第1章 月の光に映し出されて 今夜も、私は、<自室>の扉へ施錠をして孤独になると、 あの方へ思いを募らせることをするのです……… 私がなかへ入っても、照明のともされないままの<自室>は、 大きくカーテンの引かれた窓から月明かりを呼び込んでいます、 煌煌とした月明かりの夜…… 私の思いを表現する行為は、毎晩行われるというわけではありません、 冴え冴えとした蒼白い月の光が私の生まれたままの全裸の姿を映し出す夜にしか行われません、 <自室>の扉が閉じられて、施錠された瞬間、 月明かりのあるなしが思いの高まりを決定させることにあるのです、 私は、月が大好きです、その放たれる光の球体としての美しさもさることながら、 みずからは光り輝かずに太陽の輝きへ隷属している身として、 その相貌の変化という満ち引きが女性という私の身体に対して、 直接の影響をあらわす親密性を持っていることにあるからです、 実際の月の様子は、クレーターに彩られた殺伐とした光景をあらわしているものであっても、 私には、月は遥か彼方にのぞむ美しさそのもの、 あの方と同様に手の届かないところにある、気高さそのものとしてあることなのです、 <自室>というのは、他人には明らかにしたくない行為を思う存分可能とさせる場所にあります、 私が心から思いを寄せる事柄に対して、 心置きなく思いを高ぶらされる時間が許される場所としてあるのです、 行為が行われる、捧げられる供物が供えられる、ベッドは、 純白の絹のシーツが敷き詰められていることで、 窓から差し込む月明かりによって蒼白く浮かび上がっています、 私は、それを見ると、胸がきゅっと締め付けられて、動悸が高まり始めます、 捧げられる供物は、清らかでなくてはなりません、 また、肉体を守るような身に着けるものは、一切許されません、 私は、身に着けているものをすべて脱ぎ去ることを求められるのです、 スーツの上下、ブラウス、スリップ、ソックス、ブラジャー、ショーツ、腕時計やピアスに至るまで、 肉体からすべてを取り去れば、私は、生まれたままの全裸の姿態をさらけ出させたことになります、 浴室の鏡に映し出される、その私の雪白の姿態は、 ふたつのふっくらと綺麗にふくらんだ乳房は、ふたつの可憐な乳首をのぞかせています、 ほっそりとした首筋から華奢な両肩へかけての線はなよやかで、 優美なくびれの曲線をあらわす腰付きは、なめらかなお腹のお臍も可愛らしく、 足先までしなやかに伸ばさせた両脚を美麗なものとさせています、 妖美な亀裂に割られて艶かしく引き締まったお尻は、太腿の艶やかさと競い合っています、 柔和な夢幻のように慎ましく盛り上がらせた漆黒の茂みもあからさまとなっています、 私は、そのみずからの姿態を誇らしげに感ずることで、 あの方へ捧げられる供物に相応しいみずからを自覚するのです、 私に美しい姿態があるとしたら、 それは、あの方のためにあるものでしかないからです、 美しい姿態の供物は、清潔となるように、隅々まで洗われることがされるのです、 身に着けるものを一切許されない、生まれたままの全裸の姿態にある、 私は、あからさまな女性をあらわしています、 しかし、窓をカーテンで遮蔽して、その私を隠す必要などありません、 ましてや、気高さそのもにある月が放つ光を遮ることは、あり得ないことです、 最上階にある、この<自室>は、他人が窓から覗き込むことの不可能な場所としてあり、 エアコンで室温を調整すれば、暑さも寒さも、どうにでもなることにありますから、 私の全裸姿は、心置きなく、私自身をあらわすものでしかないことにあるのです、 そして、私には、私自身をあらわすために、 私が全裸の捧げられる供物となるために許される、 身に着けることのできる、たったひとつのものがあり得るということにあるのです、 そのものとは、縄です、 自然に生育する植物の繊維である、麻を綯って作られた、縄というものです、 麻縄と呼ばれているものです、 クローゼットの奥には、その麻縄の束がしまわれてあります、 私は、それを持ち出してくると、純白の絹のシーツが敷き詰められたベッドの上へ、 ひと束ひと束へ念願を込めながら、整然と並べるようにして置いていきます、 念願の対象があるからです、ベッドの置かれている、私の向かいとなる壁には、 短い麻縄の両端を本結びにして作られた、<環に結ばれた縄>が掲げられてあるからです、 あの方が私に与えてくれた唯一の物的証拠…… 気高く厳かな聖なる紋章…… <自室>へ他人が入り込むことは、ほとんどありません、 その意味を知らなければ、単に趣味の悪い装飾品のようにしか見えないものです、 だが、私にとっては、光り輝く尊厳をあらわすものでしかありません、 私は、それを態度であらわすように、全裸の姿態を床へ跪かせると、 両手を組み合わせて、祈願するように両眼を閉じて、黙想を始めることをするのです、 この行為は、思いを集中させるためには、必要な儀式としてあることです、 全裸の若い女が奇妙な縄の環に向かって祈りを捧げている姿など、 他人が見たら、ただ、破廉恥で頭がおかしいことをしているとしか思われないでしょう、 だから、ここは、私の<自室>なのです、私自身をあらわす場所としてあることなのです、 黙想は、あの方との出会いを思い起こすことから始められます、 あの方との出会いと言っても、たった一度きりのことでした…… 昼休みを利用して、だれも来ない、高校の体育館の裏にある陽だまりに立ち尽くして、 燦燦とした太陽の光を浴びながら、ひとり物思いに耽っていたとき、 あの方は、突然、あらわれたのでした、 私は、最高学年の先輩があらわれたことに、びっくりしたばかりではありません、 あの方は、燦燦とした太陽の光を放つようにまぶしかったのです、 清楚な顔立ちの高貴な美しさ、艶やかで長い髪の艶麗な美しさ、 セーラー服姿のしなやかな姿態の清廉な美しさに、びっくりとさせられたのでした、 そこは、陽だまりになっていましたから、 春の爽やかな太陽が燦燦と輝いていたことは確かでした、 しかし、あの方が放つ輝きは、まるで、太陽そのものであるかのように強烈でした、 「ああっ、ごめんなさい、 あなたが物思いに耽っている、お邪魔をしてしまったみたいですわね」 綺麗な形の唇が開かれて、最初に語られた言葉は、美しい声音を響かせました、 その大人びた口調には、その滲ませた微笑みと同様の慎み深さが感じられました、 私は、言葉を失って、ただ、相手を見つめ続けるばかりになっていましたが、 「あなたさえよろしかったら、私も、ここにいて構いませんか、 私も、ひとりになりたくて、時々、ここへやって来るのです」 と問い掛けられました、 その問い掛けが意味したことは、私と同じような思いになるひとがいる、 という親近感を一気に沸き立たせるものとさせました、 「わ、私の方こそ、先輩の大事な場所へお邪魔してしまって、ごめんなさい」 私が思わず、そう答えると、 あの方は、慎ましやかな微笑みを浮かばせて、身近にまで歩み寄ってきました、 「あなたが謝ることではありませんわ、 このような誰も来たがらない場所へ、ひとりで来るなんて、 あなたと私は、似たところがあるのかもしれませんわ」 体育館の壁へ背を持たせて立っている、私の間近へ、同じようにして立たれたとき、 私の心臓は、どきどきと高鳴り始めて、それまでに感じたことのない思いにありました、 あの方の漂わせる芳香は、胸を詰まらせるような匂い立つ女性を意識させて、 思わず、盗み見るようにして見つめた、 その横顔の端正な美しさは、息を呑ませるほどのものがあったのでした、 私が見つめていることをあの方は気づいていたに違いありません、 しかし、あの方の大きく綺麗な両眼のまなざしは、正面の彼方へ向けられていました、 私にも、同じ態度を取れと言うのは、まったく、無理な話でした、 ひとめ惚れというものがあるとすれば、私は、間違いなく、初対面で相手に恋をしたのです、 相手が眼の前にいるだけで、相手を思うだけで、ふわっと舞い上がってしまうような感覚、 このような思いになることなど、生まれて一度もなかったことでした、 私は、高鳴る胸の鼓動に戸惑わされ、混乱させられるばかりにありました、そのときでした、 「私は、ひとりであることに、寂しさも、辛さも、苦しさも、感じませんわ、 ひとりであるからこそ、成し遂げられること、それがあるからです、 そうは、思われませんか」 あの方は、突然、私の方へ、その美しい顔立ちを向けられて、尋ねられたのです、 綺麗に澄んだ大きな瞳をきらきらと輝かせて、 真剣な表情を浮かばせながら、見つめられたのです、 私に返す言葉など思い浮かびませんでした、 たとえ、ひとりであることに、寂しさや辛さや苦しさを感じていることがあったとしても、 いま、あの方が眼の前にいることがどれだけ幸せな思いを感じさせているか、 それに比べたら、私は、ただ、あの方の言葉に聞き入る者でしかなかったのでした、 「女性であるからこそできる、 ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられる、そういうことがあるのです、 私は、そのために、生き続けているのです、 あなたは? 私は、一之瀬由利子と申します、あなたのお名前は?」 私は、震える声音で、高倉真美です、と答えるのが精一杯でした、 「真美さん、 あなたも、ひとりであることに、寂しさや辛さや苦しさばかりを感じているとしたら、 ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられる、それが何かを見つけ出しなさい、 あなたには、それができるはずです、 今日、このとき、ここで、ふたりが出会ったのは、偶然ではありません、 私は、今日で、この高校を去り、転校していきます、 放浪の宿命にある女として、この世に生を受けた私には、 居場所を定められないことは、仕方のないことなのです」 そのとき、昼休みの終了を告げる、予告のチャイムが彼方で響いていました、 「宇宙の生成のなかにあって、 あなたと私が一度しか交錯しないという思い出に、 あなたに捧げます」 そのように言うと、あの方は、由利子さんは、 私の緊張したままの顔立ちの顎をほっそりとした白い指先で捉えて、 その綺麗な形をした唇を私の唇へ重ね合わせてきたのでした、 余りの突然のことに、私は、ただ、びっくりとなって、されるがままでしたが、 そのふっくらとした柔らかな唇の感触は、漂わせる芳香の吐息を伴って、 私の胸を激しく詰まらせ、夢見るような飛翔へと誘わせることにあったのでした、 激しく高鳴る心臓の鼓動は、次第に、耳の中までがんがんと響いて、 頭の中は、由利子さんに描かれるままの画布のように真っ白な状態になっていました、 優しく柔和に擦られる唇の感触は、官能を高ぶらされるままに、 閉じ合わせていた私の唇をおのずと開かせていくのでした、すると、 柔和と言えば余りにも心地の良い、あの方の優しい舌先が私の口中へ忍び込んできて、 私の舌先ともつれ合い、更には、うねりくねりされたことは、 その行為が高ぶらせる官能へ自然と身を委ねるという以外になく、 心から思慕する相手から込み上げさせられる、幸せ一杯の思いは、 女性の大切な箇所から悦びがあふれ出すのを感じさせて、 天へ引き上げられるような快感にある浮遊は、生まれて初めての絶頂を知らせました…… 気が付いたときは、授業開始の教室に立っている、みずからがありました、 しかし、あの方との出会いが白昼夢や幻覚などではなかったことは、 唇や舌に残っている心地のよい感触ばかりのことではなかったからです、 あの方が私の手に握らせたものがあったのです、 それは、短い麻縄の両端を本結びにして、 <環に結ばれた縄>としたものでした、 同級生に見られまいとして、慌てて、スカートのポケットへ隠させたものでした。 私は、あの方から手渡された<環に結ばれた縄>を家へ持ち帰ると、 じっと眺めては、それが何を意味するものであるのかを真剣に考えましたが、 ただ、あの方からの贈り物であることが明白な事実としてあるだけで、 まったく見当のつかないものにありました、 それを見た瞬間、<環に結ばれた縄>という呼称が思い浮かんだことも、 短い麻縄の両端を本結びにして環にしたという形態からのことで、 そのような呼称が意義をあらわすことにあるとは、まったく知りませんでした、 すでに、あの方がこの学校には存在しないということが現実であったのは、 翌日、登校すると、高等部第三学年のひとりの生徒が不埒な行動から退学させられた、 その話題で学校内が持ち切りであったことで示されたことでした、 躾の厳しい女子高校にあったことは、どのような不埒な行動にあったのかは隠蔽されましたが、 名前は一之瀬と明らかなことにありましたから、間違いのないことでした、 しかし、私は、その事実に打ち負かされる思いを感じることはありませんでした、 私には、どうしても、あの方が悪事を働くような女性には思えなかったからでした、 私がされた、女性同士の口づけのようなこと…… もし、そのことがその言われている不埒の原因だとされるのなら、 あのときの私は、強要されて行ったことでは、まったくなかったからでした、 むしろ、私から、進んで求めることを望ませたことにあったからでした、 私は、あの行為を思い返すことにあっても、罪悪感を意識することはなかったのです、 私自身も思ったことは、もしかしたら、女性同士の愛欲を求める、 私は、普通ではない心理を抱いている女性にあるのかもしれないと…… しかし、あの方の口づけが開いた次元は、 私のそのような思いよりも遥かに大きなものを感じさせたことにあったことは確かでした、 あの方が述べられた言葉…… あなたも、ひとりであることに、寂しさや辛さや苦しさばかりを感じているとしたら、 ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられる、それが何かを見つけ出しなさい、 あなたには、それができるはずです…… その言葉こそが、それまで、消極的な思いにしかなかった、私を変えたことにあったからでした、 そして、ふと、<環に結ばれた縄>のキイワードをインターネットで検索したら、 何か分かるかもしれないと思い立ったのです、 その思い付きから、<環に結ばれた縄>が私を更なる段階へ導いていくことになるとは、 到底考えることのできないことにあったのでした、 <環に結ばれた縄>のキイワード検索は、見事にヒットするページを表示しました、 驚きでした、そのページを開いて見せられた事柄あっては、更に、驚きでした、 自室で、他人から覗かれることのないパソコンを使って行っていたことですが、 <環に結ばれた縄>は、性的事象を取り扱う十八歳未満閲覧禁止にあったことは、 ただ、どきどきとさせられるばかりのことにありました、、 まだ十六歳の私が見ることを禁じられている事柄は、入ることを躊躇させました、 しかし、私を大胆にさせたのは、 <環に結ばれた縄>をもたらした張本人のあの方の存在にありました、 女性同士が唇を重ね合わせるなど、日常にある行為と言うことできません、 ましてや、高ぶらされる官能から絶頂を極めさせられる、絡ませ合う舌の愛撫にあっては、 十八歳未満の少女たちの行為としては、常識を超えた不道徳にさえあると言えることです、 だが、私は、あの方が執ったその行動を自然な行為に思えたことにありました、 みずからが応じたことも、まったく、自然な行為としか思えないことにありました、 あの方へ心からの思慕を寄せる者にあれば、あの方から思いを掛けられる行為は、 喜びや幸せや快感へ導かれるものでしかなかったことにあったからです、 そのもたらされる喜びや幸せや性的官能の快感の気持ちの良さは、 十八歳未満閲覧禁止の壁を低いものと感じさせたのでした、 そして、クリックしたのです、 開かれたページには、『第2の階層 環に結ばれた縄』というタイトルがあらわされていました、 床へ投げ出された、使用されたような、少し不気味な縄の画像に囲まれて、 階段を模した配置で、ずらりと表題が並んでいました、 その第1番目にある<結びの緒言>に<環に結ぶ縄>という表現があり、 興味を惹かれて、クリックをすると、開かれたページには、 どきどきしていた胸を更に高鳴らせる画像が掲載されていたのです、 短い縄の両端を本結びにした<環に結ばれた縄>があったのです、 あの方から戴いた貴重な贈り物と同様の形態をしたものが表示されていたのです、 そこには、このように書かれてありました―― 環に結ばれた縄というのは、 縄の両端を結んでひとつの環にした状態である、 縄が両端のままであったとしたら、 結ばれなければでき上がらない状態である、 誰がそれを結ぶか……。 円環の意味するところは、繰り返し、死と再生、自己完結、調和、そして、永遠である。 植物の繊維が撚り合わされて作られた縄は、自然と人工が融合されて昇華されたものである。 その二重螺旋としてある形状が人間のDNAと同様であるのは、偶然ではない。 縄が人間の手によって作り出されたときから、縄は人間の思考の遺伝子を受け継ぐことをしてきた。 縄は人間が使用している道具のなかで、卑近に用いられ続けている最も起源の古いものである。 その使用用途の広さと深さは、宗教的祭儀から猥褻な緊縛まで、命綱から首吊りの縄まで、 人間に関わる多義多様性において、数多あるほかの道具の比ではない。 人間の思考方法へ関与していることがあるからこそ、そのようなあらわれがあると言えることである。 従って、もし、人間が縄を撚り、それを結び、繋ぎ、縛ることをやめるとしたら、 人間の思考方法が大きく変化を遂げるときであると言える。 そうなれば、人間が人間を縛るということもあり得ないことになり、 全裸の女体緊縛も男性緊縛も存在しないことになる……。 いつの日か……それは、わからない。 少なくとも、現在は、まだ、人間の思考方法は変らない。 縄だけじっと見つめていても、それはわかりにくいことかもしれない。 道具は使用されることによって、使用される可能性によって、存在理由を発揮するものである。 縄の両端が結ばれなければならない所以である。 ……私にとっては、少し難しい文章にありました、 ただ、分かったことは、縄には意味があるということでした、 あの方が私に示した<環に結ばれた縄>は、縄の意味を知れと言われたことにある、 そのように考えることができたことにあったのです、 すると、未知の事柄が控えている、秘密の扉を少し開いてしまったのではないか、 高鳴る胸の動悸がどきどきと伝えてきたのは、その実感でした、 あの方は、不埒な行動から退学させられた、悪い女性であったのかもしれません、 しかし、私は、あの方の真性は善い女性であることを疑うことができません、 あの方の顔立ちと姿態と思いが放つ言葉の輝きには、それを信じさせる光があったからでした、 その光に導かれることは、私自身が生まれ変わることにあると感じられたことだからでした、 ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられることを目的として生きる、 その求道者にあることを自覚できることにあったからでした、 <環に結ばれた縄>は、意義をあらわす紋章となることにありました。 ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられること、それが主題でした、 しかし、まだ、思春期にあるような少女が答えを容易に見つけ出せる問題ではなかったことは、 生活を取り巻く事柄に始まって、学校の事柄、社会の事柄、歴史の事柄、 更には、国家や日本人といった事柄にまで、ずるずると広がっていくことにあっては、 知識を得ていけばいくだけ、主題が雲散霧消してしまうほどの複雑さにあったのでした、 その上、あらゆる様相に対して、違和感というものが感じられることにあったのでした、 その違和感は、女性の立場は、男性ほどに自由にあるのではないということに始まり、 むしろ、男性に従うように女性の立場は作られているのではないかという疑問になりました、 しかし、違和感を感じたところで、現実にある何かが変わるわけではないことは、 そもそも、そのような違和感を感じて話題にする女性がまわりにいなかったことにありました、 母親も、妹も、女友達も、普通に暮らしているだけでした、 その状況に気付いたことは、ただ、私を孤立化させることにしかなりませんでした、 すでに、孤独な心情にあった私を更なる孤独を強いる思いへ向かわせることにあったのです、 仲の良い友達はいました、だが、打ち明けて、心から話し合える事柄では、まったくなかったことは、 高校の体育館の裏にある陽だまりさえも、もはや、赴く場所にはなかったことにありました、 ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられることは、見い出せない事柄にあるばかりか、 それは、違和感ばかりを募らせ、寂しさや辛さや苦しさだけを招き寄せるものであったことは、 途方に暮れた思いにさせられ、みずからを慰めることを求めさせることになったのでした、 あの方が授けてくれた性的官能の絶頂の快感は、思い起こすことに胸の高鳴りを生じさせました、 それは、わくわくとさせる広がりを感じさせるものにありました、 しかし、あの方は、いないのです、 私は、みずからで慰めることしか方法はなかったのでした、 そして、孤独にあることの寂しさや辛さや苦しさを慰めること、 それは、あの方を思慕しながら成される行為においてしかあり得なかったことでした、 就寝の自室のベッドへ横たわっていたとき、思わず、身に着けていたパジャマの上から、 片方の手のほっそりとした指先が乳房へ触れたことは、必然的なことにあったのです、 触れた指先が乳首を撫でまわし始めたことは、成り行きの仕草ではなかったのでした、 その愛撫がすごく気持ちの良い感覚を伝えてくるものにあったことは、 両手の指先を使って、左右の乳房にあるふたつの乳首をさすり上げることをさせていました、 気持ちの良い感覚が高まるにつれて、 身に着けているパジャマが邪魔しているもどかしさが感じられ、 パジャマの上着を脱ぎ捨てると、直接に指先を乳房に触れたのでした、 それは、何と快い感覚を招き寄せることにあったのでしょう、 ふたつの乳首が立ち上がるくらいに指先の愛撫を熱心に続けていくと、 高ぶらされる官能は、あの方の美しすぎる像を思い起こさせるのでした、 あの方の熱い抱擁に包まれたいという思いは、募るばかりのことにあって、 あの方の意のままに、身体も心も扱われることこそが喜びにあると思えたことにありました、 その思いを明白とするように、私は、下半身を覆っているパジャマも下着も脱ぎ捨てたのです、 全裸の姿態を露わとさせると、恥ずかしさが込み上がってきましたが、 むしろ、火照り始めた官能は、羞恥にあって、更に気持ちの良い広がりを感じさせたのでした、 瑞々しくふくらんでいるふたつの乳房を撫で上げるのは、私の指先ではない、 あの方のほっそりとした白く美しい指先が愛らしい乳首を摘んでは揉み上げてくれるのです、 私は、その快感に、思わず、ああっ、ああっと甘い声音をもらさせていましたが、 大きくなる声は抑えなければならないことにありました、 両親と妹と同居にある、家の自室では、限度があることだったからです、 しかし、あの方の美しい指先は、躊躇することなどなかったのです、 あの方は、思い立ったことは、必ず実行する女性にあったのです、 ほっそりとした指先は、鳩尾を撫で下りて、なめらかな腹部をさすりながら、 更に、下の方へと伸びていくことにあったのです、 心から思慕するあの方に依って成されることであれば、 私は、どのようにされてもかまわないという思いを固めていました、 あの方の指先は、慎ましく夢幻の靄のように柔らかな陰毛に触れて、 女の小丘のふくらみを撫でまわしながら、割れめの縁へ忍び入ってきます、 私は、ああっ、だめっ、だめっと声にならない思いを露わにしますが、 あの方の優しい指先は、ひるむことなく、女芽を探り当てていくのです、 私も、されるがままのことからは、双方の艶やかな太腿を開くようにして、 あの方が目的として成されることに対して、従順にあることを示すほかありませんでした、 あの方の熱心な指先に依って、女芽を優しく撫でまわされていくことは、 しこりが生まれることで、更に、鋭敏な感覚をもたらされて、 一気に高ぶらされている官能を押し上げられることにあったのでした、 私は、くぐもらせた声音をますます甘美にもらさせていることにありましたが、 その快感の証を確かめられられるように、あの方の指先は、膣口に触れて、 すでに、ぐしょぐしょとなっている箇所を撫でまわすことをするのでした、 それは、横たわらせていた腰付きを浮き上がらせて悶えさせるくらいの反応をもたらせ、 思いは、あの方の指先が欲しいという思慕の一念となったことにありました、 あの方は、孤独にある私のことを見守る、唯一の尊厳ある存在にあることは、 私の望むことを最も理解している存在であることを明らかとさせるように、 あの方の尊厳ある二本の指先は、優しく撫でまわす膣口から、 爛れたように熱くなっている膣へ、ぐりぐりともぐり込んでいくことにあったのでした、 ああっ、もうっ、だめっ、だめっ、お願い、許して! 膣へもぐり込まされた二本の指先は、うごめくように、うねり、くねりされて、 ついには、抜き差しされるという行為に及んでは、あふれ出す女蜜の豊かさがあらわされて、 押し上げられていた官能は、一気に頂上にまで至らせられたことにあったのでした、 双方の艶やかな太腿の女蜜に濡れた内側をひくひくと痙攣させながら、 あの方の二本の指がいまだに挿入されている膣の感触を実感させられながら あの方と一体となれたことに幸せと喜びと快感の心地良さを思い知る、私にあったのでした、 あの方と一体になれるという自慰行為、その第一歩が始まったということにあったのでした、 その日から、私は、孤独にあることの寂しさや辛さや苦しさを感じると、 それを我慢して耐えることをするよりも、ベッドの上へ生まれたままの全裸の姿を横たえて、 あの方が行う指先の愛撫で、火を付けられ、燃え立ち、燃え上がり、絶頂を極めて、 幸せと喜びと快感の心地良さへ浸ることに耽溺するようになったのです、 あの方に教えられた女性の官能をしっかりと把握するようになっていったのでした、 そして、あの方の指先があの方の縄に変わるときがやってきたのです。 出会ったときのあの方の年齢である、十八歳に私が成長したとき、 その間に行われていた、縄に関係する事柄を学ぶことも進んでいたことにありました、 最初は、<環に結ばれた縄>が縄による人体の緊縛と関係することを承服できませんでした、 縄による人体の緊縛は、加虐・被虐という虐待の様相をあらわしているものでしかなかったからです、 そのように考えることが常識とされていることにあったからです、 <環に結ばれた縄>のWEBサイトに表示されている数多の写真や絵画にあっても、 全裸の女性があられもない姿で縄によって縛られているありさまを見せられて、 虐待の様相があらわされているとしか感じられませんでした、 それこそ、まさに、女性の立場は、男性ほどに自由にあるのではないということや、 男性に従うように女性の立場が作られている表現にあるのだと思えることにあったのです、 あの方が示された<環に結ばれた縄>は、ますます、混迷を招き寄せるものでしかなかったのでした、 私は、<環に結ばれた縄>をその大きさに見合う綺麗な箱を買い求めて大事にしまい、 見つけられないように机の引き出しの下段へ隠していましたが、 毎晩、ベッドへ横になる前に、必ず見ることは続けていました、 その日も、そうして見ることをしていましたが、訳の分からなさが募ってくるばかりで、 いらいらしてくるのを抑えられない気持ちにまでなっていました、 私は、ついに、こんなものと言い放つと、<環に結ばれた縄>を床へ放り出したのです、 それは、床に転がって、8の字を描くような具合になって、じっとしたままにありました、 もう知らないわ、こんなものと思いながら、 私は、臍を曲げた心持ちになってパジャマに着替えると、ベッドへ横たわりました、 しかし、部屋の照明が消されても、寝付くなんて、とんでもない話でした、 私は、怒った素振りをあらわすように、<環に結ばれた縄>に背を向けていましたが、 その存在が気になって気になって仕方がなかったのです、 あの方に対して無礼を働いたことを本当に申し訳がなかったと思う気持ちが込み上げてくると、 私は、おもむろに振り返って、床の方へまなざしを投げたのでした、 そこに見たものは、薄暗闇の部屋にあって、煌々とした存在だったのです、 縄は、窓に掛かるカーテンの隙間から差し込む月の光に浮かび上がって、 とぐろを巻くような8の字があらわす意味を明確に伝えてきたのでした、 それまで、私の頭の中にあった薄暗闇を煌々と照らし出す縄となったことにありました、 学んで来た、縄に関係する事柄が<環に結ばれた縄>として結ばれたことにあったのです、 <環に結ばれた縄>は、麻縄の両端が本結びに結ばれていることにあります、 <環に結ばれた縄というのは、縄の両端を結んでひとつの環にした状態である、 縄が両端のままであったとしたら、結ばれなければでき上がらない状態である、 誰がそれを結ぶか……> この問いに対しての答えは、 その誰は、<環に結ばれた縄>を私に授けられた、あの方以外にはあり得ません、 それでは、結ぶことの必要とは、いったい何なのか、 日本には、縄文時代の一万三千五百年間に育まれた、<結びの思想>というものが存在します、 縄を扱うことによって培われた<結びの思想>という思考方法がDNAとしてあることは、 国立遺伝学研究所の斎藤成也教授らのグループに依れば、 縄文人から現代の本土日本人に伝わったと考えられる、 遺伝情報の割合は、およそ15%であるという研究成果が発表されていることから想像できます、 <結びの思想>とは、縄があらわす二重螺旋の形態から、蛇を連想させることを伴って、 異化・変化・昇華という思考作用にあると提唱されています、 縄は、自然に生育する植物の繊維を束ねて綯ったものにあります、 自然との共生を祈願して綯った縄文人の縄は、自然があらわされることにあると言えます、 日本においては、縄が明確な意義をあらわしているものとして、 神社等に飾られてある注連縄と捕縄術という武芸があります、 注連縄の意義は、神聖なものと不浄なものとの境を示して張る縄です、 捕縄術は、破邪顕正という宗教性と縄掛けの技術と意匠の美術性があらわされて、 国家権力の行使である警察機構がそれを用いた歴史にある縄ということにあります、 注連縄の掛けられた岩は、神聖な岩をあらわしていることになり、 破邪顕正とは、邪説・邪道を打ち破って、正しい道理を明らかにするという意義から、 捕縄術の作法で掛けられた被疑者や罪人は、正義を望まれるということにあります、 これらの事柄を結び合わせると、縄で縛られる存在というのは、自然に抱かれながら、 神聖で正義を望まれることにあると言えることになります、 これは、日本の固有のありようをあらわしていることです、 縄による人体の緊縛という事柄自体は、日本固有のありようではありません、 縄が作られ、人体が存在すれば、民族を問わずに、全世界的に可能な行為としてあることです、 しかし、それは、性的な加虐・被虐の様相をあらわすことにあるからと言って、 全世界的に可能な緊縛行為のすべてがサディズム・マゾヒズムのあらわれになることではありません、 日本の緊縛行為は、固有のありようをあらわす意義を持つものにあるからです、 それは、肉体への縄掛けは、苦痛を目的として行われることにはないからです、 捕縄術は、その主旨を縄抜けができないこと、縄の掛け方が見破れないこと、 長時間縛っておいても神経血管を痛めないこと、見た目に美しいこと、 とされていることにあるからです、 緊縛行為の事象が性的な加虐・被虐の様相にとどまるだけのもの、 つまりは、虐待があるだけのことにおいて、サディズム・マゾヒズムは成立するということです、 日本人の独自性をあらわすという意味では、縄による緊縛というありようは、 自然に生育する植物の繊維を束ねて綯った、 縄が意義する自然に包み込まれるのと同様のことであり、 人間を超越した存在を意識するという意義へ導かれる行為にあると言えることなのです、 あの方の<環に結ばれた縄>は、このような意義を結ばせたのでした、 従って、今度は、私が縄の両端を結んでひとつの環にした状態を作り出さねばならないのです、 私は、ベッドから身を起こして降りると、床にじっとしている縄を取り上げました、 それから、ベッドのシーツの上へ丁重に置くと、 身に着けていたパジャマから下着までのすべてを脱ぎ去って、全裸の姿態を露わとさせました、 ベッドへ身体を横臥させると、両腕を背後へまわさせて、 ほっそりとした双方の手首を重ね合わさせて、握っていた縄の環へ通させました、 こうして、生まれたままの無防備にある全裸の姿態を後ろ手に縛られた格好があらわされ、 両手の自由を奪われたことは、更に、されるがままの体勢となったことが示されました、 私は、全裸にあることで込み上がってくる官能の快い火照りを感じながら、 両手首へ巻き付いた、自然に生育する植物の繊維を束ねて綯った縄の感触を意識しながら、 あの方の縄に縛られているという実感が湧き上がってきたときには、 股間に熱いものを感じ、思わず、女性の羞恥から双方の太腿を閉じ合わさせましたが、 それでも、湿り気を帯び始めた箇所は、熱くなっていく一方にあるのでした、 全裸を後ろ手に縛られることがこれほどまでに官能を高ぶらさせるとは思ってもみませんでした、 あの方に掛けられた縄で、あの方のされるがままになって、火を付けられ、燃え立ち、燃え上がり、 絶頂を極めて、幸せと喜びと快感の心地良さへ至りたいという一心にあるだけでした、 しかし、そこは、両親と妹が同居する家の自室にあったのです、廊下に人の気配が感じられれば、 いつものように、中断せざるを得ない自慰行為にあったのです、 指先の愛撫から縄の愛撫へ変化したことは、自然な成り行きとしか言いようがありませんでした、 問題は、実行されることの可能という現実の状況でした、 両親と妹と暮らす家という状況にあっては、 自室で鍵を掛けて、指先を使った自慰行為に耽ることは、何とか果たせたことにありましたが、 縄という道具を使って自慰行為に耽ることは、非常に困難なことにありました、 縛るための多くの縄を用意しなくてはなりません、 縛り終わったときに、万一、自室の扉をノックでもされたら、 身体を羽織るものでごまかすといったことでは、到底できないでしょう、 両親と妹が終日出掛けていることが確認できる日しか行えないことだとしても、 四歳違いの妹は、まだ、中学生でしたから、夕方までには必ず帰宅して、隣の部屋にいるのです、 独り立ちして、<自室>で暮らすという環境なくしては、 かなうことのできない自慰行為にあったのでした、 そこまでして、縄でみずからを緊縛するという行為に意義のあることなのか、 その問いがまったく無意味であったのは、あの方の<環に結ばれた縄>は、 私に認識をもたらしたことにあったからです、 私は、未知の事柄が控えている、秘密の扉を開いてしまったことにあったからです、 その未知の事柄は、想像もできない領域を予感させることにあったのです、 そのためには、本当の意味での<自室>が必要である、と決心させたことにありました、 しかし、大学へ進んだからと言って、 両親の庇護のもとに成長するだけの子供でしかないことには、変わりはありませんでした、 私は、時を待つしかなかったのです、 その間、あの方への思慕が確固たるものとなっていくに従って、 ついには、あの方の行方を調べてみよう、という考えにまで至らせたことにありました、 しかし、名前しか知らない存在を捜すといって、どのようにしたらよいことなのか分かりません、 一葉の写真もなく、一度でも住んでいた場所もわからず、 唯一の女子高校の在籍記録さえ抹消されてしまっていたという現実に出遭ったときには、 私の記憶に残り続ける、あの方の面影は、私のただの幻想や妄想と決め付けられたとしても、 いや、モノマニアかパラノイアの症状でさえあるとされたとしても、不思議はないのかもしれません、 思慕を抱かせるひとりの女性に執着し続けること、 あの方と関わることは、私を異常にすることでしかない、そう思えることでもあったのでした、 私は、あの方を思いから抹消しようと考えてみました、 同様に、<環に結ばれた縄>を破棄しようと考えてみました、 だが、開かれてしまった秘密の扉は、控えている未知の事柄へ赴かせるのでした、 <ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられること> 私は、それを放棄することができなかったのです、 あの方は、それを実現された方であるからこそ、申された言葉なのです、 それでなければ、どうして、此処に、<環に結ばれた縄>があるのでしょう、 この縄は、あの方自身が結んだものにあるのです、 私は、悩みました、悩み抜きました、 短い縄の両端を本結びにして、環になるように結ばれた、麻縄を見つめながら…… そして、遂に、考え至ったことがあったのです、 結ばれるものが何と何であるか、その両者が…… 私が<ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられること>を実現できるとすれば、 私・高倉真美は、あの方・一之瀬由利子と結ばれることでしかあり得ないということが…… 私があの方へ寄せる思慕が真実のものであれば、 高倉真美は、一之瀬由利子に生まれ変わることでしかない、と思い至ったことでした、 ああっ、何という啓示でしょう! ああっ、何という現実でしょう! ああっ、何という未来でしょう! 女子大の卒業を間近に控えて至った、その認識は、 父親の縁故で決められた就職先には違いありませんでしたが、某財団法人へ勤務し、 社会人として出発する私に、人生の目的を確固として、自覚させたことにあったのでした、 私は、さらに、待つことをしました、 私の思いを成就させる、<自室>が与えられるときがやってくるまで…… そのときは、必ずやって来るものだと思っていたように、ついに、やってきたのです、 ワン・ルーム・マンション、私の<自室>、 今夜も、私は、<自室>の扉へ施錠をして孤独になると、 あの方へ思いを募らせることをする、<自室>を持ったのです。 ああっ、あの方の甘美な口づけは、何と私を幸福な思いへと導いたことにあるのでしょう、 十六歳の高校一年生のときの体験に始まることですが、 昨日のことのように思い返すことができるのです、 あの方の清楚な顔立ちの美しさ、艶やかで長い髪の美しさ、 セーラー服姿のしなやかな姿態の美しさ、そして、 崇高な御言葉を告げられ、綺麗な唇に妖艶な舌を持つ、そのお口を思い出すと、 いま、生まれたままの全裸の姿にある、私は、 羞恥を覆い隠すものがひとつもないというそれだけで、高ぶらされる官能にあって、 あの方の像を思慕することは、激しい胸の高鳴りにあらわされて、 思わず両眼を開いて見ることをすれば、月明かりが窓から差し込むだけの薄暗闇の中で、 壁に飾ってある、聖なる<環に結ばれた縄>が光り輝いていることが分かるのです、 私は、その光に導かれるようにして、 寝台の上へ整然と並べられた麻縄の束のひとつを厳かに取り上げることをするのです、 私の掴んだ麻縄には、意味深長があるのです、 私の麻縄は、あの方、一之瀬由利子様をあらわしていることにあるからです、 麻縄で縛られ拘束される、私というのは、あの方にしっかりと抱擁されることにあることです、 あの方に熱く抱かれる、その喜びと幸せにあって、私の思いは、高ぶらされる官能から、 まるで、英雄ベレロフォンを振り落としたペガサスのように、 想像の天空を宇宙の星となるまで飛翔させられるものとしてあることなのです、 縄束のひとつを手に取った、私は、跪かせていた床から、全裸の姿態を立ち上がらせます、 最初に、一本の麻縄をふた筋とさせて縄頭というものを作り、 その縄頭をほっそりとした首筋へ掛けます、 正面へ垂らさせた縄へ、首元から下腹までの五箇所、 首元、乳房の間、鳩尾、お臍の上部、お臍の下部に等間隔の結び目をこしらえます、 それから、艶やかな太腿を開かせると、縄の残りを股間へ通させて、 艶かしいお尻の亀裂からたくし上げることをします、 その際に、女性をあらわす割れめへ縄がはめ込まれるように整えられることがされます、 残りの縄が首筋にある縄頭までたくし上げられると引っ掛けられて垂らされます、 更に、あの方の二本目の麻縄が厳かに取り上げられます、 ふた筋とされて出来た縄頭が背後へ垂らされているふた筋の縦縄を背中の中央でまとめます、 結ばれたふた筋は、左右へと振り分けられ、身体の正面まで持ってこられると、 左右からそれぞれに、首元と乳房の間にある結び目の間へ通されて、 再び、背後へ引かれるようにされていくと、そこには、綺麗な菱形があらわれます、 この菱形が残りの三箇所の結び目の間へ順次作られていくことになるのです、 乳房の間と鳩尾、鳩尾とお臍の上部の菱形を浮かび上がらせた、二本目の麻縄は、 残りがなくなり、背後の縦縄へ縄留めがされて終わります、 あの方の三本目の縄も、ふた筋とされて、その縄頭が背中の縦縄へ結ばれると、 左右から正面へもってこられ、お臍の上部とお臍の下部にある結び目の間へ菱形を生ませます、 残る縄は、それまでの縄と同様に背後で交錯されますが、正面へもってこられると、 くびれた腰付きのあたりから、左右の艶やかな太腿の付け根まで下ろされて、 割れめへはめ込まれたふた筋の縄を中央にして、 左右から挟み込むような格好で股間へ通されていくことがされるのです、 艶かしいお尻の亀裂から、しっかりと引っ張り込まれてたくし上げられた麻縄は、 お臍の上部とお臍の下部のために掛けられた横縄と背中の縦縄の交錯へ結ばれます、 それでも、縄尻は長く余ることにありますが、 それは、後に、私が後ろ手に縛られるときに利用されるものとなるのです、 背後に垂らされている縦縄の縄尻も同じ箇所に縄留めが行われると、 通称を<亀甲縛り>と呼ばれている縄掛けを独りで行ったことになるのでした、 いや、独りではありません、私に施された縄掛けは、 私に対する、あの方の思いの込められた緊縛にあることです、 その証は、縄掛けが始まった当初から、昇り詰めるようにされる官能は、 あの方の甘美な口づけがあらわしたように、私の思いをひたすら高ぶらせていくことにあって、 快感と幸福をあらわとされていくことにあるのでした、 私は、クローゼットの内扉に取り付けられている姿見の前へ立って、 快感と幸福をあらわとされるための供物に造形されたみずからを見つめます、 差し込む月明かりだけの照明にあっても、映し出される縄による全裸の緊縛姿は、 これ以外の方法では無理だと言わんばかりの妖美そのものにあることでした、 姿見に映し出された、私の愛くるしい綺麗な顔立ちも火照り出して、 一段と魅力を増したように、妖艶さを漂わせるのは、 その美しい緊縛姿にあるからこそだと自惚れることができることにあるのでした、 女性の全裸の姿態があらわす優美な曲線に縁取られた美麗は、 人間が可能とさせる美の極致のひとつであると言ってしまいたいほどのものにあります、 ほっそりとした首筋から撫でた柔和な両肩へかけての流麗は、 か細い両腕の華奢な手首としなやかな手先にまで至っています、 ふたつの乳房は可憐な乳首をつけてふっくらとした隆起をあらわとさせています、 なめらかな腹部にあるお臍も可愛らしさを浮かび上がらせています、 深遠な亀裂に割られたお尻の艶麗は、艶かしいくびれの腰付きの流れをともなって、 太腿の雪白の艶やかさをしなやかに伸ばさせた両脚の足先にまで及ばせているのです、 この女性の全裸の姿態があらわす優美な曲線に縁取られた美麗に対して、 自然に生育する植物の繊維である、麻を綯って作られた縄がそれを昇華させるのです、 全裸の姿態は、麻縄を巻き付けられたことで歪められた、異化をあらわすことにあります、 その縄は、掛けられる本数が増していくことで、様相と様態は変化を惹き起こします、 そのようにして仕上げられる、縄による緊縛という表象は、 昇華へ向かうことを定められるということにあるのです、<結びの思想>の具現です、 首筋へ掛けられた縦縄へ五箇所の結び目が作られて、 その残りの縄が女性の割れめへはめ込まれるようにして股間を通され、 尻の亀裂からたくし上げられて、うなじに掛かる縄へ掛けられて垂らされたとき、 女性の割れめへはめ込まれた縄は、女芽と陰唇と肛門へ微妙な感触を伝えます、 正面の縦縄へ菱形が作られる度に縄の張力は増していくことにありますから、 この微妙な感触は、菱形が作られる段階的な経過と平行関係にあります、 股間の縄は、次第に、食い込んでいくばかりのものとなって、 ますます、女芽と陰唇と肛門を刺激されるということにあります、 身体の前面へ綾なすように整然と掛けられた菱形の意匠が浮かび上がらせる、 見た目の美しさは、首筋を左右から挟んでほっそりとしたありさまを強調させ、 ふたつの乳房のそれぞれを囲んだ菱形は、否応なく乳首を立たせる圧迫にあり、 腰付きへまわされた縄は、優美なくびれをあらわとさせて、 可愛らしいお臍を菱形で彩っていることにあります、 捕縄術がその存在理由とさせた四つの定義へ忠実に従えば、 整然となる縄掛けが作り出され、柔肌を圧迫してくる縄の感触は抱擁となり、 張力が増した股間の縄は、高ぶらされる官能をさらに高みへと誘わせることにあって、 遥かいにしえの縄文時代に起源を求められる縄の実在を現在の知覚とさせるのです、 それがしっかりと縄を食い込ませて、女性を見事に強調させている、 肉体や股間のありさまであることは、言い訳する必要のまったくないことにあります、 私が行為する、そのありさまは、尋常なことではありません、 異常、変態、痴女であると非難されたとしても、仕方のないことです。 私は、尋常ではありません、だからこそ、<自室>が必要なのです、 私は、生まれたままの全裸の姿態にあることを自然な姿であると考えます、 その全裸へまとわせる、植物から生まれた麻縄も、また、自然であると考えます、 人間の手によって、自然と自然が結ばれ・縛られ・繋がれるありようが示すことは、 ひとつの叡智にあると考えます、 その叡智は、新たな次元を開かせるということにあります、 いつまで見つめ続けていても、見飽きることのない、女性の全裸の緊縛姿ですが、 見つめ続けていることは、同時に、柔肌を圧迫して伝わってくる縄の感触が示唆するもの、 人間としてあることの官能、女性としてあることの官能を知らせてくることでもあります、 私は、月明かりに浮かび上がる蒼白い寝台の方へ、まなざしを移すのです、 壁に飾ってある、聖なる<環に結ばれた縄>の真下へ置かれた、 純白の絹のシーツが敷き詰められた祭壇は、 その前に立って、直立した姿勢を崩さない、全裸の緊縛姿の女性を待ち受けています、 私は、気高く厳かな聖なる縄の紋章をじっと見つめながら、 両手を背後にやって、縦縄の残りの縄尻を捉えると、両端を結んで縄頭を作ります、 その縄頭を環にして、左右から両手を通して両手首を交錯させます、 後ろ手に縛られた姿態をあらわすことになった、私は、 もどかしい身体を床へ跪かせる格好とさせます、 それから、両眼を閉じ合わせると、 緊縛された麻縄によって込み上げさせられている官能へ意識を集中しながら、 燦燦とした太陽の光を放つようにまぶしい、 あの方の清楚な顔立ちの高貴な美しさ、艶やかで長い髪の艶麗な美しさ、 セーラー服姿のしなやかな姿態の清廉な美しさを思い浮かべるのです、 そして、私にもう一度口づけをしてくださることを心から祈願すると、 その成就のためには、あの方へ捧げられる美しい供物となることが求められるのです、 私は、おもむろに立ち上がり、蒼白い祭壇へ上がります、 そこへ正座の姿勢を執って、私は、聖なる縄の紋章を仰ぎ続けることをします、 生まれたままの全裸にある女性が菱形の文様も鮮やかな緊縛の意匠に包まれて、 ひたすらの従順をあらわすように、不自由をあらわす後ろ手に縛られて、 双方の艶やかな太腿をぴたりと閉ざさせている、正座姿は、 供物として相応しい美しさにある、供物にあることの実感を与えられるのでした、 その証として、ふたつの乳房の可憐な乳首がしこり立っていることが感じられ、 縦から下ろされ、女性の割れめへ深々と埋没させられた、股縄においては、 くびれた腰付きのあたりから、左右の艶やかな太腿の付け根まで下ろされている、 股間にあるふた筋の縄による左右の圧迫で、 刺激され続けている女芽と陰唇と肛門が甘美に疼くのを意識させられることにあるのでした、 滲ませている膣からの女蜜で、股縄が濡れそぼっているのが分かることは、 私が供物にあることの誇りを抱かせることにありました、 私は、みずからの全裸の緊縛姿態を祭壇のシーツへ横たわらせていくのです、 生贄の供物をあらわすように、成されるがままにある肉体は、 身体全体を伸ばさせて仰向けになった姿勢へ置かれたことにありました、 私は、股間から突き上がってくる甘美な疼きを双方の艶やかな太腿の内側に感じながら、 あの方から戴ける、絶頂に至らせられる、お取り扱いをひたすら求めて、 想像の飛翔へ向かうことを始めるのでした。 ☆NEXT ☆九つの回廊*牝鹿のたわむれ |