さて、「結びの」と言いながら<始まりの>、「緒言」と言いながら<まわりくどい>書き出しも、 そろそろ、終わりに近づいてきた。 残るは、<緒―細ひも、糸―>を<縄>にして、糸口を作るということになる。 何の糸口かと言うと、これから入っていく<上昇と下降の館>への導入ということである。 ギリシャ神話にある名匠ダイダロスの造ったクレタ島の迷宮(ラビュリントス)も、 そこに住む身体が牡牛で頭が人間の形をしたミーノータウロスという怪物を倒すために、 英雄テーセウスは、彼を慕う王の娘アリアドネーから与えられた糸玉を頼りとして入り、 怪物を倒して見事脱出することができたのだった。 これで毎年生贄として捧げられてきた七人の青年と七人の処女は救われたのである。 入る前から脱出する話もないが、要するに、その糸のように縄が必要で、 当然のことで、美しいアリアドネーのような女性がいなくてはならないということである。 余談であるが、このアリアドネーは、テーセウスと一緒にアテーナイをめざして出帆するが、 途中、ナクソス島へ立ち寄ったとき、眠っているすきに置き去りにされてしまう運命だった。 慕う相手のこのような不実がアテーナーの神託であったにせよ、彼女の嘆きははかりしれないものだった。 その姿を見て、慰め、妻としたのが酒と豊饒の神ディオニューソス(バッカス)であった。 ディオニューソスは、集団的狂乱と陶酔を伴う秘儀における神で、女性の熱狂的な崇拝を受け、 節度や個体を破壊するということでは、人間に内在する<荒唐無稽>を象徴しているものだと言える。 さて、さて、縄がわれわれの身近にあるように、昨今の時世では、全裸の女体緊縛というものも身近にある。 全裸の女体緊縛写真など、名の知れた女優さえモデルになって、一般書店でも堂々としている。 <緊縛>が当然なものになっているとは言えないことだが、ありきたりなものにはなっている。 だから、そのありきたりな緊縛写真を導入とすることが自然なことに違いない。 |
生まれたままの全裸の姿になった若い女性が撮られていた。 優美な起伏を見せる女らしい曲線に縁取られた姿態は、 愛らしい感じの乳首と豊かに隆起した乳房を際立たせ、 ふっくらとした漆黒の茂みを股間へなまめかしくのぞかせていた。 女性は可憐な顔立ちをしていたから、それだけでも充分に魅力的なヌード姿であった。 だが、女性はヌード姿のままではいなかった。 荒々しい麻縄で縛り上げられた姿態を撮られていた、緊縛写真と呼ばれるものだった。 公園の歩道と思えるような場所へ女性は横臥させられていた。 白いスーツにブラウスを身につけていたが、スカートは剥ぎ取られ、ショーツも脱がされていた。 上着の胸をはだけられて乳房を出させられ、 上下に幾重にもかけられた胸縄が後ろ手に自由を奪っていた。 両足首もまとめられて縛られていたが、白いサンダルは履いたままだった。 投げ捨てられている新聞紙や空き缶などと同様に、 物同然として地面へ転がされている女性の表情は困惑していた。 建物の玄関で、女性は後ろ手に縛られた全裸で正面を向き、木製の階段へ座らされていた。 首からは縦に菱形の縄文様が四つ際立ち、 その縄の先は開かれた両脚の間にのぞく漆黒の茂みへもぐりこんで、背後へ通されていた。 身体の左右に引かれ菱形を作っている四筋の横縄は、 形よく乳房を突き出させ、肉体に綾をなすような感じになっていた。 女性はあられもない姿を見つめられる羞恥から視線をそらせ、 唇は「いやっ」をつぶやくように開かれていた。 菱形文様の全裸の緊縛姿のまま、女性は後ろ手に縛られていた縄だけを解かれ、 直立の姿勢で木製の階段へ立たされていた。 両脇へ垂らした手が自由なさまを示しているだけに、 肉体に綾をなしている縄目はひとつの衣裳のような印象があった。 だが、簡単には脱ぎ去れない衣裳の存在感があったのは、 股間の黒い茂みへもぐらされた縦縄が深々とはめられた感じを与えていたからだった。 顔をそらせた女性は思いつめた表情を浮かべていた。 長い髪をおさげに変えた女性は、後ろ姿を見せて寝室のベッドの前へ全裸で立たされていた。 後ろ手に交錯させられた両手首をがっちりと縛られ、 首から膝まで縦縄が貫いて、胸と腰と尻にまわされた横縄を縫うように結んでいた。 両足首も揃えられて縛られていた。 優美な曲線を示した柔らかな肉体の梱包物という感じがあった。 横を向いた顔つきには、表情を見ることができなかったから、 オブジェの感じはさらに強まっていた。 おさげ髪の女性は全裸姿で正面を向かされていた。 首からの縄が胸元で左右に振られ、 後ろ手にして乳房の上へまわされた横縄をわきの下でせり上げていた。 横縄には中央から縦へ下ろされた縄が結ばれていた。 腰のあたりで一度締め上げられ、そのまま下ろされて黒い茂みへ厳しく埋没させられていた。 股間には結び目がのぞいていた。 感触にじっと注意を傾けるかのように、女性は唇を引き締めて床の一点を凝視していた。 その緊縛姿のまま、女性はベッドの上へ仰向けに寝かされていた。 両方の足首をそれぞれ縄で縛られ、尻が浮き上がるほど吊り上げられていた。 あからさまになっている股間には、 幾つもの結び目が作られて食い込まされているのを見ることができた。 両眼をしっかりと閉じて眉間に皺を寄せた女性は、 苦痛とも快感ともつかない表情を浮かべていた。 開いた赤い唇からは、「ああっ」というやるせない声音が聞こえてくるようだった。 女性は後ろへ結い上げた髪に浴衣姿で、後ろ手に縛られ縁側へ座らされていた。 上半身を肩から乳房まで丸見えになるまではだけられ、 裾が大きくまくられショーツを引き下げられた下半身は、 艶やかな股間の茂みがあからさまにのぞいていた。 乳房を上下で挟んだ胸縄を首から縦に下りた縄が締め上げていた。 豆絞りの手ぬぐいできつく猿轡をかまされている表情は、 両眼を閉じて囚われの身を必死で耐えているような風情だった。 縁側へ仰向けに寝かされた浴衣姿の女性は、 先の緊縛姿に加え両方の太腿をそれぞれに縛った縄を首まで引かれ、 股間をこれ見よがしに大きくさらけだしていた。 股間には隠すように幾条もの縄が褌のようにその箇所を覆っていた。 胸から尻まで無数の縄で雁字搦目に縛られた女性の顔は、 かまされた猿轡の口元が開いて、薄目を開くようなまなざしはうつろに漂っていた。 乳首のこわばっている様子がはっきりと見て取れるのだった。 後ろ手にされた女性は長い髪を豊かに波打たせ、 目立つ真っ赤な唇に黒のブラジャーとショーツ姿でベッドの上へひざまずいていた。 はだけたブラジャーからみずみずしいふたつの乳房が際立っていたのは、 幾重にもかけられた胸縄と首から下りた縦縄がせり上げていたからだった。 身体を前へ突き出して顔をうつむかせた様子は、 股間をわずかに覆うだけのショーツを強調して、 生贄として捧げられた女を想像させるものがあった。 女性は身にまとった長いガウンの前を両手で大きく開いて、 直立した身体を見せるようなポーズをとっていた。 一糸まとわぬ生まれたままのその肉体には、 縦縄と横縄の織りなす緊縛の意匠がほどこされている。 深々と股間の黒い茂みへもぐっている縄は淫らだったが、 首をかしげ可愛らしく流し目をくれる女性の顔つきは、 緊縛姿が女体の美しさを引き立てるひとつの造形表現のように感じさせるのであった。 この緊縛写真集には、 縄で縛られた女性の異常な事態を説明する文章や物語は、いっさい添えられていなかった。 上記の十態の描写にあらわされたような、 拘束されて自由を奪われたれた窮屈な姿態、肉体に織りなされた縄の文様、 自意識があらわす女性の表情が百三十六態にわたってあるだけであった。 猥褻に理屈はいらない。 官能を直撃する衝撃があれば、どのような形態のものであろうと、 猥褻は存在理由をもっている、<緊縛写真>もそのようなものであった。 |
この<緊縛写真>を眺めていて、ほんの少し謎のようなものを感じたら……。 つまり、馬鹿げたことだが、 どうして、全裸になった女性を縄で縛るということがあるのか、という疑問が生じたら……。 先に渡された皺くちゃの古びた紙片の最後の言葉が思い浮かんだ。 そこには、こう書かれていた。 <同一の物を眺めていても、結ぶことをしなければ、異なったものとして見ることはできない> 一本の麻縄が足元にあった。 その縄は、前方に建っている建築物まで伸びていた。 たぐっていくことをすれば、その建物へ行き着くことができた、縄の両端を結ぶこともできるはずだった。 たぐると、屋上と地下をそなえた三階建ての館が眼の前に迫ってきた。 縄の先は、正面の閉ざされた玄関扉の下をもぐって、なかへと消えていた。 なかへ入るかどうかは、これを読んでいる、あなただった。 |
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