借金返済で弁護士に相談



《 愛 の ゆ く え 》





椋陽児 画



出掛けに女房の幸江は夫の啓介に不安な表情を浮かべながら尋ねていた。
「あんた、本当にお金になるんだろうね、あたしはもう、そればっかりが心配で、心配で……」
啓介は薄汚れた眼鏡越しに相手を見つめ、客に見せるような愛想笑いをして答えるのだった。
「もちろんだよ、立派なお金になるさ、それも、おまえがびっくりするような大金だ」
夫の自信に満ちた口調に、幸江はほとんど納得していないという様子で問い返すだけだった。
「大丈夫だろうねえ、そう言ってあんたは、これまでに何度も何度も失敗を重ねてきたからね。
あたしは今度もそうなるんじゃないかって、そればかりが心配で心配で……
なにせ、もう貯金は底をついているんだよ、あたしが食堂のパートをやっているだけじゃ、
家賃と光熱費を支払うだけで精一杯だよ、
あんたに少しでも稼いでもらわなきゃ、あたしたちは飢え死にするんだよ。
なにしろ、あたしたちは、飯ばかり一人前に食って、
ほかには何もしないペットを一匹飼っているようなものなんだからね。
それがお金になるからって、あんたが言うから、あたしは我慢をして世話までしてきた。
それがお金にならないって言うなら、これまでただ飯食わせきたことは何なんだって言うの、
あたしは自分の食べる分をけずってまで、あれに贅沢なものを食わせてきた、
それだって、あんたが健康な見栄えが大切だと言うから、そうしたんだ。
それがお金にならないって言うなら、あたしはもう……もう、限界だよ。
なにせ、あれは……」
「わかった、わかった、大丈夫だって、間違いなく金になる、そのために行くんじゃないか」
夫が遮らなかったなら、妻の繰り言は永遠に終わらなかったかもしれない。
結婚して二十五年、若いときからよくしゃべる女だった、他愛のない楽しみをよくしゃべる女だった。
それが、五年前に啓介が会社をリストラされてからは、
歳月を追うごとく、しゃべる内容は色褪せた愚痴へと変わっていった。
変えさせるものはなかった、ただ収入のほかになかった。
その収入が途絶えていたのだった。
啓介もはじめは簡単に転職ができるとたかをくくっていた、なにせ人事課のベテラン課長だった。
ところが、まじめに求職活動を続けたが、失業手当の切れる一年が経っても決まらなかった。
二年目もまじめに求職活動は続けたが、決まらなかった、退職金だけが減っていった。
三年目になって、ついに就職は無理だと判断して、自営業を始めようと一念発起した。
リサイクルの商売がいまは盛んだと聞いて、リサイクル・ショップのオーナーになることを決断した。
商売など生まれてはじめてのことだったが、無知や願望が前途への期待をふくらませた。
フランチャイズの代理店募集へ参加し、代理店契約料と店舗賃貸料と商品代金を支払った。
しかし、店舗を開いて半年が経っても予定の売り上げには到達せず、客足は途絶えていくばかりだった。
そのうち、フランチャイズの本社が倒産し、店舗運営の見通しがさらに立たなくなってしまった。
店舗と生活維持のために金はどんどん出て行った、残ったのはリサイクル商品の山だった。
廃業を決意し、商品は同業者へ売り払われたが、ゴミ同然の値段にしかならないものだった。
唖然とさせられる結果だった。
勤めていた会社では人事課の実直者で通っていた啓介を変えさせたできごとだった。
啓介は、突然、ギャンブルによる収入に目覚めたのである、三年目の終わりだった。
順調にいかない事業のうさ晴らしに買った一枚の馬券が万馬券についたのである。
リサイクル商品の販売で十万円の利益を上げる底知れない苦労が一枚の紙切れを買うだけでできた。
地道に行なう商売がばからしいものだとは感じなかったが、
こつこつと貯めてきた金が漏れ水のように気づかないうちに大きく失われていくことは耐えがたかった。
妻との間に子供はできずにきた、貯蓄はふたりの老後のためのものだった。
退職金のほとんどは店舗事業の失敗で失われてしまった。
それを取り戻さなければ、明るい老後もありえなかった。
啓介は退職金の残りを賭け、ギャンブルに徹したのであった。
何をとちくるったとひとは思うかもしれない、だが、暗澹にこそ希望の光はいっそう輝いて見えるのだ。
夫の変貌に幸江はその意気込みを渋々ながらも受けとめるのだった。
それがギャンブルであろうと、啓介は収入を幸江に手渡したことは事実だったからだ。
だが、最初のうちは順調だったギャンブルも、投資する金額が増すにつれて負けるようになっていった。
四年目の半分が過ぎた頃には、賭け金もほとんど底をついていた。
さすがに、妻は夫に出走よ止まれと金切り声の警告を出すのだった。
そのときは、まだ啓介も幸江の言葉を聞くことのできる余地が残っていた。
夫は言われたとおりギャンブルで稼ぐことを断念した、
その代わりに、友人が一緒に始めようと持ちかけてきた投資の話に乗ったのである。
株取引や商品取引などではない、れっきとしたベンチャー企業への投資だった。
もっとも、友人と言っても、競馬場で顔見知りになっただけの男であった。
ただ、その男も長年経理課に勤めていた会社を解雇されたという境遇が親近感を抱かせたのである。
男の持ちかけてきた話はアダルト・グッズの製品開発に投資を行なおうというものだった。
最先端のインフォーメーション・テクノロジーの業界では一時の隆盛はいま見られないが、
隠れた大規模産業であるアダルト業界の世界では、ベンチャー企業が盛んに勃興している。
そのひとつの企業がパンツを履くように装着するだけで、
挿入もせんずりもなしにアクメのえられる、特許に値する製品を開発したのだが、
多大な研究費を費やしたために商品化する資金力がないというものであった。
この商品は若い年齢層にのみならず、老齢層にまで対応する画期的な商品であることから、
単なるアダルト・グッズにとどまらない、全世界と万人を対象とした市場性のある、
まさに健康医療器具に国家認定されるべき大発明品で、特許申請を行なっている最中というのであった。
啓介は元経理課の男に連れられて、ともかくもその企業の社長と会ってみることになった。
会社は東京銀座の外れに位置した八階建ての小さなビルに二十社近い企業が入っているなかにあった。
六畳二間の事務所には、痩せて蒼ざめた実年の社長と白くふくよかな中年の女性事務員が、
机と椅子以外はほとんど何もないと言ってよいような簡素な雰囲気のなかで仕事をしていた。
仕事していたと言っても、社長は机にうずたかく積まれたスポーツ新聞を読んでいた、
事務員も同じように社長など眼中にないといった様子で積まれた女性週刊誌を読んでいた。
うらぶれた企業が廃品で拾ってきた古雑誌古新聞で暇をもてあそぶ光景に見えたが、見ようによっては、
その読書のあまりの熱心さは社会の動向を鋭く察知しようという情報収集の仕事に見えなくもなかった。
いずれにしても、痩せて蒼ざめた社長は気味の悪いくらいの愛想笑いを浮かべて来訪者を歓迎した。
そして、「百万の言辞よりもその効果をひと目見てもらえればわかる」と言い、女性事務員へ合図した。
女性事務員は隣室へ立ち去り、しばらくすると、「よろしいですわよ」という甘ったるい声が聞こえてきた。
社長を先頭に啓介、元経理課の男と連なって隣室の六畳間へ入った。
この場合の六畳間という表現は正しい、そこは実際畳敷きの部屋で夜具まで整えられていたのだ。
啓介は靴を脱いで部屋に入るということにもびっくりしたが、それ以上に驚かされたのは、
夜具の上に女性事務員がピンク色のネグリジェ一枚の姿でしなをつくるように横臥していたことだった。
社長も元経理課の男も、事務員が啓介に流し目をくれることさえ見慣れているという様子で平然としていた。
啓介はどきまぎしていた、薄いピンクのネグリジェからは柔肌が透けて見えていたのだ。
豊満な肉体のふたつのふくよかな乳房は大き目の乳輪と乳首をはっきりと確認させていた。
社長は事務員に「アクメエラールをご覧に入れなさい」と言う、商品はアクメエラールというのだった。
女性事務員は腰を覆っていたネグリジェを緞帳を引き上げるようにそろそろとたくし上げていった。
白くむっちりと脂肪のついた腰にあらわれたのは、太い縄のような山吹色の褌のようなものだった。
その山吹色の褌のような縄のようなものが女性の股間へしっかりとはめ込まれていた。
この場合のはめ込まれていたという表現も正しい、
その縄褌は女のわれめへあからさまに埋没しているのであった。
啓介は見知らぬ女性の陰毛を見せられた衝撃もさることながら、埋没には目を奪われるばかりだった。
社長の商品説明が始まったが、啓介には半分しか聞こえていなかった、
もっとも、聞こえていてもその十分の一もわからないような話だったが……
量子力学にトンネル効果というものがある。
ミクロの世界ではエネルギー的には行けない場所に粒子が現れることがある。
ラジウムなどの放射性元素はアルファ粒子が原子核の内部から表面を通って外へとびだす。
表面は粒子にとっては壁のようなものであり、
原子核内部の粒子は表面張力をこえて外へ出るだけのエネルギーを持っていないはずだが、
粒子は波動の性質を兼ねそなえていて壁を通して外へしみ出すため、粒子が外へ出てくるのである。
山に掘ったトンネルを通して粒子が外へ出るように見えるので、この現象をトンネル効果とよんでいる。
つまり、接しているふたつの金属の間にわずかな隙間があると、
そこを通るには電子は一度金属から外へ出なければならない、
エネルギー的には不可能なはずだが、
実際にはトンネル効果により、電子が移動し金属間に電流が流れる。
この電流というのが人体にとって特別な効果を持つことを発見した。
ただ、微弱な電流であるために、人体への効果がこれまで確認されなかった。
DNAというのが螺旋の形状を持っていることから霊感をえた。
自然の植物繊維である麻にミクロの金属粉を織り込み、それを撚って縄の形状にする。
ただし、何の金属粉でどのように撚るかという方法に発見があるから、研究秘密でそれは明かせない。
いずれにしても、その縄の形状の装置を人体へ装着するとアクメへ至らせる効果がある。
それは、この被験者にあらわれる効果が証明している……
小学生以来、母親に鞭打たれるようにして長きに渡る受験勉強を耐え、国立大学の物理学部へ入学し、
受験から開放された喜びに女狂いを経験した果ての一大発見であるという社長の言うとおり、
横臥してしなをつくっていた女性事務員は次第に腰をくねらせ始め、
はめ込まれている山吹色の縄褌が我慢のできないものであるかのようにしきりと手をやりはじめた。
だが、それは例のトンネル効果のせいかわからなかったが、ますますわれめへ食い込んでいくのだった。
ついに、女性の口からは、「ああ〜、ああ〜」と悩ましげな甘い声音がもれはじめ、
ネグリジェをはだけさせた両手でみずからの豊満な乳房を揉み上げ、腰をいっそう悶えさせた。
「ああっ、ああっ」と声を高ぶらさせていくと、もう周囲に気を配る余裕などなくなっていた。
もっとも、最初から羞恥心の薄い感じのする女性には違いなかったが、
ついに本領発揮とでも言うように、大股開きにして股間の箇所をこれ見よがしにさらけだすと、
「いくっ、いくっ、いくっ〜」と叫び声を上げて、全身を上気させ痙攣をあらわしながら昇りつめたのだった。
この様子は、社長の話をほとんど聞かずに女性のありさまを見つめ続けていた啓介を説得した。
男性用のタイプは陰茎と睾丸を二本の縄で挟み込むもので、効果はまったく同様であると聞かされても、
眼の前で本気で気をやる女性を生まれてはじめて見せられた啓介には、
猥褻な現象は論理的な言葉より納得がいくことだった。
妻と二十五年来連れ添ってきたが、幸江には一度も見たことのない恍惚とした女の表情だったのである。
社長は、「企業投資家としてアクメエラールヘ三百万円の投資をお願いしたい」と言った、
啓介は下腹部に勢い立ったものが久々にあったせいか、高ぶった思いでこころよく承諾を口から出した。
こころよく承諾を口から放出させなかったのは幸江だった。
幸江の女性構造が啓介と異なるのであるから、口から出すものがバルトリン腺からの粘液だけであっても、
また、アクメを知らない女と言われても、女性が嬌態をあらわす仕方にも十人十色ある、
啓介だけ先に行ってしまって相手を見れば、そう見えたことなのかもしれないのだ。
だから、思いを遂げたように晴れやかに新たな金儲けの話を聞かせる夫に、彼女は、
「そんなわけのわからないものに出資したって、失敗する事業になるに決まっている」と答えるのであった。
幸江にすれば、アクメエラールがどうのこうのというよりも、被験者の効果がどうのこうのというよりも、
啓介が儲け話に勃起することの方がすでに不信感を抱かせることだった。
すでに退職金は雲散霧消し、希望のかけらの長年かけた貯蓄に手をつけようというのだった。
しかし、啓介は本気だった、本気で気をやる女性を見ただけ本気であった。
夫は妻に、「おまえだってアクメエラールの効果を身をもって体験すれば、商品の凄さがわかる」と言った。
妻はそのようなものを装着したいとは思わなかった、だが、ほかに夫の勃起を断念させる方法がなかった、
失われてしまった財産を取り戻すためには、望みのある投資を行なうしかなかったのだ。
夫を頼るほかなかった、というよりは、偉い研究者が発明した健康医療器具を頼るほかなかった。
互いの思惑は相反していても、アクメを求めて結合しあう夫婦は企業への投資を納得したのである。
アクメエラールは男女用各五千本が生産され、一本一万円の価格で販売された。
利益率は価格の七十パーセントで、そのうち出資者の報酬は三十パーセントだった。
かりに三千本売れたにしても、九百万円は見返りのある計算になった。
だが、売れなかった、発売以来半年が経過しても、ほとんど売れなかった。
商品が売れない理由には、商品の需要、販売の方法、販売の時期、そして、宣伝の方法が考えられる。
商品の需要、アクメは万人が欲する人間として至福の境地であるから、百パーセント存在する。
販売の方法、アダルト・ショップと通信販売で全国展開し、ブームに乗じて一般店舗へ設置する。
販売の時期、アクメの要求に季節などないから、一年が繁盛期とすることができる。
宣伝の方法、商品の独創性の説明、健康への効用、使用方法等の書かれたチラシ十万枚を配布する。
社長が言うには、この用意周到をもって行なったことだった。
残るは肝心かなめの商品である。
しかし、これはたいして効果のないような健康医療器具の通販商品が宣伝ひとつで売れるのだから、
アクメエラールのようなまともな発明品が売れないわけがないというものであった。
確かに発売当初、そこそこに購買の反応があったことは事実だった。
だが、それはすぐにクレーム付きの返品ということを招いただけだった。
返品の理由は、装着しても何ら効果がない、時間が経つと痛くて仕方がないというものだった。
社長は、「そんなはずはない」と強硬に自説のトンネル効果的アクメ理論を主張した。
その自信の裏には、みずからもアクメエラールを装着して喜びに昇りつめた事実があったからだった。
アクメ到達の相違がどこにあるのかということが判明したのは、発売から半年が経過してのことだった。
マゾヒストだとされる女性が装着した結果は、アクメエラールの効果は見事にあらわれたのだった。
つまり、この商品はマゾヒストの女性及び男性にしか効果がないことがわかったのだ。
社長が長きに渡る受験生活の結果から経験した女狂いというのは、女王様にかしずく奴隷男だったのだ。
母親の言いなりになる受験奴隷であった社長は、ただ仕える主人を変えたにすぎなかったのだ。
これでは、あまねく老若男女の市場の広さは、一挙に限られた異常性愛者御用達のものになってしまう。
しかも、この程度のアクメであるなら、普通の麻縄を股間に締め込まれただけでもえられる、
一本一万円の高価なものなど必要ない、二メートル程度の麻縄であれば五百円もしないというのだった。
さらに、股間を締めこむ以外、短すぎて一般の麻縄が持つ汎用性に欠けると断定されたのであった。
アクメエラールの入った美しく立派な桐の化粧箱がもったいないくらいだとさえ評価されたのである。
下りるかどうかもわからない発明の特許承認申請中に、商品はすでに市場から下ろされたのであった。
簡素な事務所は在庫品のカートンで埋め尽くされ、事業を行なっている雰囲気がようやくできた感じだった。
ふくよかな女性事務員が実演するアクメエラールの宣伝コーナーもアクメエラールの山が横臥していた。
啓介は社長に詰め寄った、そのとき、元経理課の男は連絡の取れない状態になっていた。
この男には、出資者を連れてきて事業が成功したあかつきに五十万円を支払う約束がしてあったと言う。
社長は何もかも洗いざらい打ち明けた、その上、社長は、
「事業に失敗は付きものです、あなたは投資で三百万を失ったかもしれないが、
私はその何倍も研究開発費と事業の維持費で失っています、私の家はすでに抵当に入っていて、
あなたに差し上げられるものと言えば、ここにあるアクメエラールの商品在庫か、私の娘しかありません、
あなたも虎の子の貯蓄を失われたのであれば、私も虎の子の娘を差し出す以外ありません」
と言うのだった。
啓介もこれまでの尋常でない人生経験にさらされ続けてきたせいか、その申し出を異常とは感じなかった。
金になることであれば、四の五の言ってられなかった、幸江には事業の失敗はまだ内緒だったのである。
娘を差し出すとはどういうことかと尋ねると、社長の話はこうだった。
「金持ちの好事家の世界では、愛奴というものが珍重され喜ばれています、
愛奴というのは、主人と呼ばれる人物の持ち物となって、主人に申し渡されることであれば、
いっさいの不服を言わず、その言葉を恩寵のように感じて追従する身分の者のことを言います、
ただの奴隷と違うことは、愛奴は主人に独占的な愛をかけられて境遇を保証されるペットであることです、
或る作者が書いているところによれば、愛奴の値段は原価で三千万円、
売値に至っては四千二百万円です、ただし、これは特殊な機関で育成された愛奴の場合ですから、
一般には三分の一ぐらいにしか見積もれないと思います、それであっても、千四百万にはなります、
あなたは三百万の原価で娘を手に入れるわけですから、差し引き千百万の利益になる勘定です、
世の中の娘を持っている親はすべて、娘の容姿が整っていて健康でありさえすれば、
一千万円以上の利益になる商品を抱えていることになる、
これだけ失業者が増え企業が倒産し商店が廃業している大不況時代にあって、
金に困っている親が手塩にかけた美しい娘を持っていさえすれば救済されるという幸運な事情です、
ひとが余っていて、ひとの価値が下落しているなかにあって、ひとの価値が評価されるまれなことです、
国も泥沼の不良債権処理などにではなく、愛奴事業へ政策転換した方が救済策になるのではないか」
とまあ何だかわけのわからないことを社長は夢中になって話し続けたが、
啓介にはその数字の部分だけがやけにはっきり聞こえてきた話だった。
しかし、そのように儲かる話なら、どうして社長みずから行なわないのだ、
とだれしもが思う疑問を啓介も感じたので、それをぶつけた。
社長にはそれまでの勢い立っていた調子が突然途絶えた、躊躇しているようだった。
そうであろう、自分の娘をひとにくれてやるという話に躊躇を持たない親などいるはずがない。
だが、いたのだ、社長は娘を差し出すことに躊躇していたのではなかった。
社長はマゾヒストの奴隷男だった、そのことをあからさまにすることにさえ、ためらいはなかった。
躊躇は社長みずからが娘を育成する能力を持っていないことを告白することだった。
母親から受験勉強という牢獄のなかでマゾの奴隷男に育成された社長には、
女性を育成することができなかった、親として娘ひとりさえどうにもならなかったのである。
しかも、愛奴の商品価値は素材もさることながら、育成がかなめの事柄だった。
愛奴として一人立ちさせる育成が見事にできれば、どの親も儲かるという条件が付いていたのである。
親として、男性として、人間として、年長者が若輩者を育成する能力をまったく欠いている、
この事実は社長の自意識からすると、マゾの奴隷男であることよりも情けないことだったのである。
どうもこの社長の心理は屈折していてわからないところがあった。
だが、そんなことよりも、いまは金だ、金だ、金を生むものであれば鶏だって、人間だっていい。
娘っ子ひとり、ふたりの育成ができないだって! なにを情けないことを言っているんだ!
啓介にはむしろ人事課のベテラン課長であったプライドがもっこりと蘇ってくるのが感じられることだった。
だが、愛奴の育成方法がわからなかった。
社長も、かの作者が書いている機関という場所で行なわれている方法では金がかかるので無理だ、
もっと家庭で簡単に行なえるような方法でなくては駄目だ、と言うのであった。
いま必要なのは収入であって、支出ではなかった。
結局、かの作者が書いていることをもとにして、社長が提供してくれたSM雑誌を参考にして、
啓介が独自の愛奴育成マニュアルを作りだすことになった。
彼はそれを一晩でやってのけた、SMには趣味も関心もなかったから、
扇情と思い入れで事情をむやみに増幅させなかった分、仕事はすみやかにいったのだ。
作り出された愛奴育成マニュアルは簡単なものだった。
1.女性を全裸にする。
2.全裸にした女性を麻縄で縛り上げる。
3.縛り上げた女性を柱に晒しものにして、羞恥と屈辱の底へ精神的にも肉体的にもなぶり落とす。
4.調教は女性が主人に仕える奴隷の身分であることを納得するまで続けられる。
5.そうして生まれ変わった女性こそがはじめて主人に愛されるものだと自覚させる。
6.奴隷の愛される深さは付けられる値段によって決まり、高値こそ真の愛奴の誇りであると悟らせる。
7.最後に、いまの不況の世の中、若い者にだってそう簡単によい職は見つからない、
愛奴は望んだからといってなれるものではない職業であるから、失業のない前途有望があると教える。
付帯項目 方法の実践はSM雑誌等の写真や絵画に従って行なわれること。
啓介には、マニュアルの出来上がりとして、第7項目が一番気に入った箇所であった。
出来上がったマニュアルの次は愛奴の育成場所だった。
事務所はアクメエラールが占拠していた、その上、晒しものにさせる柱がなかった。
社長の自宅ということになったが、これはすでに人手に渡っていて駄目だった。
晒し柱にはこだわりがあった、方法があっても様式のないものに美は生まれないという考えがあったからだ。
実年に至った世代は、伝統を破壊して新しいものを創造するという意欲にはもはや欠けていて、
伝統のなかにこだわりを見つけだす傾向にある、この場合は麻縄と柱が必要不可欠なものであった。
結局、啓介の自宅ということになった、日本家屋の古い借家であったが、晒し柱は存在したのである。
だが、柱と同じくらい家を支えているもうひとつの存在があったことも事実だった、妻の幸江である。
啓介はマニュアルにそって行なわれることをどのように説明したらよいかを悩んだが、
つまりは、いつものように何もかも素直に打ち明けたのだった、
もっとも、アクメエラールの事業の失敗が原因であることは言わなかったが……。
意外だったのは、このような突拍子もないことが自宅で行なわれることに幸江は驚きも反対もしなかった。
ただ、本当にお金になることなら協力するが、そうでなければ限度があると答えるだけだった。
いずれは貯蓄庫は粉砕するのである、ともった赤貧の火はじりじりと燃えながら向かっているのだった。
奥の部屋にある仕切りの柱が使えるということになり、その四畳半を奴隷にあてることになった。
縄を巻きつけた晒し柱を眺める啓介には、まるで愛奴に育成する女性の全裸が見えるようだった、
一方の幸江には、柱にとぐろを巻く麻縄ではなく、パチパチはじける導火線が見えるようだった。
そして、奴隷になる社長の娘がやってきた。
社長に連れられて啓介の自宅へ来たのではなかった、ひとりで住所を頼りにやってきたのである。
啓介はその二十三歳になる娘をひと目見た瞬間、その可憐さにどぎまぎしたものを感じたほどだった。
娘は愛奴になるためにここへ来たのだから、名前など尋ねる必要はなかった。
奥の部屋まで通すと、啓介はすぐに、「下着姿になれ」と命じた。
清楚で可憐な娘は、おとなしく言われるままに身に着けていたスーツとブラウスとスカートを脱ぎ去った。
その思い切りのよさは、あらかじめ奴隷になることを言い含められてここに来ているという感じだったが、
社長に育成の器量はなかったから、この娘が本来が持っている性格であったのだろう。
啓介は最初から全裸姿では可哀想だと思い、下着姿のままではじめての縄掛けを行なうつもりでいた。
「正座しろ」「両手を背中へまわせ」と命じられることに素直に従う娘は好意さえ感じさせるものがあった。
丸めた座布団を相手にしっかりと練習した緊縛の成果を元人事課長が見せるときがきた。
これで、もたついたり、貧相な縄掛けしか行なえないさまをあらわしたら、奴隷になめられるだけだった。
幸江はそのふたりの様子を部屋の入口からじっと眺めていたが、
男が女を縄で縛る、そんな趣味みたいなことが本当に金になるのかという疑心のまなざしであった。
がっちりと後ろ手に縛られ、乳房を上下に挟んで幾重にも胸縄の掛けられた縛りの姿が出来上がった。



俯いたままでいる娘の前に立って、啓介は思っていた以上にうまくいった縄掛けに満足しながら言った。
「今日から、おまえはここで生活する奴隷だ。
奴隷は主人の命じられるままになるから奴隷なのだ、その奴隷でいることにどれほどの喜びがあるか、
私がおまえを育成して自覚させてやる、おまえは私とここにいる幸江の言いなりになるんだぞ、
わかったな、わかったら、返事をしろ、素直に言うことがきけない場合はお仕置きするからな」
多少凄んだ調子で宣告した啓介の言葉に、娘は、「承知いたしました」とその日はじめての言葉を口にした。
無口な娘だった、娘の吐く言葉は「はい」と「」承知いたしました」以外にほとんどなかったのだ。
その点だけを言えば、見事に育成された奴隷という感じだった。
だが、態度だけでは表面である、女としての性感を率直にあらわすことがなくては見せかけである。
啓介は調子にのった思いで、奴隷の縄尻を取って立ち上がらせると柱を背にして繋ぐのだった。
娘はなされるままだった、嫌がる言葉をもらすでもなく、立ち振る舞いに示すでもなく、
女性のたしなみをあらわすようなその従順さは輝いてさえいた。
立った姿勢で柱に晒しものになった奴隷をあらためて眺めた啓介は
娘の若く美しく品さえ感じさせる様子に思わず見惚れるのだった。
幸江は無感動な様子で夕飯の支度があるからと言って台所へ消えた。
啓介は障子をぴったりと閉めると、ふたりきりになった四畳半の部屋に異様な興奮を感ずるのだった。
これから、生贄の晒しものされたこの美しい女をなぶるのかと思うと、
自分にはサディズム・マゾヒズムなど興味も関心もないことだと思っていたが、
いざ現場に立たされてみると、まんざらでもないのではないかと感じるのだった。
参考資料として見たり読んだりしたSM行為のなかで、まず最初に行なってみたいと思うものがあった。
啓介は奴隷の間近に立つと、相手のシュミーズをたくし上げ、いきなりショーツを引き下ろした。
奴隷は思わず、あっ、と小さな叫び声を上げたが、されるがままになって耐えていた。
奴隷に近づいたときに鼻をくすぐっていた甘酸っぱい感じのする芳香は、
下腹部にむっと盛り上がった漆黒の柔毛をあらわにさせると、息苦しさを感じさせるくらい甘美になった。
そこへ縄をもぐらせるのかと考えると、股間に立ち上がった勢いは一気にそり上がるのだった。
絶えてなかった久しぶりの硬直だった、見られるのが恥ずかしいとさえ感じるほどあらわなものだった。
だが、奴隷は床の一点へ視線を落としたまま、なされることを待つようにおとなしくしているだけであった。
啓介は縄へ等間隔に瘤を作っていく指先が震えるばかりでどうしようもなかった。
ようやく作り上げた瘤付きの縄を奴隷の手首へ繋ぎとめる、その縄尻を尻のわれめの間へ差し入れていく。
命じられもしないで奴隷はおずおずとすんなりとのびた白い両脚を開いていくのだった。
その相手の意を察したような振舞いは、啓介をますますのぼせ上がらせていくのだった。
溶けてしまいそうに柔らかで美しい香りのする漆黒のもやだった。
そこへ荒々しい麻縄がはめこまれていく、悩ましいくらいの柔らかな弾力を持つ肉の合わせめの奥深くへ。
縄尻を手にぐるぐると巻きつけて、思いを込めてそれを引き絞ったとき、
奴隷は首をのけぞらせ、「ああっ、ああっ」と甘い声音を発して反応を示すのだった。
「ああっ……ああっ〜……ああ〜ん……」
啓介は自分の握る縄の引き加減で女の声音が変化するありさまがうれしかった。



元人事課長の手腕であったかどうかはいざ知らず、女をなぶる男を強烈に意識させたことは確かだった。
「おまえはおれの奴隷だからな、おまえを喜ばせているのはこのおれだからな。
おれがおまえの主人だ、わかったな」
啓介はのぼせ上がったまま、力の限り股縄を引き絞るとそう叫んでいた。
「ううっ〜、ううっ〜」と苦しそうなうめき声を上げならも、緊縛の奴隷は、
「……はい、私はあなたさまの奴隷です、あなたさまの奴隷になれたことは私にとって喜びです、
思いのままにしてください……」と答えるのだった。
なんと可愛い言葉であったろう、苦痛に耐えてもらす女のけなげな美しさを感じさせるものだった。
啓介は眺めていただけのSM写真では知ることのできなかった一体感を感じていた。
この美しく可憐な女が自分の意のままになる奴隷だと思うと有頂天になるのだった。
このような行為にいままで関心も興味も抱かずにいたことが惜しかったと思えるくらいだった。
啓介はハサミを持ち出してきた、次に行なってみたいと考えていたSMの行為だった。
きらりと光るハサミを見せられると、奴隷は狼狽した様子だった。
それで何が行なわれるのか想像がつかなかった、しかし、女は懸命に境遇を耐えているのだった。
恐れを抱いたその不安な表情はなんともいえず可愛らしく、啓介の淫心をさらに掻き立てるのだった。
彼は女の身体に張り付いていたシュミーズとブラジャーを切り裂き始めたのである。
それも、これ見よがしにゆっくりとゆっくりと布地にハサミの切っ先を入れて切り取っていくのだった。
少しずつあらわになっていく白い柔肌へハサミの冷たい金属が触れるたびに、
女の身体はびくっと硬直し、清楚で美しい顔立ちは眉根を寄せて唇を引き締めるのだった。
薄紅色の可憐な乳首があらわになったとき、煽られる情欲のためにつんと立ち上がっていたそれは、
啓介にみずみずしい果実のような印象を与えた。
彼は激しく鳴り続けていた胸の高鳴りから、のぼせ上がっていたために渇き切った咽喉の欲求から、
大胆にもなりふりかまわず新鮮な果実を頬張ったのだった。
それは啓介には甘美なうるおいの恵みに感じられた、女性の乳首の感触を知らないわけではなかった、
だが、生まれてはじめて、女の乳首の美しさ、柔らかさ、みずみずしさ、甘さを知った思いだった。
しかも、啓介が舌でもてあそぶのに応じて、奴隷は繊細な反応を示すのだった。
「ああっ〜ん、ああっ〜ん」
甘美な乳首以上に悩ましくやるせない甘い声音が聞こえてくると、啓介はもう遮二無二になっていた。
その手は自然と相手の下腹部にある茂みへ触れられていた。
指先は柔らかなもやのような茂みをかき分けて奥へ忍び込もうとしていた。
女が艶めかしい太腿をきっちりと閉めていたら、その侵入は拒まれていただろう、
しかし、奴隷は主人の意を察して、われめに差し込まれてくる指を受け入れるように開いていくのだった。
夢幻を思わせるその柔らかでうるおいを示す感触は乳首の比ではなかった。
襞をかき分けるたびに、どろっとしたうるおいが胸を詰まらせるようなむれた芳香を漂わせてくる。
その花弁に立ち上がる可愛らしい花芯に触れると、女はびくんとした硬直で答えるのだった。
啓介は、この美しい女がわが手にあることに、言いようのない喜びと激しい欲情を感じるのだった。
「ああっ〜ん、ああっ〜ん」
啓介の指先が花芯のしこりを愛撫していくにつれ、女の悩ましい声音はやかましいほどに高まっていく。
その高ぶりに応じて、啓介も頬張った乳首とこねりまわす指先に愛撫の激しさを加えていく。
「ううっ〜う、ううっ〜う」
ついに押し上げられた頂点の間近に来たことを告げるように、女は啓介に哀願するのだった。
「ああっ……ご主人さま……昇りつめてもよろしいですか、もう押さえ切れません……お願いです」
啓介に返事をする余裕などなかった、彼はただもう無我夢中で愛撫を繰り返すだけだった。
突然、奴隷は柱に繋がれた緊縛の裸身をびくんと大きくのけぞらせると昇りつめた。
女の肉体にしがみついていた啓介には、その喜びの痙攣が自分ごとのように伝わってくるのが感じられた。
ふたりはそのままの格好で離れずにいるのだった。
どのくらいの時間そうしていたか、わからない。
女が鎮まった痙攣からようやく身悶えしたとき、啓介も夢幻の境地から我に返ったような感じだった。
茫然としながらも、柱に立たせていた奴隷の縄を解くと畳へ優しく仰臥させてやるのだった。



生まれたままの姿に縄を掛けられて、喜びの余韻に浸る女の姿態はたまらなく美しく映った。
できれば、自分も生まれたままの姿になって、奴隷を抱きしめたかった。
そり上がったまま萎えることのない自身を、望むところのすべてを奴隷に受けとめてもらいたかった。
会社をリストラされて以来、苦労の末、はじめてたどり着いた幸福の高台に女とふたりでいる思いだった。
だが、それはできなかった、女はもうひとりいたのだ。
幸江が、「あんたぁ、夕飯、できたわよ、冷めないうち食べてよ、片付かないからぁ」と呼んでいたのだ。
奴隷の育成は一時中断しなければならなかった、中途半端な余りにももどかしい決断だった。
部屋を立ち去ろうとする啓介に、愛奴もまたやるせなさそうな流し目を投げてよこすのだった。
食卓に並んだ二人前の食事のひとつを幸江がすでに食べ始めていた。
「あれ、あの娘の食事は?」
「下女が一緒の食卓にいるなんておかしいわよ、膳を別に用意したから、あんたが後で持っていって。
どう、あの娘、見た目はよさそうだけれど、ものになるの、本当にお金になるの」
幸江は啓介の顔を見れば、金のことしか頭に浮かばないようだった。
生返事で、「ああ」と答えた啓介は、飯を食いながらも奴隷の裸身しか頭に浮かばなかった。
手早く食事を済ませると、彼は奴隷に食事と休息をとらせ続きを再開するのだった。
そうして始まった愛奴の育成であった。
娘が啓介夫婦の家に住み込んでから早くもひと月が経過していた。
奴隷は言われること為されることを卒なくこなした、愛奴の育成は順調に進んでいた、
と言うよりは、社長の娘は来たときからすでに奴隷の身上に出来上がったいた。
啓介は愛奴というものを実際に知らなかったから、わからなかっただけだった。
しかし、彼も、娘が新たに教え込もうとすることをすでに呑み込んでいることにようやく気がついたのだ。
だれがこのように育成したのか、社長でないことは確かだった。
啓介はその疑問を娘に尋ねてみた。
「女性のたしなみとして、女性のありようはこうだとお母さまから教えられました」と答えた。
そうか、癌で早くに亡くなったという社長の奥さんが教えたのか。
すると、奴隷は、「えっ、お母さまは亡くなってはいませんが」と言うのだった。
啓介は事情がよくわからなくなってきた。
彼は、どういうことなのか、すべてを話せと奴隷に命じるのだった。
娘はよく仕込まれた奴隷であったから、主人の求めに応じて素直に話すのだった。
それによると、社長が女狂いをした相手の女性というのは娘の母親であった。
社長とその女性は正式には結婚していなかった。
娘の母親はその世界では至上の女王と呼ばれている女主人だった。
三百人ものマゾヒストの奴隷男を従えていた彼女は、そのなかのひとりを選んで寛大な情けをかけた。
それが社長だった、大学院まで卒業していた物理学部の優秀な遺伝子を評価されたのであった。
社長は女王の寛大な情けで放出を受け入れてもらい、妊娠して生まれたのがこの娘だったのだ。
扶養はすべて奴隷男が行い、女王は教育だけを引き受けた。
女王は娘が二十四歳になるまで愛奴の身分にいるように育成した。
愛奴になりきれるものであれば、支配者となる女王の自覚はコインの表裏だった。
性のエネルギーさえ強力であれば、性癖のあらわれとなる対象を取り替えても意志は持続される、
マゾヒストであるから愛奴なのではなく、愛奴であるからマゾヒストになるということ、
追従することをありようとするから奴隷なのであって、支配することをありようとすれば女王となる、
表面に見える姿が何をあらわすかではなく、何をありようとしているかでその身分は決定されるのだ、
少なくとも、その世界ではその道理が性に基づいて行なわれているというのだった。
シンデレラの女王戴冠式は誕生日をもって行なわれる予定であった。
ところが、娘を扶養していた社長が事業に失敗し、家に囲っておくことが不可能になった。
社長はやむなく誕生日まで扶養する信頼のおけるひとのよい人物を捜した。
ひとのよい人物は啓介だったのである。
啓介は竹薮から宝物を発見したように、愛しいそれを扶養することだけをさせられていたのだった。
誕生日までは、ひと月と迫っていた。
娘から、このどうにも常識では考えられないような別世界の話を聞かされて、
啓介には人間というものがどういものかわからなくなってきた。
ただ、わかったことは、貧相な奴隷のような身分から女王になるというシンデレラのたとえでなければ、
追従する愛奴であるかぐや姫は実は月の女王であったというこの娘には、
いずれ別世界からの迎えが来て、こともなげに連れ去られていってしまうに違いなかった。
自分から扶養した金銭は出て行っても、別世界からは一円のお宝も入ってこないだろうことは確かであった。
社長にだまされたとわかったとき、啓介の思いは憤りと憎悪に変質させられた。
清楚で可憐な顔立ちを上げながら啓介を見つめる愛奴はありのままだった。
そのなにもかもあらわにさせた生まれたままの姿にある相手に愛着を抱いていただけに、
罪のない女を目の前にして罪を押しかぶせるさかしまを、
その罰として償わなせなければならない純真の処罰を、
啓介はあえて犯し蹂躙せずにはおさまらない欲情を感じるのであった。
幸江は買い物に出かけていた。
奴隷は正座した姿勢で両手首を太腿の上へ重ね合わせ、美しい顔を向けておとなしく命令を待っていた。
「床へ四つん這いになれ、そうだ、頭をもっと前へかがめて、尻を突き出すようにしろ」
啓介は主人である威勢を示しながら命じた。
奴隷は主人の言われるままになるだけだった。
なまめかしく盛り上がったふたつの白い小山の間に襞を重ねたうるおいの谷底があからさまになっていた。
啓介は憤りと威勢と情欲と愛着とがまぜこぜになった頑迷をあらわすような一物をさらけだした。
そして、否応なしに娘に挿入を受け入れさせたのだった。
さらに、放出の終わった後始末を奴隷の舌先と口をもって行なわせたのだった。
愛奴は完璧な愛奴として、主人の満足がいくような心遣いをもって熱心に応じたのであった。
気持ちの鎮まったとき、啓介は生まれたままの姿でいるけなげな愛奴がいとおしくてたまらなかった。
彼は奴隷の裸身を抱きしめながら、できればずっとこのままでいたいと思うのだった。
だが、幸江が買い物から戻ってくると、夢見心地でいるだけでは金にならないことを知らされた。
どのように女を思おうと、愛奴は女王に生まれ変わるために連れ去られていくのだった。
それは時間の問題だった。
どうしたらよいか、わからなかった。
ほとんど寝付かれずに、考えに考えを重ねて迎えた翌朝だった。
出掛けに女房の幸江は夫の啓介に不安な表情を浮かべながら尋ねていた。
「あんた、本当にお金になるんだろうね、あたしはもう、そればっかりが心配で、心配で……」
啓介は薄汚れた眼鏡越しに相手を見つめ、客に見せるような愛想笑いをして答えるのだった。
「わかった、わかった、大丈夫だって、間違いなく金になる、そのために行くんじゃないか」
だが、啓介に行くあてなどなかった。
銀座の事務所に社長をたずねて、事の真相をあからさまにさせたところでいったい何になる。
そこから金が生まれることはないのだ。
娘を放り出すことはできなかった、愛している女を裸で路頭に迷わすことなど絶対できなかった。
啓介は生まれてはじめて知った激しい愛を愛奴に感じていた。
彼はふらふらしながらさ迷うように歩いていくだけだった。
夫の歩き去っていく力無げな後ろ姿を眺めながら、
妻は、またしても千円札が一枚、風でふわりふわりと漂っていくのが見える気がして、
背筋が凍りつくのだった。





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