きの気配をまったく見せなかった。
「何をおっしゃられるのです、あなたに掛けられた股縄は、見事な湿り気を見せているではないですか!
艶やかな白い太腿も、あふれ出させた女の花蜜で、てらてらと淫靡に輝いているではありませんか!
全裸を縄で縛られただけで、それだけ敏感な反応を示すあなたを、誰がマゾの性癖がないと言いますか!
笑わせないでください! 
それに、私の躾は、躾られて、躾と呼べるものです、
あなたに対する私の躾は、まだ、終わっていないということです!
それはそうと、私は、あなたの躾を手伝って頂ける方をお呼びしてありますのよ、
あなたも、よく、ご存知の方ですわ……
美由紀さん、お待たせしました、入っていらっしゃてください……」
貴子は、開け放ったままの扉口の方を向いて、声を掛けるのだった。
豊かな長めの黒髪に、どちらかと言えば、美青年という顔立ちの女性が、
すらりとした姿態に高級感あふれるスーツ姿であらわれた。
「お久しぶりね、小夜子さん……」
貴子の隣に立った女性は、皮肉な笑みを浮かべながら、挨拶するのだった。
小夜子は、その相手をじっと見つめるだけで、顔立ちにあらわれた表情はきょとんとしていた。
「小夜子さん、挨拶なさいな、失礼ですわ、美由紀さんに」
貴子は、ほっそりした指先で、小夜子の縄で突き出された乳房のあたりを小突いて、言うのだった。
だが、小夜子は、無理強いされることに臍を曲げたように、顔立ちをそむけるばかりだった。
「貴子さん、わかったでしょう……
このひとは、こういう自分勝手なわがままなひとなのよ、私のことなど、もう、憶えていないのよ。
私にとっては、ただひとりのひとであったことも、
このひとにとっては、私は、何百人の女性のなかのひとりに過ぎないことだったのよ。
だから、あなたの義娘さんの静香さんが同じ目に遭わされるのは、わかり切っていることなのよ。
このひとは、そのようにして、幼いときから、何百人もの女性を泣かせ続けてきたのよ。
そのようなあられもない、恥ずかしい姿を晒して、いいざまなのだわ!」
美由紀と呼ばれた女性は、小夜子の緊縛の裸身を上から下までしげしげと眺めながら、言うのだった。
貴子は、小夜子の方へ近づくと、そむけている顔立ちの顎を捉えて、上へあげさせた。
「小夜子さん、あなた、本当に、美由紀さんのことを憶えていないのですか?」
相手の美しい顔立ちへ、ほとんど触れるばかりにみずからの顔立ちを寄せて、尋ねるのだった。
だが、小夜子は、すねた素振りを見せるように、かたくなに眼をそらせているだけであった。
「信じられないわ、美由紀さんは、あなたのために自殺まで考えたというのに!
小夜子さん、あなたは、本当に憶えていないのですか!」
貴子は、呆れたと言うように、捉えていた相手の顎を離して、美由紀の方を見やるのだった。
「小夜子さんには、徹底的な躾が必要ということですわね。
ひとの不幸に、憐憫も同情も愛情もかけられないなど、人間と呼ぶよりは、動物と言った方がましです。
わかりましたわ、人間としてあるべき羞恥の何たるかを、身を持って思い知って頂く以外にありません。
美由紀さん、手伝ってください、彼女をそこにある寝台まで連れて行きます……」
太柱に繋がれた縄を解かれた小夜子であったが、何を言ったところで、このふたりには言葉は通じない、
とでも思っているかのように、まるで、他人事のようにされるがままになっていくのだった。
美由紀は、小夜子の全裸を縛り上げている縄尻を取ると、なめらかな乳色の潤いを示す背中を小突いて、
四方に鉄環を取り付けられた異様な木製の寝台の方へ向かわせるのであったが、
その縄をぎゅっと握り締める美青年美女の顔立ちは、被虐の女性よりも緊張しているように見えた。
「美由紀さん、そこへ仰向けに寝かせてください……さあ、さっさと、上がるのです!」
貴子は、まるで一匹の動物を扱うようなぞんざいな仕草で、小夜子の白く艶めかしい尻をぴしゃりと叩くと、
寝台の上へ昇らせようとするのだった。
「ああっ、いやっ、いやです!」
小夜子は、昇ることに抵抗を示して、緊縛された優美な裸身を身悶えさせたが、
「何をいまさら言っているのです! あなたの動物のような性根を叩き直そうというのですよ!
あなたを人間らしい感情の人並みな女性に正そうというのですよ!
人間であれば、望むことではあっても、嫌がることも、拒むことも、ないはずのことです!
それとも、また、乗馬鞭が言い聞かせましょうか!」
貴子の声音は、綺麗で抑揚のないものだけに、その容赦のないことを充分に伝えていた、
白く艶めかしい尻へ、びしっと加えられたさらなる打擲が存分をあらわしていた。
痛いっ、とうめき声をもらして、小夜子は、仕方なく言われた通りになっていくのだった。
ふたりの女性に左右から支えられ、囚われの被虐の女は、仰向けに寝かされていった。
「美由紀さん、左の足首をそこにある鉄環へ繋いでください……」
しっとりと着付けた着物の女は、きゅっと引き締まった美しい右の足首を掴むと、
寝台の片隅にある鉄環の方まで引き寄せていくのであったが、
小夜子は、「ああっ、そんなことは、いやっ、いやっ!」とあらがう声音を発したが、
双方のしなやかで優美な両脚は、ずるずると割り開かれて、緊縛の裸身を人の字とさせていくのだった。
美由紀は、貴子の見よう見真似で、小夜子の足首へ麻縄を巻き付けてがっちりと鉄環へ繋いでいたが、
その間も、触れる相手の柔肌へ撫でるような仕草をしているのだった。
「これで、宜しいですわ……
それにしても、小夜子さん、本当に素晴らしい姿態をしていらっしゃるのね、
女性の私から見ても、惚れ惚れとするくらい、見事な優美さがあらわれている……」
貴子は、寝台の上へ、堂々とした緊縛の裸身をさらけ出した相手を見つめて、
思わず、感嘆を述べていたが、ふと、美由紀の方を見やって、慌てて付け加えるのだった。
「でも、顔立ちや姿態がどれほど美しくても、動物の卑しい性根では、女性とは言えませんわね!」
それほどに、小夜子の顔立ちとあからさまにさせた全裸を見つめ続ける美由紀の表情は、
蒼ざめているくらいに真剣でこわばったものだったのだ。
艶やかに波打つ栗色の髪に縁取られた清楚で麗しく愛らしい顔立ち、
ほっそりとした首筋からなよやか両肩へ流れる線は、可憐な乳首をつけたふたつのふっくらと隆起した綺麗な乳房へ、
なめらかな鳩尾から愛らしい形の臍の腹部へ、さらに女らしい曲線の優美な腰付きからしなやかな両脚へと至らせて、
艶めかしい太腿をこれ見よがしに大胆に割り開いた奥にある艶麗を輝かせている箇所へ……
柔らかな漆黒の繊毛に慎ましく隠された綺麗な盛り上がりを見せる小さな丘の深い亀裂は、
見つめ続けていれば、吸い込まれていってしまいそうな深遠な蠱惑として、
美由紀に思い出を蘇らせるものがあったのだ……
眼の前にいる美しい女、小夜子……
あのときは、まだ、十五歳の美少女だった女……
美由紀は、高校生最後の夏にあったことを思い出さずにはいられなかった。
美由紀は、通学する私立女子高校の理事長の孫娘であった。
美由紀の学園内での位置付けは、中学高校一貫しての生徒理事長としての存在であり、
彼女もその権勢をみずから自覚して、かなわないことは普通にはあり得ないと、時には強引にさえ振舞っていた。
そこへ、四月の新学期、中学第三学年に小夜子が編入生として入学してきたのであった。
小夜子の美少女の評判は、またたく間に、高校・中学全校へ知れ渡ったことだったが、
美由紀も、その美少女をひと目見ただけで、みずからの<美由紀派>へ引き入れようと思ったことだった。
<美由紀派>の党員を使って、小夜子へ勧誘を仕掛けたのであったが、相手はまったく応じなかった。
生徒理事長の美由紀に選ばれることは名誉で、<美由紀派>へ所属することは特権でさえあったことを、
新入生の美少女は、興味ありません、とこともなげに断ったのだった。
翌日、美少女は下校しようとクラスメートと一緒に校門へ差しかかったとき、
<美由紀派>の党員五人に取り囲まれ、おまえ、顔を貸せ! おまえは帰れ、と別れ別れにさせられ、
美少女は、体育用具室へ連れていかれると、そこで、五人の女子生徒から、無理やり制服と下着を剥ぎ取られ、
一糸もつけない素っ裸にさせられると、麻縄で後ろ手に縛られ、胸縄まで掛けられて、
くそ生意気な性根を叩き潰してやると、大股開きにさせられて女性の秘部を散々に検分されたばかりでなく、
股間へ竹刀を跨がされて前後の者からそれを突き上げられるという、女性として屈辱的な辱めを受けさせられた、
という具合に、これが女番長グループのような組織であったとしたら、
隷属しない美少女は即リンチされる、といういきさつになることであろうが、
また、そのような展開になった方がサディズム・マゾヒズムを望む方々には宜しいことなのであろうが、
<美由紀派>というのは、むしろ、政党のような良識を示すところがあって、
「政治上の主義・主張を同じくする者によって組織され、その主義・主張を実現するために政策の形成や権力の獲得、
あるいは議会の運営などの活動を行う団体(「大辞林 第二版」)」と定義されることを、
<政治上>という箇所を<女性>、<議会>を<学校>に置き換えているようなものだったのである。
従って、党首の美由紀は、そのような美少女ひとりからそでにされたからと言って、大義の点ではこともなげであった。
しかし、それは、党首としての美由紀の顔であって、十八歳の少女、美由紀本人の思いは穏やかではなかった。
この場合も、政党において、建前と本音が往々にして異なる場合があるのと同じようなものだった。
美由紀は、恋慕を抱くほどに美少女が気に入ってしまい、それは、党首の建前との葛藤にさえなるほどのことだった。
ちょうど、建前は公約と正義と国民のためとしながら、本音は金銭に恋慕して汚職をするのと同様なことだったのだ。
美由紀は、党員には内緒で、美少女ひとりを自宅へ招待する画策を行ったのだ。
公人としての立場であるのか、私人としての立場であるのか、
行われる事柄が靖国神社参拝というようなことであれば、論議にこと欠かない重要事に違いないのであろうが、
たかだか美少女ひとりを自分のものにしたかったということでは、私人の立場も下世話というほかないことであろう。
だが、美由紀にとって、それほどまでに魅力のあった美少女であると言うからには、
ただ、顔立ちと姿態が美しいというだけではなかったことは当然である。
顔立ちと姿態が美しいとされる美少女であれば、日本の女性にあって、それほど稀有なことではないからだ。
稀有や希少の特殊性では、ロリータ・コンプレックスがロリコンという表現の通俗性を示すことはあり得ないのだ。
小夜子の魅力というのは、美由紀には希薄であった、女性としての天衣無縫、勝手気侭、自由奔放があった。
美由紀は、いずれはフェミニズムの闘士として、大人の論壇へ踊り出ようという野心を抱いていたほどであったから、
小夜子の女性らしさの振舞いがあるなかにも、女性としての自由を謳歌する姿勢は、大層象徴的だったのである。
それに加えて、美由紀は、美青年と言ってもいいほどの顔立ちをしていて、姿態の点では、
そのすらったとした麗しさは、乳房の平板なせいもあって、まるで、宝塚歌劇団の男役の優美さがあった。
それによって、学園内でも、美由紀に憧れを抱く女子生徒は、特に年少の生徒に多かった。
女性から憧れを抱かれる女性、それが美由紀の自意識であったのである。
小夜子も、当然、そうした校内事情を知らないわけではなかったが、
ついに、美由紀個人から、秘密を打ち明けられるような誘いを受けたときも、
自宅訪問の承諾を示したのは、いつもながらの大した考えがあってのことではなかったのだ。
自宅招待は、夏休休暇へ入ってから行われた。
「あなたのこと、小夜子と呼んでいい? 私のことは、美由紀と呼んで」
生徒理事長の家を訪問し、彼女の広々とした自室へ案内されて、開口一番に言われたことはそれだった。
「はい、美由紀さんさえよいことでしたら、お好きに呼んでください」
相手の愛くるしい顔立ちから放たれる言葉が想像していたよりもずっと素直なことに、美由紀は感心していた。
「こちらへ掛けて……小夜子は、私のことをどのように思われて?
私は、女性の社会的な自立ということについて、明確な問題意識を持っているのよ、知っていた?」
先輩は、みずからが座る椅子の前へ後輩を座らせて、
互いに向き合うようにして、年長の大人びた差を見せつけるような発言をした。
小夜子は、揃えた膝の上にきちっと両手を置いて、美しい顔立ちを真っ直ぐにもたげて、答えるのだった。
「私は、難しいことはわかりません……
美由紀さんのことは、クラスの誰もが聡明で美しい先輩だと言っています」
美由紀は、その美青年のような綺麗な顔立ちをにっこりとさせて、
グラスに入ったレモン・スカッシュを相手に勧めた。
「いいえ、他の生徒の評判はわかっているの……
私は……あなたは私のことをどのように思っているのか、聞いているのよ」
美少女は、大きな瞳を少し大きくさせて、質問の意味が解せないというように、グラスに少し口をつけた。
先輩は、自分のグラスの中身を半分ほど飲むと、息をついて付け加えた。
「私が今日、小夜子をここへ招待したのは、あなたをもっと知りたかったから……
あなたにも、私のことをもっと知ってもらいたかったから……
これから先、ふたりが良い関係を作っていくためのこと……
それほど、私はあなたを気に入っているのよ、小夜子……」
最後の方の言葉は、かなり強い語調で述べられていた。
美由紀は、熱いまなざしを相手の顔立ちへ向けながら、さらに、
「あなたも、他の後輩のように、私のことを憧れる?」と尋ねたが、
美少女は、じっと相手を見返すまなざしで、「わかりません」と答えるだけだった。
「あなた、言うことが素直で、本当に可愛いわね……
こちらへいらっしゃい、もっと、くつろいでお話しましょう……」
美由紀は、グラスを机の上に置くとベッドの端へ腰掛け、手招きして相手にも座るように促すのだった。
小夜子は、誘われるままにベッドへ腰掛けた。
ふたりの距離は人ひとり分空いていたが、美由紀のほっそりとした手は、美少女の可愛らしい手の上に置かれた。
小夜子は、びっくりして、緊張して、見つめるままになってしまったが、美由紀の声音も、優しさをおびていた。
「怖がらなくてもいいのよ、私のことを怖い存在だと思っているひともいるようだけれど、
女性が本心からの主義主張を行おうとすれば、それは、時には男勝りになるのは当然ことだわ。
私の尊敬するフェミニズムの思想家の方々は、そのような軋轢を克服して、現在の立場を勝ち取って来たの。
私も、来年大学へ進学したら、本格的な研究をする心積もりは、もうできているわ」
小夜子の手の上に置かれた美由紀の手は、握り締めるものに変わっていた。
美少女は、ますます緊張させられていたが、語り掛けている相手を見つめる姿勢は崩さなかった。
「小夜子、私は、あなたとめぐり会えて、本当によかったと思っているの。
私は、これまでに、これはと思う男性に出会ったことは、一度もなかった、
ほとんどの男性は、お嬢さまである女性としての私しか見ないから、私の考えなど、重要だとは思っていない。
女性に対する認識がまだまだそれくらいのものであるから、私たちが行うことには、意義があるのだわ。
小夜子、これからは、あなたも私に協力してね、あなたと私は一緒に歩むのよ。
今日、あなたとふたりきりになって、私は、あなたのことが本当に好きだということを理解したの。
小夜子、あなただって、私のこと、嫌いだというわけではないでしょう?」
美由紀は、その身体を美少女に触れるまでに、にじり寄らせていた。
だが、小夜子は、その愛くるしい顔立ちを逸らすことなく、相手を見つめているのだった。
そのことが、美由紀の思いにますます拍車を掛けるように、その手を小夜子の華奢な肩先へ置くことさせていた。
「美由紀さん……あなたは、ご自分が気に入られた女の子には、皆に、こういうことをなさるのですか?」
小夜子は、相手の美青年の顔立ちを見据えて、ぽつりと言ったのだった。
美由紀は、はっとなって、急に我に返ったように、相手の肩先から手を引っ込めた。
「ああっ、ごめんなさい……私、何てことを! 
あなたを見つめていたら、思いが高まってしまって、気がつかないうちに……」
先輩は、顔立ちを真っ赤にさせて、うろたえるような声音になっているのだった。
「いいえ、美由紀さん、謝られる必要なんて、まったくありません。
美由紀さんのような方に抱かれるなんて、小夜子は、嬉しさを感じているくらいです」
十五歳の少女は、愛くるしい美貌を溌剌とさせて、大きな瞳をきらきらと輝かせて言うのだった。
先輩は、後輩のその言葉に、狼狽した思いを奮起させられるように、
「では、小夜子さん、あなたは、私ことを嫌いではないのですね……
ああ、私は、あなたのことを思って、ずっと悩み続けていたのです、私は、あなたが……」
その後の美由紀の思いは言葉にはならなかった。
その綺麗な形の唇を小夜子の可愛らしい唇が塞いだからだった。
美少女は、ためらいもなく、顔立ちを寄せて、唇と唇を重ね合わせてきたのだった。
驚いたのは、美由紀だった、突然のくちづけは、驚愕に狼狽を加えて、
その少女の唇の柔らかで甘美な感触に、くらくらさせられる、めまいさえ感じさせられたのだった。
男性からされるキスは未経験だった、ましてや、女性からされるキスは想像もしなかったことだったのだ。
しかも、後輩のくちづけは、十五歳のものとは思えないような巧みなものだったのだ。
ただ、唇が押し付けられてきたというようなものでなかった、軽く強く触れたり離れたりを繰り返され、
唇に熱い血が通わせられるように、敏感に疼く心地よさを高められていくものだった。
突然の行為の驚愕に、相手を突き放そうと一度は思った美由紀だったが、
後輩の方から両肩へ手を置かれて支えられるようにされ、されるがままになっていってしまうのだった。
そして、高ぶらされる自然な思いから、うっすらと開いていく唇の間へ、
少女の可憐な舌先が忍び込んでくるのを意識させられたとき、美由紀は、思わず相手から離れようとするのだった。
顔立ちと顔立ちを向かい合わせて、見つめ合うふたりだった。
先輩は、後輩の愛くるしい美貌を見つめるばかりで、言葉がなかった。
「美由紀さんは、小夜子のこと、お嫌いですか?」
問い掛けたのは、美少女の方だった。
美由紀は、どぎまぎするように、答えに窮していた……好きなのは、抱き締めたいほどに好きな相手だった、
だが、女性同士でくちづけをするというのは、同性愛的な行為であって、尋常と言えることではなかったのだ。
小夜子は、愛らしく綺麗な顔立ちに大きな瞳を輝かせながら、じっと答えを待ち続けているだけだった。
大人になろうとする十八歳の自尊心は、相手を思う気持ちを表現しなければならないとしたら、
女性同士の愛欲表現へ向かう以外にないことだと背伸びさせたのだった。
「小夜子さんのことを好き! 私は、誰よりも、あなたのことが好き!」
美由紀は、緊張した表情を浮かべながら、激しい口調で告げていた。
「嬉しい、美由紀さんが小夜子のことを好きと言ってくださいました、嬉しい……」
顔立ちが寄せられて、突き出されてくる美由紀の唇を、小夜子はしっかりと受けとめているのだった。
ふたりはさらに身体を寄せ合って、互いの姿態を抱き締め合って、小夜子が差し入れてくる可憐な甘美な舌先を、
美由紀は、震えおののくような快感を感じながら口中へ含んでいき、みずからの舌先を絡めるのだった。
先輩は、無我夢中で、後輩の舌先を頬張って、舐めまわし、うねらせくねらせしていた。
その鼻息が、うん、うん、という響きから、激しい息遣いへ変わっていくようになると、
小夜子のほっそりとした指先は、美由紀の身に着けていたブラウスのボタンを外し始めているのだった。
脱がされていくブラウスに、美由紀は、されるがままだった。
それから、ブラジャーへ指先が触れられると、びっくとなった反応を示したが、素直に取られていくと、
可憐な乳首をつけた、ふくらみの薄いふたつの乳房があらわとなったが、
小夜子は、抱き合った身体を花柄のシーツの上へ、なし崩しに横たえていくようにするのだった。
それから、美由紀の唇から優しく離れて、その可愛らしい唇を相手の胸もとへ這わせるようにするのだった。
「恥ずかしいわ、私の乳房、大きくないでしょう……」
ベッドへ仰向けにさせられた美由紀は、流し目でみずからの胸のあたりを見つめて言葉を投げたが、
「いいえ、美由紀さんは、とっても素敵な方です」
と小夜子は答えて、小振りの乳房にのぞかせる乳首へ、舌先を尖らせて甘く触れさせるのだった。
片方の手で乳房を優しく揉まれながら、口中へ頬張られたもうひとつの乳首を舐めまわされ、
吸い上げられたりされながら、欲情をあらわすように突っ立たせられていくと、
顔立ちをやるせなそうに歪めている美由紀の半開きの口から、ああっ〜、と切なそうな声音がもれる。
美少女の舌先のふたつの乳房への熱心な愛撫が続けられていくなかで、
その片方の手は、今度は、相手のスカートのジッパーへ掛かっているのだった。
美由紀は、高ぶらされる官能に、ずり下ろされていくスカートへ寄せる関心の余裕はなかったが、
さすがに、少女のほっそりとした指をショーツへ触れられると、
「ああ〜ん、いやっ」
と拒絶を示すような声音を発するのであったが、太腿づたいにめくられるように降ろされていく下着には、
むしろ、みずから腰付きを浮かさせて、脱ぐ手伝いをしているのであった。
「ああ〜ん、恥ずかしいわ、見ないで、小夜子さん」
すらりとした長い両脚は、左右の太腿を閉じ合わせて、その箇所を必死に見せまいとしていたが、
優美な腰付きのなめらかな腹部の下の方には、艶やかな漆黒の繊毛が少なめの靄を漂わせて、
その奥にある女らしい亀裂をうっすらとのぞかせていた。
「いいえ、女性らしい、とても素敵な美しさです……
美由紀さん、小夜子も裸になっていいですか?」
美由紀は、うっとりとなったまなざしを浮かべながら、火照った顔立ちをうなずかせた。
美少女は、こともなげに、生まれたままの全裸になっていくのだった。
美由紀は、その脱衣の様子を眺めていて、純白に輝く柔肌があらわになっていくのと同時に、
顔立ちの愛くるしさに負けず劣らずの可憐で優美な姿態の各所がさらけ出されていくのを、
憑かれたようにまじまじと見つめているのだった。
「小夜子さん、とても綺麗……」
堂々とあからさまにされた十五歳の少女の姿態は、
成熟し切っていない曲線の優美さであるために、瑞々しく艶やかな果実の芳香を匂い立たせるような感じがあり、
それは、若い牝鹿のようなしなやかで野生的な美しさを思わせるものであった。
全裸の少女は、ためらうことなく、みずからよりも成熟にある女性の中心部へ挑もうとしていた。
美由紀は、小夜子の顔立ちがみずからの股間へ埋められてきたとき、
大きな驚愕と戸惑い、さらには、未知の経験が想像させる不安と恐れ、
それらをめくるめくようにされる快感を一気に感じさせられていた。
それにしても、閉じ合わせた太腿を優しく割り開いていく仕草、のぞかせた女の割れめへ這わせる甘美な舌先、
ほっそりとした白い指先で少なめの恥毛を梳くようにしながら割れめ深くへ舌先をもぐらせていく振舞い、
それらは、それまでに感じさせられていた官能の疼きを激しく燃え立たせられる快感とさせていくものであったが、
十五歳の少女が行う愛欲行為としては、余りにも大人びた、巧みなものであると思わざるを得ないものだった。
美由紀は、小夜子という少女に不可思議を感じたが、その不可思議は快感を妨げる熟考を促すよりも、
むしろ、さらに甘美に高ぶらされたいという官能の疼きに従わせるものでしかなかったのだった。
その先輩の女の求めに、後輩の女は見事に応えていた。
左右へ大きく割り開かされた両脚の艶めかしい太腿の奥へ、
あからさまとされた愛らしい敏感な小突起や蕾のように閉ざされた綺麗な花びら、
それが押し開かれて桃色をした果肉にまで甘美な舌先を触れられていくと、
美由紀は、こらえていた思いを吐き出すかのように、膨らませた花びらから女の花蜜をもれ出させるのだった。
そして、容赦のない美少女の舌先は、その花蜜のぬめりに勢いを得て、
さらに内奥へと尖らせた舌先をもぐり込ませ、或いは、立ち上がった敏感な小突起を舐めまわして、
高ぶらされた女の官能を押し上げていくのだった。
「ああ〜ん、ああ〜ん、だめっ、だめっ」
美由紀は、もう、我を忘れたように、突き上げられる官能の疼きの快さの虜になって、
のぼせ上がった顔立ちは、艶やかな黒髪を左右へ打ち振るって、
両手は懸命の我慢をあらわすようにシーツを引き掴んで、
小振りな乳房の上半身をくねらせ、優美な腰付きをよじらせ、すらっとした両脚をうねらせるようにして、
官能の絶頂へと押し上げられていくのだった。
美由紀は、それを行ってくれているのが後輩の十五歳の少女であることなど、もはや念頭になかった。
あるのは、愛する者からされる愛欲行為で、喜びの絶頂を迎えられるという幸福感だけだった。
そうして、感受させられた恍惚感だった。
ベッドへ横たわる全裸の姿態は、腰付きから太腿へかけてぴくぴくとした痙攣を走らせていたが、
その余韻も醒めないうちに、少女の舌先は、再び高ぶらせることを始めているのだった。
それから、さらに二度のオーガズムを思い知らされたときには、ベッドの上にぐったりとなっていた美由紀だった。
だが、小夜子は、やはり、不可思議な少女だったのだ。
ことが終われば、何事もなかったように、服を身に着けて、ひとりで帰って行こうとするのだった。
美由紀がその名を呼んで引き止めても、さようなら、と無表情に答えただけだったのである……。
美由紀は、再び蠱惑な逢瀬を小夜子に求めた。
しかし、美少女は、まったく取り合わなかった、
まるで、見ず知らずの相手から誘いを受けているように、無視したのであった。
拒絶を受ければ、それだけ思いが募る、という恋心だった。
美由紀は、ついに生徒理事長の自尊心を捨てて、頭を下げてまでして交際を懇願したが、
小夜子は、こともなげに、私には交際の関心がまったくありません、と拒否の一点張りだったのである。
やがて、二学期が始まり、十月に入ったとき、小夜子は、家庭の事情ということで、退学してしていった。
美由紀は、小夜子の転校先をあらゆる手段を使って、捜し出すのだった。
ようやく見つけ出した相手に、交際を求める思いを熱く伝えたのであったが、拒絶の答えしかなかった。
追い詰められた思いから、美由紀は、自殺をしようとまで考え込んだ。
絶望からの救いとなったのは、もとよりのフェミニズム運動への関心であり、積極的な行動への参加だった。
女子大へ進学してからは、二歳年上の貴子という理解ある先輩と知り合いになり、
傷心を克服するまでに至った美由紀だったのである……
八年前の夏の思い出だった……
その傷心させた張本人が生まれたままの優美な全裸を晒して、眼の前の寝台へ横たわっているのだった。
あのときの少女の成熟し切っていない曲線の優美さは、
乳白色の潤いの柔肌に包まれた姿態の曲線を艶麗で妖美とさえ感じさせるものへと成長させていた。
あのときの少女が大好きな女の子であったとすれば、
いまの小夜子は心から愛したいと言いたいほどの生々しい女性であった。
そのまばゆい輝きを放つ優美な姿態は、残酷な麻縄で縛り上げられた恥辱の異形をあらわしていてさえも、
不可思議だった少女は、いまや、成熟した女の不可思議を漂わせる、白く美しい生き物としてあったのだ。
美由紀は、相手の美しく愛らしい顔立ちを見つめていて、
できれば、もう一度、という思いが募るのを抑え切れなかったが、
その顔立ちの表情がまるで自分のことを認知していないと感じられると、
恋慕はその強さだけ憎しみとなることだった。
「小夜子さん、私は、あれから、あなたのことを調べさせてもらったわ。
そうして、わかったことは、あなたが私にしたことは、他の女性にも散々してきたということだった。
あなたがその年齢では遥かに大人びた愛欲行為をすることができたのも、
あなたがすでに百人以上の少女を弄んできた女性であったからだった。
そのような清楚で愛くるしい美貌からでは、絶対に想像できない、
大人も仰天する、淫乱な少女だったということだわ!」
美由紀は、寝台の片側へ立ち尽くして、相手の緊縛の全裸姿態を見下すようにして、語り始めていた。
しかし、小夜子は、すねて見せるように、まなざしをあちらへ向けて、綺麗な形の唇を閉ざしているだけだった。
「あなたは、私のことをどうでもいいと思っているかもしれないけれど、
あなたは、どうでもいいとは思われていないのよ、そのことがわかっているの、小夜子さん!
あなたは、確かに、男性に隷属しない自由な女性である生き方を実践しているかもしれないけれど、
あなたが女性を苦悩させ悲しませることなしには、あなたの生き方の正当性は生まれないのよ!
そのようなことって、あって良いことなの! 女性の倫理に劣ることではないの!
あなたひとりのための愉しみや喜びのために世の中はあるのではないのよ!
世の中にあるすべての女性が幸せになるために、考え出され、実践される思想こそが真理であるのよ!
あなたのしていることは、女性の積極的な行動には違いないけれど、
フェミニズムの偉大な思想の歴史には、異端であるばかりのことでしかないのよ!
見なさいよ! その証拠に、あなたは、いま、その異端であることをあからさまとさせているのだわ!
女性の尊厳を放棄させられて、女性のあるべき姿としては、恥辱のありさまを示しているのじゃなくて!
そのような侮蔑の姿態! あなただから、堂々と人前へさらけ出せるのよ!
普通の女性であれば、恥辱の底へ沈み込まされて、死にたいと思うほどの絶望よ!
さあ、女性の正義の裁きを受ける前に、何か言い分でもあるなら、言ってみなさいよ!
そのような知らん顔したって、もう、誰にも許されないわよ!」
美由紀の激しい口調は、夫婦和合のサディズム・マゾヒズムの部屋へ、こだまするくらいに響いていた、
そればかりでなく、片方の手で小夜子の顎を捉え、その美しい顔立ちを自分の方へ無理やり向けさせているのだった。
美由紀のにらみつけるまなざしを、小夜子の綺麗な瞳はしっかりと受けとめていた。
「……美由紀さんが何をお感じなったのかは、わかりませんが……
私には、あなたのおっしゃっていること、難しくて、よくわかりません……
ただ、あなたたちは、私を気の済むように扱いたいのでしょう……
それは、もう、私にも覚悟はできています……
仕方ありませんわ、こうなってしまっては……」
穏やかな声音で答えたのは、そのような言葉だった。
「貴子さん、聞きました、いまの言葉! 
このひとには、女性としての自覚がまるでないのです!
女性であれば理解すべきである、女性であることの尊厳をまるで考えようともしないのです!
恥を知らない女性ということですわ!
だから、大人になっても、平然と未成年者を女性同士の愛欲へ陥れるようなことをするのですわ!
見下げた性根をした女性、いや、牝の動物です!」
美由紀は、捉えていた相手の顎を放り出すように離して、貴子の方を向いて同意を求めるのだった。
「美由紀さんのおっしゃる通りです……
人間は外見だけではわからない、という昔から世によく言われることです。
どのような美しい顔立ちをしていても、どのように優美な姿態をしていても、性根が動物と変わらないのであれば、
その者が犯す行為は、ひとの道にそむいたことにしかなりません。
きちっとした人間としてあるべき躾が不可欠であり、人間に行われなければならない道理なのです。
美由紀さん、ご覧になってください、この女性の股間を……
人間というのは、その外見ばかりでなく、その思いをあらわすとされる言葉でさえも、わからないものなのです。
小夜子さんは、まるで、私たちの私怨で私たちの気の済むようにしたいことだ、とおっしゃられましたが、
それが嘘であることは、この股間へ掛けられた麻縄が見事にあらわしているのです。
人間の官能は、嘘をつくことはないのです、それは、その人間の抱く思いを存分にあらわすものなのです。
小夜子さんが女性を弄んでは捨てていく、無慈悲で、サディストのような女性であることは事実です。
その事実は、こうして女性の最も恥ずかしい箇所へ掛けられた縄が見事に実証しているのです。
この女性は、このような縄で緊縛された被虐の姿にあることで、官能を高ぶらさせるのです。
つまり、マゾヒストであるということです、ひとりの人間のなかにサディストとマゾヒストのふたつがあるということです。
サディズム・マゾヒズムは、性愛に基づく愛欲行為の表裏を成す一体であるからです。
人間は、そのふたつを属性として神から授けられたのです、神聖な性愛を表現するための愛欲行為としてです。
きちっとした人間としてあるべき躾にある限り、サディズム・マゾヒズムの愛欲行為は神聖な性愛なのです。
きちっとした人間としてあるべき躾にない者が行えば、それは、犯罪となるような非道であるということです。
私は、夫との行為を通じて、そのことをはっきりと学んだのです。
ですから、これから、この女性へ行うことがきちっとした人間としてあるべき躾にある限りにおいて、
私怨で女性を責め立てるSMなどという、低俗で下世話なことではないということです!」
寝台の反対側へ立っていた貴子は、抑揚のない綺麗な声音でそう言いながら、
小夜子の優美なくびれへ掛けられていた腰縄を解いていた。
それから、女の割れめ深くへ激しく埋没させている股縄を外していくのであったが、
女の花びらを押し開いてもぐり込ませていた縄の瘤の箇所が滴り落ちるくらいに濡れそぼっていることこそ、
みずからが語ったことの証明であると言わんばかりに、被虐の女の眼前へ示して見せるのだった。
小夜子は、知りません、と答えるばかりに、柔らかな髪を揺らせて顔立ちをそむけさせた。
美由紀も、その縄の瘤を確かめるように渡されて、横たわる緊縛の全裸とその実証を見比べるのだった。
生まれたままの全裸を縄で縛られただけで、人間は、その人間としての性愛の属性をあらわとさせてしまう、
縄による緊縛行為というものは、何と凄いものなのだろう、
女体緊縛が女性を虐待している行為であると見なすだけの浅薄さを、美由紀は、貴子から教えられた気がした。
フェミニズムの探求は、単なる女性の性にとどまるものではない、
それは、女性のありようを通して、人間を知ることこそにあるではないか、と思うのだった。
「さあ、これで、これ見よがしにあからさまとなった、惜しげもなくさらけ出された、恥も外聞もなくあらわとなった、
小夜子さんの女性である尊厳をきちっと躾ることにしましょう。
この女性が淫乱であるというのなら、その淫乱であるさまをみずから自覚することなしには、悟りは生まれません。
女性だけを相手として自由奔放に振舞ってきたこの女性が、その女性の尊厳をどれだけのものとしているか、
あらわに、あからさまに、さらけ出さなければ、ならないということです!」
貴子は、しなやかで美しい両脚をこれでもかというほどに割り開かせた女の腰付きのあたりへ、
柔らかな布製のクッションを押し込んでいくのだった。
「ああっ、いやっ……」
小夜子は、思わず、あらがう声音をもらしていたが、そうされることで、腰付きがせり上げられ、
艶やかにふっくらと盛り上がった漆黒の恥毛を頂点にして女の小丘が掲げられ、深々とした割れめはせり出され、
立ち上がっている愛らしい敏感な小突起も、幾層にも折り畳まれた美しい花びらも、
可憐なすぼまりを見せる菊門でさえもが、剥き出しとされていることが見て取れるのだった。
「綺麗だわね……まだ、男性を知らない処女のものだと聞かされても、うなずけるくらいに整っているわ。
でも、美由紀さん、外見にごまかされてはだめよ。
真実があからさまにならないうちは、嘘は真実でもあるのよ……」
貴子は、美貌に相変わらずの無表情を浮かべながら、淡々として語っていたが、
美由紀は、憑かれた者のまなざしで、小夜子の妖しい美しさを漂わせる股間を見つめ続けているのだった。
「貴子さん、私には、どうしても不思議なのは、この女性が男性と結婚したということなの……
女性しか愛せないというこの女性が、どうして、男性と結婚にまで至ったかということなの……」
美しく折り畳まれた女の花びらは開き加減の愛らしさを見せて、見つめる者に質問を促せたのだ。
躾の守護神は、部屋の片側のおどろおどろしい淫靡な責め道具の数々が飾られているなかから、
ひとつを取り上げて、寝かされている小夜子の頭の方まで戻ってくると、問いただすのだった。
「小夜子さん、お答えになって……美由紀さんがお知りなりたと望んでいられます……
どうして、あなたは、レズビアンなのに男性と結婚したのですか? さあ、お答えなさい!」
しっとりと着付け着物姿の女は、ほっそりとした白い手先に握られている、
太くて長くイボイボまで付いた男性の黒光りする異様な陰茎の玩具を相手に見せつけて、
すぐに答えようとしない綺麗な赤い唇へその先端を触れさせるのだった。
「どうですか、答えなければ、男性の先端があなたの唇をこじ開けるだけです!」
小夜子は、顔立ちを桜色に上気させて、こらえるように必死に両眼を閉じていたが、
おもむろにまなざしを開いて相手へ向けると、
「私を愛してくれた拓也さんに応えようと、私も、拓也さんを愛したからです!」
と答えたのだった。
「ほ、ほ、ほ、ほ……
あなたの口から、男性を愛した、などという言葉が聞けるとは思いませんでした。
でも、笑わせないで下さいね、そのような嘘は、すぐにばれるだけのことです。
拓也さんにも欺瞞をはたらいていたあなたは、
拓也さんにとっても、ただの迷惑だった女性に過ぎなかったことは、すぐにわかることです!」
貴子は、綺麗な声音で笑ったが、端正な美貌の表情は、凍りついたように変わらなかった。
「美由紀さん、小夜子さんの嘘は、その身体が見事に証明してくれますわ。
レズビアンの属性を抱く女性は、所詮、レズビアンでしかあり得ないのです。
女性の存在から責め立てられれば、この女性は、その女性の本性をあらわすということです。
それには、この艶やかな張形、立派な男性をあらわした黒い威容、しかも、電動のものではない硬直、
女性がみずからの意のままに操作ができる責め道具としては最適のものです……」
貴子は、寝台へ仰向けに横たえられている小夜子の下半身の方へ行くと、
縁へ腰掛けて、手にした異様な威容の先端を女の割れめへとあてがっていくのだった。
しかし、女の花蜜をにじませていた花びらは、陰茎の先端で押し開かれて含み込むには、湿り気が失われていた。
「美由紀さん、小夜子さんの乳房を揉んであげて……
少しは可愛がってあげないとだめみたいですわ……」
貴子は、躾のパートナーへそのように声を掛けると、みずからは、ほっそりとした指先で割れめを押し開いて、
敏感な愛らしい小突起を剥き出しにさせると、こねるような愛撫を始めるのだった。
「ああっ、ああっ、ああっ」
小夜子は、思わず、その刺激に縄で緊縛された裸身をのけぞらせるようにしたが、
上半身の方へ腰掛けた美由紀の躾の指先は、
縄で突き出すようにされたふたつのふっくらとした乳房へ触れられて、畳み掛ける愛撫を始めるのだった。
小夜子は、ふたりの女性にまとわりつかれて、
割れめにある敏感な小突起を立ち上がらせられるように、揉まれたり、つままれたりされながら、
ふたつの乳房にある乳首を撫でられたり、こねられたりされながら、鋭敏に立ち上がらされていったが、
貴子は、女がどのようにされれば一番感じるものであるかを心得ているというように叙事的であったのに対し、
美由紀は、最初のうちは、触れているというような程度だったことが、次第に抒情的なものとなり、
かつての恋慕を蘇らせたように思い高まって、ふたつの愛らしい乳首を口に含むことまで始めているのであった。
それに気づいた貴子だったが、悟りは至るところまで至らなければ悟りとはならない、という思いから、
親友の認識への成就を激励するように、小夜子の責めへ一段とした激しさを加えていくのだった。
「ううん、ううん、ううん、ああっ、ああっ、ああっ」
小夜子は、上半身と下半身から、突き上げられるようにして高ぶらされる官能に捕らえられ、
艶やかに波打つ栗色の髪を左右へ打ち振るって、綺麗な形の唇を半開きとさせて、悩ましい身悶えを繰り返した。
だが、官能に夢中にさせられていったのは、被虐の女ばかりではなかった。
美由紀は、乳房ばかりに吸い付いているのでは、もはや我慢がならないとばかりに、
両手で熱心に乳首と乳房を揉みしだきながら、小夜子の唇へみずからの唇を重ねていくのであった。
重ね合わされた唇と唇は、半開きとさせていた小夜子の唇が抵抗もなく、美由紀の舌先の侵入を受け入れた。
美由紀は、小夜子に頬張らせたみずからの舌先に有頂天になっていた。
美由紀のうごめかす舌先のままに、小夜子の甘美な舌先は、うねり、くねり、絡ませられるのだった。
美由紀の愛撫の激しさに応じて、小夜子の鼻息は、うん、うん、うん、と熱っぽさを増していくのだった。
一度、唇を離した美由紀は、どうしても、相手に言わざるを得なかった。
「あなたを高ぶらせているのは、この美由紀よ!
あなたを気持ち良くさせているのは、この美由紀よ! あなたの美由紀なのよ!
わかっているわよね! 小夜子さん!」
官能にほだされた小夜子は、うっとりとなったまなざしを浮かべながら、小さくうなずいて見せるだけだった。
ようやく認知された自分が嬉しくて、美由紀は、思わず、口走っているのだった。
「私は、あなたを愛していたのよ!
あなたは、私のものなのよ! あなたを離したくない!」
そう言いながら、ぶつかっていくような勢いで、小夜子の唇を求めていくのだった。
被虐の女は、されるがままだった、もっとも、抵抗を示そうと思ってみたところで、
生まれたままの全裸を麻縄で後ろ手に縛られ胸縄を掛けられて、
寝台に寝かされては、両脚をこれ見よがしに左右へ大きく割り開かされて足首を繋ぎとめられ、
口と乳房と敏感な小突起を責められ続けているというのであれば、どのような抵抗ができたと言うのだろう。
さらに、抵抗はまったくできないのだ、ということを思い知らされるように、
花びらを膨らませて滲み出した花蜜の箇所へ、躾の守護神は、太くて長いイボイボの先端をあてがったのだ。
押し込まれれば、どろっとした花蜜をあふれ出させて、含み込んでいくことは、わかり切っていたのだ。
「う〜う、う〜う、う〜う……く〜ん、く〜ん、く〜ん」
美由紀に塞がれた口の端からもらす切ない吐息が、貴子が突き立てるようにして押し込んでくる勢いに合わせて、
まるで、発情した牝鹿が相手を求めて鳴くよがり声のようにも聞こえるのだった。
「くう〜ん、くう〜ん、くう〜ん」
甘美で悩ましい声音が室内へ響き渡っていた。
そのときだった。
切り裂くような悲鳴に近い声で叫んだ者がいたのだ。
「あなたたちは……あなたたちは、いったい何をしているの!」
夫婦和合のSMの部屋の開かれた扉口に、人影が立っているのだった……
艶やかな長い髪に愛くるしい顔立ちを際立たせ、
しなやかで均整の取れた姿態をTシャツとスカートに包んだ、輝くように綺麗な少女が立っていたのだ。
「静香さん!」
そう言ったのは、美由紀だったが、彼女は、思わず、重ね合わせた唇の相手から、身体を離していた。
寝台へ寝かされている、縄で緊縛された全裸の女性の顔立ちがはっきりと見て取れたとき、
少女の疑念は、一挙に現実に変貌した迫真となって、顔立ちを蒼白とさせていた。
「まさか、まさか! 小夜子さんに! 小夜子さんに!
あなたたちは、あなたたちは、何ということをしているの!
酷い、酷いわ! あなたたちは、あなたたちは、人間ではない!」
静香は、蒼白の顔立ちをひきつらせて、華奢な両肩をわなわなと震わせながら、絶叫していた。
あらぬところを見られた思いに、美由紀は、成す術を知らずにうろたえていたが、
貴子は、女の花びらに包まれるように押し込まれた、黒光りする張形をそのままにして、
寝台の縁からおもむろに立ち上がると、少女の前へ立ち塞がるようにして、言い放ったのだった。
「静香さん! ここは、あなたのような子供が来るところではありません!
すぐに、出ていきなさい!」
しかし、静香は、にらみつける相手のまなざしにひるむことなく、言い返すのだった。
「お義母さま! どうして、小夜子さんに、このような酷いことをするのです!
やはり、あなたは、ただの横暴で、残酷で、薄情な継母です!
小夜子さんをすぐに自由にしてあげてください!
あなたがしてくれないと言うのなら、私が小夜子さんを自由にします!」
そう言いながら、貴子を押しのけて、寝台へ近づこうとするのだった。
躾の守護神は、少女のほっそりとした腕を掴まえると、
「何も理解していないあなたに、勝手な真似は許しません!
あなたのような子供には、まだ、理解できないことだから、あなたのために私が行っていることです!
出ていきなさい! いますぐ!」
それでも、少女は、掴まえられた腕を強引に振り解いて、小夜子の方へ近づこうとするのだった。
そのときには、少女の眼にも、被虐の女性の股間へ突き刺さっている異様なものが映っていた。
「ああっ、何て……」
その後は、言葉にならなかった、貴子が静香の頬を、バシッ、と平手打ちしたのだ。
少女は、顔立ちを必死なって押さえたが、二発目をまぬがれなかった。
「言うことが聞けないなら、何度でも叩きますよ!
私は、あなたのためを思うからこそ、していることなのです!
私は、あなたのために正しいことをしているのです!」
静香は、身体を縮こまらせて、泣きじゃくり始めていた。
貴子は、部屋から義娘を追い出そうと、華奢な腕を掴んで引っ張ったが、
少女は頑として動かなかった。
「……静香さん、貴子さんの言う通りにして……
それに、女はそんなに簡単に涙を見せたらだめ!
泣くのは我慢して、もっと毅然となさい!」
泣き止まない静香に声を掛けたのは、緊縛された裸身をあらわとさせている小夜子であった。
貴子は、端正な美貌の表情に怒りをよぎらせると、小夜子の方を振り返り、
「あなたがしゃしゃり出て、言うことではないでしょう!
静香さんは、私の愛する義娘!
あなたにとやかく言われる筋合いはありませんわ! ふざけないで!」
と怒鳴り付けていた。
その綺麗な声音の怒声に、泣きじゃくるのを懸命にこらえながら、静香は、毅然とさせた顔立ちを上げると、
「私も、十七歳です、男女のことは、わかる年齢です、子供なんかではありません!
お義母さまが正しいと言うのなら、それが正しいということを示してください!
私は、あなたに叩かれたくらいでは、理解できません!」
にらみつけるまなざしで義母を見据えて言ったのだった。
義母も、にらみ返すばかりで、言葉を失っていた。
寝台へ緊縛された全裸を晒され、膣へ張形を挿入されているあられもない姿の女、
躾の厳しさや重要さを体現しているというように、しっとりとした着物を端正に着付けている女、
フェミニズムの思想を自尊心とした、長髪の美青年とさえ見受けられる高級スーツの女、
純情な思いの美少女の溌剌とした愛らしさはここにありという、可憐な柄のTシャツにスカートの女、
美しい女性が四人も揃えば、百花繚乱の壮麗なる美とまではいかないまでも、
綺麗・美麗・艶麗・華麗が匂い立つような色香として漂うことに不思議はなかったが、
状況は、極寒の北極か南極、何もかもが凍りついたようなかたくなさが漂っているばかりだった。
「……静香さん、お義母さまの言われることには素直に従って、この部屋を出た方がいいわ。
このようなことは、十八歳未満のあなたが見るようなものではないわ」
美由紀が静香に近づいて、少女の両肩へ手を置いて、優しく語り掛けていた。
静香は、その相手にきっとなったまなざしを向けると、
「美由紀さん、どうして、あなたまでがここにいるのですか?
お義母さまの親友でいらっしゃるかもしれませんけれど、
あなたのなさっていたこと、静香は、許しませんからね。
私の小夜子お義姉さまに勝手なこと、私は絶対に許しませんからね!
肩に置いたその手、どけてください!
私のためと言いながら、小夜子お義姉さまに、このような残酷なことをするあなたたちが、
私には、まったく、欺瞞の大人としか思えません!」
十八歳まであと一年の溌剌とした美少女は、大人びて見えさえする、堂々とした態度を取っているのだった。
涙なんか見せても、相手をつけあがらせるだけで、解決にはならないと思っていたのだ。
「この子には、ありのままを見せなければ、わからないことなのでしょう……
もう、そのような年齢にあるということなのでしょう……
わかりましたわ、静香さん……
私が何故、この女性をこのような目に遭わせているか、
それが何故あなたのためであるかということを見せてあげます!
そこで、黙って見ていなさい!」
貴子は、ぴしゃりと言うと、横たわる小夜子のそばへ立つのだった。
「いいわね、静香さん……
この女性は、ただ、みずからの欲望を満たすためだけに、幼少の頃から、
女性だけを相手として、戯れては弄ぶという一度きりだけの愛欲で、数多くの女性を苦悩させてきたのです。
美由紀さんも、あなたと同じくらいの年齢で、身体を弄ばれて捨てられたのです。
美由紀さんは、自殺まで考えるほど苦悩なさったのです。
美由紀さんは、あなたのお兄さまの結婚写真に映る花嫁姿の小夜子さんを知って、
運命的な出会いの何もかもを打ち明けてくれたのです。
そして、静香さんに魔の手が及ばないように助言してくれたのですが、遅かったのでした。
静香さん、あなたも、身体を弄ばれのです……
あなたは、気づいていないだけで、理解していないだけで、あなたはすでにこの女性に捨てられているのです、
あなたがこの女性をどのように真剣に考えようとも、
この女性の頭には、あなたのことなど、もはや、まったくないということです。
あなたがその事実を悟ったときは、すでに、あなたは苦悩の底へ落とされていることでしょう。
純情なあなたは、その遂げられない思いから、本当に自殺をしてしまうかもしれません。
私は、母親として、それが怖いのです、それを防ぎ止めなければならない懸命の思いなのです。
いまから、見せてあげます、この女性の本性を、性欲に飢えた牝鹿のような動物の本性を!」
貴子は、そう言い終わると、
しっとりと着付けていた着物の帯締めに、ほっそりとした指先をやると解き始めた。
手慣れているという仕草は、見る見るうちに、瀟洒な帯を落させ、艶麗な着物を肩からすべり落させ、
 長襦袢の紐を解き伊達巻をほどき、肌襦袢と湯文字の結びを外して、一気に身体から脱がせていくのだった。
あらわにさせた裸の姿態は、ふっくらと綺麗に隆起したふたつの乳房、成熟した悩ましさの腰付き、
手入れがされているように妖艶とした漆黒の恥毛に隠された小丘は、むっちりと艶やかな左右の太腿に支えられて、
美麗な両脚を伸ばさせているという、なよやかな女らしさの曲線に包まれた雪白の柔肌の麗しさがあった。
見事な脱ぎっぷりには、その思いの決然とした強さがあらわれていて、
静香も美由紀も、唖然となりながら見守るばかりだったのである。
貴子は、寝台へ上がりながら、双方の足袋を脱ぎ去ると、文字通りの生まれたままの全裸となり、
小夜子の股間へ突き刺さっている張形を優しく引き抜いて脇へ置くと、綺麗な声音で言うのだった。
「さあ、小夜子さん、最初からよ……
私が相手なら、あなたも不足はないはずだわ……」
小夜子は、火照った美しい顔立ちに微かな笑みを浮かべたように見えたが、返事はなかった、
貴子には、相手の返事など必要なかった、小夜子の美しい形の唇はすぐに彼女の綺麗な唇で塞がれたのだ、
年上の女の優美な全裸は、年下の女の緊縛された異形の裸身へ添寝をするように横たえられ、
唇を吸い付かせては離すということを繰り返しながら、ついには喘ぐように突き出されてくる愛らしい舌先を含んで、
吸い出すようにして頬張ると、みずからの舌先を甘美にうねりくねりさせながら絡ませていくのだった、
その間にも、その片方の手は、縄で突き出すようにされた乳房と乳首を激しく弱くと揉みしだいているばかりでなく、
もう片方の手は、せり出すように持ち上げられた腰付きの頂上にふっくらと盛り上がる漆黒の恥毛へ触れられ、
指先で整えられるように優しく梳き上げられながら、肉の合わせめのあたりをゆっくりと撫でて、
被虐の女が、ああっ、と悩ましいうめき声をもらして、緊縛の裸身をのけぞらせるようにさせると、
ほっそりとした指先は、女の割れめを左右へ押し開いて、敏感な愛らしい小突起をこねり始めているのだった、
官能を高ぶらされていく女は、さらに姿態を突っ張らせるようにするが、両足首を鉄環に繋がれていては、
身体の上下において、勝手放題の執拗な指先には、撫でられたり、つねられたり、揉んだりされても、
受けとめるしかないことだったが、精一杯の悩ましげな身悶えは繰り返されているのだった。
「どう、感じてきた?」
唇をおもむろに離した貴子は、じっと相手の顔立ちを見据えて、囁きかけていた。
顔立ちを火照らせた小夜子は、うっとりとなったまなざしで相手を見つめて、小さくうなずき返した。
「もっと気持ち良くしてもらいたい?」
両頬を桜色に紅潮させ始めている貴子が畳み掛けるように囁くと、小夜子は、しっかりとうなずいているのだった。
寝台の上で全裸で行われているふたりの女の愛欲を、身じろぎもせずに見つめ続けている静香と美由紀は、
小夜子が貴子の言いなりになっていくありさまを見て取れる、と感じざるを得なかった。
貴子は、「お望み通りにしてあげるわ」と言うと、
相手の綺麗な形の唇に軽いくちづけをしながら、そのまま品よく引き締まった小さな顎へ下りて、
ほっそりとした首筋へ柔らかな唇の感触を伝えながら首もとまで来ると、ぬめる舌先を突き出して、
縄で上下から挟まれて突き出させられているばかりでなく、
情欲をあらわすように立ち上がっている可憐な乳首へ押し付けていくのだった、
それから、てらてらと唾液で光沢を示すほど、左右の乳首を頬張り、
吸い上げ、舌先でこねりまわし、軽く歯まで立てるのだった、
小夜子は、加えられる愛撫のひとつひとつに、うん、うん、とやるせなさそうなため息もらし、
ああっ、ああっ、と切なそうな甘い声音を上げ、ああ〜ん、ああ〜ん、と悩ましい吐息で応えていくのだったが、
貴子のぬめる舌先は、さらに鳩尾をつたい、なめらかな腹部へと下りて、
ふっくらと艶やかな漆黒の靄を欲情をあらわすように淫靡に震えさせている間近まで這っていくのだった、
ほっそりとした指先に恥毛が掻き分けられると、貴子の顔立ちは、一気に女の割れめへ埋められていった。
「ああっ、ああっ、ああ〜ん」
ぬめる甘美な舌先が立ち上がっている愛らしい敏感な小突起を責め立てているのは、
一段と高まっていく悩ましい声音ばかりでなく、びくっ、びくっ、と反応をあらわす優美な腰付きにも見て取れた。
「ああ〜ん、ああ〜ん」
小夜子は、火照り上がった美しい顔立ちを右へ左へと置き所のないようにうごめかせて、
突き上げられる快感の疼きを懸命にこらえようと、割り開かされたしなやかで綺麗な両脚を激しく悶えさせた。
「ああ〜ん、ああ〜ん」
しかし、貴子の舌先の愛撫は、高ぶらされる官能のままに押し上げられる責めではなかったのだ。
小夜子は、もう少しでいきそうになる高潮へ煽り立てられると愛撫が止められる、ということを繰り返されていた。
それは、みずからが女性であるから知っている、官能のもどかしさという責め苦であったのだ。
貴子は、父上の躾や夫婦の加虐・被虐の性愛から、官能の責め苦の何たるかをしっかりと学んでいたのだった。
「ああ〜ん、いかせて!」
被虐の女の口からは、ついに、あられもなく求める声音が叫ばれるのだった。
それでも、貴子は、みずからの信念とするところを成し遂げようとするかのように、
クリトリスへの執拗な舌先の責めを繰り返すだけだった。
小夜子も、官能を高ぶらされて行き着けない激しいもどかしさから、泣き出してもよかった。
貴子も、その女の泣きじゃくるありさまを見せたかったのだ。
だが、小夜子は、必死にこらえていた。
「……頑張るわね、なかなか見上げたものだわ、さすがは千人斬りの女かしら……」
相手の股間から顔立ちを上げた貴子は、薄笑いを浮かべながら、吐き捨てるように言った。
その端正な美貌は、吹き出させた汗ばかりではない、女の花蜜のぬめりで妖しく光っているのだった。
躾の守護神は、脇へ置いてあった、太くて長いイボイボの付いた黒光りする異様な陰茎を手にしていた。
それから、小夜子の顔立ちをじっと見つめると、宣告を下すように言うのだった。
「小夜子さん……
あなたにとってみれば、このような玩具、侮辱ですわよね。
生身の男性でさえ受け入れることに自尊心の傷付くあなたが、似非陰茎では余りにも浅ましいことですわよね。
でも、安心なさい、行ってくれるのは、あなたが大好きな女性ですよ……
顔立ちも、姿態も、心根も美しい、女性……
小夜子さん、あなたが静香さんのことを少しでも思っていると言うのなら、おねだりして見せなさい!
私をこの玩具でいかせてください、とおねだりして見せなさい!
静香さんは、あなたのことを真剣に思っているのです!」
貴子は、異様な反り上がりを示す黒光りした陰茎を、小夜子の前へ突き付けるのだった。
被虐の女は、綺麗な形の赤い唇を噛み締めていた、
それから、汗で頬へまとわりついた艶やかな栗色の髪を打ち払うと、静香の方へ顔立ちを向けた。
「……静香さん、私をその玩具でいかせください、小夜子のお願いです……」
十七歳の少女が聞き慣れた美しい義姉の優しく柔らかな声音だった。
だが、溌剌とした愛くるしさの少女は、顔立ちを引きつらせたまま、立っているのが精一杯という様子だった。
「静香さん、やってあげなさい。
小夜子さんは、あなたのことを思うからこそ、お願いしているのです。
あなたも、小夜子さんのことを思うなら、望む通りにしてあげなさい。
それが愛し合う者同士ということのはずです!」
貴子は、黒光りする異様な張形を、静香の手に無理やり握らせるのだった。
少女は、驚愕し、狼狽し、不安と恐れのなかで、どのようにしたらよいか困惑していた、
その可憐な顔立ちは、いまにも泣き出しそうな気配が感じられた。
「静香さん、泣いたらだめ! 私は、静香さんにしてもらいたいの……
あの夜、私が静香さんにしてあげたように、私を可愛がって欲しいの……
お願い、私のあそこへあてがって……」
小夜子は、媚びるように、甘えるように、静香におねだりするのだった。
少女は、微笑を浮かばせた相手の妖しい美しさの顔立ちを見つめて、
大好きな相手が望んでいることなら、自分が行うことこそ本望だと感じた。
「お義姉さま、静香は、お義姉さまを誰よりも愛しています!」
溌剌とした声音でそう叫ぶと、少女は、愛する者の下半身の方へ向かうのだった、それから、
優美な両脚をこれでもかと割り開かされて、これ見よがしにあからさまとなるようにせり上げられた股間を見つめた、
そこには、真珠の小粒のようなきらめきをあらわして立ち上がった愛らしい敏感な小突起、
幾重にも折り重なった花びらが開き加減となって、ピンク色の果肉をあらわとさせながら、
どろっとした花蜜を滲み出させている深遠な淵、さらには、可憐なすぼまりをあらわしている菊門がのぞけた。
その生々しい女が赤裸々とされた箇所は、少女を圧倒して、眼を見張らせるばかりのものだった。
「いいのよ、静香さん、遠慮ならさずに……
あなたの思いのままに、小夜子を虐めて……」
しなだれかかるような甘美な声音が少女をけしかけていた。
静香は、言われるままに、黒光りする異様な陰茎の矛先を女の花びらへあてがっていくのだった。
高級スーツを身にまとった美由紀と生まれたままの全裸の貴子は、寝台の両側から、
ただ、じっとなったまなざしで、ふたりの恋人同士のやり取りを眺め続けているだけだった。
しかし、陰茎の矛先は、花びらの縁へ当てられただけだった。
「静香さん、あてがっているだけではだめよ、差し入れて!」
少女は、乞われるままに押し込んでいくのだったが、どろっとした輝きを放つ花蜜をあふれ出させながら、
ぎゅっと呑み込まれていく強い吸引力と締め付けてくる激しい圧迫力を同時に感じさせられ、
その生々しい粘着力に、握っている玩具さえもがまるで生き物に変質したような迫力に、
「お、お義姉さま、これで、これで、いいんですの……」
と声を震わせて、相手に確認しているのだった。
「いやっ、そんなのでは、いや!
もっと奥へ、深くねじり込んで、静香さん!」
言われるままに行おうとする静香であったが、もう、顔立ちは真っ赤で、額からは汗が滴り落ちているのだった。
似非陰茎は、押し込まれるだけ、花びらが包み込むようにもぐり込んでいった。
「お義姉さま、これで、これで、いいんですの……」
女の股間へ突き刺さった黒光りする異様な張形だった。
静香は、握り締めた男性の陰茎が粘着力でうごめくのを意識させられながら、相手に確認していたが、
愛くるしい顔立ちは陶然となっていて、華奢な両肩は、震える息遣いをあらわしているのだった。
「何をやっているの! 差し入れられただけでは、感じないでしょう、うごめかせて!
いちいち言われないと、わからないの!」
官能の火照りを満面にあらわした顔立ちで、小夜子は、それ以上何もしない相手を叱咤した。
少女は、どのようにうごめかせたよいものなのか、狼狽し困惑しながらも、動かすのだった。
「そんなやり方じゃ、物足りないのよ!
もっと、女が感じる仕方で、激しく強く、弱く優しく、抜き差しをやるのよ!
そんなことも、わからないの! 子供ねえ! あなただって、女でしょう!」
静香の操作する陰茎のもどかしい動きに、ついに、小夜子は、怒鳴っているのだった。
少女は、叱られた子供のようにびくびくしながら、叱られたことを懸命に行おうとするのだったが、
握り締めた陰茎に伝わってくる小夜子の強烈な粘着力の前には、萎縮してしまうのだった。
少女の抜き差しは、その少女のように可憐なものだったのだ。
縄で緊縛された被虐の女は、もどかしさにはみずから立ち向かおうと、
優美な腰付きを右へ左へ、ねじり、よじり、浮かせして、白く艶めかしい双方の太腿を震わせていたが、
「ああ、もう、いいわよ! そんなへたくそなやり方では、いかないわよ!
もう、いいわ!」
と吐き捨てると、高ぶらされた官能を行き着かせてもらえない激しいもどかしさから、
突然、すねたように顔立ちをあちらの方へ向かせ、裸身の身悶えを止めてしまったのだ。
びっくりしたのは静香で、おろおろしながら、泣き声になって
「ごめんなさい、お義姉さま……
ごめんさい、小夜子さん……
私が至らないばかりに……」
少女の綺麗な大きな瞳からは、涙があふれ出してきて、
きらきらとしたしずくとなって両頬を伝わっているのだった。
「あなた、まだ、そんなところにまとわり付いているの!
泣くしかできないのだったら、よそへ行きなさいよ! よそへ行って泣きなさいよ! だらしないわねえ!
そうだわ、美由紀さん……あなたがやって……あなたにして頂きたいの……
小夜子のお願い……」
義姉は、義妹にそのように言葉を吐き捨てると、取って返したように、
傍らに立つ高級スーツ姿の美青年のような女へ媚びを売ることをするのだった。
静香は、打ちのめされて、すすり泣いていた。
その震える華奢な両肩へ手を置いて、その場を優しく立ち退かせようとするのは、
生まれたままの全裸を惜しげもなくさらけ出している義母だった。
貴子は、美由紀の方を見つめて、うなずくのだった。
「さあ、美由紀さん、貴子さんのお許しが出たわよ、思う存分にやって……
小夜子だって、あなたを喜びの絶頂まで何度となく運んだでしょう、二度だったかしら? 三度だったかしら?
私にも、そうして、お願い……」
小夜子は、悩ましい薄目遣いで、綺麗な形の唇をすぼませるようにして、求めるのだった。
静香の代わりに被虐の女の股間を占めた美由紀だった。
「小夜子さん、私がいかさせてあげるわ……
あなたに、私の良い思い出を残してあげるわ……」
美由紀は、スーツの上着を脱ぎ捨てると、女の花びらに押し包まれるようにして、
深々と突き刺さっている黒光りする男性を片方の手で握り締め、
もう片方の手で立ち上がっているクリトリスをつまんで、双方の手で責めを開始するのだった。
寝台の脇へ立たされた静香は、添われた義母に肩を抱かれて、
茫然となった表情で女の愛欲を見つめ続けている。
「ああ〜ん、いいわ、美由紀さん、上手だわ……
そのまま、そのまま、一気に押し上げて! 
もう、お預けみたいなことは、いやよ! ああ〜ん」
小夜子は、美由紀の操作する股間の愛撫に合わせて、息遣いを荒くさせ、
縄で緊縛された全裸を悩ましくうねり、くねりさせながら、柔らかで艶やかな栗色の髪を打ち振るい、
優しく激しく抜き差しされる度にどろっとした花蜜をあふれ出させて、その輝く潤いを、
ほっそりとした指先が責め続ける愛らしい敏感な小突起を尖らせるのに奉仕させるのだった。
「う〜う、ああ〜あ、あん、あん、ああ〜ん、ああ〜ん」
吐き出される甘美で悩ましい声音に煽り立てられて、美由紀は、顔立ちを火照らせながら、
小夜子の身体へみずからの思いを刻印しようとするように、熱烈な愛撫を続けた。
「ああっ、ああっ、いいわ、いいわ、いく〜、いく〜」
小夜子は、半開きとさせた陶然となったまなざしと綺麗な唇から咆哮される激しい声音で絶頂を告げ、
これでもかと割り開かされた白い艶やかな太腿へぶるぶるとした痙攣を走らせ、
のけぞらせるように全身を硬直させて、官能の喜びの浮遊をあらわしたのだった。
したたり落ちる額の汗を拭うために、美由紀が両手を離した股間は、
突き立てられた黒光りする異様な陰茎が恍惚を伝えるように、びくっ、びくっ、とうごめいていたが、
彼女がほっとひと息をつく間もなく、
「あなた、もう一度でしょう、さっさと続けなさいよ! 
これから、もっとよくなるのだから、私をもっと高みへ引き揚げて!」
小夜子は、激しい声で、相手をけしかけるのだった。
美由紀は、思い直したように、再び、股間へ挑んでいくのであったが、責め方は同様なものだった。
小夜子は、うう〜ん、と緊縛の裸身を揺さぶると、
「あなた! 同じことを繰り返すのでは、能がないのじゃなくて!
それでは、男性にだって、嫌われてしまうわよ!
あ〜あ、もっと技巧の優れたひとはいないの!
私は、貴子さんからされたいなあ……いいでしょう、貴子さん……
小夜子のお願い……」
被虐の女は、立ち尽くしている躾の守護神の方へ、妖艶な顔立ちを向けると求めるのだった。
貴子は、抱いていた静香の華奢な肩へ力を込めて、語り掛けるのだった。
「さあ、静香さん、しっかりとご覧なさい、これでわかったでしょう。
この女性が欲しているのが、あなたが感じたような恋だとか愛だとかいう、人間の崇高な思いなどではなく、
ただ、官能に囚われた欲望から、喜びの絶頂を求めるだけの動物の本能だということが……
股間のひくひくとしているその息遣いは、
差し入れられるものならば、何でも呑み込んでしまうという貪欲があるだけのもの……
この女性は、牝の鹿なのよ、人間が抱く動物の本能という業を生きるだけの女なのです!
幼いときから、きちっとした人間の躾がされなかったあかしなのです!」
静香は、全裸をさらけ出して、身を持って躾を体現してくれた義母を思わず見やるのだった。
「お母様……」
貴子の端正な美貌の顔立ちは、優しい微笑を浮かべて、溌剌とした娘を見返すのだった。
「どうしたの? 貴子さんは、私を女の喜びの絶頂まで押し上げてくれないの?
つれないわねえ……」
小夜子は、そう言うと、どんどんと冷めていく官能であることをあらわすように、
差し入れられたままだった男性の擬似陰茎を女の花びらの奥から吐き出すように、
シーツの上へすべり落させるのだった。
女の花蜜にべっとりと濡れた異様な黒い張形は、光さえ失っているように転がっていた。
小夜子は、官能の余韻にある妖艶な顔立ちを居並ぶ三人の方へ向けると、
「これで、あなたたちの気の済むように、ことが終わったというわけ?
だったら、私のお願いをひとつくらいは聞いてくださっても、いいでしょう?
私をそこに立つ太柱へ繋いでくださらない……
両手を高々として手首で縛って、両脚を伸ばさせて足首で縛った格好で、繋いでくださらない……
私にだって、自尊心はあるのよ」
小夜子は、そう言うのだった……
小夜子の望むままに繋がれた姿は……
一本の太い柱が立っていて、そこに生まれたままの全裸をさらけ出した女が繋がれていた。
女は、その乳色の潤いをあらわす柔肌に覆われた姿態をこれでもかというくらいに、上下へ伸ばさせていた。
上の方は、重ね合わされたほっそりとした両手首を麻縄でがっちりと縛られ、
下の方は、きゅっと締まった両足首を麻縄で束ねられて地面の杭へ繋がれているのだった。
そして、艶めかしい左右の太腿へ挟ませられるように、屠殺用の大刀が柱へ突き刺さっているのだった。
大刀の太い柄に隠されて、夢幻の漆黒の靄に妖美な盛り上がりを見せる女の股間は見えなかったが、
その女の姿は、まるで、美しい白い動物、或いは、美しい牝の鹿が吊り下げられているようであった。
だが、女の顔立ちがあらわす、官能の恍惚の絶頂にある美しい表情は、まさしく人間のものだった。
その女の姿態を馬や牛や豚のぴくぴくする濡れた鼻先が嗅いでいた、
すらりとした両腕、ふっくらとした綺麗な乳房、悩めるようにくびれた腰付き、
可憐な臍をのぞかせるなめらかな腹部、夢幻の漆黒の靄に隠されて妖美な盛り上がりを見せる股間、
艶めかしい太腿からしなやかに伸びた両脚、
美しい雪白の柔肌を晒させた女の全裸の各所を……
そのように見事に描かれた絵画だった。
その絵画を前にして、男性と女性がたたずんでいた。
「この絵が素晴らしい表現のものであることは、
見ているだけで、ぞくぞくとしてくることから、ぼくにも理解できる。
だが、これが小夜子をテーマにして描いた絵であると言われても、ぼくには、何とも言えない……
ぼくが海外出張から戻ったとき、マンションの居間のテーブルには、
小夜子の判が捺印された離婚届が置いてあっただけで、彼女の持ち物はすべてなくなっていた。
小夜子にどのような事情があったのかは、わからないが、ぼくが彼女をいまも愛していることは事実だ。
できれば、彼女に、いますぐ戻って来て欲しいと願うばかりだ……」
男性は、女性の方を向いて、無念の口調でそう述べた。
「恐らく、小夜子は、二度とあなたのもとには戻らないでしょう……
けれど、小夜子があなたのことを愛する男性だといまも思っていることは確かだと思います。
拓也さんは、小夜子が唯一思いをかけた男性であり、あなたの前で花嫁姿となり、
あなたとの結婚を末永く続くことを望んでいたはずのことだからです。
大丈夫です、小夜子は、やわな女性ではありません、
彼女を変えることのできることなど、あり得ないのかもしれません。
この絵の主題である<牝鹿のたわむれ>を生きることができるからこそ、小夜子なのです。
拓也さん、元気を出してください。
私も、絵を完成させたことで、彼女から自立できたのですから……」
女性は、そう答えていた。
「ありがとう、麻子さん」
拓也は、そう言って、もう一度、麻子が完成させた絵画を見やるのだった。
麻子も、また、その絵画を見つめながら、
小夜子の失踪という事実に、みずからを重ね合わせるのだった。
小夜子は、誘惑してくるのは、いつも、相手の女性の方が先であった、と言ったが、それは事実だった。
だが、それには、たったひとつだけ、例外があったのだ。
それは、小夜子が最初に女性との関係を持った相手の場合だった、
幼なじみの麻子の場合であったのだ……
十二歳の小学生だった麻子は、転校してきたばかりの小夜子と大の仲良しになった。
まるで、小さいときから、ずっと仲良しでいたように、何を話しても理解し合える友達になったのだ。
顔立ちも姿態も綺麗なばかりでなく、溌剌とした愛らしさを振りまく小夜子は、
絵を描くことが何よりも好きで、敏感な感受性を持っていた麻子にとっては、美の対象とも言えた存在だった。
ちょうど、小夜子が成熟した女性になれば、その底深い美しさの表現で感動させられた、
ドミニク・アングルの『泉』に描かれた乙女となるような思いを感じさせられて、
いつの日にか、彼女を題材とした素晴らしい作品を描くことができたらと芸術に対する憧憬を抱いていたのだった。
その小夜子から、初めて、マンションへ遊びに来るように誘われた。
訪問したとき、出掛けようとしている小夜子の祖母と出会った。
父方の祖母は、その年齢には見えない派手な格好と化粧をしていて、これから観劇に行くのだと言った、
そして、戻りは夜遅くになるから、夕食を適当に済ませて、とまるで他人事として出て行くのだった。
「いつものことなのです……
お父様は貿易会社のお仕事でほとんど外国へ行ったきり、戻るのは年に一度か二度、
お母様は私が二歳のときに亡くなられて、私は、お祖母様とふたり暮しのようなものなのです、
でも、お祖母様はご自分の趣味で出掛けているばかりですから、私は、いつもひとり……
けれど、ひとりですることには慣れています、それに、今日は麻子さんと一緒ですから、ひとりじゃありません。
私は、色々な事情があって、住まいも学校も転々としてきましたが、ここへは落ち着くとお祖母様が言っています。
私も、それでなければ困ります、だって、麻子さんという大の親友ができたのですから……
私は麻子さんが大好きです、いつまでも、友達でいてくださいね」
小夜子は、綺麗な顔立ちに、愛くるしい笑みを満面に浮かべてそう言うのだった。
小学生にしては大人びた喋り方が女の色気というようなものを感じさせて、
麻子は、内に秘めたものをあらわそうと考える者が背伸びをする思い、表現意欲を掻き立てられるのだった。
「もちろんですわ、小夜子さん、私も小夜子さんが大好きです」
と答えさせたのだった。
それから、小夜子の自室だという部屋へ案内された。
広々とした部屋だった、小学生の勉強部屋にしては大きすぎるということにびっくりさせられたが、
それ以上に、部屋の四方に所狭しと飾られている大小の人形の存在には、驚愕させられた麻子だった。
「まあ、すごい、このお人形、いったいどのくらいあるの?」
女の子と女性の人形ばかりであったから、その様々な色彩の鮮やかさは、百花繚乱とも言える見事さだった。
麻子は、思わず、眺めまわすことに夢中になっていた。
だが、小夜子は、うんざりしたような表情を浮かべながら、答えるのだっだ。
「数えたことはありませんから、わかりませんけれど、三百くらいはあると思います……
お父様が送ってくるのです……
私が五歳のときに、花嫁人形が大好き、と誕生日のお祝いを欲しがってから、花嫁人形なら何でも、
色々の国から、色々の場所から、送ってくるのです、お父様は、自分が私に会うことができないから、
代わりに、私の一番気に入っているものをくれて、私を喜ばせているのでしょうけれど……
私は、このような人形には、もう、うんざりです……」
溌剌とした綺麗な顔立ちに、寂しそうな表情をよぎらせる小夜子だった。
麻子は、それに気づくと、部屋全体の半分を占めるのではないかと思われるきらびやかな人形が、
その可愛らしい、愛らしい、愛くるしい、可憐で、美しい顔の表情を純潔な花嫁衣装にまとわせて、
ただ、凍り付かせているだけの不気味な人形の群れのように思えることに、ぞっとさせられるのだった。
母親がなく、父親も疎遠で、祖母さえも不在が多いというなかで、これだけの愛玩物に取り囲まれていながら、
無言の会話しかできない小夜子の孤独というものをひしひしと感じさせられるのであった。
それは、今までの学校生活では決して見せたことのなかった、底知れない寂しさのようだった。
麻子は、話題を変えようと、机の上に眼を転じたときだった。
小さな額に入れられた写真を発見して、思わず、見つめてしまった。
そこには、純白の絹布に包まれた可愛らしい赤ちゃんを抱いた美しい顔立ちの女性が映っていたのだ。
「私のお母様です……
二歳のときに亡くなられて、思い出の何もない私の母です……
このようなこと……
麻子さんでなければ、恥ずかしくて聞いてもらえないことだと思いますが……
私も、今日、初めて……他人に打ち明けることですが……
私の母は、好きになった女性と一緒に死んだのです……
私と父を置いて、自殺したのです……」
小夜子は、顔立ちをこわばらせて、やっとの思いで言えた緊張に震えていた。
麻子は、突然の事柄に驚きと当惑を感じながらも、
泣き出すのをこらえている小夜子の手を思わず握り締めているのだった。
「……麻子さん、ありがとう……
私は、ようやく、ひとに言うことができました……
ずっと言えずに苦しんできたことを、あなたに言うことができました……」
まなざしをきらきらとさせながら、小夜子は、相手に握り締められた手を握り返すのだった。
「……母の自殺の理由を、私は、お祖母様から教えられました……
そして、お祖母様は、顔立ちや身体付きがますます母に似てくる私を……
私もいつかはそのような女性になると思っているのです……
だから、私を相手にしないのです……いつも、ひとりでいさせられるのも……
厄介者は、早くこの家から出ていって欲しいと思っているからなのです……」
小夜子の顔立ちには、溌剌とした少女の愛くるしさは失せて、大人びた表情が浮かんでいた。
麻子は、思い付く精一杯のことで、答えるばかりであった。
「でも、それは、小夜子さんの考え過ぎでは……
お祖母様だって、きっと……」
小夜子は、柔らかな髪を揺らせて、顔立ちを左右へ振っていた。
「私は、聞いてしまったのです、お父様がお戻りになった深夜に話していることをです……
お祖母様は、もう、あの子の世話は沢山です、どのみち母親と同じ道を歩むだけです、
おまえが連れて帰らないのならば、孤児院へでもどこでも、入れてしまえばいい、と言ったのです……
私は、出発の日、お父様に連れていってくれるように泣いて頼みました。
けれど、父は、生活の心配は要らない、と答えただけだったのです……」
じっと相手の顔を見つめながら話す小夜子の大きな瞳には、きらきらとした涙が浮かんだままだった。
泣くところはだけは決して見せまいと必死の頑張りを見せていることは、
麻子にもよくわかることだった。
「来年、中学へ進学すれば……
私は、お祖母様とは、別れ別れになることは、もう決まっています……
お父様は、私の生活のために、家政婦をひとり雇ってくれることが決まっています……
中学へ行けば、私は、麻子さんとは別の学校になります。
私は、そのようなことで、麻子さんと離れたくない。
あなたは、私を理解してくれているたったひとりのお友達なのです。
私が大好きなった、たったひとりの女性なのです!」
小夜子は、思い余って、麻子に抱きついてくるのだった。
麻子も、抱きつかれたことに、大きな戸惑いを感じたが、その複雑な事情には同情するのだった。
子供のように必死にしがみついてくる相手を、麻子も、しっかりと抱擁してあげるのだった。
だが、おもむろに顔立ちを上げて……
突然、向かい合わせた相手の唇へ唇を重ねてきた小夜子に……
麻子は、大きな驚愕を感じさせられ、狼狽と恐れから、思わず、身体を突き放すのだった。
「小夜子さん! 何をするの! やめて!」
麻子は、戸惑う思いで、動悸を高鳴らせながら叫んでいた。
小夜子は、綺麗な顔立ちに真剣な表情を浮かべて、震える声音で答えるのだった。
「愛する者同士が行うことです……
私は、麻子さんを愛している、麻子さんが私を好きでなかったとしても……
いやっ! 私は、絶対にあなたを離したくない!
あなたは、私のもの! わたしだけの麻子さんなの! 
私のすることは、強引かもしれない! 
けれど、あなたを愛しているのであれば……
私は、あなたが私から離れられないようにする以外にないことなの!
大人は、皆そうしているの!
愛していることを相手にわかってもらうためには、
相手が絶対に自分を必要とする人間であることをわかってもらう、ということをするの!」
小夜子の大人びた真顔の表情は、麻子を震え上がらせるくらいのものがあった。
「小夜子さん! でも、私たちは、小学生です!
まだ、子供です、あなたの考えは間違っています!」
小夜子は、柔らかな髪を左右へ振って、否をあらわしながら言うのだった。
「あなたも、初潮は済んでいるはずです!
わたしも、あなたも、大人の身体なのです!
大人の思いを抱くことさえできれば、もう、子供なんかではないわ!」
小夜子は、麻子のほっそりとした手首を掴んで、自分の方へ引き寄せようとした。
「いやよ! いやよ! やめて! やめて! 小夜子さん! やめて!」
麻子は、必死になって逃れようとしたが、小夜子は、頑として離さなかったのだ。
「逃げられないわよ! 
あなたは絶対に私から逃げられないわ!
私はあなたを愛している、誰よりも一番あなたを愛しているから!」
小夜子の片方の手は、机の引出しへ触れていた……
開けられた引出しから、麻縄が引っ張り出されていた。
小夜子の思いは、そのようなものまでも用意周到にさせるほど、真剣なものだったのだ。
縄を見せられて、そのように感じさせれて、たじろぐ麻子だった。
だが、このようなことは、まともな考えにあることではない、気が狂っているか、異常なことでしかない。
「お願いだから、小夜子さん、やめて!」
麻子は、懇願するような涙声になって相手の正気を促したが、小夜子の思いは正気でしかなかったのだ。
愛する者は、愛される者の片方の手首へ麻縄を巻き付けていた。
愛される者は、手首へ巻き付いた縄をもう片方の手で懸命に解こうとしたが、
それは、待っていたように、ふたつの手首をひとつに束ねられることであった。
「ああ〜、いやっ、やめて!」
麻子は、懸命にあらがう声音を上げたが、身体の前でひとつに束ねられた手首はがっちりと縛られて、
小夜子は、その縄尻を引っ張って、無理やり壁際まで連れていくのだった。
そして、壁の上方に飾り物を掛けるために取り付けられた鉤へ、麻縄を掛けると、
両腕が頭上へ高々と持ち上がっていくように引っ張るのだった。
「ああっ、ああっ、いや〜、いや〜
お願い、お願いだから、小夜子さん、やめて〜」
室内へ響き渡って叫ばれた少女の声音も、沈黙した三百体の花嫁人形が聞き取るだけで、
小夜子には、まるで、承知したことのように無視され、作業だけが続けられていくのであった。
麻子は、爪先立ちにさせられ、上げさせられた緊縛の両手首を鉤へがっちりと繋ぎとめられた。
背伸びをさせられた姿勢は、無理やりの苦しさを伴ったものであっただけに、
麻子から、少しずつ言葉を奪っていくものであったが、
被虐の少女を寡黙にさせていったのは、それ以上に行われた小夜子の振舞いだった。
小夜子が行ったことは、麻子には、もう、信じられないことだった。
被虐の少女は、身に着けていた衣類を脱がされ始めたのだ。
しかも、下へ脱がせることの可能なスカートやショーツや靴下が強引に剥ぎ取られるのはまだしも、
上へ脱がせることのできないブラウスやブラジャーに至っては、鋏を使って、ためらいもなく切り裂かれたのである。
どうして、そこまで……
それほどまでに、小夜子の思いは激しいものだったのか。
十二歳の小学生女児が同級生の女児を殺害したり、
或いは、同じ歳の男児が家に放火をして両親を焼死させたりすることが可能であれば、
十二歳の小学生が行う、大人顔負けのサディズム・マゾヒズムの愛欲行為と表現することは、陳腐でさえある。
身体の大きさと体力さえ大人に匹敵すれば、大人が考えるように実行するかどうかは、
その子供が大人をどのような存在と考えているかということに依存するだけだからである。
小夜子は、愛し合う者同士は、大人がする愛欲行為を行うことで、愛があらわせると思っていたのだ。
愛し合う者は共に死ぬことさえできることは、思い慕う母が表現して見せたことだったのだ。
麻子は、生まれたままの全裸の姿態にさせられていた。
被虐の少女は、顔立ちを真っ赤にさせて、恥ずかしさ、恐ろしさから純白の裸身をぶるぶると震わせていた。
「大丈夫、麻子さん、恥ずかしくなんかありません……」
加虐の少女は、そのように言うと、身に着けていた衣類を相手に負けずにすっぱりと脱ぎ去って、
可憐な少女の全裸の姿態をあらわとさせるのだった。
それから、両手を高々と上げさせられて、優美な姿態をさらけ出させている相手をじっと見据えながら、
「麻子さん、とても綺麗……
あなたは、思いやりがあって、絵も上手、頭も良くて、申し分のない女性です……
私にとって、あなたは掛け替えのないひと……」
小夜子は、顔立ちを近づけると、唇を重ね合わせてくるのだったが、
麻子には、どうあっても、避けられない体勢だった。
被虐の少女は、加虐の少女に唇を押し付けられるまま、されるがままに吸われるばかりであった。
思いの込められた長いくちづけだった……
唇が離れとき、ふたりとも、華奢な肩を震わせる息遣いをしているのだった。
「素敵だわ、麻子さんの唇、柔らかくて、いい匂いがして……
まるで、マシュマロみたい……」
小夜子は、嬉しそうに微笑んで見せるのだったが、麻子は、すねたように、まなざしをそらせていた。
「麻子さん、怒っているのでしょう……
そうよね、このようなことされて、怒らない方が不思議よね……
私、嫌われたかしら……私のこと、嫌いになった?」
小夜子は、まるで、三百体ある花嫁人形のひとつを取り上げて、それに向かってひとり言を話すように、
片方の手で、身動きのままならない麻子の柔らかな髪を梳くように撫でながら、
もう片方の手を可憐な乳首をつけて小さく膨らんでいる乳房の方へ置いていた。
麻子は、もう、何を言ったところで聞き届けてもらえない相手だと観念したのか、
ふたつの乳房を優しく撫でられるばかりでなく、相手の手が鳩尾から臍の方へ下りていくことに、
思いを集中せざるを得ないということであったのか、
眉根を寄せた両眼を閉じて、可愛らしい唇を真一文字とさせていた。
「ああっ、いやっ」
小夜子のほっそりとした指先がなめらかな腹部をつたい、
淡い漆黒の靄をふっくらとさせているあたりにまで下りると、麻子は、か弱い声音をもらした。
少女が激しい拒絶を言葉にしてあらわすことができなかったのは、
小夜子の指先が女の割れめの縁を撫でまわして、ゆっくりと指を沈み込ませていったときに、
あきらかとされることがあったからだった。
ほっそりとした指先を割れめ深くへ繰り込ませた小夜子もびっくりした、
思わず、引き抜いた指先には、きらきらとぬめる女の花蜜が認められるのだった。
「……麻子さん、感じているの!」
小夜子は、相手の顔立ちを見上げるようにして尋ねていたが、
麻子は、知りません、と言うように、
真っ赤にさせた顔立ちをそむけて、まぶたを必死に閉じているだけだった。
「麻子さん、恥ずかしがることなんか、ないのよ!
素敵、素敵だわ!
あなたは、立派な女、素晴らしい女性なのよ!」
落ち込んでしまったようにみずからへ閉じこもってしまった麻子を、小夜子は、励ますように言うのだった。
「私だって、あなたと一緒……
見てください、これを、見て!」
小夜子は、麻子の花蜜に濡れた指先と反対側の手をみずからの女の割れめへ差し入れると、
同じように、きらめく花蜜が付着している指先を相手の顔立ちの前へ示すのだった。
麻子は、盗み見るようなうっすらとしたまなざしをそれに投げかけたが、
「……同じではありません……私は、恥ずかしい、とても、恥ずかしいのです……
小夜子さんに虐められて……感じてしまっているのです……」
とつぶやくように言うと、両眼に涙を滲ませて、泣き出しそうになっていた。
小夜子は、相手の顔立ちの間近まで自分の顔立ちを近づけると、
「泣いたら、だめ! 泣くことは、私が許しません!
私だって、泣かなかったのですから、麻子さんだって、泣かないで!
ふたりは、一緒よ!」
小夜子は、そう言うと、激しく相手の唇へ自分の唇を押し付けていくのだった。
押し付けているだけでは抑え切れずに、相手の可愛らしい唇をこじ開けて、舌先をもぐり込ませていくのだった。
それから、引っ込むように縮こまっている麻子の舌先を立ち上がらせ、絡ませるのだった。
唇と唇が重ね合わされ、熱烈な舌先の愛撫が続けられるなかで、
小夜子のほっそりとした指先は、再び、ふっくらとした小丘にくっきりとした切れ込みを見せる箇所へ触れられた。
もぐり込まされた指先は、掻き出すように優しく強く、敏感な可愛らしい小突起を責め立てているのだった。
両手首を上方の鉤へ繋がれ、少女らしい成熟の溌剌とした瑞々しさをあらわとさせている全裸は、
吊り下げられたように伸ばさせている姿態を、高ぶらされる官能のままに、あらん限りに身悶えさせて、
びくんとなった硬直で一気に快感の頂点へ昇りつめさせられたのだった。
大好きな相手に、女性の喜悦を感じてもらえたことを、満面の笑みを浮かべて喜ぶ小夜子だったが、
麻子にとっては、みずからの本性を相手に知られたばかりでなく、みずらにも暴露されたことだった。
そのとき以来、自分の女性としての本性を知る小夜子は、
麻子には、絶対に離れることのできない、女友達としてあった。
麻子は、縄という言葉、縛るという言葉、虐められるという言葉を聞くだけで、
胸がどきどきと高鳴ってきて、甘美に疼かされるものを意識するようになったのだ。
その被虐への思いが高ぶらされる官能を抑えることができないならば、
自分のことを最高の理解者で友人で愛人だと思っている小夜子に打ち明ければ、
小夜子は、みずから、<牝鹿のたわむれ>と称している女性同士の愛欲行為で、思いを遂げさせてくれるのだった。
麻子は、生まれたままの全裸を縄で後ろ手に縛られ胸縄を掛けられ、
全裸となった小夜子から思いの込められた愛撫を受けて、
女性であるからこそ感じられる官能の絶頂の喜悦を、ふたりで一緒に味わうことをする戯れを行ったのだ。
だが、そのような隷属しているだけの思いにあっては、優れた絵画表現は可能なことではなかった。
麻子は、みずからの表現の可能を求めて、ひたすら、思いと官能の隷属に苦闘したのだった……
いま、その答えとなった絵画表現が眼の前に完成していた。
十二歳の少女が生まれたままの全裸にさせられ、
ほっそりとした両手首を束ねられて上方にある鉤へ繋ぎとめられ、
優美な雪白の姿態を背伸びするような姿勢で吊り下げられた、みずからの姿……
それが、眼の前にある、絵画に表現された姿だった……
一本の太い柱が立っていて、そこに生まれたままの全裸をさらけ出した女が繋がれていた。
女は、その乳色の潤いをあらわす柔肌に覆われた姿態をこれでもかというくらいに、上下へ伸ばさせていた。
上の方は、重ね合わされたほっそりとした両手首を麻縄でがっちりと縛られ、
下の方は、きゅっと締まった両足首を麻縄で束ねられて地面の杭へ繋がれているのだった。
そして、艶めかしい左右の太腿へ挟ませられるように、屠殺用の大刀が柱へ突き刺さっているのだった。
大刀の太い柄に隠されて、夢幻の漆黒の靄に妖美な盛り上がりを見せる女の股間は見えなかったが、
その女の姿は、まるで、美しい白い動物、或いは、美しい牝の鹿が吊り下げられているようであった。
だが、女の顔立ちがあらわす、官能の恍惚の絶頂にある美しい表情は、まさしく人間のものだった。
その女の姿態を馬や牛や豚のぴくぴくする濡れた鼻先が嗅いでいた、
すらりとした両腕、ふっくらとした綺麗な乳房、悩めるようにくびれた腰付き、
可憐な臍をのぞかせるなめらかな腹部、夢幻の漆黒の靄に隠されて妖美な盛り上がりを見せる股間、
艶めかしい太腿からしなやかに伸びた両脚、
美しい雪白の柔肌を晒させた女の全裸の各所を……
小夜子をテーマにした絵画は、みずからをあらわす表現であったのだ。
麻子は、すぐそばで……
小夜子の声が聞こえる気がした……

「愛していることを相手にわかってもらうためには、
相手が絶対に自分を必要とする人間であることをわかってもらう、
ということをするの!」

画面は、大きく映し出された絵画が白色となり、
暗黒へフェードアウトしていく。
女のやるせなくすすり泣く声音が聞こえてくる。
その声音は、高ぶらされる官能に悶える甘美な声音のようにも聞こえるが、
発情した牝鹿が相手を求める鳴き声のようにも聞こえる。
ふたつの声音が交じり合い高まり合って、ひとつになると、
シェーンベルク作曲の『交響詩 ペレアスとメリザンド 作品5』のコーダが高らかに鳴り響くのだった。

― 終わり ―



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