悩ましい夢 3 かくも悩ましい夢 借金返済で弁護士に相談







< かくも悩ましい夢 >



隆行と綾子が<みどりの間>へ戻ったときには、
すでに、床の用意がなされていた。
隆行は、窓辺にある肘掛け椅子まで行くと、疲れたとでも言うように、
そこへどっかと座り、煙草を吹かし始めた。
それから、異様な緊張から逃れようと、
備え付けの小さな冷蔵庫から日本酒の瓶を出すと、グラスで呑み始めた。
「きみも、一杯、どうだい、気分がほぐれるよ」
彼は、綾子へ声をかけたが、
敷かれた夜具の上へ、横座りの姿勢で腰を落としていた彼女は、
いいわ、と答えて、
手にしたままでいた、古びた大判の小冊子をそれとなく開いているのだった。
宿の主人が自分に瓜二つだったという女性を思って書き上げた詩作品、
それを読むことなくして亡くなってしまったといういきさつは、
これから、読み始めようとしている彼女に、不思議な高ぶりを感じさせるのだった。
異様で異常な考え方をひけらかした大島という男に対して、
綾子は、気にかかる人物という印象を拭えなかった。
開かれた最初のページに始まる詩とは、
次のようなものであった。


自然との交接



一 予兆


いつの日か陽の目を見ようと
耐えてうづくまり、沈黙する
すでに風化が初まっているとも知らずに
揺らぐ塵の浮遊、眼を凝らしてみても
そんなものは影すらも覚束ない
耐えてうづくまり、沈黙している
くだらぬ六行と嫌悪してつばきした
空間をよぎる一抹の流れが焦った
行間の奈落につまずいて、そいつはしみになった
おれはしみになった――


かつて夢を現実に見る若者は世界の敷地に綾を織った
少女の微笑みにわくわくしながらも恥し気にうつむいて
いま現実を夢見る大人はそのほころびを懸命に繕う
よだれを垂らす妻の寝顔、事後の倦怠に首をうなだれて
そしてひとり老人はほこりぽく穴ぼこだらけの絨毯に座る


果しのない映像の断片
おれの知る銀幕は
フイルムの背に影を忍ばせる
それはもう脳髄の暗黒だ
塵が舞い降りては、跳躍する
それもまた果てることがない


連脈のない暗澹とした夢
この世界が原初の闇の中へとふたたび
都会の夜景、放り出された骰子
棋子を動かす子供らがぶきみに笑っている
連脈のない茫漠たる夢
死の封印をもって彼方に送られる――


時として突然往来へ飛び出していって
大声で何か、意味の不明瞭な何か
人間の言語でない言語を叫びたい
そういう衝動に駆られる
かようにと記す述もない何か
背筋に刃を突き当てられたような
漠然とした不安と確固とした実在感が共存する
そんなおののきに突き上げられて
この迫り来る予兆をいったい誰に語り得よう
それは恐怖であり、法悦となって
狂おしくおぞましく世界を回転させる
現象界のすべてが本来の姿をさらけだして
両脚を開き、時空の割れ目が
おれの挿入をいまかと待ちかまえている


二 恋慕


残光と群集の影が怪しく交錯する曼陀羅な素地に、
人工のめくるめく光彩がプリントされたドレスをまとい、
喧騒の最中を憂愁を秘めた素振りでおずおずと、
おまえが黒髪を震わせて魅惑的な素顔をおぼろ気に見せ初めたとき、
心は果しのない偶然を求めるようにさすらわれた、
あたかも目的も意味も知らずにこの生を授かったように、
夜は突然おれの頭のなかに落ちてきた――
すべてを闇の底に包括する陰影のある眼差し
永遠に飛翔せんかと思わせるその美しく長い髪
開きかけた唇は何を語ろうというのか
おまえの鼻先では純潔が小さなダンスを踊っている
ああ、おれはおまえをこよなく愛したい
生命の母胎としての混沌と闇
そのドレスの内奥にある原初の衝動に
うねる腰の流動に、おれは含まれたい
さあ虚飾に色彩られたまがいもののドレスを今すぐ脱いで
おれに真実の姿を見せてくれ
黄昏のさすらいから、おまえがその真理の何たるかを
おれに指し示してくれ
宇宙を支配するおまえの飽くなき欲望で
おれを神秘な法悦の炎と化さしめてくれ
全宇宙を焼き尽くす生命のエネルギーとして
おれの挿入を受け入れてくれ――


三 割れ目の記憶


いっときの衝動は束の間の夢に似て
見たりと憶しき幻を切れ切れと空ろに
時空の割れ目は常なる現在に塞がれて
かの暗き深淵より響きたる音もない
今はその面影に戦きながらも恋い焦がれて
味わうものすべて腹を満たすほどの重さもない
皮膚の如く身に張りついた時空に縛られて
否応なく吸い込む空気は汗と垢の臭いに
現象界のすべてが元のように衣服をまとって
触れるすべてはこんなにも変りばえがしない
それでも見い出さんとする幻像をまさぐった
おれは確かな和音を奏でるようにと
       
       *

振り返ったおんなの
 薄く開いた唇に
  割れ目の記憶が蘇るような


四 開顕


あれから幾年歳過ぎたろう
割れ目の記憶に誘われて
原初の衝動の求めるままに
昼夜なく大通りをさ迷った
薄ぼんやりしたかの面影は
スモッグにまみれ騒音にかき乱されて
路地裏の水溜りにすらその影を投じない
汗と垢にまみれ疲労にかき乱されて
おれはどぶ水をすすった


暗黒の大海へ船を乗り出して
何処へ行くかも定かでなかった
安酒くらった乗組員たちが
酔いにまかせて反乱起し
羅針盤を打ちこわしやがった
仕方なく奴らを皆殺しに
すると月も星も姿を消して
宇宙の静寂に波音だけが
おれの懺悔を待ちかまえていた
習い憶えた算術で罪を割り出すその仕打ち
てめえのいんちき科学には
おれは何も断じて語らない
このどす黒く血に濡れた諸手を振り上げて
その沈黙の純潔をつんざいてやるぞ
波よ、おまえがおれを
うねる腰のリズムで酔わせてくれるまで
宇宙が微笑んでふところに飛び込むまで


なぎは何の予兆も示さずに続いた
あれから幾年歳過ぎたろう
暗くよどんだ死に誘われて
望みなく人生をさ迷った
薄ぼんやりした肢体の記憶は
経験にまみれ知識にかき乱されて
時代の前衛者たちにすらその影を投じない
貧困と病いにまみれ苦痛にかき乱されて
おれは歴史の残滓をすすった


死の淵へ足を乗り出して
落ちるかどうかも定かでなかった
くそをくらった人格が
上げるにまかせて痙攣起し
理性を打ちこわした


そしておまえが現われた
慈愛に満ちたおまえの素顔は
清楚な髪の流れと息吹く唇をもって
微笑みに邪悪な影を微塵も投じない
割れ目の記憶に誘われて
愛の衝動の求めるままに
躊躇なくおれはおまえをさ迷った
活力と創造を感じ綜合へ促されて
おれは開かれた唇をすすった
自然よ、おまえがおれを
その流動するリズムで酔わせくれるまで
宇宙が微笑んでふところに飛び込むまで
おまえは生の門口だ


五 旅立ち


おれの旅立ち
この道すがらの宿を後にして
昨夜寝た乙女の思い出を腹に満して
歩き続けよう、つぎの泊り宿まで
路端の小石が微笑みかけ
先達の足跡が囁きかける
引き返してくる旅人に出会う
にっこりして 「ごきげんいかが」
おれには眼もくれず俯いたまま後方へ
振り返らずおれは先を進む
奴が引き返すほどに大事なものは
亀頭にまとわりついた女の恥毛かと苦笑しながら
ああこの伸びやかなるもの
道は上り下り、脚は軽やか
そのリズムがおれを酔わせる
自然よ、乙女よ、君と離れていても
おれは常に君の側にいる
君はまた常におれの側にいる
離れていてもふたつは常に一緒だ
いやもはや離れてなどいないのだ
引き返すほど空ろなものならば
過ぎたることでそれを満たせばよかろう
人は誰でも悦こびを経ているのだから
だが君の悦こびは常におれを旅立たせる
止むことのない自然な流れとして


六 言葉


交接することの甘美さを誰も否定はしないであろう
批判するのはその行為であって、その感覚ではない
感覚は無辺である、宇宙の広大さに等しく
思念がそれを限界する、肢体の形に押しはめて
人間にとってどこまでが<自然>であるか
精神の問題として穿っていることが、実は多分に
肉体に眩惑されていることだとしたら
自然を制限の眼をもって眺めれば
そこに交流はなく、あるのは唯
導きあう悦こびではなく、不遜な押しつけである
自然に開かれることは大切である
それは野放図な勝手気儘ということではない
純粋に開かれようとする者は
十全なる秩序感を願うものである
閉ざされた者はおのれに執着し
悦こびをおのれの鋳型に流し込む
われわれは眼を凝らしてじっと見つめねばならない
あえてそこに意味を見い出す如くに思念するのではなく
放心の如くに唯見つめるばかりのことをするのである
するとそこに立ち現われてくるものが
おのが身から吐き出される息のように自然で
在りのままのものとして生ずるであろう


七 飛翔


いっさいが新らたなる光のもとに
名は違わずとも新らたなる時節に
まばゆいばかりに散りばめられて
おれは進み出て
肺一杯吸おう、それらの息吹きを
木々の緑にきらめく陽光が
透きとおる旋律でおれを誘い舞踏させることを
君のにこやかな微笑が
おれに微笑んで、おれを飛翔させる
君とともに飛翔しよう、君も舞い上る
大気の流動と雲海の生成のなかを
俗性の地を遥か下方に見下して
湧き出でる泉の奔流と暖を含んだ旋風が


清水で喉をうるおす君の髪を風がそよがせる
おれは微笑み、語る
”それは進行しつつある生命の伸びだ”
君は答えて
”そう、あなたはそこまできているの”
舞い下りては、また飛翔する
森羅万象その果てるところはない
果てるところのないところに生はある
大気の流動と雲海の生成のなかを
飛翔する
俗性の地を遥か下方に見下して
湧き出でる泉の奔流と暖を含んだ旋風が

       *

 自然に眼をすえて、自然と交わり
 自然がみずからの悦こびそのものとなる


熱心に雑誌を読み続けている綾子を見やりながら、
隆行は、煙草を灰皿へ揉み消すと、肘掛椅子から立ち上がった。
立て続けにあおった酒は、一気に酔いの気分へと戻しているのだった。
「それにしても、変なおやじだったなあ……
ああいうのを変態と言うのだろうな。
そのおやじが書いたものならば、さぞかし奇妙奇天烈なものなんだろう」
隆行は、綾子の背後へまわると、
肩越しに雑誌を覗き込みながら、ささやきかけた。
「きみは、高校生の頃に、詩を書いたりもしたと言っていたから、
読むに耐えられるものかもしれないが、ぼくには、とても無理だね。
あの話にしても、荒唐無稽な独りよがりというだけで、
少しも、説得力のあるものではなかった。
所詮は、すけべなおやじというところだろう。
さあ、もう、いいよ、
そんなちんけな雑誌よりも、ぼくを相手にしてくれよ」
隆行の手は、綾子から雑誌を奪い取ると、畳の上へ放り出した、
それから、浴衣の乳房がふくらむあたりへ、優しく置かれていくのであった。
綾子は、ぼんやりとした表情で、されるがままになっているだけだったが、
その美しい顔立ちが思いつめた影を落としていることは、
匂い立つ白いうなじへ唇を這わせ始めた隆行にも、察せられたことだった。
「また、考えているのかい。
もう、終わったことだよ、ぼくたちは、新しく出発したんだ。
いつまでも、くよくよ考えていても、仕方のないことだよ、
そんなことよりも、いまは、愉しいことを考えようよ」
男にしてみれば、地下室で見せられた淫靡な写真で高ぶらされた官能は、
酒の酔いも手伝って、その余韻をくすぶらせ始めたというところだった。
隆行は、真っ白な敷布の敷かれた柔らかな布団へ、
綾子の身体をおもむろに横たえさせていった。
仰向けとされた女の浴衣姿の姿態を、男は、まじまじと眺めたが、
女の顔立ちは、幾分そらされて、まなざしも虚空の一点をを見つめていた。
隆行は、添い寝をするように、相手の身体へまとわりついていった。
綾子の小さな顎へ指先をかけて、その美しい顔立ちをこちらへ向けさせると、
女の綺麗な形をした柔らかな唇へ、みずからの唇を重ね合わせていくのだった。
彼の片手は、相手の浴衣の胸を割って忍び込んでいくことを始めていたが、
重ね合わされた唇は、軽く強くと、繰り返し押し当てられると、
羽毛で撫でられるような感触で、左右へ優しく擦られていき、
されるがままになっているだけの女の唇であったが、
少しずつ開き加減をあらわすのであった。
反応に勢いを得た、隆行は、尖らせた舌先で柔らかな唇を割り開くようにして、
相手の口中へ入っていくと、胸へ忍び込ませた指先も、
唇にも増してふっくらとした感触で盛り上がる、乳房を揉み始めているのであった。
男の強靭な舌先は、女の甘美な舌先ともつれ合わされ、
そのうねりくねりは、乳首を摘んだ指先にも、こねりくねりを促すのであった。
全裸の女の緊縛写真で官能を高ぶらされていた、隆行にとっては、
一気にもたげるみずからの思いの丈のやり場を求めては、
揉み上げる愛らしい乳首のしこりもほどほどに、
その指先は、急くように、綾子の浴衣の裾前をはだけさせていた。
それは、荒々しいとさえ言えるような振る舞いだったが、
それも、まるで、されるがままになっているだけの人形のような相手の反応が、
いつもの綾子らしくなく、もどかしいと感じていたからであった。
隆行は、女の小さなショーツのなかへ強引に指先を差し入れると、
ふっくらとした繊毛に覆われた小さな丘にある亀裂へと這わせた。
「痛いわ」
綾子は、思わず、吸われていた唇を離して、声を上げていた。
男の指先が割れめを押し開いて、一気に忍び込んできたのだった。
「ああ、ごめん、
まだ、濡れていなかったんだね」
隆行は、びっくりしたが、すでに硬直している思いの丈であれば、、
遮るものなら片っ端から突き破ってやる、という情感の気負いさえあることだった。
彼は、相手の浴衣の裾前を大きくはだけさせて、
優美な腰付きからしなやかに伸びた綺麗な両脚をあらわとさせて、
魅入られたようなまなざしで、刺繍の施された水色のショーツを見つめ、
掛けた双方の指先でおもむろにずり下ろして、女をさらけ出させていくのであった。
綾子は、身じろぎひとつせず、まなざしを虚空の一点へ投げたまま、
愛する男の行うがままに従っているという感じであったが、
隆行の顔付きがみずからの股間へ埋められ、
小さな丘の恥毛を指先で掻き分けられながら、羞恥の割れめを剥き出しとされて、
尖らせた舌先が伸ばされてきたときには、その感触に、ぶるっ、と身悶えをあらわした。
隆行は、割れめにそって、優しく強く舌先を這わせて、
隠れている真珠の小粒を掻き出すように、舐めまわすのであったが、
羞恥の唇は、硬く閉ざされた貝の口のように、滲ませるものさえなかった。
このような反応をあらわす綾子は、初めてだった。
隆行は、ついに、股間から離れると、まじまじと相手を見やるのだった。
「ごめなさい、隆行さん……
今夜は、とても、そんな気持ちになれないの……
ごめんなさい……」
綾子は、憂愁をおびた蒼白い顔立ちで、相手を見返しながら、詫びるのだった。
隆行は、高ぶらされた思いの丈を中途半端にされた不満足から、
ふてくされたように、隣に敷かれた夜具へ、どんと身体を投げ出すのであった。
それから、つっけんどんに言い放った。
「きみは、結局、ぼくのことを、たいして好きではないんだろう」
突然の言葉に、綾子は、相手の方を振り向いて、言い返した。
「ひどいわ、そんなことを言うなんて。
どうして、そんなことを言うの」
女の真剣な声音に、男は、天井を見つめたまま、答えた。
「だって、ぼくがきみを愛そうとしているのに、
きみは、拒絶するんだぜ」
綾子は、両眼に涙を浮かばせて、
「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい。
私、いろいろなことがあって、ひどく疲れて、参っているのよ、
お願い、わかって」
綾子のほっそりとした手が隆行の腕へ触れたが、
その感触は、浴衣を通しても、冷たいと感じられるほど、冷え冷えとしていた。
男の思いの丈を一気に萎縮させるほどのものがあった。
「わかったよ、ぼくがわるかった。
今夜は、おとなしく寝よう」
隆行は、綾子に背を向けて掛け布団を被ると、寝る仕草を示した。
女は、ショーツを着け直し、乱れた浴衣を整えながら、静かに話しかけた。
「隆行さん、お願いだから、
綾子があなたのことを好きでないなんて、言わないで。
私は、あなたが好きだからこそ、こうして、付いてきたのよ。
それでなければ、あんなことまでした私は、惨めだわ」
女は、あふれ出させた涙を頬へ滴らせていた。
その涙声には、男の方も、振り返られずにはいられなかった。
「わかっているよ、
悪かった、気がはやり過ぎていたんだ。
もう、絶対に言わないよ、許してくれ。
綾子は、ぼくにとって、掛け替えのない女性なんだ」
そう詫びると、半身を起して身体をにじり寄らせ、
横になった女を抱きしめるのだった。
隆行は、綾子の身体が余りにも冷え冷えとしているのを感じた、
それは、離してはならないという思いを強めさせるのだった。
部屋の明かりを消して、ひとつの布団にくるまった。
隆行が彼女の身体を掻き抱くようにすると、
子供がすがりつくように身を寄せてきたが、その安堵感は、すぐに、
疲れ切っていたように、軽い寝息を立てながら、寝入らせていくものだった。
彼も、両眼を閉じて、眠ろうとした。
だが、掻き抱く女から、ふくよかに立ち昇る芳香は、
女の柔らかな身体がぬくもりをおびてくるのに従って、
萎縮した思いの丈は、ただ、わだかまっているだけだ、と気づかせるのであった。
月明かりは、部屋へ直接差し込んではいなかったが、
そのかもし出せる隠微な薄闇は、旅館が仕事を終えたことをあらわす静寂を伴って、
たくましい想像を掻き立てさせるのであった、
地下室で見たアルバムに映し出されていた、仕事を終えた仲居の女たち、
ふくよかな色っぽさのある須磨子は、生まれたままの全裸をさらけ出され、
掛けられた麻縄の後ろ手や胸縄に、がっちりと女の自由を奪われ、
腰付きから縦へ下ろされた縄へ集中するほかないというように、
漆黒の恥毛を分け入って、深々と埋没させられている股縄に煽り立てられて、
官能の快感へ甘美に追い立てられている、
その艶かしい顔立ちは、さまよわせるまなざざし、半開きとさせた唇にあって、
悩ましく情感あふれる緊縛姿をあらわさせたものであったが、
それにも増して、細面の端正な顔立ちをした美貌の多貴子は、痩身ではあったが、
ふたつの乳房のふくらみや、優美な曲線をあらわす腰付き、
すらりと伸びたしなやかな両脚の綺麗なことは、
むしろ、程がよい、という四十歳の艶麗を滲ませたものがあり、
その女が胸縄を施され、ふたつの乳房があられもなく突き出させられるように、
背後から繋がれ、首筋で分けられた麻縄をそこへ結ばれた全裸で、
漆黒の三角木馬へ跨がされた姿は、
慎ましやかな恥毛が割れめの形をあらわとさせるほど、
深々と鋭角な三角へ優美な腰付きを落とされて、
しなやかな白い両脚をだらりと垂らさせ、緊縛された上半身をよじらせて
激しい苦悶の状態にあったことは間違いなかったが、
歪められた端正な顔立ちは、それをあらわしていたにもかかわらず、
苦痛に舞い上げられていながら、甘美な悩ましさをそこはかとなく滲ませていた、
それは、一度見たら、忘れようにも忘れられない、
淫猥でありながら妖美という、女の嬌態の極致とさえ、感じられるものがあった、
旅館の仕事が終了すれば、
宿の主人である、大島という、白髪頭に眼鏡の異常な変態男に命じられて、
あの地下室で、淫欲、淫猥、妖美の限りが尽くされていることがあるのかと思うと、
隆行のもたげた始めた思いの丈は、一気に、反り上がりを示すのであった。
だが、その持っていきようのない矛先は、
せめて、大島が組合総会へ出かけて留守になっていることで、
今夜は行われていない、という取り繕われた理屈で、
何とかなだめられようとするありまさにあったが、
もどかしいままにある、ということに変わりはなく、
彼は、知らず知らずのうちに、寝入ってしまったが、
夢は、悩ましく花開かせるものとなるのだった――


京都町奉行所支配の京都六角の牢獄では、これから、
被疑者の詮議が執り行われようとしていた。
時刻は、午の刻という白昼であったが、
土蔵にある高い窓からだけの明かりでは、夕刻ほどに薄暗かった。
部屋の四方にある太柱へ取り付けられた油皿へ灯がともされて、
執務の開始が告げられる、慣例であった。
ぼうっとした黄色い光に浮かび上がった部屋は、
二十畳ほどの広さがあったが、これだけの明かりでも、暗いと感じられた。
しかし、暗いからといって、異議を申し立てる者がいるわけではなく、
執務も、書き物に専念することではなかった。
当事者となる以外の人物が眺めて愉しむ見世物では当然なかったから、
照明による、演出も効果も必要のないことであった。
その暗さというのは、単に照明によるものではなかったのだ。
部屋は、暗鬱と言ってよい、特有の湿気と臭気をおびているのだった。
ここで流されてきた人間の体液である、
苦痛による涙、苦悶による汗、こらえ切れない唾液、恨めしい小水、
やむにやまれぬ糞、止められない精液、思いをよそにした女蜜、絞り出された血液が、
老若男女の武家・僧侶・町人の入り混じった蓄積となって、
じめじめと滲むような人間の瘴気をかもし出させているのであった。
その瘴気は、この場所に、少しの間でもいることは、
この場所に不可避の用件のある者以外は、おぞましさに陵辱されることでしかなかった。
この暗鬱で陰鬱な場所に、不可避の用件がある者とは、
詮議をする役人と詮議を受ける被疑者であるが、
被疑者の場合は、同一人がこの場所へ頻繁に出入りすることはほとんどなかった、
過酷な詮議は、滞在の期間も短いものにしていた。
だが、一方の役人にとっては、
日常の仕事として、繰り返され、続けられなければならないことであった。
そこで、職務に特有の性格というものがおのずと形作られたが、
それは、皆が一様に黒ずんだ着物を着て、
背丈の違いこそあれ、似たように痩せた身体と陰気な顔付きをしていたことは、
詮議における残虐の主を特定させないための単一の個性をあらわさせたことだった。
そのふたりの役人は、天井の梁へ取り付けられた滑車の縄を整えたり、
用水桶の水を補填したり、余分な縄を揃えたりして、部屋の準備に抜かりがなかった。
間もなく、ふたりの役人が被疑者を引き立てて、部屋へ入ってきた。
引き戸の分厚い扉が重々しく閉じられると、静寂は、足音と衣擦れの音だけとさせた。
取調べられる被疑者が中央へ立たされていた。
灰色に色褪せた単衣を身に着けた身体を後ろ手に縛られて、
交錯する胸縄を掛けられていたが、顔立ちは俯かせていて見えなかった。
その解かれた艶やかな黒髪と華奢な両肩の感じとほっそりとした姿態は、
若さを滲ませた女であることを映らせていたが、
すでに、立っていることさえも覚束ないというくらいに、震えていた。
その前へ立った役人のひとりが詮議書を掲げて読み上げた。
女は、亭主を殺し手代の男と逃亡を企てた疑惑により、詮議を申し渡す。
京都町奉行 遠山金太郎守
女は、その言葉に、思わず、顔立ちを上げていた。
年齢は、十八歳くらい、大きな黒目勝ちの瞳に、愛らしい鼻筋、綺麗な形の小さな唇、
愛くるしいと言えば、むしゃぶりつきたいくらいの美貌をした娘であった。
娘は、怯えきった表情で、大きな瞳をさらに見開いて、声音をもらした。
私は、何も、していません、何かの間違いです。
金の鈴を鳴らすように澄んだ声音がか弱く部屋へ響いた。
しかし、それは、役人が欲しがっている言葉ではなかった。
役人は、申し渡した。
おまえが科を認めるというのであれば、詮議は終了される。
だが、認めないのであれば、認めるまで詮議は終わらない、如何か致すか。
娘は、恐ろしさのあまり、泣き出しそうになるのを必死にこらえながら、
私は、何も、していません、と言うばかりだった。
役人は、娘を繋いだ縄尻を取っていた役人へ合図を送ると、
その役人は、手早く、縄の縛めを解き放した。
着ている物を脱げ、とすぐさま厳しい言葉が飛んだ。
娘は、言われたことに、狼狽していた、
男のひとの前で着物を脱ぐなど、ましてや、
見知らぬ男のひとたちの前で裸姿を晒すなど、そう思っただけで、
身体中から湧き起こる震えのために、足元がふらふらになるのだった。
早くしろ、と叱咤する声が飛ぶ。
しかし、恥ずかしさと恐ろしさは、いまにも、その場へ、
へたり込むような素振りにまでさせていた。
左右から、役人たちが被疑者の単衣を剥ぎ取るように脱がせていった。
娘は、ああっ、とか細い声音は上げたものの、抵抗する振る舞いにはなかった。
成熟する一歩手前の瑞々しいばかりの女の清楚な色香を漂わせる、
優美な曲線に縁取られた姿態は、処女であることの溌剌さをみなぎらせ、
惜しげもなくさらけ出された雪白の柔肌は、
暗鬱で陰湿な不気味の部屋にあっては、
まったく不釣合いな華やかさをあらわさせたものであった。
場所と相手さえ違っていれば、心を寄せる男性から、思う存分に褒められる、
清純な輝きを示していることであったかもしれないが、
ここでは、どれほどの美しさをあらわす女の全裸であろと、
賞賛の言葉よりは、罵倒、
罪の自白を容赦なく詰問されるだけの肉体に過ぎないことであった。
さらけ出された、生まれたままの全裸の姿に、
娘は、怯え切った愛くるしい顔立ちを狼狽させ、両手で胸と股間を押さえ隠したが、
すぐに、そのほっそりとした両手は、強引に背後へとまわされ、
華奢な両手首を重ね合わされて、縛り上げられていくのだった。
役人たちは、職業とする手腕を発揮して、
被疑者を麻縄で手際よく縄掛けしていくのだった。
娘の華奢な両手首を縛り上げた縄は、身体の前へまわされ、、
美しい隆起をあらわす乳房を挟んで、上下へ幾重にも巻き付けられて、両腕を固定し、
さらに、背中へ繋がれた縄がほっそりとした首筋を挟んで振り分けられると、
前へと持ってこられ、上下の胸縄へ結ばれていった。
愛らしい乳首をつけた、瑞々しいばかりの柔らかな乳房は、
切なそうに突き出す具合とされていたが、
優美な腰付きの慎ましい漆黒の翳りをのぞかせる、女としてあることの羞恥を、
双方の艶やかな太腿が必死に閉じ合わされて、懸命に隠させるようにしていたが、
縄で緊縛された拘束感は、気力を一気に萎えさせる力があった。
身動きの自由を奪われる、荒々しい縄の緊縛に晒されては、
思いの自由も奪われて、羞恥と屈辱と残酷があらわされることでしかなかった。
娘は、ひとりでは立っていられないというありさまであったが、
すぐに、天井の梁にある滑車から降りている麻縄へ、緊縛の裸身は、繋がれていった。
繋がれた麻縄がぴんと張られ、娘は、吊り上げられようとしていた。
可憐な乳首をつけた、ふたつの柔らかな乳房が切なそうに突き出されていても、
引き締まった腰付きの艶やかな太腿の付け根に、
ふっくらと慎ましやかに翳る漆黒の茂みがいじらしくあったことだしても、
役人たちにとっては、
破壊される美があってこそ、その本性が暴かれる、ということでしかなかった。
犯罪歴のある、したたかな女であるならともかく、普通の女であれば、
全裸とされ縄で緊縛されるという処方に置かれただけで、気絶することさえあった。
娘は、気丈にも、泣き出しそうになるのを懸命にこらえていたが、
姿態が吊り上げられ、爪先立ちとされたときには、
蒼ざめた愛くるしい顔立ちは、必死の形相を浮かべさせて、
いつ気を失っても不思議はないと感じさせる切迫感をあらわしていた。
その苦悶の状態へ置かれたまま、役人の叱咤は、罪の自白を求めたが、
娘にその意思がないことが確かめられると、
役人は、合図を送り、部屋の隅から道具を運ばせるのだった。
被疑者の脇へ置かれた、漆黒の色艶を放った木製の器具であったが、
三角に削り出した木材に、四本の頑丈な脚を付けただけという、単純なものであった。
爪先立ちの責め苦は、娘に、器具の存在を振り返らせる余裕を奪っていたから、
その木馬と称される拷問器具は、
死をも辞さない信仰を抱く切支丹の詮議にあってさえ、
相応の効果をもたらしていた、非常に優れものであったことなど、
たとえ、きちんと説明されたとしても、聞きたいと望むようなことでは、さらになかった。
役人の合図で、娘の緊縛された裸身は、足先を地面から離され、吊り上げられた、
ううっ、という苦悶のうめき声がもらされ、
羞恥と屈辱と嫌悪、不安と恐怖と苦痛、これらを擾乱の坩堝とされた思いは、
意志を持ち続けているといっても、
ただ、愛くるしい美貌の顔立ちの美しい眉根を激しく歪めさせ、
閉じ合わせた綺麗な唇を結んで歯を食いしばらせ、
薄めがちとなった虚ろなまなざしをさまよわせているだけのことであった。
吊り上っていく緊縛の裸身をふたりの役人が誘導して、
木馬の真上まで至らせたとき、
宙吊りにされ、閉じ合わせる力を奪われたしなやかな両脚は、すんなりと伸びて、
開かれた太腿の付け根の箇所には、ふっくらと淡い漆黒の茂みを透かして、
女の亀裂がやるせなさそうにのぞいていたが、
左右の役人によって、跨がせるために、艶やかな太腿を割り開かれると、
これが乙女の純真とでも言うように、
若々しい羞恥の唇を真一文字とさせているさまがいじらしくのぞくのであった。
被疑者に口を割らせることが詮議の目的であるならば、
跨がされる器具は、唇を押し開いて口を割らせるには、格好の道具であった。
四本の堅固な脚が胴体を支えた姿は、まさに、馬のようだった。
しかし、その馬は、頭と首と尾がないという異様に加えて、
胴体が三角柱の形をしている異形にあった。
木馬というものがひとの跨るものとしてあるならば、
跨る背中は、乗り心地のよいに越したことはない。
だが、その木馬の背は、三角柱の鋭角を成す部分が跨る箇所であり、
背の高さは、足先を地面へ届かせることを不可能とした距離にあった。
異様な異形が放つ漆黒のおぞましさは、それと向き合わされた女の姿態、
雪白の柔肌を優美な曲線に縁取られた柔和そのものを圧倒する、
鋭利・強固・不屈の絶対性があるのだった。
その絶対性に対しては、女の姿態も、絶対的なものとならなければ、
相対的とはならないことだった、
しかし、女の姿態に求められる絶対性など、優美・豊麗・妖艶でしかなければ、
木馬は、一方的な絶対性の強要、つまり、拷問でしかないことだった。
乙女の緊縛の裸身は、役人たちに支えられて、慎重に下へと降ろされていったが、
被疑者の身体が木馬の背の形にうまく収まったことは、
一閃の鋭い悲鳴が地下の部屋へ響き渡ったことで確認されるものだった。
被疑者に、死に物狂いの激しい身動きがあっても、
木馬からずり落ちることがないように、
天井から繋がれた縄がしっかりと張られて、厳重な縄留めが施されるのであった。
女のか弱さをあらわす、哀切の悲鳴の後は、
堰が切られたように、悲哀の泣きじゃくりが始まった。
生まれたままの全裸を後ろ手に縛られ、胸縄を掛けられ、
首からは、乳房を突き出すように縦縄を施された緊縛の裸身は、
優美な腰付きから左右へ割らされた、しなやかに伸びる両脚をだらりと垂らさせ、
漆黒の艶やかな繊毛が女の割れめのありさまをこれ見よがしとあからさまにさせながら、
三角の鋭利な背へ食い込ませている如実をさらけ出させていた。
一糸もまとわせられない、全裸の姿になることは、羞恥だった、
その羞恥に縄が掛けられて緊縛されたことは、屈辱であった、
その羞恥と屈辱が結ばれることへの嫌悪は、不安と恐怖を増大させて、
さらには、激痛を思い知らされることで、娘を完全に舞い上げているのであった。
娘は、泣きじゃくることしかできなかったが、
泣きじゃくったところで、激痛が変化することではなかった。
行っていない罪、知らないことを知ると自白すること、
人類の創始以来、拷問が確固たる存在理由を示してきた、
応答の結果は、それしかないことであった。
だが、余りにも純真な心を持った十八歳の娘には、
行ってもいない罪は、想像することさえできないことであった。
乙女は、ついには、泣きじゃくることにも果てて、
涙に濡れた頬に、乱れた艶やかな黒髪をまといつかせて、
愛くるしい美貌の顔立ちをうなだれるばかりとさせていた。
女の最も鋭敏な器官の集まる箇所へ、身体の全体重が集中する苦悶は、
眉根を激しくしかめさせ、両眼を強く閉じさせ、小さな鼻孔をふくらまさせて、
開かれた赤い唇からは、食いしばった白い歯をのぞかせるばかりになっていたが、
被疑者から罪の自白がなければ、
気絶するまで跨らせるというだけのことに過ぎなかったから、
役人たちにとっては、眺めて待つことでしかない、ありふれた情景であった。
突然、低く物悲しいうめき声をもらしながら、
腰付きの位置をわずかでも変えようと左右の艶やかな太腿を引き締めて、
身悶えする娘を見ても、甲斐のないあがきとしか映らないことだった。
娘は、ああっ、ああっ、と大声を張り上げると、
艶やかな髪を打ち振るって、赤く火照り上がった顔立ちを右へ左へと傾けた、
だが、それも、虚しいあがきに過ぎないことは、
経過する時間は、身体全体から噴き出せた汗を床へ滴り落とさせるほどになって、
緊縛している麻縄も汗を吸い込み、生々しく柔肌へ密着して、
突き出させられた乳房をさらに上下から締め上げさせていたことは、
ふたつの愛らしい乳首が欲情をあらわして立ち上がっていたことで知れた。
十八歳の愛くるしい美貌の娘と言っても、
もはや、立派な大人の女であることが明らかとされたことだった。
乙女は、耐えようとすれば耐えようとするだけ、
大人の女をさらけ出されていくことであったのである。
張りのある優美な腰付きは、跨いでいる格好のために、
艶かしい臀部を持ち上げ気味にこわばらせ、
雪白の柔らかな太腿が左右から木馬の鋭角を成す面を挟み込んでいた。
太腿の付け根へ食い込まされた三角は、女の割れめをこれ見よがしにあらわとさせて、
ふっくらとした漆黒の翳りは、覆い隠す術を失ったというように、汗でしなだれていた。
その跨る木馬の背を濡らせているしずくが汗だけではないことは、
ねっとりとぬめるようなきらめきがあることで知ることができた。
すらりとしなやかに伸びた両脚が虚空へ垂れ下がったありさまは、
全裸を縄で縛り上げられて、三角木馬に跨がされた、
乙女の凄絶な姿には違いなかったが、
思いをよそにもれ出させた女の花蜜は、官能の不条理をあらわしているのだった。
娘の愛くるしい顔立ちの美しさは、激しい苦悶に晒されていながらも、
被虐に晒されることがなければ、決してあらわれることのない、
女の凄絶な妖美を漂わせたものがあったのだ。


――隆行に、そのように思わせたことは、
その十八歳の娘の顔立ちは、紛れもなく、百合子という仲居であったことだった。
反り上がらせた思いの丈は、煽り立てられた快感に痺れ切って、
いまにも噴き出すのをこらえさせるのを必死の思いとさせて、
甘美で悩ましい夢から、もがき出るように、目覚めさせたことだった。
全身から噴き出せた脂汗で悪寒を感じるほど、隆行の身体は、火照っていた。
あの地下室で見た淫靡な写真が伝えてきた本当のことは、
女の甘美な官能の快感に舞い上げられた、
凄絶な妖美があらわされたものである、
三角木馬は、使用の仕方次第では、
拷問道具としてあるばかりではないということです、
と言った、大島の言葉が意味のあることだと思えることだった。
だが、すぐに、奇妙なことに気がついていた。
掻き抱くようにして、一緒に寝ていた綾子の姿がなかったのだ。
部屋のほかの場所にも、彼女の気配は、感じられなかった。
隆行の思いに閃いたことは、
綾子は、あの地下室へ行ったのではないか、ということだった。
どうしてか、そのようにしか思えない、胸騒ぎを感じるのだった。



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