だが、通路をしばらく行くと道をふさいでいる者があらわれたのだ。 道化の顔つきしたその者は奇妙なものを両手にしていた。 一本の金属の棒の両端に垂れ下がった風船玉を、 そのつかんだ棒でバランスをとっているのだった。 どう見ても、その風船玉には空気しか入っていないようでありながら、 それをひどく重そうに、平衡をとるのが精一杯というふうに夢中で行っている。 Yが眼の前に立ったことにも気づかない。 「すみません、私、先を急いでいるのです、道をあけてくれませんか」 いつまでたっても、こちらの存在に気づかない相手に、彼女はついに言い放った。 「……………」 棒を平衡に保とうとすることだけに懸命な道化は、まるで聞こえていないという様子だった。 「あなた、気がついていらっしゃるの、 あなたが重そうにしてるのは、ただの空気の詰まった風船玉だということを。 そんなものをさも重そうに、必死なってバランスを保とうとするなんて、 演技としてはおもしろいかもしれないけれど、見ている方も疲れるだけだわ。 いっそのこと、その風船玉に水素を詰めて、 上昇していく玉をそのつかんだ棒でバランスを取ってみせたら。 その方がずっとおもしろいかもしれないわ。 いえ、そんなことはどうでもいいから、道をあけてくれませんこと。 あなたは邪魔をしているのよ」 しかし、Yがどのように言おうと、道化は無我夢中で棒のバランスを取るだけだった。 Yにしても、どうにもならなかった。 言葉で説得してもどうにもならないものは、 後ろ手に縛られた両手の不自由さが説得できるものではなかった。 ただひとつ、先を進むための方法があった。 その小さな人形をつかんで移動させることができないなら、またぐしかなかったのだ。 だが、それはとても勇気のいることだった。 たとえ、相手が人形であっても、剥き出しの箇所をのぞかせるということだったからだ。 道化はそのような彼女の悩みなど無関心に懸命に平衡を保とうとしていた。 Yにはその無関心が腹の立ってきたことでもあったので、心を決めることができた。 彼女は襞のあるスカートをなびかせるとその道化をまたいだのだった。 通り去っていこうとする彼女に背後から声が聞こえた。 「しっかりと見えた、それは本当に神秘的なものだ、 長い間、行ってきた労苦もこれで終わりにすることができる、 お嬢さん、ありがとう」 その重々しい言葉を聞いたYは、思わず頬が羞恥に染まるのを感じ、 みずからの行いに狼狽し、振り返ることなど、さらにできることではなかった。 ただ、先を進むこと、それだけがなしえたことであった。 |
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