3. 緊縛の効果 |
緊縛の効果ということを言及するにあたっても、 同じ無名の作者による手記『環に結ばれた縄』から引用させてもらう。 そこで彼は「女の変容」と題して、亀甲縛りを施した妻の様態を観察している。 |
…………… 縛られた後ろ手を両腕に巻きつけられた四重の縄ががっちりと押さえている。 自由を奪われた上半身は、しようにも何もすることのできない姿になっている。 その緊縛感の強まりが女をますます縄に封じ込められた肉体の中へ追い込んでいる。 引き立てるための縄をつないだ。 うなだれていた女の顔はもたげられ、行われていることの不安とさらけだされた羞恥におののいて、 頬を桜色に上気させながら泣き出さんばかりの表情を浮かべている。 今日が初めての緊縛ではなかった。 だが、女は初々しかった。まるで初めて縛られたかのように反応し、馴れるということを知らなかった。 その女に自分の身の現実を目の当たりにさせるため、寝室の壁にかけられた姿見まで引き立てる。 女の全体像が鏡の中に鮮明に浮かび上がる。 女は自分の姿を見ると、直視できないとばかりに顔をそむけた。 自分は、「よく見てごらん、今までで一番きれいだよ、 きみが美しくなるために丹精込めたぼくの縄だよ」と言った。 優美な曲線につつまれた美しい女の生まれたままの姿がある。 その身体へ亀甲縛りと呼ばれる麻縄による緊縛の意匠が施されている。 首に掛けられた縄が縦に下りて、菱形を四つ連ねて浮かび上がっている。 亀の甲羅の文様に似せられていることが縛りの名称の由来であろうが、 ふたつの乳房を際立たせ、腰を引き締め、股間に及ぶまで綾をなす縄の文様は、 縄化粧と言えるほどの手の込んだ美しさである。 その見事な意匠にアクセントを与えているのは、四つ目の菱形からさらに縦へ下ろされた縄である。 なめらかな下腹部をつたい、ふっくらとした肉の間へしっくりと消えている様子は、神秘的でさえある。 正面ばかりではない。背後の縄の存在感は、正面の華やかな美に対して、重量感を感じさせる。 後ろ手にされた身体の上へ、麻縄が力強く縦に横に斜めに交錯している。 無数の縄の集積は肉体の拘束感をあらわにし、縄によって変形させらた残酷をあからさまに伝えている。 両手がしっかりと結ばれているのが、置かれた境遇を女が懸命に耐えているさまをあらわしている。 その一方で、かたちよく引き締まったなまめかしい尻の割れめから這い上がってきている縦縄に、 悩ましいくらいの魅力があらわれているのだ。 そうした自分の姿を、正面に向けた女の顔は、唇を引き締め、瞳の大きなまなざしで見つめている。 真顔になっている清楚な容貌だ。 美しい顔立ちと綾なす縄の造形による妖美な肉体のオブジェがそこにあるという感じだ。 そのときである。 「ううっ、う~ん」 と緊縛された女体がもどかしそうな身悶えをひとつ大きく示した。 女の顔を見ると、 「ああ~ん」 と鼻にかかった甘ったるい声音をもらしながら、悩ましそうなまなざしを浮かべ、鏡の姿に見入っている。 「ああっ、感じる……感じる……感じるの……」 不自由な身体をうごめかせて、突きあがってくるものを懸命に抑えようと、太腿をすぼませている。 女の中で何かが目覚めた感じだった。或いは、何かに火がついた感じだった。 「ああっ、いやよ……ああっ、恥ずかしい、いやっ、いやっ、いやよ…… 緊縛された全裸をやるせなさそうにくねらせては、悩ましい吐息をついている。 その悶える姿は、縄に捕らえられた動物がうごめいているような感じだった。 優美な曲線をあらわす肉体は、切なそうにうねりくねりしている。 清楚だった顔立ちも媚態をあらわにした表情に変わってきている。 「ううっ~、ううっ~」 女の悩ましく気張る声がどんどん高まっている。 自分は女の股間へ指を差し入れてみた。 縄が滴るくらいにぐしょぐしょに濡れていて、そのあたりが灼熱しているように熱かった。 女の身悶えは身体全体へ及んでいき、立っている姿勢がもどかしそうだった。 「あうん、あうん……」 泣き出しそうな声を出しながら、ついに立っているのがままならず、くずれるように床へへたり込んだ。 そして、座っていることも我慢できず、身体を床へ預けるように横たわった。 だが、女を突き上げてくるものを止めることはできなかった。 「飛び出したい、飛び出したい……いく、いくっ、いくっ……」 床をのたうちまわるように悩ましい身悶えを繰り返しながら、そう言うなり、ひとり昇りつめてしまった。 こんなことは、妻に緊縛を施すようになってから、初めての経験だった。 後で妻からこんな話が聞けたことを付記しておく。 この一件がどんな意味をもっていることなのか、自分にはわからない。 寝室で生まれたままの姿で正座して、両手を後ろ手にした格好をとると、あなたを待つ時間に、 気持ちはもう、あなたの縄の生贄にされる女という思いでいっぱいになってしまう。 そう思うことは、裸姿を縄で縛られるなんて常識では考えられない行為をしている自分を納得させ、 あなたの言いなりになる自分がうれしく感じられることでもあるので、縛られてすぐに始めたことです。 あなたの提案で、わたしは陰毛を完全脱毛しました。これは勇気のいることでしたが、 縄の生贄になる女にとってふさわしい身体になるのだと思うと、うれしいことだとも思えました。 あの夜、脱毛して初めての身体をあなたに捧げるのだと思うと、 あの箇所も以前より敏感になった気がして、強い興奮を感じてくるのには自分ながら驚きでした。 あなたが寝室へ入ってきて、わたしを後ろ手に縛り、 あなたの前へ全裸をさらさせたときの胸苦しい思いは、いままで経験したことのないくらいのものでした。 これから縛られるのだという思いが掻き立てる不安と期待と、 恥ずかしい箇所をあからさまにされた羞恥と、いろいろな思いのまぜこぜになったものでした。 あなたからキスを受けて、胸苦しい思いは一気に現実的な感じになりました。 あなたが丁寧な手つきで縄に結び目を作っているのを見ると、 あの縄をかけられることで、この胸苦しい思いも吹き飛ばしてもらえる、そう思えました。 いつもより敏感になっているのか、首に最初の縄をかけられただけで、 ぞくぞくするくらいの興奮が感じられました。 股間へ縄をとおされるときには、気持ちよく昂ぶってくる興奮が身体を火照らせ始めていました。 ところが、縄掛けが進んでいくにつれて、身体に縄が密着していく感触がもたらされるにつれて、 身体の上に多く掛けられ縄の拘束感が強くなるにつれて、肉体をきゅっと締め上げてくる縄は、 胸苦しい思いを吹き飛ばしてくれるどころか、ますます悩ましくさせていったのでした。 それは戸惑いさえ感じさせるほどのものでした。 股間へとおされている縄が緊張していくことに自然と注意を集中させられました。 締めあがってくる感じになると、縄が女の敏感な箇所を圧迫し、もっと締められたいと思わせました。 全裸で緊縛されることは、それだけで興奮が感じられることです。 でも、その夜の緊縛は何かが違っていました。身体に縄の文様ができあがるころには、 肉体を包むように締め上げてくる拘束感がじれったいような感じで、興奮が足りないと感じさせたのです。 後ろ手に縛られ、両腕も固定された縛りが終わり、我慢できないくらいのもどかしさのために、 顔を上げているのも辛かったのです。 あなたに縄尻を取られ、姿見の前まで引き立てられていったときには、 肉体が求めているとてつもなく大きな興奮から自分を守るのに精一杯だったのです。 けれど、我慢に我慢をかさねても、胸苦しい思いのもどかしさは、 肉体に密着した縄の拘束がわたしというものを中へ閉じこもらせるようにするのとは裏腹に、 わたしの肉体はその縄に包まれた外へ飛び出そうと強引になっているのです。 わたしには、その外にあるものが何かとてつもなく美しく大きなことのように感じられるのです。 そのとき、肉体の芯にあるものが頭の中で炸裂して、わたしは訳がわからなくなりました。 あなたに後で聞いたことでは、床に転がって身悶えしながら、昇りつめたということですが、 わたしには寒気をおぼえるくらいに激しく痙攣を感じた感覚しかなかったのです。 生まれて初めての経験でした。 …………… |
この妻に何が生じたかを探求するのがこの夫婦のそれからの緊縛生活だったが、 残念ながら、夫が突然の事故で死亡したため、答えを求めることはできなかった。 緊縛の効果の注目すべき実例と思われるので、ここに掲げることにした。 |
☆NEXT ☆BACK |