縄による緊縛の絵画表現者 序文 借金返済で弁護士に相談






縄による緊縛の絵画表現者



日本の絵画表現における、
<縄による緊縛の絵画>表現者のすべてを紹介できないのは、
ひとえに不徳の致すところである。
また、各表現者の作品が数点にとどまるということも誠に残念なことであるが、
少なくとも、紹介されている作品には、特徴をあらわす美術的表現が示されている。
それぞれにある特徴が何を意義とするかは、余計な解説を必要としないものである、
文学、音楽、美術といった芸術に付与される解説は、
その作品をより良く理解させるためにあるものと言うよりは、
その作品の見方のひとつを言えば、このようになるというものでしかない。
従って、付与された解説と異なる理解が鑑賞者の側に生じたとしたしても、
むしろ、それこそが作者の意図がその作品を通じて鑑賞者へ伝達されたときなのである。
優れた表現が一義の解釈にとどまらないことは、
長い時間を通じて親しまれてきている作品があるとしたら、
流動転変とする時代の意識に晒されて鑑賞に堪え得る、それが所以と言えることである。
<縄による緊縛の絵画>という猥褻な表現にあっても、
それは、まったく同様なことで、
安直な表現は、一見するほどの注意以上のものは惹かない。
繰り返し鑑賞することを求めさせる猥褻な表現ほど、その表現が示す多様性は、
猥褻という概念を生じさせるわれわれの性的官能はわれわれに等しくある、
ということの前提があらわされていることである。
従って、安直な芸術性を<縄による緊縛の絵画>へ付与したところで、意味がない。
意味は、猥褻であることの荒唐無稽にあり、
意義は、むしろ、より多様な見方があり得ることを鑑賞者が応答するところにある。
尚、紹介は順不同で、掲載のない絵画表現者に対する意図もない。

(2008年11月8日 脱稿)


小妻容子  沖渉二  喜多玲子  伊藤晴雨  前田寿安

富士利美(辻丸史郎)  三月泉  白石伯山(山崎無平)

春日章(堂昌一)  林月光  小日向一夢  鬼頭暁

四馬孝
  逸見闇彦  加藤かほる  佐伯俊男  三谷一馬

山田彬弘  春川ナオミ  杉三猛  西村春海  曽我部泰

大槻保彦
  大島幸男  瀧麗子  中川彩子  中島喜美

長崎徹夢  天堂寺慎(豊田みのる)  山本太郎  都築峰子

楠田茂
  福野佳宥  橋本将次  桐丘裕詩  多摩敏郎

本多弥生
  淀川晴生  林之道  古庄英文  富田茂

笠間しろう  観世一則  楡畑雄二  ケン月影  按田武志

金井清顕  室井亜砂二  星恵美子  伊藤彦造  一色一

河合敏  火野妖子  古沢岩美  戸野部健  江戸喬

椋陽児  山本タカト  佐川竹美  三保信太郎

富永謙太郎  山口椿  大島希嗣  秋吉巒  小悪征夫

神保朋世
  千白蘭(千草忠夫)  杉下玄  平野仁

杉原虹児  北原環  渡辺一行  小島剛夕  三条友美

夜生奇久
  落合恵太郎  鈴木正利  鏡堂みやび

名取春仙  江馬美久  日影玄  野崎耕作  木俣清史

田上恵子  中村春夢  水城淳  女屋雅美  出木英杞

森里涼
  郷田三郎  山伏一町  高畠華宵  山川秀峰

八木静男
  山根豊  沙村広明  栗原伸  宮西計三

岩田専太郎
  丸尾末広  羽仁京志  安里英晴

安田幸治  もとがみひろし  旭研児  ダーティー松本

綾小路麗  水澤深雪  クローバー  畔亭数久

富本たつや
  丸木戸沙童  鳥居春信  中一彌

志村立美
  岡たかし  マエダヒオミ  滝玲児

榊原正彦  山海ひろし  竹中英二郎  クロード古賀

三条春彦  悪太郎  歌川国芳  森川雄氏

安田成之
  駿河重郎  額田操  上田洋  玄海つとむ

トダユキコ  長田要  菅原卓也  由岐葵  濱田稔

春日田春夫  水江伸  江戸川笑鬼  根岸拓也



☆縄による日本の緊縛