借金返済で弁護士に相談



精 霊 流 し

盆の供物を川や海に流して精霊を送ること。 「大辞林 第二版」







…………………………

「和声の項の終わりに、日本の笙の合竹から生まれる和音を掲げておこう。
この神秘的な響きには、二千年以上の歴史がこめられている。およそ近代文明の栄える国で、
二千年以上も前の響きを、そのまま聞くことができるという国は、日本をおいて他にはない。
先祖から子孫へ、それはまったく同質の響きを伝えるべく、磨きに磨かれた芸のたまものであろう。
この保守的な、そして日本的な芸の、いかにヨーロッパ的な芸術とは異なるものか。
芥川也寸志 『音楽の基礎』」

…………………………

自然に生育する植物の繊維である麻を素材にして撚られた一本の縄が置かれている、
その神秘的な趣には、五千年以上の歴史が息づいている、およそ現代文化の栄える国で、
五千年以上も前の叡智を、今に展開させてあらわすことができるという国は、日本をおいて他にはない、
人間における性の意味を解き明かす叡智である、縄による日本の緊縛、
この保守的な、そして日本的な発想の、いかにヨーロッパ的な思想とは異なるものであるか……

セーラー服姿も可憐な十七歳の静香には、その縄がどのように見えたものであるか、
男女のSM(サディズム・マゾヒズム)の行為に使用されるもの、
その縄を見つめていて、官能の高ぶらされるときめきが感じられることだとしたら、
みずからのなかにあるサディズム・マゾヒズムが反応していること、
その縄で異性を縛りたいと思えば、加虐を求めるサディズムの傾向が強いということであり、
その縄で異性から縛られたいと思えば、被虐を求めるマゾヒズムの傾向が強いということ、
ふたつは、ひとつのものとして複雑にあらわれる精神的・肉体的な属性として、人間のなかにある、
先日も、或る女性アイドルにマゾの体質があって男性俳優との密会で緊縛プレーを楽しんでいた、
という記事が紹介されていたけれど、人間の性の心理なんて、まるで、算数のようにわかりやすい、
人間なんて、そのような程度のものに過ぎないことなのだ、
人間には、サディズム・マゾヒズムがあるのだから、加虐・被虐にある事柄はすべてそれで説明がついてしまう、
学校で実際に行われているいじめだって、人間にあるサディズム・マゾヒズムの欲求は、
止めろと言われても、それが本能的な性的快感であれば、止めることは難しいし、消えてなくなることではない、
いじめを行っている方も、行われている方も、人間の属性であれば、わかっていても手の施しようがないのだ、
人間である限りは、これから先もずっと続いていく、もの悲しくも、うら寂しくも、絶望的な現実ということなのだ、
それが嫌であれば、死んでいくしかないことなのだ、
せめて、自分においてだけは、悲惨な思いを感じないように、残酷な被虐に晒されることのないように、
ましてや、凄惨な加虐の立場になど立つことのないようにあれば、幸運と言えることなのだろう、
でも、それはともかくとして、私には、特別な意味のある縄……
静香が見つめていたのは、山吹色も真新しい一メートルほどの長さの麻縄だった、
それは、熱烈な憧れと思慕を抱いた義理の姉の小夜子が自分の前から消え去って、
たったひとつの思い出の品のようにして残されたものだった、
ひと夜の女性同士の愛欲を小夜子と交わしたとき、静香が思いの丈をぶつけるために小夜子を後ろ手に縛った縄、
その愛欲行為を義母の貴子から戒められて、みずからが生まれたままの全裸にさせられて後ろ手に縛られた縄、
静香には、恋する女性と結ばせる特別な縄であった、
たとえ、小夜子があからさまにさらけ出させた女のありようを目撃させられた現実があったことだとしても、
静香にとっては、小夜子が忘れることのできない存在であることに変わりはなかったのだ、
ベッドの上にそっと置かれた麻縄は、見つめているだけで官能をときめかせるものが感じられて、
幸せな快感にまで昇らされた小夜子とのひと夜の女性同士の愛欲を思い出させるのであった、
見つめ続ける麻縄は、後ろ手に縛られた小夜子と全裸にされて後ろ手に縛られた静香をひとつにさせるのだった、
ひとつになって、結ばれ、縛られ、繋がれたい、と望ませる縄であったのである、
少女のほっそりとした白い指先は、おもむろに、セーラー服の紅色のネッカチーフを首から抜き取り始めていた、
それから、ひとつの思いをあらわすように、紺地の中衣を素早く脱ぎ去り、
スカート、シュミーズ、ブラジャー、ショーツと一気に取り去って、ソックスまでもすっかり脱いでしまうと、
生まれたままの全裸の姿をあらわとさせるのだった、
見られていたら恥ずかしいとでも意識するように、恐る恐るとベッドへ上がっていく静香だったが、
ふたつの乳房も、ふたつの乳首も、慎ましい漆黒の靄が覆う股間も、太腿からすらっと伸びた両脚も、
縁取る曲線の成熟間際の優美さを瑞々しい純白の柔肌で溌剌と輝かせている姿態はあからさまであった、
愛くるしい顔立ちは、すでに、官能のときめきで上気させられて桜色に染まり、
ピンク色のシーツへ横たえられたしなやかな裸身の片手には、しっかりと麻縄が握られていた、
少女は、その麻縄をそっと胸に当て、相手へぴったりと身を寄せるような思いで掻き抱くのだった、
そして、大きな瞳の両眼を静かに閉じて、縄が恋する女性へ結ばれることをひたすら思い描くのであった、
だが、募る思いは官能を高ぶらせるばかりであって、もどかしいばかりに、想像力を羽ばたかせなかった、
錠の下ろされた孤独な自室には違いなかったが、居間で寛いでいる義母の貴子がいつあらわれるものか、
それが思いの端へ引っ掛かっていて、想像を気ままにはさせないことだったのだ、
義母とは、あの<小夜子の一件>以来、和解していた、
本当の親子のように打ち解けて、心遣いの示せる間柄となっていたのであった、
しかし、それだからこそ、未だに小夜子を思慕していることが後ろめたさを感じさせることとしてあるばかりでなく、
以前に増して、自分とは十歳ほどしか違わない貴子に対して、母親よりも女性を意識するようになったのは、
みずからもあの経験で成長させられたからなのだろう、
静香は、見開いたまなざしなって、虚空をじっと見つめながら、考え込んでいた……
この家にある父親と義母の夫婦の寝室、
その寝室の奥にある扉の向こうには、淫靡な部屋が控えている、
天井に梁が渡され、幾つもの滑車が麻縄を不気味に垂らし、梁を支えるようにして、中央には太柱が立っている、
冷徹さを漂わせる鋼鉄製の小さな檻があり、四方に鉄環を取り付けられた異様な木製の寝台があり、
壁には、おどろおどろしくも淫らな責め道具の数々が飾られている、
そこで、端正な美しい顔立ちをした女は、男から求められるままに、
しっとりと着付けている着物の帯締めへ、ほっそりとした白い指先をやって解き始める、
手慣れているという仕草で、見る見るうちに、瀟洒な帯を落させ、艶麗な着物を肩からすべり落させ、
 長襦袢の紐を解き伊達巻をほどき、肌襦袢と湯文字の結びを外して、一気に身体から脱がせていくのである、
あらわにさせた裸の姿態は、ふっくらと綺麗に隆起したふたつの乳房、成熟した悩ましさの腰付き、
手入れがされているように妖艶とした漆黒の恥毛に隠された小丘は、むっちりと艶やかな左右の太腿に支えられて、
美麗な両脚を伸ばさせているという、なよやかな女らしさの曲線に包まれた雪白の柔肌の麗しさを輝かせる、
双方の足袋を脱ぎ去れば、生まれたままの全裸があらわとされるのだった、
女は、言われるまでもなく、細い両腕をそろそろと背後へとまわし、華奢な両手首を重ね合わさせて、
縄で縛られるのを待つ愛される従順な女となる、それが夫婦の愛欲の始まりの合図のように、
そのようにして、夜更けまで続けられる、男と女の営みである、
全裸を縄で緊縛された貴子も、時には、中央にある太柱へ妖美な晒しものとして放置されるかもしれない、
美しい小夜子さんも、晒しものとされた、あの太柱へ……
静香は、生まれたままの全裸をさらけ出させた小夜子が太柱を背にして両手両足を縄で繋がれ、
乳色の潤いをあらわす柔肌に覆われた姿態をこれでもかというくらいに上下へ伸ばさせている、
蠱惑的な姿をありありと思い起こすのであった、
淫靡な部屋の太柱へ晒されているふたりの女、小夜子と貴子……
ふたりは、全裸をさらけ出させた姿態を麻縄で後ろ手に縛られ、胸縄を掛けられて、並ぶようにして繋がれている、
互いが放つ美しさを競い合わされるように、ぴったりと寄り添わされて立たされている、
しっとりとした潤いの柔肌を縄で拘束されている緊縛感は、全裸であることの羞恥を掻き立てるものとさせ、
互いを意識させられることで、ますます、女の情感を煽り立てられるものとさせている、、
女は、他の女の美しさには鋭敏であり、みずからを燃え立たせることへ容赦なく変えさせるのである、
やがて、どちらからともなく、ああっ、ああっ、とやるせなく、切なく、悩ましい、甘美な声音がもらされてくると、
みずからを燃え立たせることへ夢中になる思いは、さらなる喜びへと昇りつめようとさせていくのであった、
顔立ちを向き合わせたふたりの美しい女は、きらきらと情感に潤んだまなざしをじっと見つめ合い、
互いの綺麗な形の唇を求め合ってそろそろと寄せていくと、ぴったりと触れ合わせるのだった、
優しく重ね合わせた唇も、高まる思いは、甘さをおびた舌先を絡ませるようになっていき、
官能の喜びへ昇りつめるための道を共に歩むようになっていくのだった、
太柱へ繋がれたままの女性同士の愛欲がなりふり構わずに始まるのだった、
あのとき、貴子と小夜子は、美しい唇と唇を重ね合わせることから始めて、熱烈に官能を高ぶらせ合った……
そのことを思い出すと、静香は、もう、居ても立ってもいられなくなり、ベッドから飛び起きて着替えていた、
それから、自室を出て、夫婦の寝室へ向かうのであったが、
不思議なくらいに、居間にいるはずの貴子のことが気に掛らなかった、
自分のしていることは、何か、大変な秘密を解き明かすことに違いない、
と考えられるような大胆な思いがあったのだ、
しかし、目的の部屋の近くまで廊下を足早に進んだときだった、
その部屋には、常時、鍵が掛けれられていることを思い出したのだ、
夫婦の寝室の扉の前へ立つと、静香は、ひどくがっかりした思いを感じてしまい、引き返そうと考えた、
だが、手は思わずその扉のノブを握っていて、まわりもしないそれをまわしているのだった、
ノブはまわっていた、扉は開くことができた、
当然、そこには、貴子がいることは確かだったが、それでも、静香は、扉を大胆に開いていた、
何故、そこまでしようとするのか、静香には、謎であり、不明という答えがあるだけだった、
開かれた夫婦の寝室はひっそりとしていた、義母の姿はなく、貴子は答えを明らかとはさせなかった、
静香は、寝室を奥へと進んでいくと、扉の前へ立った、
その扉は、今や思いのままに開くことができて、太柱を見ることは、求める答えを予感させていた、
そして、扉は開かれた、
そこに見えた太柱には……
眼の前に置かれた一本の麻縄を見つめ続けているうちに、ふと眠気がさして、
眠り込んでしまった静香が気がついたときには、自室の窓外は、すでに黄昏の薄闇にあった、
今日は二十歳となった誕生日だった、晴れて成人となったことを祝福する宴が準備されている間、
部屋で大人しく待っているようにと父親から申し渡された静香であった、
彼女は、すでに、可憐に整えた髪型に清楚な化粧を施し、華麗な振袖姿に身を包んでいた、
部屋の扉が丁寧にノックされる音が響いた、
静香が返事をすると、端正な美しい顔立ちをした義母の貴子が笑みを浮かばせながら顔をのぞかせた、
「静香さん、お待たせしました、どうぞ、いらっしゃってください」
瀟洒な柄の着物をしっとりと身に着けた義母へ付き従うように、静香は、家の広間まで連れられていった、
居並ぶ招待客は、静香の顔見知りの者ばかりであって気兼ねはなかったが、主役の緊張は隠せなかった、
ひとりひとりから、会釈をされる度に頬を染める静香であったが、
広間は、片方を一段と高い舞台のように仕立てられていて、客席となる中央の椅子へと座らされるのだった、
静香を挟んでは、両側の席へ、父親と義母が腰掛けて、残りの者はその場から立ち去っていた、
父親は、優しく語り掛けるように言った、
「静香も、これで大人の仲間入りだ、
誕生日のお祝いに、今日来てくださった方々が静香に大人の見世物をご披露してくれると言うことだ、
素晴らしい趣向じゃないかね、ゆっくりと楽しむがいい、
その後は、私と貴子から、静香がびっくりするような贈り物を用意してあるから、期待しているといい、
さあ、始まるよ、静香、今日は、本当におめでとう」
ありがとう、お父様、それから、お義母様、と微笑ませた可憐な顔立ちで答える娘だった、
両親のにっこりとした笑みの表情は印象的な感じであったが、
広間の照明が落とされて、それはすぐに掻き消され、あたりは静寂と薄闇へ沈み込んだようになった、
静香は、緊張した面持ちで、じっと舞台の方を眺め続けていた、
両側へ座る両親の気配が感じられないと思ったのも束の間、
はっきりと通る強い女性の声音が注意を惹いた、
「静香さん、皆の者を代表して、成人のお祝いを述べさせて頂きます、おめでとう」
義母の親友の美由紀の声であった、
「あなたが新しい時代の成人女性として、これからご覧になることがお役に立てば、幸いと存じます、
人間における変革というものは、一朝一夕にして、できあがるものではありません、
変革ということは、それを意識できる者が協調して行わなければ、成し得ないことなのです、
そして、その変革は本当に必要なことであるのかを認識することは、最も重要なことであります、
いつの時代も、人間が良くなろうとするために変革が叫ばれて、繰り返されてきていることです、
成人となった者である以上、男女に関わらず、考えてみる必要のあることに違いありません、
人間には、そのようにして可能性があるのです、それは、人間が想像力というものを持っているからです、
想像力というのは、ないものをあると考えることのできる能力です、この能力が人間にある限り、
これから先もずっと続いていく、もの悲しくも、うら寂しくも、絶望的な現実ということだけではあり得ないことです、
言語による概念的思考を行い続ける人間である限り、人類が動物としての根絶を迎えない限り、
あらわされる思想に最終のものはあり得ないことだからです、
人間として存在することの整合性を満たす最終のものは、
人間の言語による概念的思考では考えられないことだからです、
人間の行うすべての性的行為は、性的官能のオーガズムを求めるために行われているものです、
人間は、オーガズムを求めて、四六時中活動している性的官能を用いているのです、
それが、加虐・被虐、虐待、陵辱、恥辱、苦痛ということを通して、オーガズムへ至ろうとするということであれば、
サディズム・マゾヒズムというのは、精神的・肉体的な属性としてあることではなく、
性行為の四十八手と呼ばれるものがあるのと同様な単なる<前戯>に過ぎないということになります、
至ることのできる性的官能のオーガズムは、加虐・被虐、虐待、陵辱、恥辱、苦痛ということを必要としないで、
求めることは可能である、ということだからです、自慰行為があれば、すぐにも果たせることです、
では、どうして、人間は、オーガズムへ至るために複雑な過程を得ようとするのでしょうか、
それは、オーガズムを可能な限りに官能したいという欲求があることですが、
それに拍車をかけられて行われることは、概念的思考のありようにあることなのです、
ここから出発すれば、従来とは異なった方法である、
性的官能のオーガズムを基調とした新しい心理学も、また可能であるということです、
何故、新しい心理学と言うかは、学術の存在によって表現における模倣と反復が繰り返されるからです、
学術が提示する、ひとつの見解がそうあることの事実を明らかとさせることは、
そうあろうとすることを模倣させ、その模倣が既成概念として模倣され、反復させられていくことだからです、
模倣である所以は、人間がその者をあらわす表現ということの手段に過ぎないということにあるからです。
すべての加虐・被虐、虐待、陵辱、恥辱、苦痛にある行為がサディズム・マゾヒズムという既成概念としてあれば、
社会化する人間は、その行為を模倣し、行為を反復させることで概念的思考を成立させていくことだからです、
従って、人間をより良く展開させるための別の概念的思考の方法があれば、
それが求められるという人類史の必然としてあることなのです、
望まれる変革というのは、成し遂げられることが必須ということなのです、
それでは、とくとご覧下さいませ……」
フェミニズムの女性闘士でもある、美由紀の力強い口上だった、
そのように言い終わると、舞台となった正面へ、円形の照明がまばゆいばかりに浮かび上がった、
そのまばゆさは、光そのものと言うよりも、光に映し出されたものが放っていた、
女のあからさまとさせていた生まれたままの全裸は、それほどに輝ける白さのある柔肌であった、
美由紀は、豊かな長めの黒髪に、美青年と身間違えるくらいの顔立ちを毅然とさせた様子でもたげていたが、
その表情は、羞恥を含んだ憂愁といったものを滲ませ、女性の愛らしさがそこはかとなくかもし出されていた、
淫靡な部屋にあるものと同様な太柱を背にさせて、直立した姿態を後ろ手に縛られて繋がれていたが、
可憐な乳首をつけた、ふくらみの薄いふたつの乳房はあらわであり、
優美な腰付きのなめらかな腹部の下の方も、艶やかな漆黒の繊毛が少なめの靄を漂わせて、
その奥にある女らしい亀裂をうっすらとのぞかせているありさまが見て取れるほどであった、
口上で述べた挑戦的とも言える男性的な調子とは裏腹にある、柔和な女性らしさの風情が匂い立っているのだった、
フェミニズムの女性闘士である美由紀が女性の虐待されている象徴的な姿をあらわすということは、
相当な羞恥であり、屈辱に違いないことであっただろうが、
彼女の傍へおもむろに立った男性は、さらなる縄束を携えていた、
素っ裸に晒した見事な筋肉質の肉体の男性は、美由紀が半年前に結婚したばかりの夫である健二であった、
健二の下腹部は、妻への熱い思いの丈をあらわしているように、赤々と剥き出した陰茎を隆々ともたげていた、
健二は、<民族の予定調和>ということを信奉していて、その幹部の地位にある者であったが、
<民族の予定調和>というのは、
<人間の抱く想像力こそが人間本来のものとしての神であるというヴィジョンが実現されること>を目指して、
結ばれ合った男女が<縛って繋ぐ力による色の道>という修行を通して、到達が行われるという思想だった、
健二は、全裸にして縄で緊縛した<表象の女>と呼ばれる女性を三万人は生んできた、有能な伝導者であった、
静香の父親は、<民族の予定調和>の存在を知り興味を示すと、健二を自宅へ招待したのであった……
暖かな春の宵だった、
招かれた健二は、父親の自己紹介と共に美しい妻の貴子を紹介され、早速、淫靡な部屋へと案内された、
父親は、この部屋で、SMと呼ばれている愛欲行為を通して、妻と愛を確かめ合っていることを自慢気に語ったが、
話を聞き終えた健二は、「それで、私に何を求められるとおっしゃられるのですか」と答えるのだった、
さらに、「あなたが満足なされていることであれば、それ以上のことは、私にはできないことです、
<民族の予定調和>は、それを求める者でなければ、歩むことのできない道なのです、
そのことをご理解下さい」と付け加えるのだった、
帰ろうとする健二を父親は慌てて引き留めていた、
相手から縄の緊縛の技を伝授してもらおうと安直に考えていた父親であったが、健二の態度は違ったのだ、
「もっと詳しく、縄による緊縛の<民族の予定調和>について、聞かせて欲しい」と申し出る父親に対して、
「話すまでもないことです、ご主人の承諾が得られることであれば、奥様が証明なされます」と答えるのだった。
父親は、承知を求めるように妻を見やると、しっかりと頷きを返す貴子だった。
承諾を受けた健二は、「では、奥様、生まれたままの全裸になって頂きます」と告げた。
しっとりと着付けていた着物を足袋まで脱ぎ去って、潤いのある純白の裸身をさらけ出せた貴子だった、
健二は、床へ放り出されていた麻縄の束を無造作に拾い上げると、縄掛けを始めていた、
華奢な両手首を重ね合わされて後ろ手に縛られ、綺麗に隆起したふたつの乳房の上下へ縄をまわされて、
胸縄が固定するように双方の腋の下から締め上げられていくと、
始めは顔立ちひとつ動かさずに、冷た過ぎるくらいの美貌をあらわしていた貴子であったが、
柔肌を通して伝わってくる麻縄の拘束感に、驚きと戸惑いを感じさせられているかのように、
両頬をうっすらと上気させながら、不安気なまなざしを浮かべるようになり、夫の方へ投げかけてさえいた、
生まれたままの全裸を夫以外の者へ晒す羞恥は言うまでもないことであったが、
夫からされているいつもの縄による緊縛、いつものと同じような後ろ手縛りや胸縄でありながら、
それらとは異質なものが感じられているという様子であったのだ、
父親にも、妻のそのありさまがわかり過ぎるほどにわかったのは、
後ろ手の手首へ繋がれた縄がほっそりとした首筋を振り分けるようにして、正面へ下ろされて胸縄でまとめられ、
立ち上がっている乳首もあからさまとなるくらいに、縄に挟まれたふたつの乳房が突き出すようにされると、
貴子は、あん、あん、と悩まし気な声音を漏らし始めたことだっだ、
無言のまま、縄掛けを続ける健二は、容赦なく相手を追い込んでいくように手際良く、
優美なくびれを見せる腰付きへ麻縄を締め上げるようにして巻き付けると、残りの縄を臍から縦へ下ろして、
手入れがされているように妖艶とした漆黒の恥毛に隠された小丘にある女の割れめへもぐらせようとするのだった、
それには、貴子も、思わずむっちりと艶やかな左右の太腿をぴったりと閉じ合わせて、抵抗をあらわした、
すると、健二は、作業を止めて、「女性が望まれない縄を掛けるつもりはありません」と言い放つと、
腰縄の残りを垂らさせたままにさせて、裸身から離れていくのだった、
貴子は、驚きと不安と当惑を滲ませた表情で、健二と夫を交互に見やるばかりであった、
SMの愛欲行為であれば、男性の強引な縄掛けは、女であることのか弱さを思い知らせるためにあるものだった、
縄による縛りは従順になることを意味させた、それをこの男性は行おうとはしなかったのだ、
にもかかわらず、掛けられた縄の緊縛が高ぶらせる官能は、このまま縄掛けを続けられていったら、
どのような思いにまで高ぶってしまうかわからない、という恐れさえ感じさせるものがあったのだ、
掻き立てられていた官能は、煽り立てられるものと変わり、燃え上がろうとするのは、ほんのひと縄だったのである、
全裸を縄で縛られたというだけで、これほどになってしまうなんて、という貴子の思いは、
変貌していく妻の様子をつぶさに眺めていた父親とっても、同様のことを感じさせ、答えを求めさせていた、
父親は、行きなさい、とでも言うように、しっかりとした頷きを妻へ送っていた、
「どうか、至らぬご無礼をお許し下さい、あなた様の縄を拒んだつもりではなかったのです、
あなた様の縄が余りにも激しく突き上げてくる甘美な疼きを感じさせたものですから、思わず……
どうか、お続けになって下さいませ、お願いでございます」
と懇願する声音で申し出る貴子に、健二は、再び、相手の裸身へ近づくと縄掛けを続行するのであった、
貴子は、そろそろと白く艶やかな太腿を左右へ割り開かせると、麻縄をもぐり込ませてくる健二の指先へ、
申し述べたことが嘘ではない、という証拠を明らかとさせるのであった、
手の甲まで濡らして滴り落ちる女の花蜜の量は、父親をも驚かせるほどのものがあったのだ、
この男はただ者ではない、と感じた父親は、
割れめへしかっりと食い込まされるようにして整えられていく縄の様子を乗り出す姿勢で見つめ続けるのだった、
妖艶な漆黒の靄を掻き分けるようにして、なよやかな女の割れめへ深々と埋没させられた麻縄の残りは、
優美な尻の亀裂からたくし上げられて、背後の腰縄へ結び留められた、
その頃には、貴子は、燃え上がらせられる官能から、悩まし気な身悶えをあらわし始めていて、
「あなた様は……あなた様は、股間の縄へ何をお塗りになったのでございますか、
ああっ、ああっ、ああっ、貴子は、突き上げられてしまいます、我慢できない」
とうわ言のような声音を上げるまでになっていて、それには、父親も、何か塗ったのか、と畳み掛けた、
健二は、床へ投げ出されていた別の麻縄を無造作に拾い上げて、見せしめるようにして答えていた、
「ご覧になって頂いたように、ご主人がお使いになっておられる麻縄を用いただけのことです、
魔法や手品ではありませんから、秘密の種などないことです、
あるのは、縄を結んで縛るということは、ひとつの観念ともうひとつの観念を結び合わせることです、
一義の絶対性が宇宙のすべてさえも統括するという考え方からは、
縄を結んで縛ることの不可欠は生まれない、
縄が自然の植物繊維を撚って作られたものであることは、
自然は柔軟で多様性に富んでいることをあらわしている、
多義多様性として存在している自然は、その各々が結び合わされることであらわされる全体性としては、
宇宙もまた、多義多様性としてあるということです、
わが民族は、縄文土器の最初の表現以来、<縛って繋ぐ力による色の道>を歩んでいますが、
それが現在は、全裸の女性を縛る緊縛というありようにまで至ったということです、
いずれは、<民族の予定調和>の実現に至り、さらに、宇宙の多義多様性へと至るのは、
人類としての存在理由であることからなのです、
私が奥様にして差し上げたことは、奥様が集中できる状況を作り上げただけのことです、
奥様は、高ぶらされる官能から、想像力を目覚めさせる可能をお知りになったということです、
奥様自身がみずからを導かれていることがある、ということです、
従って、虐待や陵辱を通して精神的・肉体的に追い込んで、不覚となった状態であからさまとされる官能の表現、
SMの愛欲行為と呼ばれるようなものを求められても、私には、添いかねることなのです、
ご主人も、奥様も、このようなありようでは満足できないと思われることでしたら、それだけのことなのです、
女性もすべてが同じではないように、男性もすべてが同じではないことです」
高ぶらされる官能に舞い上げられて、抑え切れないという悩ましい身悶えを始めていた貴子には、
健二の言葉はまるで耳に入らないことであったかもしれなかったが、父親には理解できたことだった、
「奥様を官能の法悦へ至らせることを可能とさせるのは、
思いを寄せる者が共にあることであり、自然が共にあることなのです、寄せ合う思いは自然へと結ばれるのです、
ご自宅の広い庭には、見事な桜の木が植えられていましたね、
その太い幹へ縛り付けられた奥様は、自然へと繋がれる思いに晒されることで、
官能の想像力を羽ばたかせるかもしれません、それがお望みであれば、どうぞ、なさって下さい」
そう言って差し出された貴子を縛り上げた縄尻を父親の手はしっかりと握っているのだった、
それから、父親は、足元の覚束ない妻の緊縛の裸身を支えるようにしながら、自然が待つ庭へと向かった、
大きく枝を広げて七分に咲きほころんだ目も綾な桜の花があり、
その真下へ繋がれた、縄の意匠を施された優美な裸身をあらわした女の花があった、
双方はその艶麗さを競い合わさせるように生々しく息づいて、
見つめる者が煽り立てられる官能をも競い合わせる、そこはかとない自然の美の風情をかもし出させていた、
月明かりに映し出された雪白の潤いをあらわす縄目も綾な全裸がうねり、くねり、よじられて、
ああん、ああん、ああん、という甘美な声音で、燃え上がらせられている官能の喜びを響かせながら、
あと一歩で絶頂へ達するのではないか、という快感に漂わされた美しい顔立ちには、
これまで知らずにいたありようを感じている変容があるのであった、
貴子は、情感に潤ませた薄目がちのまなざしを投げかけ、あなた、早く来て、と求めていた、
父親は、「どうしたら、<民族の予定調和>の信奉者となることができるのか」と健二へ問い掛けていた、
健二は、「あなたも女性と同様に、生まれたままの全裸の姿となり、縄掛けされればよいことです」と答えた、
そして、言われるままにその場へ素っ裸となった父親へ、<信奉者の流儀>である縄を施したのであった、
縄はふた筋とされ、菊門へ当たる位置を定めるように結ばれて、瘤がこしらえられた、
縄頭を赤々と剥き晒して反り上がっている陰茎へ引っ掛けられ、
ふた筋を左右から睾丸を挟むようにして股間へともぐらされると、
瘤が菊門へ当たるように縄が引き絞られ、陰茎は、否応でも反り立つ硬直が示された、
尻の方から出された縄は、左右へ割られて腰へとまわされ、臍のあたりできっちりと結ばれるのだった、
SMの愛欲行為が常識であると考えていた父親にとっては、侮辱を受けたような姿をあらわしていた、
だが、「自然の縄は、人間と人間を結び、縛り、繋ぐものです」と健二から付け加えられた言葉は、
みずからが自然より生まれた縄と一体となることこそ、むしろ、自然な姿にあるとさえ思わせたのであった、
妻が桜と一体になっている妖美において、激しく高ぶらされた官能は、強烈な自然認識を与えたのだった、
「これからがおふたりの修行の始まりです」と言葉を結んで立ち去っていく健二へ、
男は、しっかりとした頷きを送ると、熱い思いを寄せる女という自然と繋がるために裸身を添わせていくのだった、
女の股間から解き放たれた麻縄は、濡れそぼつ花蜜を月光にきらきらときらめかせ、
花びらの満開となった潤沢な深淵は、あてがわれる官能の硬直を自然な勢いで呑み込んでいった、
陰茎へ縄掛けされた全裸の男が全裸を縄で緊縛された女を熱い抱擁で包みながら、
奥深く含み込まれた性欲の抜き差しを始めると、性欲の内奥は熱烈な吸引と収縮をあらわして応えた、
繋がり合ったふたりは、昇りつめていく快感のなかで、互いに甘美な声音を笙の響きにも似た神秘さで交錯させ、
絶頂へ至らせられる至福は、自然へ抱かれる喜びをも感受させることであったのだった、
そのとき以来、父親と貴子は、健二と親交を深めていくのであったが、
美由紀を健二に引き合わせたのは、貴子の独断であった、
美由紀は、男性に対しては明確な考え方を持っていて、自殺の苦悩から救ってくれた貴子が親友であればこそ、
SM行為をあらわす夫婦の営みを無批判でいたが、SM行為の男女関係こそは、男女差別の象徴と見なしていた、
従って、どのような理由にせよ、生まれたままの全裸の女性が縄で縛られるありようなど、悪弊としか考えなかった、
そのような美由紀だったが、あの<小夜子の一件>以来、男性に対しての考え方に微妙な変化を見せていた、
貴子は、健二を尊敬できる人物であると感じていた、そこで、思い切って美由紀と会わせることをしたのだった、
人間の出会いというものは、計り知れないところがあるものである、美由紀と健二は、引き合わされた瞬間から、
まるで、互いが内心でずっと求め続けていた相手を見出したように、心遣いのある率直な態度を示したのであった、
三人で交わしていた居間での会話も、いつしか、美由紀と健二のふたりだけの熱心なやり取りに変わっていき、
話題がついに<民族の予定調和>や縄による緊縛ということへ及んだとき、
「おふたりが宜しければ、夫婦の寝室の奥にある部屋をご自由にお使いになって下さい」
と貴子は、気を利かして席を外していったのだった。
ふたりだけにされた美由紀と健二は、長い交際のある恋人同士のような面持ちで見つめ合っていた、
美由紀には、健二が真摯に語る、
<人間の抱く想像力こそが人間本来のものとしての神であるというヴィジョンが実現されること>に関心があった、
その考え方には、男女の格差を超えた、新しい人間としての生き方へ向かう力強さが感じられるのだった、
<民族の予定調和>ということも、そのありようにおける拡大と深化があれば、可能であるとも思えるのだった、
しかし、それがどうして、女性が生まれたままの全裸を縛られることに関係するのか、疑念でしかなかった、
思いをひとつにした男女が結ばれ合って、<民族の予定調和>を誠実に信奉すればよいことなのではないか、
美由紀のその疑問に、健二は、答えるのだった、
「<導師様>である権田孫兵衛老人は、
<民族の予定調和>へ向かうわれわれの段階は、まだ<展開>の途上にあるに過ぎないものである、
われわれの想像力は、残念ながら、飛翔にあるには、余りにも、神と重力の抵抗の前に脆弱なものである、
われわれの言語は、表現の可能において、概念的思考の柔軟が充分にあらわされたものへと至っていないのだ、
人間には、四六時中活動しているオーガズムを求める性的官能があり、
そのオーガズムが言語による概念的思考へ関与していることさえ、余りにも、ないがしろにされているのである、
われわれには、まだまだ、<想像力>のありようさえ知るためにも、
実際の縄、それを結び、縛り、繋ぐという行為とその観念が必要であることなのだ、とおっしゃられております、
美由紀さんにとっては、縄による緊縛ということは、サディズム・マゾヒズムをあらわすものである、
と考える概念にあることなのでしょう、しかし、残念ながら、その概念では、それ以上の先がないのです、
到達すべき<民族の予定調和>は、その概念の限りでは、成し遂げられないことなのです、
生まれたままの全裸の女性が縄で縛り上げられる、
虐待や陵辱を意味する加虐・被虐をあらわすありさまが同一でない想像力を発揮させることの必要なのです、
ぼくには、かつて、熱い思いを寄せる女性がありました、その女性によって、ぼくは男性を蘇生させられました、
掛け替えのない女性でした、しかし、彼女は、更なるみずからを求めるために、ぼくから去っていったのです、
美由紀さん、ぼくは、あなたの人柄や考え方、美しさに接して、あなたを尊敬できる女性であると感じています、
あなたが更なるみずからを求めるひとであるというならば、どうか、ぼくの縄掛けを受けてください、
ぼくは、そのときより、<表象の女>となるあなただけの<信奉者>となります、
ぼくは、これからの生涯、あなたと共に手を携えて、<民族の予定調和>の修行を精進していきます」
最初の出会いのそのときに求婚された女性の驚きや戸惑いは、当然のこととしてあった、
しかも、この場合、全裸となる羞恥の姿態を相手へさらけ出して、しかも、縄で緊縛されることがあったから、
美由紀の思いは、驚きや戸惑いばかりでなく、不安や恐れや不可知が渾然としていたとしても不思議はなかった、
はっきりと断ることはできたことである、それが唯一の道であるということはあり得ないのであるから、
美由紀にとって、健二が同様に尊敬の感じられる相手であれば、承諾を示すということであったが、
それは、渾然となった思いをひとつの決心に変えて、疑念としてわだかまる事柄へ答えを出すことでもあった、
美由紀は、腰掛けていた居間のソファからおもむろに立ち上がると、
身に着けていた紺地のスーツのボタンへほっそりとした白い指先を掛けていた、
それから、上着、スカート、ブラウス、シュミーズを一気に脱ぎ去って、
思いの一念をあらわすように、パンティ・ストッキング、ブラジャー、ショーツと取り去っていったのだった、
あらわとさせた生まれたままの全裸の姿には、さすがに込み上がる羞恥を抑えきれずに、
双方の手で胸と下腹部を隠させるようにしていたが、顔立ちは、精一杯の思いできりっと上げているのだった、
「これで、私は、あなたの成されるままです……
健二さんの思いを私に教えてください……」
美由紀が小さいがはっきりとした声音でそう言うと、相手の脱衣を真剣なまなざしで見つめ続けていた健二は、
椅子から立ち上がり、みずからも身に着けていた衣類を脱ぎ去って、全裸をさらけ出すのだった、
「ぼくがあなたを思う、思いの丈は、ご覧になられる通りです、
ぼくの思いがあなたを導くものとして、見事に結び、縛り、繋がるものとなるか、明らかとさせて下さい、
一緒に付いて来て下さい、美由紀さん」
そのように語る健二の下腹部は、剥き晒した陰茎を隆々ともたげさせていた、
そのありさまを両頬を染めながら恥ずかしそうに見やる美由紀の手が取られ、ふたりは居間を出るのであった、
手を握り合った全裸の若い男女が家の奥にある夫婦の寝室へ向かう姿が廊下にあったが、
家人は貴子を除いて不在であり、その彼女は、微笑ましそうな表情を浮かべながら、
僅かに開かせた別室の扉の隙間から覗くようにして、ふたりの裸の後姿へまなざしを送っているのだった、
そうして入った淫靡な部屋だった、
「貴子さんの心遣いで、ふたりだけになることのできる場所を与えられました、
ぼくは、もう、誰にも気兼ねを致しません、ぼくの思いはあなたにあるだけです、
美由紀さん、あなたの美しい姿態をぼくにじっくりと見させて下さい」
健二はそう述べると、床から麻縄の束を拾い上げ、
美由紀のほっそりとした双方の腕を背中へまわさせ、華奢な両手首を重ね合わさせるのだった、
優しい所作であったが、美由紀は、恥じらいを漂わせた緊張した顔立ちの表情でされるがままになっていた、
健二は、後ろ手に縛り上げた縄尻を取って、美由紀を中央にある太柱まで歩ませると、
正面を向かせた直立した姿態で繋ぐのであった、
美由紀は、豊かな長めの黒髪に、美青年と身間違えるくらいの顔立ちをもたげさせていたが、
その上気している表情は、さらけ出された羞恥といったものをあらわとさせ、不安と恐れを強く滲ませていた、
可憐な乳首をつけた、ふくらみの薄いふたつの乳房、
優美な腰付きのなめらかな腹部の下の方も、艶やかな漆黒の繊毛が少なめの靄を漂わせて、
その奥にある女らしい亀裂をうっすらとのぞかせているありさまが見て取れるくらいのものがあるのだった、
女性らしさを誇らしげに晒されていると言うよりは、貧相な身体付きの懸念を見せしめられている感じがあった、
そこまでは、懸命に意地を張ってこらえ続けていた美由紀であったのだ、
熱いまなざしで見つめる続ける健二の前に、女の顔立ちはいつしか、
そむけるように俯いていき、両眼には涙があふれ出さんばかりに光っているのだった、
「恥ずかしい……もう、見ないで下さい……
私は、あなたにじっと見つめられるほど、女らしい顔立ちや身体付きをしているわけではありません……
男性は、気の強い、頭を働かす女だとは思っても、私のありように女を感じることないのです……
健二さん、縄を解いて下さい、もう、終わりにしましょう……
私は、あなたにはふさわしくない女です、私も、懸念や屈辱を感じてまで、男性を求めたくはありません」
美由紀は、顔立ちをそらさせたまま、そのように言い切るのだった、
前に立って、直立させた姿勢を不動のまま見つめ続けていた健二は、微動だにしなかった、
「あなたを縛ったぼくの縄を……
ぼくは、さらに、あなたへ掛けることはしても、ぼくの縄は、あなたから解かれることはありません、
ぼくの思いがあなたへ繋がれることを心から求めるからです、
美由紀さん、顔立ちをそらしてはいけない、ぼくをしっかりと見るのです、
フェミニズムの女性闘士であるあなたは、その女性らしさを毅然と示してこそ、女性ではないのですか、
どうして、女性はこうあるものだ、という女性の一般論へこだわる必要があるのでしょうか、
個人としての女性が発揮されないものであるなら、
女性の一般論など建前にしか過ぎないものではないのでしょうか、
人間における変革というものは、一朝一夕にして、できあがるものではないのです、
変革ということは、それを意識できる者が協調して行わなければ、成し得ないことなのです、
そして、その変革は本当に必要なことであるのかを認識することは、最も重要なことなのです、
無理解に晒されている<民族の予定調和>も、試練なくしては、到達へ向かうことはできないことです、
あなたも、みずからの女性の試練なくしては、更なるあなたへ向かうことはできないことです、
あなたは、美しいひとです、ぼくが熱い思いを寄せる、掛け替えのない女性です、
少なくとも、あなたに縄を掛けたぼくにだけには、あなたの毅然とさせた顔立ちを向けて下さい!」
語気ばかりでなく、陰茎までも強い硬直をあらわとさせた健二の返事だった、
美由紀は、上目遣いとさせたまなざしで、そろそろと顔立ちをもたげるのであったが、
そのときには、すでに、間近へ寄っていた相手の唇がみずからの唇へ重ね合わされていた、
健二は、相手の裸身を掻き抱くようにして、強く唇を合わさせたままにいたが、
美由紀は、しっかりと受けとめていた、そして、女性としてある見栄えについての懸念や屈辱よりも、
遥かに強烈な意識が官能のざわめきとなって立ち昇ってくるのが感じられると、
男性の熱い思いに応えてみたい、という意欲が募ってくるのを抑えることができなかった、
性的官能が純粋な力となって快感へといざない、縄で縛られていることの喜びさえ感じられたのだった……
客席へ座らされた静香の見つめる舞台の上で、
全裸の姿にある美由紀と健二が始めようとしていたことは、そのときの出会いの再現であったのだ、
フェミニズムの女性闘士である美由紀が女性の虐待されている象徴的な姿をあらわすということは、
相当な羞恥であり、屈辱に違いないことであっただろう、と静香にも思えたことであったが、
普段の挑戦的とも言える男性的な調子とは裏腹にある、柔和な女性らしさの風情が匂い立っているのだった、
その相反と矛盾を感じさせるありようには、艶かしいくらいに、静香の官能を掻き立てるものがあった、
熱い思いを寄せる男性から縛られる縄、そのような縄であれば、されてみたいと思わせることであるばかりか、
美由紀の傍へおもむろに立った健二は、素っ裸に晒した見事な筋肉質の肉体の下腹部に、
相手への熱い思いの丈をあらわしているように、赤々と剥き出した陰茎を隆々ともたげ、
その手には、更なる縄束が携えられているのだった、
健二は、美由紀を晒しものとさせていた縄を解くと、後ろ手に縛り上げた姿はそのままで、
新たな縄掛けを始めるのであったが、女は、毅然とさせた美しい表情をきりっともたげ、
直立させた生まれたままの全裸の姿態を成されるがままに差し出しているという感じであった、
ふた筋とされた麻縄の縄頭が女のほっそりとした首筋に掛けられ、身体の正面へ長々と垂らされた、
首筋から左右へ垂れた縄はひとつに合わされて、腹部のあたりまで幾つもの結び目が作られていった、
縄尻は、艶やかな漆黒の繊毛が少なめの靄を漂わせてうっすらとのぞかせている亀裂へもぐらされたが、
女は、閉じ合わせるようにさせていたしなやかな太腿を開くようにして、男の作業へ協調を示していた、
もぐらされた縄は、女の割れめへしっかりと食い込むように整えられて、
優美な尻の方からたくし上げられると首筋にある縄頭へ掛けられて縄留めがされた、
美由紀は、顔立ちを上気させられていたが、毅然とさせた表情は変わらないままだった、
生まれたままの羞恥の全裸をさらけ出させ、股間へ淫らに映る縄を施された姿とは、ちぐはぐでさえあった、
だが、健二の手によって、縦縄に作られた結び目と結び目の間へ、新たな縄が通されて左右から引かれていくと、
可憐な乳首をつけた、ふくらみの薄いふたつの乳房のあたりから始まって、、
鳩尾、綺麗に締まった腰付き、なめらかな腹部へと次々に縄の菱形の紋様が浮かび上がっていくにつれて、
身体を覆う縄の緊張が増して、白い柔肌を通して伝えられる拘束感に集中させられるまなざしを浮かべていた、
目も綾な菱形の紋様が施され終わる頃には、割れめへもぐらされていた麻縄も深く埋没するくらいになっていて、
美由紀のまなざしは、じっとりとした情感を漂わせて、健二をひたすら追いかけているのだった、
緊縛の仕上げとして、後ろ手に縛られている残りの縄で細い両腕ががっちりと固定させられたが、
健二に縛り上げられた縄尻を取られた美由紀は、顔立ちを毅然ともたげていることが精一杯という様子だった、
静香は、まるで、みずからがそのようにされたと思えるくらい、
全裸の女が縄の紋様に包まれて放っている官能の輝きの生々しさに眼を奪われるのだった、
美由紀の顔立ちは、今までに一度も見たことのない、そこはかとない美しさがかもし出されていた、
激しく高ぶらされる官能と寄り添う男性への熱い思いをひとつにさせた女性の自尊心のあらわれがあるのだった、
美由紀は、健二に優しく引き立てられるようにされながら、静香の座る前まで連れて来られると、
「あなたにも、素晴らしい男性がきっとあらわれます」と言ってにっこりと微笑んだ、
それから、同じように微笑んで頷きを示す健二に抱かれて、広間を後にして行くのだった、
ふたりが向かうところは、高ぶらされた官能が求めるオーガズムであることは、静香にも理解できることだった、
思いを寄せ合うふたりが結ばれるための縄、<民族の予定調和>にまで導かれる縄、
そのためにこそある、縄による全裸の緊縛、
そのように思い浮かべると、火照らせている顔立ちが胸をどきどきとさせてくる静香であったが、
舞台には、新たな人物の姿があらわれていた、兄の拓也と婚約者である麻子だった、
ふたりは、これから結婚式を挙げるとでも言うように、黒のタキシードと純白のウェディング・ドレスに着飾っていた、
花婿と花嫁は、互いの手をしっかりと握り合って、緊張した表情の顔立ちを上げていた、
口を開いたのは、花婿の方だった、
「熱い思いを寄せるひとに去られてしまうというのは、辛い思いのあること、
しかし、それを乗り越えることをしなければ、更なる自分というものにもめぐり会えない、
その更なる自分がめぐり会うための熱い思いを寄せるひとも、また、あらわれることはない、
<その少女>は、十二歳のときに、<同い年の少女>から、三百体の花嫁人形が飾られた部屋で、
ほっそりとした両手首を束ねられて上方にある鉤へ繋ぎとめられ、
身に着けていた衣服を鋏で切り裂かれて脱がされ、生まれたままの全裸にさせられて、
優美な雪白の姿態を背伸びするような姿勢で吊り下げられまま、女性同士の愛欲行為で官能を高ぶらされた、
初々しい女の割れめからあふれ出させた花蜜は、そのようにして虐められることの喜びをあらわとさせたように、
ついには、官能の絶頂にまで昇りつめることをさせられた、
それは、人前で行われる恥辱の極みであったばかりでなく、
<その少女>にとって、みずからの本性を相手に知られ、みずらにも暴露されたことであった、
虐めれることで性的快感を覚える、マゾヒストという本性である、そのとき以来、
みずからの女性としての本性を知る<同い年の少女>は、離れることのできない女友達としてあった、
<その少女>は、縄という言葉、縛るという言葉、虐められるという言葉を聞くだけで、
胸がどきどきと高鳴ってきて、甘美に疼かされるものを意識するようになっていった、
その被虐への思いが高ぶらされる官能を抑えることができないならば、
みずからを友人で愛人だと思っている<同い年の少女>に打ち明ければ、
<牝鹿のたわむれ>と称している女性同士の愛欲行為で、思いを遂げさせてくれるのだった、
<その少女>は、生まれたままの全裸を縄で後ろ手に縛られ胸縄を掛けられて、
同じく全裸となった<同い年の少女>から思いの込められた愛撫を受け、
女性であるからこそ感じられる官能の絶頂の喜悦を、ふたりで一緒に味わうことをする戯れを行ったのであった、
そのまま成人になっていけば、幼い頃、浮浪者から股間を悪戯された経験のある女性がいて、
男性から虐められることをされなければ性的満足を得られないために、
夜は貞淑な妻でありながら、昼は夫の不在を利用して淫乱な娼婦となる、といった物語にも似て、
異常な幼少体験がトラウマ(心的外傷)となる、というわかりやすい話となるところであろうが、
<その少女>には、絵画表現を強烈な喜びとすることがあったのである、
表現とは、ひとのなかに内在している<或るもの>をほかのひとへ伝達するために外在化することである、
それは、生まれたばかりの赤ん坊が手足を動かし泣き声をあげて欲求を伝達することから始まり、
ついには冷たいむくろとなって動きをあらわさなくなるまで続く流動的な現象と言えることである、
生と死の違いは表現を行わなくなったかどうかの違いで、表現は生きているものにしかないということである、
身振り手振り、声をあげること、言語を用いること、絵を描くこと、物体を造ること、音楽を作り演奏すること、
舞踏をすること、演技をすること、運動で競い合うこと、表現が伝達の手段であるということでは、
芸術、スポーツ、科学、政治、経済、宗教、戦争、強姦、殺人にいたるまで、
人間の事象というのは、地球を舞台にした全員参加の表現の一大展示会と言うことができる、
とこのように書いている者もあるが、この<表現の可能>からすれば、
異常な幼少体験がトラウマ(心的外傷)となる、
ということが<人間にある表現の可能>ということを考慮していない見方であることは避けられない、
<人間にある表現の可能>というありようは、連続した表現の持続が生存というものであり、
心理は、一本の線の持続として見ることよりも、表現されることの数多の積み重ねであると見ることにより、
その表現が明確な目的を持って行われる場合にあっては、さらに展開していくものとなることがあるのである、
心理を肉体と同様なものと見なせば、心的外傷を受けたありようは、治癒されるべきことになるが、
心理の構造として、言語による概念的思考が活動していることであれば、
心理は、傷を負ったりや病気となったりすると考えるよりも、それがどのような整合性を生んでいるものであるか、
ということを考察した方がより発展的な探求になることではないだろうか、少なくとも、
<その少女>は、みずからのありようを更なる自分へと展開させるために、絵画表現を用いたのであった、
<同い年の少女>がみずからを表現するありように匹敵するだけの絵画表現の達成ということであった、
それは、<その少女>が十二歳のときにみずからが晒された恥辱の姿を題材として、
<同い年の少女>が成人しても表現し続けるだろう宿命的な姿を重ね合わさせる絵画として結実するのだった、
その絵画にあらわされたことは、
一本の太い柱が立っていて、そこに生まれたままの全裸をさらけ出した女が繋がれていた、
女は、その乳色の潤いをあらわす柔肌に覆われた姿態をこれでもかというくらいに、上下へ伸ばさせていた、
上の方は、重ね合わされたほっそりとした両手首を麻縄でがっちりと縛られて鉤へ掛けられ、
下の方は、きゅっと締まった両足首を麻縄で束ねられて地面の杭へ繋がれているのだった、
そして、艶めかしい左右の太腿へ挟ませられるように、屠殺用の大刀が柱へ突き刺さっていた、
大刀の太い柄に隠されて、夢幻の漆黒の靄に妖美な盛り上がりを見せる女の股間は見えなかったが、
その女の姿は、まるで、美しい白い動物、或いは、美しい牝の鹿が吊り下げられているようであった、
だが、女の顔立ちがあらわす、官能の恍惚の絶頂にある美しい表情は、まさしく人間のものだった、
その女の姿態を馬や牛や豚のぴくぴくする濡れた鼻先が嗅いでいた、
すらりとした両腕、ふっくらとした綺麗な乳房、悩めるようにくびれた腰付き、
可憐な臍をのぞかせるなめらかな腹部、夢幻の漆黒の靄に隠されて妖美な盛り上がりを見せる股間、
艶めかしい太腿からしなやかに伸びた両脚、美しい雪白の柔肌を晒させた女の全裸の各所にわたって、
しかし、映画や物語ならば、その絵画完成の結末で締め括られることは、感動の整合性のあることかもしれないが、
絵画が成し遂げられただけで片付くという心理の問題ではない、人間の表現は生存の持続であるからだ、
表現は表現を生むという連続は、死に至るまで常に存在し続けることであるから、
心理を一本の線の持続として見ていたのでは、トラウマ(心的外傷)の治癒ということは、
切除のメスを入れるようにして立ち切ってしまうという方法でしかないから、
病的にあった者を元へ戻すということが健全という見方としてある、
心理が肉体と同一な対象であると見なせば、それが正常に回復されたということになるのである、
だが、心理の線にある悪弊の箇所を切除して結び直すだけのことが正常を呼び戻すことであろうか、
従って、それで収拾がつかなければ、心理の線の下にあるとされる潜在意識が持ち出されてくるのであるが、
これは、音楽にある和声が調和の充実感と美と神的なものさえ意味させるものとしてあるように、
心理の線と潜在意識の関係は、対位法(ポリフォニー)のようにして考え出されていくものであるから、
つまりは、集合的無意識という世界調和の四声の独唱と合唱と大管弦楽が示されるということにまでなるのである、
大人数の演奏の圧倒的な迫力の前には、ひとりが奏でる笙の音楽など掻き消されてしまうほどのことである、
だが、心理分析という芸術的表現の相違であることだとしたら、ひとつだけのありようがあるということではない、
起こってしまったことは取り返しのつかないことであるから、トラウマ(心的外傷)となるのである、
起こってしまったことは取り返しのつかないことであるから、元へ戻すということは、不可逆として不可能なのである、
心理は、一本の線の持続として見るよりも、表現の数多の積み重ねとして見た方が発展的であるのは、
トラウマ(心的外傷)は、ひとつの表現を導くものであり、その認識をあらわす表現であるということである、
心理は、<表現の可能>を求められることにより、
トラウマ(心的外傷)の認識を展開させることが可能であるということである、
<起承転結>というのは、表現が求める整合性である、そこに<展開>が加わることが想像力なのである、
絵画表現を達成した<その女性>の前に、ひとりの<男性>があらわれた、
<男性>は、成人となった<同い年の少女>と出会い、
半年後に結婚し、ひと月の夫婦生活の後に失踪された夫であった、
<男性>にとっては、熱い思いを寄せた相手であったが、謎の多い女性であったことも事実だった、
<男性>は、<その女性>から、彼女に起こった事柄のすべてを聞くことができた、
みずからの恥辱とするところまでをあからさまにさせて、謎に対する答えを提示しようとする相手に、
<男性>は、その絵画表現の迫真に感動させられるのと同時に、
<その女性>の生に対する真摯で懸命なありように強く惹かれるものを感じるのだった、
それから、ふたりは、互いに外国暮らしにあった不自由を押して、会う機会を重ねるようになっていった、
ついに、ひと夜を共にするために、ホテルに部屋を借りたときであった、
先にシャワーを浴びて、ベッドへ近づいた<その女性>がそこに見たものは、厳然として置かれた麻縄の束だった、
<その女性>は、茫然となったまま、立ち尽くして眺め続けることしかできなかった、
<男性>が背後から語り掛けていた、
人間における性的行為というものがすべて性的官能のオーガズムを求めて行われることであれば、
縄は人と人を結ぶものとしてあるものであり、
縄による緊縛というのは、官能を高ぶらせ合うための<前戯>のひとつに過ぎないことです、
陵辱や虐待を目的として用いられる縄にしても、同様のことです、
陵辱や虐待が単純に結果をあらわす行為として求められることであれば、複雑な過程は避けられるものなのです、
複雑な過程が必要とされることであれば、
その表現は心理のあらわす紆余曲折をそれに見ることができるのです、
心理のあらわす紆余曲折とは、みずからが謎と答えの整合性を求める思考過程です、
そこにどうして縄が置かれているかは、あなたにとっての謎です、あなたが求める答えというものが、
あなたが縄で縛られることで虐待や恥辱を意識して、より強烈な性的官能を感じられるということであれば、
ぼくは、喜んであなたを縛りたい、
だが、縄を必要としなくても、より強烈な性的官能のオーガズムを求められるというのであれば、不要ということです、
あなたとぼくが結ばれるのは、思いを寄せ合うからこそ成し得る、更なるオーガズムを求めることにあるからです、
<その女性>は、<男性>の方を振りかえると、にっこりとした微笑みの表情を浮かべていた、
それから、女性らしい媚態を作るようにして、答えたのだ、
思いを寄せるあなた、私がどちらもあなたにして頂きたいと申し上げたら、そうして下さいますかしら、
<男性>は、喜んで、と言うなり、みずから全裸となり、相手を全裸とさせるのだった」
花婿の話は、そこで終わっていた、それと同時に、
添うようにして立っていた花嫁は、純白のウェディング・ドレスの裾をたくし上げていた、
しなやかな両脚があらわとなり、ぴったりと閉じ合わされた白く艶やかな太腿がさらけ出されていった、
それ以上に眼を奪ったのは、股間へ掛けられていた麻縄だった、
漆黒の色艶をあらわす恥毛を掻き分け、柔和な小丘が盛り上がるほどにされて、、
割れめへ深く埋没させられている山吹色も真新しい縄は、
淫らでありながらも、女の股間を妖しく美しく映らせているものだった、
そして、そのありさまとは相反し、或いは、同調するように、花嫁の綺麗な顔立ちは晴々とした輝きをあらわして、
たとえ、三百体の花嫁人形と並ばされたとしても、
生き生きとした人間の女性を表現するものが遥かに示されているのであった、
手と手を携え合った花婿と花嫁が静香の方へ近づいてきた、
「あなたにとっての表現は何ですか、表現はあなたを生かすも殺すもすることです」
とやがて義姉となる麻子が微笑みながら、はっきりとした口調でそう述べると、
拓也も同じように微笑んで頷きを示し、ふたりは、広間を後にして行くのであった、
静香は、大人の見世物と言われて見せられていることに、益々の性的興奮を感じないではいられなかったが、
次に舞台へあらわれることも気になっていた、
今日、成人のお祝いに来てくれた人々は、それですべてであったのだ、
父親は、その後は、私と貴子から、静香がびっくりするような贈り物を用意してあるから、と言っていた、
何だろう、びっくりするような贈り物とは、
静香がそのような疑問を感じていると、突然、舞台を照らし出している明かりが消えた、
広間には、静寂と薄闇が舞い降りて、それがしばらく続くのだった、
どのくらいの時間が経過したかがわからないほどに長いものであったが、
両脇の椅子へ腰掛けていた父親と義母はとっくに姿を消していたから、
静香は、ひとりぽつねんとさせられているだけだった、
「静香さん、あなたへの贈り物は、夫婦の寝室の奥にある部屋にご用意されています、
私たち、両親からの贈り物です、お受け取りになって下さい」
という義母の穏やかな声音がおもむろに響き、静香は、席を立つのであった、
そして、言われた場所へ向かうのであったが、
そのときに感じる思いは、これと似たようなことが以前にもあったと感じさせられるものだった……
そのことを思い出すと、静香は、もう、居ても立ってもいられなくなり、ベッドから飛び起きて着替えていた、
それから、自室を出て、夫婦の寝室へ向かうのであったが、
不思議なくらいに、居間にいるはずの貴子のことが気に掛らなかった、
自分のしていることは、何か、大変な秘密を解き明かすことに違いない、
と考えられるような大胆な思いがあったのだ、
しかし、目的の部屋の近くまで廊下を足早に進んだときだった、
その部屋には、常時、鍵が掛けれられていることを思い出したのだ、
夫婦の寝室の扉の前へ立つと、静香は、ひどくがっかりした思いを感じてしまい、引き返そうと考えた、
だが、手は思わずその扉のノブを握っていて、まわりもしないそれをまわしているのだった、
ノブはまわっていた、扉は開くことができた、
当然、そこには、貴子がいることは確かだったが、それでも、静香は、扉を大胆に開いていた、
何故、そこまでしようとするのか、静香には、謎であり、不明という答えがあるだけだった、
開かれた夫婦の寝室はひっそりとしていた、義母の姿はなく、貴子は答えを明らかとはさせなかった、
静香は、寝室を奥へと進んでいくと、扉の前へ立った、
扉は、すでに開かれていた、
そして、四方に鉄環を取り付けられた異様な木製の寝台の上へ、
生まれたままの全裸の姿をあられもない格好に縛り付けられて晒された小夜子の姿があったのだった……
いや、それは、もう、済んだことだ、自分の思いは、もはや、小夜子さんにはない、
熱い思いを寄せた女性であったかもしれないが、いまは、自分には、特別な男性があるのだ、
静香は、夫婦の寝室の扉の前まで来ると、自信を持ってノブをまわしていた、
部屋のなかへ入ると、ためらうことなく奥の扉まで進んだ、
その扉は、今や思いのままに開くことができて、太柱を見ることは、求める答えを予感させていた、
そして、扉は開かれた、
そこに見えた太柱には、全裸をさらけ出させた男性が繋がれていたのである、
男性は、あらわれた静香の存在に気がついたが、
女性と見間違えるくらいの美しい顔立ちに恍惚の表情を漂わせているだけで、
思いはまるで浮遊させられているという様子にあった、
男性は、健四だった、
静香が熱い思いを寄せているそのひとだったのである、
静香は、余りの驚愕に茫然とさせられて、相手の姿を見続ける以外にできなかった、
健四が晒されている姿は、触れることはおろか、声さえ掛けることをためらわせるものがあったのである、
<陽間>というものがあらわされるには、施される特有の縄掛けがある、
それは、生まれたままの全裸にさせられ、後ろ手に縛られて胸縄をされることから始まり、
陰茎の根元へ掛けられた麻縄の環からふた筋とされた縄が睾丸を左右から挟むようにされて、
それらをまるごと股間へともぐらされ、本人の意思をよそに陰茎の硬直が維持するようにされる、
成人男性の普通の陰茎であれば、かなりの無理のあることに違いないが、
<陽間>の所有する可愛らしく小ぶりな陰茎にあっては、あったものが隠れたという程度のことでしかない、
縄が尻の間から引き絞られることで、陰茎のあった場所には、
代わりに女性のふっくらと盛り上がった小さな丘と似たものがあらわれ、
割れめさえ浮かばせている状態ができ上がる、
尻の間から出された縄には、菊門を刺激し続けるように瘤が作られていて、
ふた筋に背後から割られ、優美な曲線を描く腰付きへ巻き付けられて、縄留めがされる、
さらに、ふた筋に背後から割った箇所へ縄が結ばれて繋がれることで、
股間の箇所は、立ち尽くした姿勢にあっても、女性を見事にあらわしたものとなる、
その繋がれた縄は背筋を伝わって、ほっそりとした首筋を割るようにして正面へと下ろされ、
ふっくらと隆起した乳房のない胸縄がずれないようにするために、
胸縄の上部と下部へがっちりと結ばれながら、腰縄まで下ろされて締め上げられるのである、
これは、男性であれば、恥辱の極みとも言えるような姿であって耐えがたいものであろうが、
男性でありながら女性とも言える、なよやかな思いと姿態を備える<陽間>を特別な存在とさせていることである、
<陽間>は、性同一障害にある美青年が女装のマゾヒストをあらわす、ということではない、
<陽間>は、日本民族の伝統にある<陰間>がそうであるように、
性的官能をオーガズムへと至らせるための<美>と<想像力>の昇華に存在理由があり、
<陰間>が男性のためにあるものであれば、<陽間>は女性のためにあるものである、
男性でありながら女性とも言える、なよやかな思いと姿態、可愛らしく小ぶりな陰茎を備える美青年であれば、
誰でも成ることが可能であるということでは、<陰間>と<美>を競い合うものとして存在しているのである、
静香が初めて見せられた、その健四の姿であったのである、
「誰がこのような酷いことを! 健四さん、待って! 静香がすぐに自由にして差し上げます!」
華麗な振袖姿を着付けた処女は、もはや、抑え切れずにそう叫ぶと相手へ近づくのだった、
「静香さん、その縄を解いてはいけません」
背後から義母の制止する声が響き、静香は、思わず振り返った、
扉口には、父親と貴子が真剣な表情を浮かべながら立っていた、
「お父様とお義母様がなさったのですね! 何て、酷いことを! すぐに健四さんを自由にしてあげて!」
静香は、身体をぶるぶると震わせて、怒りを抑えられないといった激しい声音を上げていた、
だが、両親は、表情をこわばらせているだけで、返事もなく、微動だにしなかった、
両親と向き合ったままになった静香を振り返らせたのは、太柱へ繋がれた男性だった、
「静香さん、ご両親のせいではない、ぼくがみずから望んでして頂いた姿なのです、
あなたが成人になられて、ぼくへ思いを寄せ続けてくれるというのであれば、
ぼくもあなたへ熱い思いを寄せ続けている者として、
<陽間>であることを明らかとさせなければならなかったことなのです……」
静香には、信じられないというように、相手を見やることしかできなかった言葉だった、
「<陽間>は、<民族の予定調和>へ向かう<縛って繋ぐ力による色の道>における<想像力>です、
ぼくは、あなたと共に、その<想像力>を追及していきたい、だから、あからさまとさせたのです、
あなたが女性へ熱い思いを寄せて、愛欲行為まで行うことのできた女性であればこそ、
ぼくとあなたは、縄を通して結ばれることを定められた者としてあることだからなのです」
静香には、理解しがたい事柄が語られているとしか思えないことだった、
熱い思いを寄せる相手がさらけ出せている姿には、異常、異様、淫猥、恥辱、哀切しか感じられないのだった、
返事のしようがないことだと思えてくると、大きな瞳には涙があふれ出してくるのだった、
「静香さん、ぼくは、あなたの両親によって捧げられた、あなたの成人の祝いの贈り物なのです、
受け取ることも、拒むことも、あなたの自由にあることなのです」
そのようにまで語る相手に、静香は、蒼ざめてさえ映る、凍りついた表情を向けるだけだった、
その場を逃げ出すことが回答とされても、不思議のない状況だった、
健四は言うまでもなく、立ち尽くしたまま成り行きを見守る両親も、誰ひとりとして強要する立場にはなかった、
静香の思いがあらわす表現がすべてであったのである、
静香は、その場へ踏み止まっていたのである、
静香をその場へ踏み止まらせていたものは、
みずからはみずからへ答えを出させねばならない、という成人の自覚であった、
静香には、あなたにも、素晴らしい男性がきっとあらわれます、という美由紀の言葉、
あなたにとっての表現は何ですか、表現はあなたを生かすも殺すもすることです、
という麻子の言葉が思い出されていた、
それらの言葉が交錯するなかで、この淫靡な部屋で、屈辱的な姿をあらわにされて叫ばれた小夜子の言葉、
女はそんなに簡単に涙を見せたらだめ、泣くのは我慢して、もっと毅然となさい、それが聞こえてくる気がしていた、
みずからの思うところを表現として、みずからを輝かせた女性たちであれば、
静香も、みずからの思うところを表現する女性となりたい、と望ませることだった、
健四が<陽間>というものをあらわしてまで、みずからの男性としての思いを伝えることをしているならば、
みずからも女性であることを毅然として表現することなくして、どうして相手へ思いが伝えられるものか、
静香は、涙を抑え、愛くるしい顔立ちを毅然ともたげて、答えたのだった、
「健四さん、どうすれば宜しいのですの、あなたと共に歩むには、私は、何をすれば宜しいのですの、
あなたが私に贈り物としてあなたを捧げてくれるのであれば、喜んで私は受け取ります、
私も、みずからをあなたへの贈り物として捧げますので、受け取って頂きたいのです」
力強い澄んだ声音が淫靡な部屋へ響き渡っていた、
太柱へ全裸を緊縛された姿で繋がれている男性は、真剣な表情で、はっきりとした頷きを示すのだった、
背後に立っていた両親が静香の方へ近寄ってきた、
「静香、おまえの自立した思いは、おまえが表現することを更に展開させることだろう、
私がおまえを縛る縄はたった一度きり、女性としての自立の門出に際しての今日一度だけのことだ、
それは、私の一生の思い出となることだ」
娘と向き合った父親は、そのように言い終わると、壁に掛けられている麻縄の束を取りに行くのであった、
「静香さん、後は、あなたがみずから歩む道です」
相手の間近へ立った義母は、微笑みながら優しい声音で言うと、
華麗な振袖の色鮮やかな帯締めへほっそりとした指先を掛けているのだった、
静香は、身に着けているものをすべて脱がされて、生まれたままの全裸とされ、
縄で縛り上げられることをされるのだと思った、
それは、思いを寄せる相手と同様な姿になることだったからだ、
義母の手慣れている仕草で、見る見るうちに、瀟洒な帯が落とされ、艶麗な着物が肩からすべり落とされ、
 長襦袢の紐が解かれ伊達巻がほどかれていくなかで、娘は、されがままになっているだけだった、
肌襦袢と湯文字の結びが外されて、一気に身体から脱がされていくと、
あらわとさせた裸の姿態は、ふっくらと瑞々しく隆起したふたつの乳房、優美なくびれをあらわした腰付き、
綺麗な漆黒の色艶に隠された柔和な小丘は、艶やかに引き締まった左右の太腿に支えられて、
しなやかな両脚を伸ばさせているという、なよやかな女らしい曲線に包まれた純白の柔肌の麗しさであった、
双方の足袋が取り去られれば、文字通りの生まれたままの全裸の姿がさらけ出されるのだった、
その美しい娘の全裸の姿態へ、父親は、思いの込められた縄掛けを始めるのだった、
華奢な両手首を重ね合わされて後ろ手に縛られ、綺麗に隆起したふたつの乳房の上下へ幾重にも縄をまわされ、
胸縄が固定されるように双方の腋の下から締め上げられていくと、
始めは顔立ちひとつ動かさずに、毅然とした愛らしさをあらわしていた静香であったが、
柔肌を通して伝わってくる麻縄の拘束感に、不可解と戸惑いを感じさせられているかのように、
両頬をうっすらと上気させながら、不安気なまなざしを浮かべるようになり、健四の方へ投げかけているのだった、
健四は、そのまなざしをしっかりと受けとめて、励ますように頷いていた、
生まれたままの全裸を人前へさらけ出させている羞恥は言うまでもなかったが、
父親から縄で緊縛されるということは、思ってもみなかったことであり、後ろ手に縛られ胸縄をされたことで、
込み上がらせられる官能の甘美な疼きに、みずからの女であることを意識させられたことは、強い驚きだった、
縄掛けを続ける父親にも、そばでじっと見守り続ける義母にも、その様子がわかり過ぎるほどにわかったのは、
後ろ手の手首へ繋がれた縄がほっそりとした首筋を振り分けるようにして、正面へ下ろされて胸縄でまとめられ、
立ち上がっている可憐な乳首があからさまとなるくらいに、
上下から縄で挟まれたふたつの乳房が突き出すようにされると、
静香が、ああん、と思わず悩まし気な声音を漏らさせたことだっだ、
縄の緊縛感に鋭敏であるかどうかは、大きく個人差のあることであるが、
みずからが虐められることで性的快感を覚えるマゾヒズムの傾向が強い、といった思い入れにあれば、
縄の緊縛感は、肉体の圧迫感という性的官能を高ぶらせる刺激としてあることを増幅させることができる、
性的官能で高ぶらされる思いによって、快感のある性的願望と同化しようというありようである、
従って、性的願望へ同化するための刺激が不足していれば、更なる被虐を求めるという過程になるのである、
この求める思いという心理と肉体における刺激との関係をマゾヒズムという概念として見ることは、
少なくとも、人間の属性としてある、という点では無理のあることである、
快感のある性的願望を思い入れる思考は、言語による概念的思考の活動である以上、
それは、想像力の如何によって、どのようにも作り出せるものがあるからである、
サディズムも同様であるばかりでなく、フェティシズムや同性愛、スカトロジー、カニバリズムに至っても、
快感のある性的願望を求める心理は、傾向を分類する程度にしか概念化されないということである、
それで、人間の性のありようが理解できたように考えているとしたら、
それらがすべて性的官能のオーガズムを求めて行われているという前提を考えたとき、
それらは、言語による概念的思考が行う概念化に過ぎないということに留まってしまう、
という事実が明らかとされるだけのことである、
従って、新たな性の概念が生まれれば、古びた概念となるに過ぎないことになる、
喩えて言えば、現在は、それで商売が成り立っているから、重宝されて使われている概念である、ということである、
人間の問題がそれほどなまやさしいことではないのは、
人類の創始のときと変わらないくらいのことだと考えてもよいくらいのことである、
要するに、どのような考え方に馴れているかによって、人間も、世界も、宇宙も、単純に異なることがある、
この場合、静香には、熱い思いを寄せる相手と同様な姿に成り変わりたいという思いがあった、
父親にも、相手を追い込んでいくように掛ける、縄に容赦はなかった、
優美なくびれを見せる腰付きへ麻縄を締め上げるようにして巻き付けると、残りの縄を臍から縦へ下ろして、
綺麗な漆黒の色艶に隠された柔和な小丘にある女の割れめへもぐらせようとするのであった、
それには、娘もびっくりして、思わず艶やかに引き締まった左右の太腿をぴったりと閉じ合わせるようにさせた、
だが、父親からされていることを思い返し、健四のさらけ出させている緊縛姿を見つめ直し、
左右の太腿へ触れられる優しい手を意識させられると、
みずからそろそろと純白の艶やかな太腿を左右へと割り開かせていくのだった、
麻縄をもぐり込ませていく父親の指先を熱く熟し始めた女の花園から滲み出した花蜜が濡らしていたが、
割れめへしかっりと食い込まされるようにして整えられていく縄に手加減は加えられなかった、
思いを寄せる相手であるからこそ、思いの込められた縄掛けが行われるのは、当然のことだったのだ、
綺麗な漆黒の色艶の靄を掻き分けるようにして、なよやかな女の割れめへ深々と埋没させられた麻縄の残りは、
優美な尻の亀裂からたくし上げられて、背後の腰縄へと結び留められた、
静香は、みずからの晒された姿に、驚きと戸惑いと羞恥とを混ぜ合わされた不安を感じさせられていたが、
それ以上に、柔肌を圧迫される縄の緊縛感に、甘美な疼きを掻き立てられ煽り立てられるのを意識させられ、
股間へ深々ともぐり込まされた縄に至っては、愛らしい敏感な小突起、花園の奥の果肉、すぼまった菊門、
これらが直接の刺激を受けて、燃え立たせられるものさえ感じ始めているのであった、
「さあ、静香の大人への旅立ちだ、健四さんへ連れ添いなさい」
父親からそのように言われた娘は、縛られた縄尻を取られ、優しく押し出されるようにされて太柱まで歩かされた、
それから、直立した姿勢で繋がれている健四へ横並びにぴったりと添うようにされ、柱へ縛り付けられるのだった、
その間、キャスター付きの大きな鏡が義母の手で運ばれて来て、若い男女の正面へ据えられた。
静香と共に<想像力>を追及していきたい、と望む健四が頼んだ処置だった、
両親は、太柱へ繋がれたふたりの姿をまじまじと見つめ直すと、部屋を立ち去ろうとしていた、
扉が静かに閉じられていくと、静香と健四、ふたりだけの部屋となるのだった、
柱へ身体を縛り付けられて、身動きの取れない状態にあれば、眼の前に置かれた大きな鏡は、
顔立ちをそらせるか、両眼を閉じるかしなければ、映し出される自分たちの姿を見ないわけにはいかないことだった、
相手のありさまだけを見ていたことでは気づかなかったことでも、
ましてや、みずからが晒されているありさまは、縄の緊縛がみずからを封じ込めるようにさせていただけに、、
みずからの性的官能と向かい合わされている思いには、客観性というものが希薄であったのだ、
いま、眼の前にさせられていることには、その客観性が如実としてあるのだった
静香は、肌と肌とを密着させられて、ぴったりと寄り添わされて隣にいる健四の全裸の緊縛姿と、
みずからの晒されている全裸の緊縛姿とをまじまじと見せられたことに、動揺を感じさせられていた、
女性であることをあからさまとさせられるように全裸であり、
ほっそりとした首筋から腕、しなやかに伸びた両脚に至ってまで輝く純白の柔肌のなよやかさは、
ふっくらとした乳房を可憐な乳首が突き出るくらいに飛び出させられ、
優美な曲線を描く腰付きのくびれが際立つくらいに締め上げられ、
柔和に膨らんだ小丘にある割れめをもぐり込まされた縄が淫ら過ぎるほどにありありとさせているのであった、
そのありようは、その隣にある男性の姿態が端正で綺麗な顔立ちは好ましいものとさせていたとしても、
ほっそりとした首筋、可愛らしい乳首はあるもののふくらみのない平板な胸、
優美さの曲線は女性に負けないくらいの腰付き、しなやかに麗しく伸びた両脚、
それらを輝かしいものとさせている雪白の柔肌が女性の擬似にしか過ぎないものだと感じさせるのであった、
それは、奥へ折り畳まれて隠された男性の象徴としての陰茎があらわす、
ふっくらとした漆黒の靄の股間へうっすらとのぞかせた、女性のような割れめが如実とさせていることだった、
男性であって女性的である、女性ではなく男性的でもない、異様な感覚に擾乱させられることだった、
その擾乱させられる動揺が羞恥を高ぶらせるばかりでなく、嫌悪までをも呼び覚まして、
綺麗に結い上げられた黒髪に愛くるしさを漂わせた静香の顔立ちを鏡からそむけさせていくのだった、
何に対する嫌悪なのか、
男性のあらわす女性の擬似の姿態の醜さと浅ましさ、
だが、健四へ熱い思いを寄せていることは、そのような感じ方を不遜なことだと考えさせるのだった、
そのように感じるみずからの醜さと浅ましさこそ嫌悪されるべきことだ、という思いへ変えさせようとするのだった、
盗み見るようにして見る、みずからの女性の姿があらわすものは、
ほっそりとした首筋、愛らしい乳首をのぞかせて膨らんでいるふたつの瑞々しい乳房、
優美さは曲線にこそあると思わせるくびれの際立つ腰付き、しなやかに引き締まって伸びた両脚、
それらを輝かしいものとさせている純白の光沢を帯びた柔肌へ、
後ろ手にさせた縄、胸へ掛けられた縄、腰を締め上げられた縄、股間へ通された縄が肉体を歪めていた、
醜さと浅ましさがあらわされた女の姿というものがあるのだった、
そのあかしには、縄による全裸の緊縛が官能を高ぶらせていることは、
つんと立ち上がっているのがはっきりと見て取れるほどの乳首のありさま、
股間へ縄を埋没させられて、女の割れめが際立たせられるようにされている箇所には、
女の喜びをあらわす花蜜のしずくがきらめいていることは、誰の眼にも明らかなことだったのだ、
縄で緊縛されただけで感じてしまう、淫乱な女をあからさまとさせていることだった、
そのことは、当然、熱い思いを寄せる男性の眼にも、明らかなことだった、
性欲の醜さと浅ましさがあらわされている淫乱な女である、という嫌悪を覚えさせられることであったのだ、
みずからがこれまでに感じたことのない、日常では到底あり得ないありさまが如実とされたことで、
静香は、そむけさせていた顔立ちを俯かせるばかりに落ち込んでいくのであったが、
動揺させられている思いにあっても、高ぶらされている官能が燃え立っていくことは、
もはや、収拾のつかない状態を感じさせるばかりのことになっているのだった、
肉体へ絡み付いている麻縄は、まるで淫猥を餌とする貪欲な生き物のように、
肉体の持ち主の欲情、淫情、淫乱、淫心を容赦なくあからさまとさせていくものとしてあったのだ、
それに逆らう思いへ懸命になるよりも、それに素直に従った方が自然なくらいに伸びやかであり、
もっともっと官能を高ぶらされて気持ち良くなりたい、という思いになることはわかっていても、
静香には、俯かせた顔立ちでこらえることしかできないことだった、
このような浅ましく淫乱な姿態のままで、快感の絶頂を迎えてしまうことがあるとしたら、
その先はいったいどうなってしまうのだう、と考えると、成り変ることの空恐ろしさを覚えることだったのである、
生まれて初めて感じた、縄による性的官能の導きだった、
そのときであった、
健四の声が囁かれた、
「……静香さん、ぼくをしっかりと見て、ぼくは、静香さんをしっかりと見ている、
ぼくは、静香さんを見続けていることで、もう、いきそうなくらいに官能が高ぶっているのです、
あなたのありようの美しさは、ぼくを喜びの絶頂まで押し上げさせてくれるものなのです」
そう語り掛けてくる相手に、静香は、はっと気づかされるようなまなざしを上げた、
眼の前の大きな鏡に映し出されている男性は、上気させられた顔立ちをしっかりと上げて
みずからの姿ばかりでなく、相手の姿をもじっと見続けていたのだった、
縄による緊縛の拘束感に官能を高ぶらされている状態にあったことは、静香以上であったことは、
もはや、こらえ続けるのも限度と言うように、果たされないもどかしさがあらわされるように、
女性に似た優美な腰付きをうねらせて、悩ましい身悶えを始めているのであった、
そればかりではない、ああっ、ああっ、とやるせなく切ない甘い声音まで漏らさせているのだった、
そのか弱そうな女性の響きの声音と姿態の様子は、見やる静香に目覚めさせるものを与えていた、
ふたりだけにさせられたことは、互いの存在を際立ったものとさせたことに違いなかった、
健四はどのようにあっても健四であり、静香はどのようにあっても静香だった、
眼の前にあらわされた姿は、どのように考えても、異なるふたりの存在をあらわすものでしかなかった、
だが、そのようなふたりであっても、ふたりを結ぶものが存在するのだった、
みずからの思いと身体を、結び、縛り、繋ぐ、縄による緊縛が伝えてくることだった、
熱い思いを寄せる相手と共に縄で繋がれてあることは、官能を燃え上がらせるものとしてあるのだった、
互いを見つめ合うこと、互いを見つめ合わなければ、それから先に見えることもあり得ない、
見えるものがなかったとしても、そのようにあったとしても、
性的官能が高ぶらさせる純粋にオーガズムへと向かう力は、
ないものをある、と考えることのできる想像力を展開させるのである、
性的官能のオーガズムが人間にあるのは、
人間が至上の喜びを求めて生存し続ける動物であることを尊厳を持って矜持させることだからである、
静香には、健四のあらわす、女性的なありようが好ましく感じられることにあった、
見つめ続けるばかりになっていた静香の撫でた肩へ、健四の頭がやるせなさそうにしなだれかかってきた、
そうされたことで、静香の思いは、身動きの不自由な緊縛にあって解き放たれた、
相手の態度に煽られるようにされて、生まれたままの全裸を悩ましそうに身悶えさせ始めるのであった、
漏らされる声音は、健四の艶かしい声音にも優る、妖艶でさえある響きがあるのだった、
ああっ、ああっ、ああん、と高ぶっていく、女性らしさのみなぎった妖美なよがり声は、
今度は、健四を挑発して、男性も、女性らしい嬌態をあらわそうと懸命にさせていくのであった、
それは、更に女性らしさを静香に発揮させていくことは、ふたりの女性らしさの美の競演と言えるものだった、
やがて、緊縛の裸身が火照るまでに上気させられた静香と健四は、
どちらからともなく、互いの高ぶらされているありさまを鏡にまじまじと見ることをした、
全裸を縄で緊縛されたふたりの女性が寄り添い合って、吹き出させた汗で身体全体を光り輝かせ、
それが最後の羞恥とでも言うように、ぴったりと閉じ合わせるようにさせている艶めかしい太腿へ、
陰茎から滲み出したよだれとねっとりとした女の花蜜をおびただしく滴らせていることを明らかとさせていた、
その互いのありさまを見つめやる端正で綺麗な顔立ちと美しく愛くるしい顔立ち、
健四と静香は、もはや、鏡の反映では満足の得られないもの感じているばかりになっているのだった、
どちらからともなく、顔立ちを横に向かせ、互いの唇を寄せ合おうと突き出すようにさせていくのだった、
触れ合わせた唇と唇、それは、健四と静香が交わした初めての口づけだった、
触れ合わされた互いの唇の柔らかさは、溶けるくらいの柔和さで、めまいさえ感じさせるものであるかのように、
ふたりは、じっと眼を閉じ合って、その甘美さへ懸命に吸い付きながら集中しているのだった、
静香は、女の愛欲を表現することでは、相手に優るとでも言うように、
尖らせた甘い舌先で相手の唇を押し開いて、口中へもぐり込ませようとしていた、
健四は、されるがままに含み込むと、うねりくねりされ、うごめかされ、
唾液のしずくが口の端から流れ落ちるまで、思いの込められた愛撫を続けられた、
静香から高ぶらされるままに、緊縛されている陰茎を熱く硬直させていき、
ついに、甘美な舌と舌とが激しく絡ませられると、
こらえにこらえていた健四であったが、突き上げられるようにして、放出を行ったのだった、
健四が官能を昇りつめたことを知ると唇を離れていこうとする静香だったが、
縄で緊縛され股間へ折り畳まれた強要は、陰茎の弛緩を許さないものとして施されていたので、
今度は、健四の舌先が挿入されることを求めていた、
静香は、唇を大きく開いて、健四の舌先が口中へもぐり込んでくるのを受け入れると、
高ぶらされている官能は、昇りつめたい思いをあらわすように、熱烈にみずからの舌を絡ませるのだった、
互いに、はあ、はあ、とやるせない吐息をつきながら、淫靡な舌のもつれの響きを繰り返していたが、
静香は、突然、思い余ったように唇を離すと、
「あなた、来て、私のなかへ来て」
と叫ぶのだった、
それが合図と言うように、部屋の扉が静かに開かれ、両親が入って来た、
父親は、健四を柱へ繋いでいた縄を解き、陰茎に強要を与えていた緊縛を取り外したが、残りはそのままにした、
義母は、静香を柱へ繋いでいた縄を解き、股間へ掛けられていた緊縛を取り外したが、残りはそのままにした、
処女は、四方に鉄環を取り付けられた木製の寝台まで運ばれると仰向けに横たえられ、
童貞は、その寝台へ押し上げられると、相手と向き合うようにされた、
両親が再び部屋を出て行くときには、陰茎と膣を結ばせ合っているふたりであった、
生まれたままの全裸を麻縄で後ろ手に縛られ胸縄を施された男性と女性が、
官能の絶頂を昇りつめようと互いを励まし合いながら、燃え上がっていくありさまが表現されているのだった、
男性と女性を結び、縛り、繋がせる縄である、
その縄の太古よりある叡智は、
男性と女性が陰茎と膣を結ばせることで生まれる精霊を黄泉の国へと送らせるものではなかった、
それは、来るべき未来へ送り出させるものであった、
わが日本民族における、輝ける<民族の予定調和>ということへ向けて。





☆権田孫兵衛老人のアンダーグラウンド タイトル・ページ

☆BACK