身体を押し出されたものの、Yはすぐに歩みをとめてしまった。 見えない不可解さと不自由な両手の不安は、 その場の水を打ったような静寂をいっそう奥深いものと感じさせたからだった。 暗闇と縛られた身体は、まるで宇宙の沈黙に漂わされているような感覚さえ覚えさせるものだった、 思いつめても答えの出ない問いと身体を支配する官能の重力に引き裂かれているような…… 思い漂っていると、突然、何者かがYの目隠しを取り去った。 彼女は近づくひとの気配をまったく感じなかった。 見ることを自由にさせた者を振り返って知ろうとしたが、そこにひとの影はなかった。 あったのは、大きな白い覆いだけだった。 それは、風変わりなステージ・カーテンのようなものにも思えたし、 美術館に展示されているようなインスタレーションの作品にも思えた、 或いは、ただの作業用の覆いであるにすぎないものかも知れなかった。 あたりまえのものがあたりまえにあって、あたりまえに思わせないのは、 みずからが置かれている境遇があたりまえのものでないことからくるのだとYは思った、 ブラウスとスカートを取り去られるだけで、いつでも剥き出しの全裸を見せることが可能な身なりにあるのだ、 そうされることの抵抗を封じられたように後ろ手に縛られているのだ。 さきほどのように誰か近づいてきて、私から覆うものを取り去ったら…… 裸をひとに見せることは恥ずかしいことだった、 覆うものを無理やり剥ぎ取られて、 ありのままにされた身体をさらされるなんてことは、もっと恥ずかしいことだった。 だが、そんなことが突然起こっても、不思議でも何でもなかった。 ここはいったい何処? どうしてひとは姿を見せないの、絶対にいるはずなのに。 取り去られた目隠しのあらわした状況を見つめる眼は、そのような問いを発し続けていた。 所在のわけのわからなさは、めまいさえ覚えさせるものになっていくのだった。 そのときだった、Yは恋人が語った言葉を思い起こした―― ここからは、ひとりで行くのだよ、 君が望んでいるはずのものが必ず待っている―― 望んでいるもの? 自分はいったい何を望んでいるというの? わからないもののために先を進むことなど、どうしてできるというの。 すると、大きな白い覆いは、ひとが一人通り抜けられるくらいの隙間を開いたのだ。 わたしが望んでいるものが覆いの向こうにあるというのかしら? 思いを決めたYは、その裂け目をくぐり抜けて入っていくのだった。 |
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